日々草子 続・君と綴る文字 3

続・君と綴る文字 3




夕食の最中も、直樹は不機嫌だった。
「あの…旦那様。お代わりは?」
「まずい飯だからいらない。」
「…すみません。」
差し出したお盆をすごすごと卓袱台の下に置く琴子。

「こんなまずい飯しか作れないのに、よく人の家に手伝いに行くなんて思うもんだ。」
箸を置いた後も、直樹は琴子はチクチクと嫌味を言う。
「…でも、西垣先生は炊事はしなくていいと。」
「炊事しなかったら何の手伝いをするんだか。」
「…。」

琴子の申し出に西垣は大喜びだった。
「もちろん、きちんと報酬は払うから。」
その言葉に内心琴子も大喜びだった。自分の力で稼いだお金であの万年筆を買えるかもしれない。
しかし、二人とは正反対で直樹は不機嫌になってしまった。


「だって…。」
俯いた琴子の口から、言葉が漏れた。
「何だよ?」
「その…私、旦那様に紹介していただけるようなお嫁さんになりたいんです。」
「紹介?」
「はい。」
琴子は前掛けをギュッと握りしめる。

「…私が不甲斐ない嫁だから、旦那様はお友達や西垣先生に私を紹介したくないんでしょう?」
「は?」
「だって、この間も今日も、“もういいから下がれ”って。」
どうやら琴子は大きな勘違いをしているらしい。
直樹が客の前から琴子を下がらせたいのは、大事な妻を他の男の前に晒したくないのだが。もっともそれも口に出して言わないのだから、琴子には伝わってはいない。

「私…女中奉公をしようと思ったのは、行儀作法が身につくんじゃないかと思ったのです。」
「嘘付け。お前、ここに来た時“旦那様の話相手をしてればいいから”とか言ってただろ。それで俺に“それは妾奉公だ”と言われたのを忘れたのか?」
「それはそれ、これはこれで。」
「調子のいい奴。」
「でも、その…ご縁があって旦那様の奥様にしていただけて…。」
琴子はポッと顔を赤らめた。そんな様子が可愛いと直樹は思ったが、口にしない。
「だけど、旦那様の優しさに甘えてしまって、なんかこう…身についていないことも多いんじゃないかなって最近思うようになって。」
「で?」
「ここはよそ様で修業をしてきた方がいいのかなと。」
そこまで話すと、琴子は直樹の顔を見た。
「…勿論、家のこともちゃんとやりますし、旦那様にご迷惑はかけません!少しの間だけ、琴子の我儘をお許し下さい!」
そして両手を突き、頭を下げる琴子。

ここまで来ると琴子はテコでも動かないことは明白だった。自分で口にしたとおり、きっと家庭と西垣の手伝いを両立するだろう。
そして、琴子が手伝いたいという目的も分かったことだし、直樹に反対する理由はなかった。

「…あんまり向こうに迷惑かけないように。」
直樹の返事に、琴子は顔を輝かせた。

「そっかあ。それで旦那様は心配だったのですね?」
「え?」
やっと機嫌を直したらしい直樹に安心した琴子。
「私が西垣先生に迷惑をかけるのではと、心配していたから私を行かせたくなかったのでしょう?それで不機嫌だったと。」
「…まあ、な。」
新聞を読みながら、曖昧な返事をする直樹。
「大丈夫です!お引き受けしたからには、きちんとやってまいります!」
琴子は胸を叩いた。
「…。」
不機嫌な理由は、自分以外の男の世話を琴子がすることが面白くなかったのであるが…それは口にはできない。
「…まだ機嫌は直ってない。」
「え?」
琴子の顔にまた心配の色が出始めた ――。



「…御機嫌、直りましたか?」
「…ちょっとだけ。」
「そんな…。」
困り果てる琴子が愉快で、直樹はそのやわらかい素肌の体を抱きしめた。
「旦那様がこうしたら、機嫌を直すと仰ったから…。」
「…。」
直樹から返事はない。
「旦那様?聞こえてますか?」
「…。」
相変わらず直樹は何も返さない。
「あの…。」
困った琴子の耳に直樹は唇を近付けた。
「…二人で一つの布団に入った時は、その呼び方じゃ返事をしないって、言ったろ?」
「あ…。」
やっと気がついた琴子は、その囁かれた耳を赤くした。

「あの…な…な…。」
「ん?」
すっかり機嫌は直しているのだが、琴子の戸惑いを楽しんでいる直樹。
「…茄子の煮浸しって好き…ですか?」
だが恥ずかしくてなかなか名前を呼べない琴子から出たのは違うことだった。
「…普通。」
「そう…ですか。」
しゅんとなる琴子。

「もう、お前なんて知らない。」
名前を呼んでもらえないことが面白くない直樹は子供のように拗ねてしまい、琴子に背を向けてしまった。
「そ、そんな!」
琴子は慌てふためく。
「あの、ごめんなさい!」
直樹の背中にしがみつく琴子。その可愛い胸が背中に当たり、心地よさを招く。
「…許して下さい…直樹さん。」
小声で、そして真っ赤になって、やっと琴子はその名前を囁いた。

「ったく…世話の焼ける奴。」
直樹は体を琴子へと反転させた。そして、
「…俺をここまで焦らせた罰だからな。」
と、半泣きになっている琴子の体をもう一度組み敷いたのだった ――。



「ここか。」
数日後、琴子は西垣の家の前に立っていた。今日は手伝いの初日である。

「やあやあ、いらっしゃい!」
西垣は笑顔で琴子を出迎えた。
「よろしくお願いいたします。」
きちんと頭を下げる琴子に、
「うん。こちらこそよろしく。」
と西垣も頭を下げる。

西垣の医院は予約制で、開院しているのも週に三日だという。
「大学病院に籍を置いているからね。こっちはまあ…小遣い稼ぎって感じかな?」
「はあ…。」
がらんとした待合室を見ながら、思わず直樹の医院と比べる琴子。その待合室も予約制だからか、直樹の所の半分以下の広さ。
―― 病院にもいろいろあるのね…。
琴子はそう思わずにいられない。

「琴子ちゃんは、ここと診察室、そして上の住居部分の掃除だけしてくれればいいよ。」
「はい。」
「あ、文字の練習の道具は持ってきた?」
「はい。」
琴子は手にしていた手提げ袋から、帳面と鉛筆を取り出した。
「うんうん。空いている時間には練習していていいからね。好きに過ごしてね。」
「はい。」
こんなに楽な仕事でお金をもらってもいいのだろうか?琴子はそう思わずにいられない。

だが…。
楽な仕事だと思っていた西垣医院の手伝いが、琴子の想像を絶するものだということに、この時の琴子はまだ気が付いていなかったのである ――。









☆あとがき
…と、ゆったりとした流れのお話です。
寒い夜、温かいお茶でもお伴に、気楽に読んで頂ければ嬉しいです^^
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直樹ってば

直樹の意地っ張り!何で琴子に お前は俺の世話だけして欲しいって 素直に言わないの
琴子は相変わらず 全く気付いてないし…
何もなければいいけど(^o^;)

 足らんすぎる・・・

   こんばんは
やっぱ万年筆の為だったのかぁ・・・。 直樹は 心内を隠すから、ダメなんだよぉ。  全てにおいて言葉足らずだから・・・
 でも、お手伝いって何? 西垣先生だから怪しすぎる・・・女絡みだったりして・・・ 私の中で 西垣先生から女は外せません。 琴子・・・ガードしてねぇ。

こんばんは

西垣先生は何か企んでいますねぇ・・・・・?怪しすぎます・・・。
琴子を自分の病院を手伝わせるように仕向けて・・・琴子にちょっかいを出そうと思っているのではなかろうか・・・・?
人のものに手を出したくなる・・・・・、という習慣が西垣先生にはあるのではないでしょうか・・・?
琴子がかわいいから・・・・・と言っていくらなんでも人妻にちょっかいを出し
たらいけませんよ・・・・・後でしっぺ返しがきますよ・・・・西垣先生?!
直樹を本気で怒らせたら怖いですからねぇ・・・。
琴子にしたことより・・・・100倍返しが返ってきそうなきがします・・・・。

まだまだ続く?=わくわく

水玉さん、こんばんは♪

琴子ちゃんが入江くんに、ちゃんと勘違いを口にしてくれてよかったです。
でも、入江くんからのフォローは無し。
「俺、嫉妬深いんだ!」・・・入江くんが言うわけないですね!!(笑)

・・・琴子ちゃん「…御機嫌、直りましたか?」・・・もう!なんて健気でかわいいの~!!~☆
入江くん機嫌直すどころか大満足のご様子!!(笑)

琴子ちゃんのアルバイトの今後は~???

西垣先生の正体は~???

水玉さんごめんなさ~い!ゆったりに思えないです!
“わくわく!ドキドキ!”しながら楽しませていただいていいですか~?^^♪

コメントありがとうございます!

コメントありがとうございます!

さくらさん
それを絶対言わないのが入江くんなんですよ~(笑)
だから二人は時々すれ違っちゃうと!
きっとそう言ったら、琴子ちゃんは「はい、そうします」と素直に従うんでしょうね~♪

吉キチさん
そうなんですよね、心の中を見せないからすれ違いや誤解が生じてしまうんですよね~。
そして、西垣先生から女の人ははずせない!!私もそう思います!!
あの先生が女なしで生きて行くことは不可能ですからね。琴子ちゃんに悪影響がなければいいけど…。

ゆうさん
怖いですね~入江くんの100倍返し!!
その恐ろしさを気が付いているのかどうか~ブルブルッ!
琴子ちゃんに手を出すなんて、大それたことを考えなければいいですけどね。
でも西垣先生はきっと琴子ちゃんを可愛い妹のように見ているんじゃないかなあという気もします♪

あおさん
「俺、嫉妬深いんだ」…見たい!それを口にする入江くんを激しく見たいです!!!!!
それにしても、そんないやらしい(なんてことを(笑))入江くんの本心に気がつかずに、一生懸命御機嫌とって…。
こんなに尽くされて、これ以上琴子ちゃんに何を求める気なの、入江くん!!
今回のお話は特に山あり谷ありという風にしていないので、ちょっとその辺がとても心配だったのですが、あおさんにわくわく!ドキドキ!してもらえて、すっごく嬉しかったです!!ありがとうございます!またパワー出ました!!

TOMさん
こちらこそ、続けてのコメントありがとうございます!!
ちょっと甘えん坊すぎるかなと心配だったのですが(あ、入江くんですけど)、そこをTOMさんに気に入っていただけてよかった~!!
私は琴子ちゃんに優しい入江くんが見たくて二次を書き始めたので、嫉妬させてもついそのあとは甘くしてしまいます^^
連日、私の方こそ皆様のコメントでニマニマさせていただいております♪
にしても、アオリすぎましたね、私…^^;

Foxさん
お~用意万端!!!
カステラといえば、私、室町カステラが気になっていて…。新聞広告で見て、一度買ってみたくてたまりません!
琴子ちゃんは自分のことは二の次で、いつも入江くんが一番ですもんね。そのけなげな心にこの我侭で意地っ張りで甘えん坊(こうして書くとどうしようもない男ですね(笑))な旦那さまが気がつくかどうか…。

chan-BBさん
あらバレまして?
もう私の琴子ちゃんへの愛を思う存分ぶつけております!!はい!!
だって、健気な琴子ちゃんって私の大好物なんです~!!
そして…分かります!!
歪んだタイプ…私も好みです!「私にあなたの世界を見せて、少しでいいから♪」とか思ったり…え?もしかして、そこは違う?
入江くんの幼稚ぶりは…まあ、大学卒業直前でやきもちというものを初めて知ったくらいですものね!!そこがまためんこいのですが(笑)

佑さん
ガッキーは意地悪はしませんものね!彼はどんな女性にも優しいタイプですから!
すみません…アオりすぎましたm(__)m

まあちさん
そんなリピートするほどでは!!
でも一応…琴子ちゃんが腰を抜かすくらいのびっくりすることは用意しているつもり…ですが(笑)

えま@あきばさん
描いて下さーい♪

紀子ママさん
風呂場の薪の燃え残しの炭でもやっときゃいいんです←大大大爆笑!!!
すごい、あげたくなりました!!
紀子ママさん、最高すぎです!!!
今回、書きあげてみたら…予想外に可愛い入江くんが出来上がってしまいましたー!
私も、まさかあんなセリフを入江くんに言わせるとは…ちょっと自分にびっくりしております。

meganeさん
そりゃあ不機嫌になりますよね!他の男の人と二人きりになるわけですから…。
想像を絶するとは…琴子ちゃんがびっくりするような、という意味なのですが…緊張してきました^^;

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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