日々草子 何度でも恋をする 6

何度でも恋をする 6




医者となるからには、自分の妻の記憶喪失についてはよく知りたい。できればその対処方法、治る見込み等も知りたかった。そこで直樹は脳神経外科だけでなく、精神、心療と関係があると思われるのではないかと、あらゆる診療科にせっせと足を運んでいたのである。

「それで…戻るの?」
「…ひょんな時に戻ることもあれば、そのままかも。」
それだけ毎晩遅くまで研究したにもかかわらず、結果は芳しくないものであった。

「…。」
黙り込む琴子。さすがにショックだったかと直樹は思った。

「…でも。」
琴子は顔を上げた。
「…記憶って戻らないとだめ?」
「え?」
これまた意外な言葉が琴子から飛び出した。
「戻らないと…だめ?」
琴子はじっと直樹を見つめる。
「だって、戻らないとお前…不安だろ?」
自分を見つめるその大きな目に吸い込まれそうになる錯覚を直樹は覚えた。

「最初はそう思ってたんだけど。」
まだ琴子の手は直樹の服を握ったままだった。
「でも…別に戻らなくてもいいかなって気になってきて。」
「何で?」
「だって、もう高校は受かってるし、大学まで進んでいるし。」
「何だよ、もう受験勉強の必要がなくなったのが理由か?」
可愛い理由に直樹は笑う。
「それだけじゃないもん。」
琴子は言葉を選んでいる様子だった。

「だって…何か私…素敵な旦那様がいるみたいだから、このままでも困らないかなって…。」
やっとのことで出た台詞。そして琴子はその台詞を口にすると頬をほんのりと赤く染めた。

「あの、そりゃあ…私は美人じゃないし、頭だってあんまり良くないし。性格だってあなたが馬鹿にするように子供っぽいし。」
この数日間、直樹と一緒にいた時に何人の女性の視線を感じたことか。最初は「何でこんな人が」と思っていた琴子だが、やがて「どうしてこんな女と一緒にいるんだろう」って思われているのかと不安になっていた。

「でも…。」
「でも?」
琴子は頬を赤くしたまま、直樹の顔を見つめる。

「でも、私はあなたが好きなの。好きになってしまったの。」

琴子の『愛の告白』に直樹は驚きを隠せなかった。
そしてその驚きの表情は琴子を更に不安にさせる。

「やっぱり…だめ?こんなお馬鹿な子供は…。」
一体どんな経緯で結婚したのかは分からないことは相変わらず不安なまま。更に中身が15歳に逆行してしまった今の自分を受け入れてくれると思うのは、無理な話に違いない。

「あ、気にしないで。言いたかっただけだし…。」
琴子は直樹を気遣った。

「あの、本当に。気にしないでいいか…。」
重ねて言おうとした琴子の唇が、その時動かなくなる。

―― 直樹の唇が琴子の唇に重なっていた。



「…。」
唇が離れた後の琴子の顔は、首まで真っ赤に染まっていた。まるで熟れたトマトのようだと直樹は思い、思わず笑みがこぼれる。

「…ス。」
「え?」
「…ファーストキス。」
消えそうな声で呟くと、琴子は俯いてしまった。
「ああ、そうか。」
直樹はクスッと笑う。成程、中学生の琴子にとってはキスは初体験にちがいない。もうキスは何回もしているのだが。

直樹は俯いたままの琴子を抱き締める。ほのかにシャンプーの香りがする。

「俺が相手じゃ不満?」
直樹の腕の中で琴子が頭を振った。

「…俺はお前が中学生だろうがなんだろうが、こうやって一緒にいたいよ。」
自分の気持ちを率直に直樹は語る。恐る恐る、琴子は顔を上げた。その目にはまだ不安が色濃く残っている。

「俺は、琴子が中学生だろうが、小学生に戻ろうが、80歳のおばあさんになろうが…ずっと好きだから。」
琴子の視線を感じながら、直樹はゆっくりと言った。

「俺はどんな琴子になってもその度に、何度でも琴子に恋をする。」

その言葉の後、琴子の目から不安が少しずつ消え始めた。

「私も…。」

琴子は直樹の腕から顔を出す。

「私も記憶をなくしても、何度でもあなたに恋をする。」

直樹の顔に笑顔が広がり、そしてその笑顔は琴子にも広がった。
直樹は琴子を強く抱きしめる。
そして直樹は優しく言った。
「入江くん。」
「え?」
思わず訊き返す琴子。
「お前は、俺のことをいつも“入江くん”って呼ぶんだ。」
「そうなの?」
「ああ。だから呼んでみて。」
少しためらう様子を見せた琴子だったが、やがてその可愛い唇から、
「入江くん…。」
という言葉が漏れた。
「やっと呼んでもらえた。」
直樹の声は喜びに溢れていた。

「あの…ね?入江くん…?」
まだどこかそう呼ぶことに緊張をしているらしい琴子の声。
「何?」
「あの…その…。」
「何?」
腕の中で、なぜか琴子がもじもじとし出している。

「あの…その…。」
「何だよ?」
トイレでも行きたくなったのだろうか。きっとこうされることは中学生の琴子には初めてだろうから、その辺を口にしづらいのかもしれない。

「…一緒にここで寝てもいい?」
どうやら琴子はトイレに行きたいわけではないらしい。
「ここで?」
「うん。今夜は入江くんと一緒にずっといたいの…。」
恥ずかしがりながら呟く琴子。そんな愛らしい妻の希望を断る理由など直樹にはない。



もしかしたら、風呂に入っている間に琴子は客間に戻ってしまったのでは。
そんな不安を抱きつつ、直樹は寝室のドアを開けた。

「お帰りなさい。」
琴子はちゃんと、いつもの二人のベッドの中で待っていた。そしていつもの笑顔で直樹を迎えた。
「ただいま。」
琴子につられて返事をし、直樹はその隣にそっと潜り込む。

ベッドに入ると、琴子がそっと甘えるように直樹にすり寄る。直樹は思わず手を伸ばしてその肩を抱き寄せたかったがぐっと堪えた。

「あの…。」
まだどこか遠慮がちな琴子。
「その…。」
「また“その”か」と直樹は内心苦笑する。
「ええと…その…もしも…なんだけど。」
「もしも?」
「もしも…あなた…じゃない、入江くんがよかったら…。」
「?」
またベッドの中でもじもじとする琴子。

「お、お。」
「おトイレについてきて?」
「違う!!」
琴子は頬を膨らませて、直樹を叩く真似をした。

「…大人の階段、上っても…いいよ?」

そう言うと琴子は枕に顔を埋めてしまった。

「大人の階段…。」
まさか中学生(体は大人だが)から夜のお誘いを受けようとは。しかも、大人の時ですら、琴子の口からそんな言葉を聞いたことはない。

「大人になりたいんだ?」
直樹は琴子の耳元に、からかうように囁いた。

「…ちょっとだけ。」
琴子は目だけ直樹に一瞬向けると、すぐに枕に顔を埋めた。

「怖くない?」
また直樹は囁く。今度は琴子は顔を直樹へと向けた。
「うん…。だってもう…大人の階段上っちゃってるんでしょう?よく分からないけど。」
「まあね。」
「それに…入江くんとだったら…そうなりたいなって何だか思えたの。」
そこまで小さな声で話していた琴子だった。しかし、
「あー!!何言ってるんだろ、私!!中学生なのに!!」
と叫んだ。どうやら自分の言っていることが間違っているように思えたらしい。

「本当に?」
「え?」
興奮していた琴子が、直樹の声に顔を向けた。
「本当に、俺と一緒に大人の階段上る?」
「…。」
琴子は息を呑んだ。直樹の顔は真剣である。
「…中学生でもいいの?」
琴子の素朴な問いに直樹の顔に笑みがこぼれた。
「言ったろ?中学生でも琴子である限り、俺は恋をするって。」
「入江くん…。」
そして琴子は目をそっと閉じた。直樹はまたキスをする。

―― 何度でも恋をする。

キスを交わしながら、二人は同じことを考えていた。
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comment

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はうっ

5話目にコメントをさせていただいて、戻ってみるとなんと6話目が更新されて
いるではないですか!!

やっぱりどんな時でも琴子が素直になるのが先なんですね!
で、直樹はやっぱり琴子に救われて、癒されて後押しされるんです。。

最初タイトルを拝見したとき、記憶をなくしてもやっぱり入江君の事を好きになるという事かな?
と思っていたのですが。

そうですよね~~~~!!!

直樹もやっぱり琴子に何度でも恋をするんです!
この言葉が直樹から先に出てくるなんて思ってもみなかったので、ここで
思いっきり打ち抜かれてしまいました。涙涙

不安な琴子を少しでも安心させるためにも、そして変わらぬ想いを中学生の琴子にもわかりやすく伝えるためにも・・・・・


琴子に入江くんと呼んでもらえるようになって(やっぱり琴子の「入江くん」は特別ですから)甘あまな二人、気持ちが通じあって。読んでいてもう嬉しくてたまらない、涙が出ているのに・・・

何でつっこみがトイレ??しかも大人の階段・・・って
思わず歌ってしまいました!
感動で涙流しながら思わずぷっっと笑って、しかも歌を思わず歌わせるなんて!

水玉様恐れ入りました!

二人の幸せを祈っています!

段々と面白い展開になってきましたねvvvまさか・・・琴子の口から「大人の階段登る」なんて言葉には驚き!!直樹だってびっくりだよねvvv好奇心一杯の中身が中学生の琴子にとってはめ一杯の背伸びだね・・・何とも可愛らしい
このお話に出てくる「大人の階段のぼる~♪♪」って歌ありましたよね・・・何だか年齢ばれちゃいそう・・・

更新ありがとうございました!!

水玉さん、おはようございます!!

朝の一仕事を終えお邪魔し、6話の更新を見てわくわくしました!!

「お帰りなさい。」
「ただいま。」
この会話に温かいものがこみ上げてきました!!

入江くんは琴子ちゃんに、琴子ちゃんは入江くんに何度も恋する☆~♪

今日もいい日になりそうです!!
ありがとうございました!!

暖かイイ話ですね(*^_^*)

おはようございます~(*^_^*)

琴子ちゃんの記憶は喪失しても、相手を思いやる優しい気持ちや秘めている感情は失っていないんだなって、思いました(^_^)v

入江くんは、琴子ちゃんの言動に戸惑ったり、傷ついたりしただろうけど、よく冷静に耐えましたね~(*^-')ノ琴子ちゃんへの深い愛が良く解りました~(*^_^*)

とても心がポカポカ温かくなりました~(*^_^*)

前話と一気に読みました!!
言葉には出来ないくらい、感動しちゃいました。
↑こんな簡単な言葉では伝えられない!!

入江君って呼んでもらえてよかったね。
ドキドキし、そしてじーーんと温かくなりました。
もう!!水玉さん大好き♪

 お互いへのご褒美

    こんにちは
 この展開 大好きです。ありがとうございます。このお話しのタイトル~琴子が先かと思ってたのに直樹のお口~先だったので・・・めちゃ嬉しいです
 知り合った頃から琴子の、『何度でも恋をする』繰り返しで、そっぽ向かれかたのに、今直樹~の この言葉戻った時に伝えたいなぁ・・・。
 
 お二人で 二度目の『大人の階段』 琴子から自分の記憶が消え・・・寂しかったけど、めったに聞けない言葉に直樹は 嬉しかっただろうなぁ   つい、歌ってしまいました。 
   水玉さんありがとうございました。
 

こんにちは

琴子が小学生や中学生や80歳のおばあちゃんになってでも何度でも琴子に恋をする・・・・。直樹の言葉に思わず胸に響きますね・・・。


二人で『大人の階段』・・・・・勝手に二人してのぼって下さい・・・・
という感じです。

また…次のお話待っています・・。

コメントありがとうございます。

コメントありがとうございます♪

yumeさん
続けてのコメントありがとうございます~♪
そうですよね。
入江くんのことを「入江くん」と呼ぶ人は多いけれど、琴子ちゃんの「入江くん」は特別なんだと思います。だから結婚後も「入江くんはやめろ」と言わずにいるんじゃないかなって。
そして入江くんからのセリフなのですが。
この話を書き始めた時、色々な方から「琴子ちゃんは何度も恋をする」と言われたのですが、それを拝見しながら「フフフ。実は違うんだよ~」と一人ほくそ笑んでいたのは私です(笑)
トイレのツッコミ、こういうのをちょこちょこと入れないとコメディにならないし。
男の人って女の人のトイレタイミングとかに鈍感だから…(笑)
あと歌、大丈夫!この歌は色々な懐メロ番組で聞くし!最終話でさらに私がとんでもないセリフを書いておいたので。

RuRuさん
本当に中学生になんてことを言わせたんでしょうか(笑)
それに乗る入江くん…でももう限界だったんですよね、きっと。
心が中学生でも身体は23歳だし。
そんなことを言い聞かせてたんだろうな~。

あおさん
私こそ朝にあおさんのコメント拝見して、非常にるんるんな気分になりました♪ありがとうございます。
そしてガーデニングが御趣味とは!!素敵~♪
我が家も昔、バラの鉢を買ってきたことがあります。ベランダがせまいのでなかなか難しいのですが…。
チューリップ、素敵ですね!しかもオレンジだなんて!!
あれ妖怪に見えたんですね(笑)それなら合格だ♪
もう、ひたすら気持ち悪く見えるようにとそれだけを念じながら書いてましたから(笑)
絵が下手って悪いことばかりじゃないなとその時思いました。特に何も考えずに書いても、勝手に気持ち悪い絵に仕上げてくれるので(笑)
このバナーみたいな、くだらないことが大好きなんですよ、私♪

ナッキーさん
本当に(笑)あんなに散々酷い目にあわされていた入江くんにですら…。
しかも入江くんはいつものまんまだし(笑)
記憶がないだけで、心の本質は変わりないんですよね!
いつも話を書くときは「明るさを忘れず、ちょっとフンワリ温かくなれるような話を」と思っているので、そう言って頂けてとても嬉しいです♪ありがとうございます。

ゆみのすけさん
ありがとうございます!!
私もゆみのすけさんの顔がなんだか目に浮かんじゃいました!(お互い顔を知らないのに(笑))きっと笑顔で読んで下さったんだろうなと思ってます♪
今回もゆみのすけさんに喜んでいただけてよかったーー!!
私こそ、ゆみのすけさん大好き!!チュッチュッチュッ←恒例のキス(笑)

吉キチさん
吉キチさんもそう考えておられましたか!!
なんだか皆さんの予想を裏切れて…すごい嬉しい(笑)
私も書きながらこの歌が流れてました。「古いアルバムの中…」と、最初から(笑)
琴子ちゃん、自分がどれくらい入江くんに愛されているかは気がつかないままなんですよね。でもそこがいいところなんだろうな♪

ゆうさん
バカップルですよね(笑)傍から見ると、きっと。
ただ、まだ最終話じゃないんで…出来れば最後まで読んで頂けると嬉しいです^^

chan-BBさん
書けますって!!
もうchan-BBさんなら、「あ~こんな話、寝っ転びながらでも書けちゃう~」ってくらいのレベルですから!!
というか、私の方こそ、その素晴らしい話を広げる才能を分けてほしいくらいです!!どうやったらあんなふうに書けるんだろうって。
そのchan-BBさんの期待する優しさ、ギャグに走った私を許して下さい(笑)
バナー、すっかりはまっちゃいましたよ。
なんだか色々変えてみたくなりました。
ランキング、『円舞曲』がなかなか頑張っているんですよね…そういう意外な発見が楽しいです♪よかったらchan-BBさんもやってみて下さい!!

佑さん
中学生の琴子ちゃん、憎めない感じが出てますか?
時々毒を吐く、そんな所も可愛くて好きなんです、私♪

まあちさん
うわ~お久しぶりです!!お元気でいらっしゃいましたか?
私のこと忘れてしまったかと思いましたよ~。
琴子ちゃんが入江くんを好きなことと同じくらい、入江くんも琴子ちゃんを好きなんです。でも原作にもチラリとありましたが、入江くんの方がラブ度は大きそうですよね♪
今回の話は色々と小ネタを仕込んで、私も楽しかったです^^

紀子ママさん
ありがとうございます!
琴子ちゃんを可愛く書けたなら、私はもうほかに望むことはありません!!
入江くん、せっかくのお誘いを無駄にしないでね~。

Foxさん
珍しくタイトルに成功したのかな?私(笑)
何せ…タイトルセンスのない私ですから。
ここぞとばかりに、そのセリフを使いました~!!
Foxさんのお口に合った甘さを御提供出来て、ホッとしております。

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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