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2008.12.05 (Fri)

秘密 第21話

しかし、水沢は琴子と直樹が夫婦だということを誰にも話さなかった。それは直樹にとっても意外なことだったが、琴子にとっては嬉しいことだった。
「どうやらゲームはセーブされていたみたいよ。」
琴子が嬉しそうに言った。

【More】

「きっと私たちの気持ちを分かってくれたのかも。」
そう無邪気に信じる琴子だったが、直樹は、
「やっぱり何を考えているのか分からない奴。」
と思った。

そして、直樹が事実を水沢へ告げた日から1週間が経った頃、再び直樹と水沢はカンファレンス室で顔を合わせた。お互い前回のことがあり、多少気まずさは隠せなかったが、二人とも公私の区別はきっちりとつけていた。
そして打ち合わせが終わり、直樹が部屋を出て行こうとした時、水沢が話しかけてきた。
「入江先生。」
直樹は振り返った。そこにはいつもの爽やかな笑顔を浮かべた水沢がいた。
「先生と相原さんの関係、僕は誰にも話していませんよ。」
「別に話したって構わないけれど。」
そんなことを言うために呼び止めたのかと直樹は思った。水沢は表情を変えずに言った。
「だって、フェアじゃないし。」
「え?」
一瞬、直樹は耳を疑った。そして更に耳を疑う言葉が水沢の口から出た。

「僕、手が届かない葡萄はすっぱいと思えないんですよ。」

「?」

「この間話したとおり、震災で僕は生まれ育った家も、両親も全て失くしました。だから失うものはもう何もないんです。そして欲しいものは何としてでも絶対手に入れようと、決めたんです。
だって人生明日どうなるか分からないんですから。」
「…それで?」
水沢は今まで浮かべていた笑顔を消した。そして直樹が今まで見たことのないような、挑発する表情で告げた。

「だから、相原さんが結婚してようが、してなかろうが、僕には関係ないということです。欲しいものは絶対に手に入れますから。」

そう告げて、水沢は部屋を出て行った。
「…宣戦布告ってわけか。」
閉まったドアを見ながら、直樹は呟いた。

次の日、琴子がナースセンターで水沢と話をしていた。もちろん、患者のことである。琴子は結婚の事実を知っても何かを察して黙ってくれている水沢について、良い人だという認識は変わらなかったし、もちろん、直樹と水沢の間で繰り広げられた会話など微塵も知らない。

「後は先生に指示を仰いで…。」
琴子がそんなことを話しながら、打ち合わせの内容をカルテに書き込んでいく。カルテを書くために俯いた琴子の首筋に水沢は、直樹が言ったとおり、ネックレスを見つけた。「確かめれば」と直樹に言われたが、わざわざそんな自分を痛めつけるような真似はしたくなかったし、真実だということが分かっていたので、水沢は琴子に結婚指輪を見せてほしいとは言わなかった。水沢は、何気なしにそのまま首を見ていた。

「じゃ、これでいいよね。」
カルテを書き上げて琴子が顔を上げた時、水沢は思わず身を仰け反った。
「どうかしたの?」
怪訝な顔で琴子は水沢へ尋ねた。
「いや、別に…。」
水沢は動揺を悟られないように、答えた。水沢は話が終ると、急ぎ足でセンターを出て行った。
「どうしちゃったんだろ?水沢くん。」
琴子は首をかしげて、水沢の後ろ姿を見送った。
ナースセンターを出て、水沢はエレベーターに乗った。エレベーターは彼一人だった。薬剤部のあるフロアのボタンを押して、エレベーターが動き出し、水沢は壁にもたれた。
「あれが、入江先生の返事な訳か…。」
琴子の首筋にはネックレスの他に、キスマークがあったのだった。
「…面白いじゃん。」
自分の“返事”が、水沢の中に今まで以上に闘志を燃やすことになったことを、直樹はまだ知らなかった。
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