日々草子 続・君と綴る文字 13

続・君と綴る文字 13






そして季節はめぐり、それから数カ月経った時のことである。
来る試験に向けて、直樹は部屋で一人、勉強に励んでいた。
突然のドアがノックされ、夢中で勉強していた直樹は驚いた。

『おーい、開けてくれ。』
真夜中である。一人部屋をあてがわれているとはいえ、隣の部屋との間の壁は薄い。周囲に聞こえないように気を遣っているその声に、直樹は急いでドアを開けた。

『うわ!』
ドアを開け、直樹は思わず声を上げてしまった。目の前には十冊くらい積まれた本が現れた。
『悪い、悪い。』
その本の後ろから聞こえたのは、西垣の声。

『何ですか、この本は?』
ベッドの上に置かれた本は全て、医学書だった。
『お前にやろうと思ってね。』
西垣はちゃっかりと直樹の椅子に陣取っていた。
『やるって、西垣さんだって使うでしょうに。』
試験直前のこの時期、西垣にだって必要な本である。
『うーん…それがね、もういらなくなったんだ。』
『ええ!?』
また驚きのあまりに声を上げる直樹の口を、西垣は「シッ」と押さえる。

『いらないって…。』
『もう医者にならないからさ。』
『それって…。』
そして直樹は気がついた。西垣は旅支度であった。足元には鞄が置かれている。

『どこかへ旅行ですか?』
そんなはずないと思いつつ、直樹は訊ねる。
『いいや。』
西垣は首を振った。

『…彼女と駆け落ちすることになった。』
『え…。』
いつもの悪い冗談だと直樹は思った。が、西垣の顔を見てそれが間違っていることを知る。西垣の顔は真剣そのもの。いつもの人をからかうような笑みはそこには浮かんでいなかった。

『彼女…縁談があってね。形ばかりの見合いをしてもう…来週結婚式。』
『来週って…。』
『だからもう時間がないんだ。』
そして西垣は直樹の両肩をガシッと掴んだ。それは…入学式の日と同じ。違うのは西垣の顔。
『色々ありがとう。お前と知り合ってよかったよ…入江。』
「入江」…今まで「天才くん」としか呼ばなかった西垣が、初めて直樹の名前を呼んだ。
『西垣さん!』
直樹は西垣を思いとどまらせようとする。が、西垣は笑って首を横に振った。
『いいんだ。医者と彼女、どっちを選べと言われたら、俺は迷わず彼女を選ぶ。』
『西垣さん!』
『最後まで黙っていてくれて、ありがとうな。』
そして西垣は、直樹の部屋を出て行った ――。



*******

「…今、あの人が医者をやっているということで、どうなったか…お前にも分かるよな?」
直樹は琴子を見る。琴子の目には既に涙が浮かんでいた。
「…西垣さんは、次の日の夜遅くに…寮に戻って来たよ。酒を浴びるように飲んでね。」
その時の西垣を思い出すと、直樹の胸は今でもせつなくなる。

「お相手のお嬢様は…?」
「…待ち合わせ場所に来なかったんだってさ。」
「どうして?」
「…結局、西垣さんよりも金持ちの男を選んだってことさ。」



*******

その後、西垣は直樹にだけ真実を話してくれた。
相手の女性は、家庭教師をしていた縁で知り合った良家の娘だったこと。
だが、女性の家は既に傾きかけていて、暮らしのために政略結婚をさせられそうになっていたこと。
そして…待ち合わせ場所で一日中待っていた西垣の元へ来なかったこと ――。

それから少しした後、西垣は直樹に語った。

―― 彼女の結婚式を見て来たよ…。

その指には、見事な金剛石の指輪が光っていたという。

直樹は何と言っていいのか分からなかった…。



*******

「結局、彼女は金剛石を選んだんだよな。とんだ貫一お宮だ。」
「かんいち…?」
よく分かっていない琴子に直樹は説明をする。
「“金色夜叉”という小説があるんだ。自分より金剛石…これは宝石なんだけど、その金剛石の指輪、つまりそれを自分へ贈ってくれた金持ちの男を選んだお宮という恋人を貫一は恨んで、冷徹になるんだ。」
「怖くて、悲しいお話ですね。」
「まあな。でも…。」
「…西垣先生はその貫一にならなかったんでしょう?」
琴子はニッコリと直樹に笑いかけた。
「ああ。」
直樹も笑いかける。

「貫一のような冷徹な金貸しにはならなかったけど…とんだ女たらしにはなったな。」
直樹は笑った。

西垣が女遊びをするようになったのは、それからだった。寮へも連れ込んだり、女に踏み込まれたり。その度に西垣の部屋は壊され、その音は直樹の部屋にまで聞こえて来たものだった。

西垣の女好きは…辛く悲しい失恋の後遺症なのである ――。


「金剛石って、そんなに綺麗な宝石なのですか?」
琴子は直樹に訊ねた。
「そうだな。まあ…女はみんな魅了されるだろうな。」
直樹の母、紀子も金剛石を持っている。だから直樹も見知ってはいた。
「欲しいか?」
そう琴子に訊ねても、今の直樹にはそれを買う余裕はない。だが琴子が欲しいと言うのなら、多少無理をしてでも…とは思っている。

「いいえ。」
琴子は首を振った。そして、
「琴子は金剛石よりも美しいものを頂いてますから。」
と笑った。
「何だ、それは?」
そんな素晴らしいものをあげた覚えは直樹にはない。
琴子は考えている直樹を見て、クスッと笑い、
「旦那様のお優しい心です。」
と、静かに言った。

「旦那様が私を想って下さるその心は、どんな宝石よりも美しいと思います。琴子はそれだけで十分です。」

それを聞き、直樹は思い出す。
医院がなくなりそうになった時、一生懸命頑張ってくれたこと。直樹が医者をやめ、実家へ戻っていた時、必ず戻ってくると信じてここで待っていてくれたこと ――。

―― 本当に、何てすごい奴なんだろうか。

そして…あんなに冷たく乱暴な言葉をぶつけた自分のことをそこまで想ってくれている。



「琴子。」
「はい?」
直樹は体を琴子へと向けた。
「お前、置き手紙に何か書いて消しただろう?」
「え?」
キョトンとする琴子。

「な、何のことでしょう?」
赤くなってとぼける琴子。勿論、直樹は琴子が何を書いて消したかは分かっている。だが今、琴子の口からそれを聞いてみたくなった。

「ほら。」
直樹は自分の手を琴子へ差し出す。
「…お金?」
「は?」
琴子のとんちんかんな返事に、直樹が今度は目を丸くする。
「先程の西垣先生のお話を聞いた代金をよこせっていう意味ですか?」
琴子は真顔だった。

「馬鹿か、お前は。」
直樹は琴子の額を小突いた。そして、
「違うよ。俺の手に、それを書けって意味。」
「ええ!?」
また琴子の顔が赤くなる。
「ほら。口では言いにくいんだろ?文字なら平気じゃないのか?」
直樹の顔は笑っている。
「でも…。」
「いいから、書いてくれよ。」
直樹は手をパタパタとさせた。

少し考えていた琴子だったが、おずおずと直樹の手を取り、指を当てた。
琴子の指が、ゆっくりと、一文字ずつ、文字を綴っていく。
直樹はくすぐったさを感じながら、その文字を感じ取って行く。

『あいしています』

琴子の指ははっきりと、直樹の手の上にその言葉を綴った ――。



「…わかりましたか?」
まだ文字を綴ることに自信がない琴子は、緊張しながら直樹を見る。
「…手を出して。」
直樹はそれに答えず、琴子の手を出させた。
そして、同じようにゆっくりと、一文字ずつ、文字を綴った。

「あっ…!」
直樹の綴った文字に気を取られていた琴子は、突然手を引かれて驚きの声を上げた。
気がつくと、すっぽりと直樹の腕の中に入っていた。

「…何て書いたか分かった?」
腕の中の琴子に、直樹は優しく訊ねた。
「…はい。」
琴子は真っ赤になりながらも、嬉しそうに頷いた。

『おれも』

―― 本当に、最高の宝石を俺は手に入れたんだな。

琴子の細いしなやかな体を抱きしめながら、直樹は心から琴子と一緒になれた喜びを感じていた ――。













☆あとがき
予想外に、『西垣物語』が長くなってしまいました(^^ゞ
もうちょっと!もうちょっとだけ、お付き合いいただけたらと思います!



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comment

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もちろんどこまでも付いていきます!!
…正座して待ってて良かったです~(涙)!!
まさか、2作品も続けて読めるなんて……うう、ありがとうございます!

西垣先生にそんな過去があったのか、とちょっと絆されてしまいました。
プレイボーイにはプレイボーイなりの悲哀があるのですねぇ。

金剛石<入江くん 琴子ならこれは絶対ですよね♪
琴子が宝石だなんて……ああ、その素直さをもっと早くに出していれば、あの変態の登場とはならなかったでしょうに…(笑)

水玉さん、素敵なお話ありがとうございます♪

・・・・・クスッと笑い、
「旦那様のお優しい心です。」
・・・・・・・
「…わかりましたか?」
なんて可愛くて綺麗な言葉!!言葉の宝石ですね~♪
読みながら目元タレタレ口元緩みっぱなしです^^♪

お互いの手に綴られた文字。。。♪

西垣先生、こんな愛に真っすぐで可愛らしい二人を身近で見て何か変わることが出来るのでしょうか?
西垣先生にも心からの笑顔が戻るといいですね!

続き楽しみにしています!!

西垣さんにこんな辛い過去があったなんて…そして、それを感じてた琴子も凄い。でも、私はその彼女は金剛石より家族を養う為に仕方なく金持ちと結婚したと思いたいです。琴子が言う直樹の『優しい心』直樹が思う琴子の『強い心』こんな素敵な夫婦を見てたら西垣さんも、もう一度恋したくなる日が来るんじゃないかな?そしてお互いの手に綴る文字。この時は2人とも素直になれるんですね。

ガッキーストーリー♪
切ないわ。
ガッキーが心底いい奴で憎めない男だと改めて思いました。
このイリコト夫妻で何か良い方向に変わることが出来ればいいけど・・・

そうそう!!直樹!!
琴子ちゃんに対しての感謝が足りないわよ!!
どれだけ琴子ちゃんが直樹のために尽くしてきたか!!
それなのに数々のひどい仕打ちは!!!むかっ!!

てな事で、ガッキーの今後と、かわいい琴子ちゃんが幸せに満たされることを
期待します♪
けど「文字を綴る」素敵ですね♪←この二人絵になるわ~

 そうやったんやぁ~

       こんばんは
  巡りあった女性が違うとやっぱり 生き方も変わっちゃうんですねぇ。
西垣先生は、一途な恋に破れたから・・・女好きたらし(フアンの方々スイマセン)になっちゃったんだぁ~。
 逆に直樹は、人間らしく?成長遂げたしねぇ。


 でもでも ほんのチィツトだけ・・・なんか寂しさ抱えて・・いたしかたないから
そっちに走っちゃったんかなぁ~と・・・

 綴る文字・・・言葉より心に沁みいるよねぇ。  

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。

miyacoさん
もう正座なんてしないで下さい~!!
待っていて下さった上、お付き合いして下さりありがとうございます!
西垣先生の過去、ちょっと作ってしまいました(笑)そうでもしないと、しょうもない話が更にしょうもない話になるので(笑)
変態を招いたのは、自分の口だということが分かってくれるといいのですが…入江くん♪

あおさん
んもう~あおさんのコメントの方がずっと素晴らしい宝石です!!
このコメントを拝見して、もっとあおさんの顔をたるませたくなって、最後まで頑張ることができました!!
西垣先生、改心するどころか…ますますひねくれそう(笑)
「どうせ俺にはあんな可愛い子はいないし~」とかいじけたりしちゃって。
いつかはこんな西垣先生の心をとらえる女性が現れるといいですね!

祐樹'Sママさん
そうですね。もしかしたらそうなのかもしれません。
それを西垣先生も分かっているからこそ、未だに一人身を貫いているのかも…。
こんな素敵な夫婦が傍にいたら、結婚したいと思うようになればいいですよね。
手に文字を綴るのは、二人が正直になれるコミュニケーションの手段なんでしょうね♪

ゆみのすけさん
確かに私も書きながら、「それで許すのか、琴子ちゃん」と思ってはいました(笑)
物置に住んでまで留守を守ったり、お金に困った時は一緒に頑張ったり…本当に健気な琴子ちゃんを追い出した時点で入江くんはダメ亭主決定でしたね。
入江くんの方が西垣先生以上に改心が必要な気が…(笑)
>ガッキーの今後と、かわいい琴子ちゃんが幸せに満たされること
…入江くんの幸せがないところが、直樹いじめ同好会の会員っぷりを(爆笑)
私も同じ気持ちですよ~。

吉キチさん
ガッキーにも一途な時代があったんですよ~それが破れて今に至るという…それだけ傷が深いんでしょうね…。
入江くんは心から愛する女性と巡り合えて、成就できたから変われましたけど…。でも琴子ちゃんとの愛が成就しなかったら、もっとひどい有様になっていたかもしれません。

ガッキ―にも駆け落ちをするほど女性に対して一途な所があったのね。

なのに今になって女にだらしない様なかたちになってしまったのでしょうね。

ガッキ―も手手当たりしだい女性に手をつけたりしないで
初心に帰って一途になってみたらいかがでしょうか・・・・?

コメント&拍手コメントありがとうございます。

紀子ママさん
そうそう、この話では2回も傷つけているんですよね。
それでも入江くんから離れない琴子ちゃんがすごい…完全に惚れているってことですよね!
喉元過ぎれば…確かにそうかも!!琴子ちゃんに甘えているのかもしれませんね♪

TOMさん
12、13と続けてコメントありがとうございます!
今は金スマですかね~(笑)私はどうしても「知ってるつもり」が印象に!
西ガッキーの相手が父親と再婚!!それはドラマチックですね^^
あ~私もそこまで想像力を広げればよかった!(笑)
確かに、原作の琴子ちゃんみたいな人になってしまいました、西垣先生!
なんていい人なんだ…と自分で書きながら思ってしまいました~。
TOMさんによちよちと慰められるくらいのいい人に仕上がってよかったです!…にしても、下手に慰めると、西ガッキーの餌食になっちゃいますよ(笑)

まあちさん
ほうほう、まあちさんはそう考えましたか。
それにしても、そっちの方で頭がいっぱいになるとは(笑)
西ガッキーのことを力入れ過ぎて書きすぎたかな?

Foxさん
「FF」と入っていたので、お名前を見た時に「ファイナルファン○ジー!?」と思ってしまいました(笑)
風邪、大丈夫ですか?とうとう本格的な風邪シーズンとなってきましたよね。
あまりひどくならないうちに、しっかりと休養をとって下さいね!
それにしても、すっかりドナドナ琴子ちゃんが定番となってしまいました!

ゆうさん
今のガッキーからは想像できないような、一途さがあったということにしてしまいました!
傷が深いだろうから…なかなか初心に戻るまでは難しいかもしれませんね。

まあちさん
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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