日々草子 赴任先には誘惑が待っている 9

赴任先には誘惑が待っている 9






「そっか…何も分からなかったか。」
大学構内で裕樹と琴子からの報告を聞いた幹も溜息をついた。
「わざわざありがとうね。裕樹くん、大学まで来てもらって。」
「いや、琴子の口からだと事実が正しく伝わらない可能性もあるし。」
「んまっ。」
琴子は裕樹を睨む。どうやら少し元気が出て来たらしい。

幹は社章を取り出す。
「自分が勤めていた訳でもない会社の社章を持ち歩く…余程大事な人の物ってことよね。」
「やっぱり恋人とかの線だろうな…。」
「そうねえ。」
二人のやりとりを琴子は黙って聞いている。

「恋人だと仮定して、本人に問い詰めてみる?」
幹は琴子を見た。
「え、問い詰めるって…。」
琴子は意外な顔をする。
「何よ、その顔。アンタ、何もしない気なわけ?」
「いや、だって…何か責めるみたいなことは…。」
「何のために危険を侵したのよ!」
「…それは無理だ。」
女性二人の会話に、裕樹の冷静な声が割って入った。
「恋人がどんな目に遭って辞めたのか、いやそもそも恋人なのか、それとも家族なのか、確定的な証拠が何一つ見つかっていない。こんな状況で相手に問い詰めてみろ。簡単に言い返されておしまいだ。」
「それもそうよね。」
三人はまた、頭を抱え込んでしまった。



「私、飲み物を買ってくる。」
琴子が立ち上がって、二人から離れた。
「あのさあ…。」
琴子が遠くへ行ったのを確認し、裕樹は口を開く。
「お兄ちゃん…大丈夫…だよね?」
それまで高校生とは思えない口調だった裕樹の口調が、少し幼いものへと変化した。それは不安になっている証拠でもあった。
「大丈夫って?」
「その…あの女と…。」
裕樹はそこまでしか口にしなかったが、幹は裕樹が何を言おうとしているのか分かった。
「大丈夫でしょ。」
わざと口調を明るくして、幹は言った。
「入江さん、そこまで騙されはしないわよ。」
「そうは思うけど…。」
「でも…。」
「大丈夫、大丈夫。」
裕樹を励ましつつ、幹は自分に言い聞かせる。そう、大丈夫。直樹はそこまでは…琴子以外の女性と関係を持つ所までは行くはずがない ――。



「お待たせ!!」
琴子が戻ってきた。琴子の顔は笑顔だった。二人は自分たちを気遣わせまいとしているのだろうと同じことを考えた。
「ええと、裕樹くんはブラックコーヒー。モトちゃんはレモンティーでいい?」
「ありがとう。」
「サンキュ。」
そして琴子もベンチに座り、ミルクティーを飲もうとした時である。



「…あったかそうな物、飲んでるね。」
三人の背後から、不気味な声が聞こえた。三人は一斉に手にした飲み物を落としそうになるのを堪え、恐る恐る振り返る。
「どうも、どうも。覚えてるかなあ?」
「お、オタク部!!!」
琴子は叫んだ。
ベンチの背後の繁みから顔を覗かせていたのは、琴子が嫌悪するオタク部、いやアニメ部の三人だったのである ――。



「何だよ、琴子、知り合いか?」
まだアニメ部の連中と顔を合わせたことがなかった裕樹は胡散臭そうに琴子を見る。
「知り合いも知り合い。もう長い付き合いだよねえ。」
アニメ部の中心人物、青木が薄気味の悪い笑い声を立てる。
「冗談!」
琴子はそれを否定する。
「お前…不倫するならもっとましな相手を選べよ。お兄ちゃんが気の毒だ。」
「違うってば!!私だってもっとましな相手を選ぶ…ていうか、不倫なんてしないってば!!」
これまで緊迫していた雰囲気が、アニメ部の登場で一変した。

「んもう、つれないなあ。コトリンのモデルにしてあげたのにさ。」
「誰もしてくれだなんて頼んでないわ!!」
青木たちは裕樹を見た。
「何か、どっかで見た顔だなあ?見ていると凍りつくような冷たい顔…。」
「入江さんの弟よ。」
幹が説明する。
「ああ、弟くんか!!どうりで似ていると思った!!」
青木は裕樹の両手を握って、
「どうもどうも!あの名作ソフト『ラケット戦士コトリン』の製作者の青木です!」
「…どうも。」
裕樹は握られた手を振りほどき、適当に挨拶をした。
「んもう、こちらもつれない!君のお父さんの会社の救世主に対して。」
「だから、違うって言ってるじゃない!!」
琴子は青木の前に顔を突き出した。
「あれは、90%は入江くんのおかげ。8%は私がモデルになったから。残り2%があなたたち!」
「うわー、8%は自分だって!」
青木は他の仲間と顔を見合わせてゲラゲラ笑い転げる。
「ちょっと、何がおかしいのよ!!」
「だってさあ。」
青木が笑いながら、琴子を指さす。
「おたく、自分だけがモデルだって思っているんだなって!」
「…そうでしょう?元はあなた達が人の許可なく勝手にモデルにして、変なアニメを作ったから。」
「誰もおたくだけをモデルにしたなんて、一言も言ってないじゃん。」
ニタニタ笑いながら、青木たちは「ねーっ」と声を揃える。

「いや、世の中には似ている人間がいるって言うけどさ。」
青木と一緒につるんでいる男の一人が言う。
「そうそう。」
もう一人も頷く。
「おたくと似ている人がいたんだよね。」
最後の青木の言葉に、裕樹、幹、琴子の顔色が変わった。

「ちょっと!!」
幹が青木に詰め寄る。
「な、な、何?僕はオカマには…。」
その言葉に幹の顔色が更に変わった。
「オタクにオカマ呼ばわりされる覚えはないわよ!」
幹は青木の首を絞めんばかりの勢いである。

「琴子と似ている人って、どこで見た?」
裕樹は幹を青木から引き離しながら、だが興奮を隠せずに青木に訊ねる。
「どこって…パンダイ本社の前…。」
青木の答えに、琴子たち三人は顔を見合わせた。

「そ、それって麻生って名前の女?」
幹が青木の襟を掴む。
「名前までは知らない。ただ…。」
「ただ?」
三人は青木の前に立ちふさがる。
「…仕事が一緒だったデザイン室の人と付き合っていたみたいだった。」
青木は「な?」と仲間に確認する。仲間も頷いた。

「デザイン室?」
「そう。ゲームとかおもちゃのデザインをする部署。そこの…何て言ったかな?ええと…森…森…。」
「森川聡?」
裕樹が突然知らない名前を口にした。琴子と幹は驚いて裕樹を見る。
「…デザイン室、森川聡…退職者の一人だ。」
暗記していた名簿から素早くその名前を抽出したのである。
「そう、森川さん!!すごくいい人でさあ!!」
青木が手を叩いた。

「僕たちがほら、おたくの旦那にこき使われていたら差し入れしてくれたり。」
「そうそう。彼女が焼いたクッキーだって、よく分けてくれたよね。それがまたおいしいんだ。」
「…誰かさんとは大違い。」
青木達は琴子をジロッと見た。

「で、森川さんはよく帰りにパンダイの前で彼女と待ち合わせていたんだよ。」
「僕たち、窓から眺めてたんだ。」
「その彼女がおたくと雰囲気が似ててね。ま、一か所を覗いて。」
「一か所?」
琴子の問いかけに、青木は言葉ではなく身ぶりで答えた。自分の胸を大きく見せる仕草をしたのである。
「…失礼な!」
琴子はムッとなる。
「だって本当だもん。おたくだけをモデルにすると、貧相なコトリンになっちゃうから。そうすると人気出ないことは間違いない。で、胸だけを森川さんの彼女を参考にしたってわけ。」
青木はゲラゲラと笑った。

「で、その森川さんは退職したのね?」
幹が青木に訊ねた。
すると、青木達はまた顔を見合わせた。が、その表情は先程と違って暗い影を帯びていた。
「…。」
青木は琴子の顔をチラリと見た。それもかなり気まずそうに。
「…何?」
嫌な予感が琴子の胸を過る。
「…『コトリン』は森川さんは関わってなかったんだ。いや、途中までは関わってたんだけど、下ろされた。」
「え…?」
裕樹がかすかに声を出した。
「デザイン室の人間なのにか?」
青木は頷く。
「その後、すぐに辞めた。」
「嘘…。」
乾いた幹の声が聞こえた。
「それ…もしかして…。」
青木達は頷いた。

「…入江さんが退職に追い込んだって、社内で噂になってた。」

そして、青木が続けた言葉に、琴子たちは顔面蒼白となった。

「森川さんが辞めてから少し経った後なんだけど…その彼女が、会社から出てくる入江さんをすごい怖い顔で睨んでいるのを見たんだ…。」











☆あとがき
すみません!!!m(__)m
あんな前ふりをしてしまったために、皆様に変に期待させるようなことになっていまって!!
そんな期待するような正体じゃないのに…とか思って苦しくて!!
本当にごめんなさい!!!
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ここで、あのオタク・・・

こうきましたか・・・。いや、参りました・・・予想だにしなかった展開・・・。
美久は、直樹に対して愛する者を奪われる?失う?自分と同じ?
苦しみを与えようとしてる?!
彼が退職した事情・その後から、美久の恨みがこういう形で?
でも、本当は直樹のせいじゃないような・・・。
わ~、どうなるの~!!
水玉さま、脳内がもう今までの疑問に決着をつけるべく勝手に暴走・妄想しております~。
早く直樹も準主役に戻ってきて~!!

あのオタクですか・・・?原作でいましたねぇ・・・?
いたことをすっかり忘れていましたよ・・・。
いかにもお風呂に入ってなさそうなフ〇〇な三人組の事を・・・。
まさか・・・ここで出てきてこういう展開になるとは・・・・、思わなかった・・・。
コトリンの製作にかかわっていたとは・・・。
しかも名前も違っていたのね・・・。
途中でおろされて直樹に恨みをかっていた…根に持つのは勝手だが
このときに恨みを晴らすのは筋違いだと思うな・・・・?(私が思うには…。)

やっとあの方の情報が!!

水玉さん、こんにちは
お話更新ありがとうございます。

大学構内で幹ちゃんに結果報告。
何にも出てこなかったと言うことを。
そんな3人の背後から、オタクのメンバーが
その時、直樹の作成したコトリーナの事でメンバーから、
大変重要な情報が得られましたよ。
でもこれで、直樹を恨んでいるとしたら、又違うと思うのですが。
さぁ、どうしましょう。

謎だらけ

     こんにちは
 頑張ってた裕樹の弱音・・・大丈夫と思っても心配で、ならないんですよねぇ直樹を挟むそれぞれの関係が・・・でも琴子にには聞かせない優しさですよねぇ。

因縁のオタク部登場ですねぇ。原作では直樹へのプレゼントマフラーを首に巻いて登場だし・・・琴子にとっての疫病神???みたいだけど今度は一応救世主に格上げされた形ですよねぇ・・・チラァっと見えてきたようなぁ・・・

 直樹は面識あるのか?忘れたのか?でも線で繫がってきたけどなんかスッキリしません・・・ 未だ見えて謎がありそうです。
やっぱミステリーです。水玉さん

 

あれっ!ここでまさかの三銃士?登場!

水玉さん、こんにちは♪

なるほど!『コトリン』を見るたび、胸だけは琴子ちゃんと違う~といつも思っていました(笑)
モデルがもう一人いたんですね、それが麻生美久!

いいタイミングで湧き出た青木に聞いた“森川聡”・・・元デザイン室、『コトリン』制作に途中まで関わっていて、入江くんが退職まで追いやったと噂される男。
・・・あの危機の時社員優先に考えた入江くん。入江くんが森川聡を本当に制作から下ろしたならそれなりの事情があるはず!
それは~?森川の今は~?麻生美久との関係はどうなっている~?美久の目的は~?
入江くん、活躍の出番はあるのか~?
わくわく♪

森川の存在が分かり益々楽しみになってきたお話の行方♪
続き楽しみにお待ちしております!!

なおピンさん、ありがとうございます。

まるで青木祭りのようなコメントの数々…(笑)
その先頭を切って下さり、ありがとうございます!!

色々お話すると、先をポロリと言いそうなので…短くて失礼致します!!
準主役の入江くん、本当にそろそろ戻ってこないと存在ゼロになりそうですよね(笑)
というわけで、準主役の復活?の10話をお楽しみ…いただけたようで(笑)

ゆうさん、ありがとうございます。

まさしく、江戸の敵をなんとやらですよね。
今頃になって復讐を果たしにきたのか…。

それにしても、チーム青木の登場に皆様が驚いて下さって私としては嬉しいです。

これ以上お話すると、先をポロリといきそうなので…短くてごめんなさい!!

tiemさん、ありがとうございます。

チームオタッキーのくせに(?)、有益な情報を(笑)
たまには彼らもいい所(?)があるところを見せないとなあと思って、登場させてみました(笑)

吉キチさん、ありがとうございます。

琴子ちゃんの前で弱音を吐いたら、不安にさせてしまいますもんね。
頑張って強気の態度を保っていたんでしょうね、裕樹くん。
それがとうとう、モトちゃんの前で吐露されて…。

そしてチーム青木!!
珍しく(笑)、いい形での登場です。いや~いつも青木には散々な目に遭わせてきましたから…これで私も肩の荷を下ろせた感じです♪

と、こんなほのぼのとしたお返事を打っている場合じゃないのですが(^^ゞ

あおさん、ありがとうございます。

あのコトリン、琴子ちゃんがモデルな割には、妙な色気がありますよね~。
まあ、かなりデフォルメしているにしても…(笑)
そして、あおさんのコメントで私今頃気がつきました!!
あの三人、三銃士とか自分で名乗っていたんだった!!!なんとまあ…ずうずうしいこと。

入江くん活躍の場面があるのかってことなんですけれど、どうなんでしょ???
ああ~また先をポロリといきそうなので、今回はこの辺で!!

拍手コメントありがとうございます。

青木祭りへの拍手コメント、ありがとうございます!!

紀子ママさん
ここは青木の出番だ!!と思って、奮起してみました(笑)
だからいつもよりも、気持ち悪さも抑えて(涙をこらえて!!(笑))
そして、誰か消す!←もう最高です!!本格サスペンスを狙うなら、ここで本当に消す必要がありますよね…入江くん???

まあちさん
そうですよ!!まあちさんを心配している方は沢山いますもん!!
で、こちらも話変わって、残念ながらアオコト時代の到来にはなりそうもないのですが(笑)
それはまた別の機会にでもとっておこうかと(笑)
入江くんは本当にこの回でも影の薄い存在でしたね~!!

がっちゃんさん
え~!!!
あれ、カツラだったんですか!?知らなかった!!
確かに突然髪が短くなって、「ああ、入隊設定だからか。髪切ったんだと思ってましたが、すごいリアルなかつらですね!!全然分からなかった!!
私もあの髪形は好きです。男の人は髪が短い人が好きなので♪
で、うちの話ですが(笑)
入江くんは人に恨まれる人じゃないとか琴子ちゃんに言わせてしまいましたが…いや、そうかなあと書きながら突っ込んでいた私です(笑)

名無しさん
本当にグッジョッブなことをした青木さんたち(笑)
それに比べて、まあヘタレ街道直行中の入江くんです(笑)

Foxさん
そうなんですよ、彼らはあの時パンダイにいた、結構貴重な存在なんですよね。
使い方によっては色々想像が広がりそうなメンバーであることは確かかと(笑)
実は…このFoxさんのコメントで、この先がちょっと変わったんですよ(笑)

佑さん
うわっ!なんか佑さんが余裕だ!!
ちょっと悔しい(笑)佑さんをぎゃふんと言わせることを目標としている私としては、もうひと頑張りしてきます(笑)

オタッキー!!

水玉さん、期待以上の展開です!!まさか、オタッキー達がヒントをくれるとは!水玉さんの青木への愛を感じました。しかし、まさか琴子がこいつらにバカにされるとは…でも、直樹の事はきっと誤解ですよね?直樹がそんなひどい事をしたなんて、思いたくない…
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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