日々草子 赴任先には誘惑が待っている 1

赴任先には誘惑が待っている 1




その人間を初めて見た時、直樹は目を見張った。

―― 琴子?

だが、すぐにその考えを振り払う。ここは神戸。琴子は東京で今頃、看護師めざして勉強に励んでいるはず。
何よりも…目の前の女性はこの大学病院の看護師の制服姿。琴子がこの制服を着ているはずがない。

「あ…す、すみません。」
看護師は目をこすった。その目は赤い。どうやら泣いていたらしい。
「いや…。」
つとめて、気にしない素振りをする。
ここは大学病院内の資料室。二人以外に誰もいない。滅多に人が来ることもないので、きっと人の目を気にせずに泣けるということで、足を踏み入れたのだろう。

「あまり…。」
足早に資料室を出ようとした看護師の背中に、声をかけたのはやはり…その似た姿からだったのか。
「え?」
看護師は足を止め、振り返った。顔はよく見ると琴子には似てはいなかった。ただ…全体の雰囲気が似ている気がする。
「…落ち込む必要はないと思う。みんな叱られて一人前になっていくんだし。」
泣いている理由が叱られたかどうかは分からない。だが、そんな優しい言葉を思わずかけてしまった。
「ありがとうございます。」
看護師はニコッと笑って、直樹に頭を下げて出て行った ――。





「でね、入江くんたら電話もくれないわけよ。」
その頃東京では、幹相手に琴子が愚痴をこぼしていた。
「研修医は忙しくて家に帰る暇もないんでしょ。」
何度聞かされたか。今日だって聞いてやる代わりにカフェで琴子に奢らせている。だが、幹としては現在の直樹の状況は琴子の口から知るしかすべはないし、この夫婦が今度は何を揉めたかとか聞くのは楽しくてたまらない。
「そりゃそうだけどさあ…。」
意味もなく、目の前のカフェラテの中をかき混ぜる琴子。
「でも、“疲れた時はお前の声が聞きたいんだ”とか、言ってほしいなって。」
「あ、それ絶対ない。入江先生に限って絶対あり得ないわ。」
琴子の目を見ることなく、幹はベーグルをちぎって口の中へと入れた。
「そんな弱音を吐くような人じゃないって、一番知っているのはアンタでしょうが。」
「そりゃあそうだけど…でも、妻の前ではって。」
「アンタ、妻だと思われてなかったりしてね。」
「え!?」
幹の言葉に、顔色を変える琴子。
これ、これ、これが楽しいのよねえと、幹は笑いを堪えつつ、コーヒーを口にする。

「そういえば…春に行った時、看護師さんに人気があったし。」
「ああ、アンタが不審者になった時。」
「違う!東京にいるはずの私を見て驚いた入江くんの心がざわつかないよう、わざと私は変装を…。」
「アタシが入江先生だったら、変装したアンタを見つけた時の方が心が乱れるわ。」
「それは置いておいて!」
琴子は強引に話題を元へ戻す。

「そうねえ…今頃、美人看護師とよろしくやってるかもね。」
大した根拠もないのに、幹は適当なことを口にした。
「そ、そんな…。」
「忙しい研修医生活。共に過ごす時間が長い看護師たち…シチュエーションはばっちりね。」
「嘘…。」
青ざめる琴子を見て、幹は笑い転げた。
「冗談よ。このアタシにすら目をくれなかった入江先生が、そんな簡単に浮気するわけないじゃない!」
「ひどい、モトちゃん!」
琴子は顔を真っ赤にして、ふくれっ面をした。



「入江先生。」
声をかけられ、直樹は椅子ごと体を回転させた。
「ああ…。」
そこにいたのは、資料室で泣いていた看護師だった。
「初めて夜勤で御一緒させていただきます、麻生です。」
自己紹介され、直樹は麻生の胸のプレートを見た。「麻生美久」と書かれている。
―― こうやって見ると、似ているような気もする。
直樹は美久の顔をまじまじと見てしまった。

「あの…。」
美久は居心地悪そうに声をかけた。直樹はハッとする。
「ああ…ごめん。」
「この間も…私の顔を見てましたよね?何かついてますか?」
そう言いながら、顔をぺたぺたと美久は触ってみせた。そんな仕草も琴子と似ている。
「いや…ちょっと…。」
「ちょっと?」
「…似ている人を知っているから。」
なぜか「妻」とは言えなかった。いや、言いたくはなかったというのが正しかった。
「そうですか。」
美久はその答えに納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。

「ちょっと患者の様子を見てくる。」
「はい。」
このままここにいるのは気まずい。直樹はそう理由を付けてナースセンターを出て行った。



他の看護師たちはナースコールや巡回で出払っており、ここには美久一人となった。

ふと、テーブルの上の小さな鏡を見つけ、手に取る。
鏡の中の美久は、それまで直樹に見せていた大人しげな表情とは一変、口角を吊り上げた、冷たい微笑を浮かべていた。

「入江直樹…思っていたより、チョロいかもね。」

そして美久は鏡を元の場所へと戻し、カルテを広げたのだった。










☆ご説明
コメントのお返事もしないうちに、UPしてしまい申し訳ございません。
この話は、入江くんが研修医として神戸へ赴任していた時が舞台です。
ちょっと今まで書いたことのない雰囲気の話なので…最後まで書きあげられるか不安ですが、途中でドロップアウトしたら、「ああ、無理だったか」と笑って下さい。
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comment

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水玉さんの新作に歓迎の拍手パチパチーーー

ここは、神戸。。。
・・・「入江直樹…思っていたより、チョロいかもね。」

サスペンスの始まり?~ドキドキ
楽しみにしております。。。恐々と。。。♪

恐いわぁ、この女性!!

水玉さん、こんにちは

新シリーズスタートですね。
琴子にそっくりな、女性看護師。
琴子に似ているところを、利用して何かを計画しているような素振り。
最後の表現の所で、恐ろしいことが計画されていくのではと。
直樹、大丈夫かしら。
琴子も巻き込まれるのでしょうね。
サスペンスタッチですね。

天使と悪魔

       こんにちは
 水玉さん・・・神戸のお話ありがとうございます。めちゃぁ 嬉しいです。ありがとうございます。 

 琴子に飢えてる直樹は ただ顔がぁ・・・だけでですよねぇ 気持ち持ってかれてないですかぁ? まぁ相手は何癖もある方みたいだし、人をコバカにしてるからいずれ 直樹は気づくだろうけど・・・いつかなぁ・・・ 
 でも確実に琴子は子悪魔に転がされるんだろうなぁ・・・直樹がしっかりしゃぁなぁ・・・ 琴子の天使と悪魔をみてるようです。
 

わくわくです。

水玉さん、こんにちは。

新シリーズ、ありがとうございます。
第1話から、すっかり引き込まれています!
続き、楽しみにしています。

水玉さん!

水玉さん!いきなり心臓にグサッ・・
まさかと思いますが、直樹がチョロい・・・な~んて心配してないです←強がり
離れているのは距離だけで 心はビターっと引っ付いて離れる訳ない!
うん!入江君を信じる・・・ドキドキ

コメントありがとうございます。

コメントありがとうございます。

あおさん
わー拍手ありがとうございます!!(号泣)
ちょっとテイスト違うし、しかも入江くんヘタレだし(これはいつもか)、もう非難轟々になるかと思っていたので…本当に嬉しいです!!
頑張りますね!!

tiemさん
ありがとうございます!!
サスペンスタッチ…身の程もわきまえずにその路線を狙いたくて書き始めたのですが、どうもまたもや、三文メロドラマになりそうな勢いです(笑)
どれだけ私、好きなのよ…(笑)

吉キチさん
この神戸は…あの神戸シリーズとは別物ですからねーーー!!(声を大にして!!)
あの神戸シリーズは、入江くんがかっこいい(このブログ内にしては)のが特徴なんです~(笑)
いつか、吉キチさんのお好きな神戸シリーズをまた、甘甘で書きますね♪
そして…天使と悪魔、素敵なコメントです!!ありがとうございます!!
そうですね、まさしくそんな対照的な二人かも!!

naotti3さん
ありがとうございます!!
出だしがどうかなあと、UPした後、本当は下げようかと不安だったので…楽しみと言っていただけて、続きを書く元気が出ました!!

美優さん
「離れているのは距離だけで…」うんうん、私もそう思いたいです!!
今回はいきなり、弱り気味な入江くんからスタートしちゃったので、今後強くなってくれるのかが私も心配です。
一応、私も信じてます、入江くん(笑)

紀子ママさん
ちょっと柄にもなくというか、身の程わきまえずというか、今迄書いたことのないテイストに挑戦してみちゃいました。
それが吉とでるか、凶と出るか…私もドキドキしております。

Foxさん
多分、琴子ちゃんラブな私なのでそんなに長く続かないと思います(笑)←可哀想だから
だから、オリキャラの悪魔ぶりを早々に出してしまいました(笑)
そして、メールありがとうございました!!
御心配をおかけし、申し訳ございません。
実は週末を利用して親戚の家に泊まりに行っていました。
とても嬉しかったです。こんな私を心配して下さって、本当にありがとうございます!!

chan-BBさん
離れている生活も少し経つと…色々と不安とかが二人を襲うんじゃないかなと思って書いてみました。
この分だと、クリスマスに私は真っ暗な話を書いている羽目になりそうです(苦笑)
今回は琴子ちゃんに飢えている入江くんがメインです(笑)
あ、でもちゃんと琴子ちゃんも書きますよ~入江くんに飢えている琴子ちゃんも!!
ワンパターンを打破できるといいんですけれど…。chan-BBさんが仰るように、新境地が開けたらいいなと思ってます!

佑さん
ところがどっこい!←古い(笑)
この小悪魔、なかなかやりますよ~。

TOMさん
今回、被害に遭うのは琴子ちゃんじゃないので、だからおもいきり悪女に(笑)しかも外見もまともに(笑)
もう、なんの怖さも感じてない私がここにいます。
琴子ちゃんが泣かなければ、平気なんです、私(笑)
まあ、今はまだ泣いていませんけど…ね。
二人の距離につけいる女…さて、どう二人はこの試練を乗り越えていくのか!!という帯がほしいです(笑)
いや、そもそも試練になるのかどうか(汗)
ちょっと静かな感じの話にできればいいなと思います。あと、TOMさんの顔文字がどう変化していくのかも楽しみです←ここ重要!!

まあちさん
そうなんです、いつもの入江くんじゃないところが今回の話のポイントなんです!!
…未だにイタキスファンの皆様からお叱りを受けるんじゃないかとドキドキが止まりませんが。
美久はとりあえず、二人の中を邪魔する悪役なので、いくらでも悪く言っていただければと思います♪

コメントありがとうございます。

meganeさん
この時点では波乱の展開にする気満々でした!今もそうですが(笑)
ちょっと久しぶりにシリアスな話を書きたくなって。
一番最初に書いた話がシリアスだったので、それが懐かしくなっているからかもしれません^^
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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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