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2008.12.05 (Fri)

秘密 第16話

琴子はベッドに入ることもなく、一睡もせずに朝を迎えた。今日は夜勤の日だ。病院で直樹と顔を合わせるのが怖い。
「叩いたのはまずかったかな…。」
後悔して、またベッドに顔を埋めた。が、
「…でも、今回は絶対に私から謝ったりしないわよ!悪いのは入江くんなんだから!」
琴子はそう言って、自分を奮い立たせた。


【More】

「相原さん、先生方のシフト、一部変わったから。」
出勤して、同僚の看護師に琴子はシフト表を見せられた。見ると、直樹の勤務が3日連続当直になっている。
「入江先生ね、急に当直に入るって他の先生のシフトと変わったの。今診ている患者さんのことも心配だから、病院にしばらくいたいからって。それにしても入江先生、体、大丈夫かしらね?」
看護師が心配する。患者が心配だというのは本当だろうが、自分と顔を合わせたくないからだろうと琴子は察した。
「やっぱり怒ってるか…。派手に叩いちゃったもんな。」
琴子はシフト表を見ているうちに、今朝の強気な気分をどこかへ追いやってしまっていた。

ケンカしてから二日が経とうとしていた。琴子も夜勤が続いていた。そして直樹は夜は当直で医局にいたり、仮眠室にいたりしていたので二人が顔を合わせることはなかった。
そして三日目の午前、夜勤続きの毎日が一段落し、琴子が家へ戻り、寝ることもできないまま、ベッドにもたれていると、電話が鳴った。
「もしもし。」
琴子は空元気の声で電話に出た。

一方、直樹も満足に眠れないまま三日目の朝を迎えていた。さすがにフラフラしている。もっとも体よりも琴子に叩かれたショックの方が大きかった。
直樹が少しでも空いた時間を休息に当てようと、仮眠室へ向かって廊下を歩いていると、反対側から今、一番会いたくない人間がやってきた。水沢である。
水沢も夜勤明けなのだろう。いつもの白衣を脱いでいる。

「入江先生、お疲れのようですね?」
いつもと変わらず笑顔で話しかけてきた。
この男のせいでなぜ自分と琴子が大喧嘩になり、挙句の果てに琴子に殴られなければいけないのかと思うと、ますます腹が立ってきた。もちろん、これが逆恨みであることにも直樹は分かっていた。が、それでもあまり話をしたくない。適当に流してさっさとこの男から離れたかった。
「患者から目が離せなかったものですから。」
「大変ですね!体に気をつけて下さいね。」
それだけ言って、二人はすれ違った。
あまり話さずに済んだと安心した直樹が歩いていると、廊下に何か落ちている。拾い上げると、写真のようだ。写真には中年の男女が仲良さ気に笑顔で写っている。裏を返すと、水沢の身分証だった。この身分証がないと、病院の通用口を通してもらえない。これから帰るのだから、困るだろう。困ることを知って無視するなんて、これ以上器の小さい男にはなりたくなかったので、仕方なく直樹は水沢の後を追った。

「落とし物!」
何とか通用口手前で水沢を捕まえることができた。水沢は直樹の手の身分証を見て、陽や魚としたことに気がついたようだった。
「すみません!」
水沢が直樹に近寄ってきた。直樹は渡す際に写真の方を表へ向けてしまった。水沢が言った。
「…両親なんです。」
「え?」
「写真。亡くなったんです。震災で。」
「ああ…。」
「女々しいでしょう?男のくせにこんな物を持ち歩いているなんて。」
「そんなことは…。」
「震災で、両親と生まれ育った家を一度になくしました。僕は当時、大阪の大学に通っていて離れていたのでこうして助かりましたが。」

「…すみません。」
直樹の言葉に、水沢が慌てた。
「いや、僕こそすみません。拾っていただいた上、こんな話をしてしまって。ありがとうございました。お先に失礼します。」
そう言って水沢は通用口へと歩いていった。
直樹の言った“すみません”は、辛い話をさせてしまったことと、水沢の話を疑ったことの両方への詫びる気持ちから出た言葉だった。
「…最低だな、俺。」
水沢がいなくなった後も、直樹はしばらく壁にもたれて立っていた。

翌日の朝、出勤してきた琴子は浮かない顔をしていた。昨日かかってきた電話の内容が頭の中で繰り返されている。
「私って最低…。本当に最低。最低…。」
そんなことを考えながら歩いていた。琴子は考えながら、最近直樹とまともに話したことがあったかと思い出していた。お互い日勤や夜勤とすれ違いも多かったし、何より直樹の前で水沢の話題ばかり持ち出していた気がする。
「そりゃ、他人の話ばかりしていれば面白くないよ…。」
自分の態度を思い返して、琴子はひどく反省した。今すぐ直樹と話がしたかった。
そんなことを考えながら歩いていて、琴子は誰かとぶつかった。
「あっ、すみません。」
慌てて頭を上げると、目の前に立っていたのは直樹だった。
「あっ…。」
琴子が何かを言おうとしたが、直樹はさっさと歩いていってしまった。直樹の後姿を見ながら琴子は、
「入江くん、怒るのも当然だよね…。叩いちゃったんだもんね。本当、私って最低な女。」
と、溜息をついた。人目がなければ、今すぐその場にしゃがみ込みたい気分だった。
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