日々草子 続・君と綴る文字 2

続・君と綴る文字 2




「大丈夫ですか?」
琴子は氷を男の頭に当てる。
「ああ、平気、平気。ありがとうね。」
男は氷を受け取りながら、琴子に笑顔を向けた。

「で、あの…。」
何か言いたそうにしている琴子に男が気がつく。
「あ、自己紹介がまだだったね。」
「名乗る者でもないから。」
愛想のいい男とは対照的に、直樹は冷ややかな視線を男へ向け続けている。
「僕ね、西垣っていいます。あそこにいる仏頂面の男とは大学病院で知り合ったの。」
「まあ…。」
琴子は直樹を見た。
「それならきちんと紹介して下さい、旦那様。」
「だから紹介するほどの人間じゃないって言ってるだろう。」
「くう!いいねえ、“旦那様”だって!!」
琴子が口にした「旦那様」という言葉に西垣は興奮し、自分の膝を激しく叩いた。

「申し訳ございません。お茶もお出ししないで。」
騒ぎの中、まだ何も出していないことに気がついた琴子は慌てて立ちあがった。
「ああ、琴子。」
台所へ向かおうとした琴子を直樹は呼び止める。
「…青木でいいから。」
「ええ!」
直樹の言葉を聞き、琴子は眉を潜めた。
「でも、旦那様…。」
「いいから、この人は青木でいい。」
西垣は直樹を仰ぎ、
「何?お酒なの?」
と顔を綻ばせる。
「“青木”ねえ…聞いたことのない名前だけど。でもお前の実家、相当な資産家だからきっとそこからくすねてきた銘酒なんだろうな。」
西垣は一人勝手に話を進めている。

「ほら、本人もそれでいいと言っているんだから。」
「でも、旦那様…。」
まだ躊躇している琴子に、
「琴子ちゃん、ほら、旦那様の言うことには従わないとね。」
と、西垣が調子のいいことを言った。
仕方なく、琴子は台所へと向かった。

「どうぞ…。」
お盆に載せて運ばれて来たのは、コップ一杯に満たされた透明の液体だった。
「どうも、どうも。ああ、冷やで飲むのがおいしいお酒なんだね。」
西垣はコップを手に取り、直樹を見る。
「お前も開業して、こんな可愛い子を傍に置いて、少しくだけた性格になったんだね。こんな真っ昼間から酒を出すようになるなんて、話が分かる男に成長したもんだ。」
そして西垣はコップに口をつけた。

「…何だよ、これ!!水じゃないか!!」
「そちらが勝手に酒だと勘違いしたんでしょう?」
怒る西垣に対し、直樹はどこまでも冷静である。
「だから、反対したのに…。」
直樹の横で琴子はオロオロしている。
「何だよ、“青木”って!!それなら最初から水って言えよ!!」

以前、この家には青木という迷惑な客がやってきた。その時に直樹が「出すのは水で十分だ」と琴子に命じ、水を出したことから、二人の間では「青木=この客は水を出せば十分」という隠語ができていたのである。

「琴子。」
怒る西垣を無視し、直樹は琴子を見た。
「そこにほうきをさかさまに立てかけておきなさい。」
「旦那様!」
「いいから。早く帰るように。」
「…そういうのは、僕が聞こえない場所でこっそりと話してほしいんだけど。」
しかし、そこまでされても西垣が動く気配は一向になかった。



「で、何の用なんですか?」
「ああ、そうそう。」
ようやく用件を思い出した西垣。
「悪いんだけど、医学書を借りたくて。」
「医者のくせに医学書も持っていないんですか?」
そう言いながらも、早く帰ってほしいのか直樹は診察室へ本を取りに席を立った。



「あれ、これは何だ?」
居間に取り残された琴子と西垣。西垣はそこに落ちていた紙を拾う。
「あ、それは…。」
「清水じろちょう…森の石松…。」
それは琴子が字の練習をしていたものであった。
「これ、琴子ちゃんが書いたのかな?」
琴子に返しながら、西垣は温和な笑みを浮かべて訊ねた。
「はい…。」
何と恥ずかしい物を見せてしまったのだろうか。琴子は真っ赤になって紙を握りしめてうつむいてしまった。
「…あの…私、このお家に来たばかりの頃は…まったく読み書きができなくて。それで旦那様が教えて下さって…。」
「へえ、あの冷血漢がねえ!」
「旦那様はとてもお優しいです!」
琴子は顔を上げ、はっきりと言った。
「ああ、ごめんね。そうだね、琴子ちゃんの大事な旦那様だもんね。」
西垣は謝った。

「でも偉いなあ。奥さんの仕事も大変なのに、こうやって勉強もして。」
西垣の言葉に、琴子は目を見開いた。
「え?何?僕、何かおかしなこと言った?」
琴子の様子に、今度は西垣がたじろいだ。
「今…奥さんって…。」
「え?ああ、だって琴子ちゃんは入江の奥さんでしょう?」
当然のことを口にしたまでだと西垣は続けた。
「嬉しい…。」
琴子は頬を染め、目に涙を浮かべる。
「え?え?何?どうしたの?」
西垣はまたたじろぐ。
「旦那様のお知り合いに…奥さんと言っていただけたの…初めてなんです…。」
「え?」
そして琴子は西垣に、この間、直樹の友人たちに妻と見られなかったことを説明した。

「ああ、それはそいつらが勝手に入江の奥さん像を作り上げていたんだろうな。」
西垣は明るく笑った。
「でも…それは私が至らないからじゃないかと…。」
「いやいや。ほら、入江って見栄えのする男でしょう?だから奥さんもああいう冷たい感じのツンとした女に違いないとか思っていたんじゃないかな?」
「でもそれは…。」
つまり自分が直樹とは不釣り合いだと思われたということになるんじゃないかと琴子は内心思った。



「ほら、見つかりましたよ。」
そこへ直樹が医学書を手に戻ってきた。
「ああ、ありがとう。借りるよ。」
「さっさと帰って下さい。」
「もう、冷たいなあ。」
そして直樹は琴子に、
「ここはもういいから、向こうにいろ。」
と命じる。
この間も同じことを言われたと琴子は思った。客が来るたびに追い出されているような気がする。
―― 旦那様、私をお客様の前に出したくないみたい…。
そんな気がしてならない琴子だが、従おうと立ち上がった。

「でもいいね。家に女の子がいるっていうのは明るくて。」
「おたくにだって女中がいるでしょう。」
直樹と西垣は相変わらずやり合っている。琴子はもう少し話を聞きたくて、わざとゆっくりと動作を起こしていた。
「いや、それがね。ちょっと休んでいて。」
「給金の支払いができなくなったんでしょう?」
「違うよ。ちょっと事情がね。」
そして西垣は溜息をついた。

「あーあ。全く女中がいないと家のこともしなければならないし、かといって医院を休むわけにもいかないし。大変なんだよね。」

「だったらこんな所で油を売っている暇はないでしょう。ほら帰った、帰った。」

障子を開けようとした琴子の手が止まった。

「ん?琴子ちゃん、どうかした?」
「あ、あの…。」
琴子は西垣と直樹の傍に駆け戻った。そんな琴子に驚く二人。

「あの…よかったら…。」
もじもじしながら、でも琴子は西垣を見てはっきりと口にした。

「私が、西垣先生の所へお手伝いに行きましょうか?」







☆あとがき
『続・君と…」というタイトルにしてしまいましたが、文字とあまり関係のない話になりそうです。
ごめんなさい!
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comment

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水玉さま、こんばんは(^-^*)/続きをありがとうございます!

ガッキー=オタッキー(笑)
扱いが同じって(>_<)ププっ

直樹にしてみりゃ、どっちもくだらない男なんでしょうね!

そして波乱の予感!?嫉妬にまみれた冷血漢?楽しみっす!←私は基本ドSなんでw

水玉さん、?がいっぱいです!

青木=コップに水(笑)
招かざる客=西垣先生・・・
一斗缶で殴られてもなんのその!
医学書を口実に「入江の奥方拝見~^^」とデーター収集にお宅訪問?
入江くんの帰れコールにもなんのその。。。入江くんの扱い?にも慣れているよう?(笑)

えっ!驚きの発言!琴子ちゃんが西垣先生のところにお手伝いに?ナゼ?

これからどんな展開が待っているの~?(わくわく)

続き楽しみにお待ちしております!よろしくお願いします!!~♪

 やられちゃえ・・・エヘヘ

    こんにちは
隠語 面白いですねぇ・・・ほうき もセット・・・なお良いです。
なんだか私は西垣先生が直樹に虐められるの大好きみたいです。琴子はなら嫌ですが・・・。
ファンの方はゴメンなさい・・・ですが・・・ 今度は・・・よからぬ発言で一斗缶以上は なんだろうかぁが楽しみです。
さぁ~直樹は行かすんでしようかねぇ。 琴子の願い・・・西垣先生できるんやろかぁねぇ・・・? 
負けるなぁ琴子・・・   色々 直樹が勘違いせんだら良いんですがねぇ・・・無理でしょう。

こんばんは

琴子に抱きついた野郎って西垣先生だったのね・・・・・・!!
琴子に抱きつくのって須藤さんか・・・武人君か・・・・西垣先生の
どれかだと思っていました・・・。
琴子・・・・今その時に言った言葉取り消したほうがいいと思うよ・・・・?
西垣先生の事だから、それを幸いに・・・?いいことに・・・?
人の奥さんにちょっかいを出しそうな気がします・・・。
琴子の事だから後悔後に立たずが出てきそうな気がします・・・。


コメントありがとうございます!!

コメントありがとうございます♪

scorさん
本当に…。
ガッキーも自分と同じ扱いをされた男が青木だと知ったら…そして青木がどんな男かを知ったら激昂するでしょうね(*^_^*)
scorさん、ドSなんですか(笑)うわ~それじゃどんなに琴子ちゃんをいじめてもOKってことですか(笑)

あおさん
ここまで自分が招かざれる客だと分かっても、それでも居座り続ける、ある意味すごい男、西垣先生!
あおさんがおっしゃる通り、データ収集のために来たんでしょうね!琴子ちゃんが奥さんだと今知ったという感じですが、どこかで愛する後輩くんが結婚したと聞きつけ、見に来たに違いないですもん!!

吉キチさん
西垣先生がいじめられるのはOKなんですか?また新しいSさんを発見(笑)
でもそんな私も、入江くんが西垣先生を苦しめる話を書くことは楽しいです(^◇^)

ゆうさん
一応、西垣先生も医者という地位についていることから、そんなヘンテコなことはしないはず(笑)
堂々と琴子ちゃんの手を取る、ある意味勇気ある男は西垣先生くらいでしょう!

佑さん
そうですよね!!西垣先生は見た目で決めつけない!!女たらしでどうしようもないですが、唯一?の美点がそこかもしれません。
この後、『琴子ちゃん、パートに出る』と続きます(笑)

まあちさん
使ってみて!!青木(笑)←と、勧めたらまずいですね(笑)
本当に疑うことを知らない琴子ちゃん、だから旦那様の本心も見えることなく…なんて可愛い、でも危険な子です^^
オオカミさんに食べられないように気をつけて!

紀子ママさん
琴子ちゃんの操(笑)
琴子ちゃんはまっすぐで純粋だから、入江くんのねじ曲がった心を理解できないでしょうね。いや、そもそもねじ曲がっているとも思っていないんだろうな。

TOMさん
琴子ちゃんに横恋慕するキャラ…青木くらいしか浮かばないんですよ(笑)
もう本当に青木ファンの皆様(いたらの話ですけど)には申し訳なくて…涙
西ガッキー、本当にいいキャラですよね!入江くんをいじるキャラとしては最高!!
TOMさんのコメントで、楽しんでいただけていることがすごく、すごーく伝わってきて…ガッツが出てきました!!ありがとうございます!!

はるさん
初めまして、コメントありがとうございます!
原作を読んでいる感覚…そんな風に思っていただけるなんて、嬉しすぎます!!
自分ではいつも「あ~また原作から逸脱した…」と思っているので^^;
『君と綴る文字』は、私もとても好きな話なので…続編を書き始めた今、「書かなきゃよかった」となるんじゃないかなとヒヤヒヤし続けております。
よろしければ、最後までお付き合いいただいて…その時にコメントをちょこっと残していただけると嬉しいです♪

るんるんさん
私もここの琴子ちゃんは、可愛いなと自分で思ってしまってます(笑)
その可愛らしさを壊さぬよう、頑張っているのですが…どうでしょうか?
ちょっとまだドキドキしております。

Foxさん
もれなく直樹の嫉妬…(笑)
でもそれでもきっと、ガッキーは琴子ちゃんを雇うでしょう(笑)可愛さ(失敗)>嫉妬ですもん!!
というより、入江くんのその嫉妬すら、楽しみだったりして…ドMなガッキーですから^m^

meganeさん
そうなんですよね!自分だけの大事な大事な宝物にしておきたいから、友達にもガッキーにも見せたくないのに、そこを琴子ちゃんが気がつかないものだから…(笑)
愛されていることにいつ気がつくのでしょうか、琴子ちゃん♪



プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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