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2010.10.05 (Tue)

忍ぶれど 11


【More・・・】


「ええ!お兄様とはもう会えないの?」
直樹との外出から数日がまた経過し、入内の日が迫って来た時、琴子は愕然とした。
「入内しても、こちらへ下がって来た時は会えると思っていたのに。」
「女御様になられたら…姫様が直接お顔を合わせることができるのは主上だけでございます。他の殿方とは御簾越しの御対面に…。」
「そんな…!」
琴子はがっくりと肩を落とし、脇息の上に行儀悪く顎を乗せた。とても嫁入り前の姫には見えない。
女房たちはまた心配を始める。それでなくとも、入内が近付くにつれ琴子の元気はなくなっていっている。帝から望まれて入内をしようとして、先には栄華が待っているというのに…。
「まるで誰かに恋をしているかのような…。」
口さがない女房の中には、そのようなことを言うものもいるくらいだった。

入内しても、たとえ直樹以外の男性と添い遂げることとなっても…直樹と時々会えるのなら…それだけを楽しみにするつもりだった。が、それすら叶わないとなると…。
自分から決めた入内とはいえ、あの外出以来、直樹への叶うことのない想いは募る一方である。

―― だめ、だめ。自分で決めたことなんだし…これは私を引き取って下さったこのお家のためになることなんだから!恩返しなんだから!

そう思いつつも、琴子の心はどこか晴れないままであった ――。

そして…。
そのような琴子の姿を見ては、直樹も胸を痛めていた。
あんなに笑った顔が可愛かった琴子なのに、もうどれくらいその顔を見ていないか。そしてその原因は自分にある ――。



「お前くらいだ、私にこのようなことをさせるのは。」
久方ぶりに参内した直樹を見て鴨狩帝は大喜びだった。
話も沢山したいという帝に直樹は「それよりも…」とあることを提案したのだった。

それは…蹴鞠だった。

「私が東宮の時から童殿上していたお前だから、こうやって言うことを聞いてやるんだからな。」
口とは裏腹に、どこか楽しそうな帝である。帝にとって直樹はそれだけ心許せる相手でもあった。

「私からでいいのか?」
鞠を手にした帝を直樹は、
「少しお待ちを。」
と止める。

「ただ勝負したのでは面白くありますまい。」
直樹の言葉に帝は怪訝な顔を見せた。
「勝ったら望みを叶えるというのは、いかがでしょう?」
「何とまあ…お前はどこまでも図々しいのだろうか。」
帝にそこまでさせるとは…だが直樹のそういう率直で物怖じしない所は嫌いではない。
「いいだろう。」
帝は直樹の申し出に乗ることにした。



当代きっての蹴鞠の名手である二人である。鞠が地面に落ちる気配は一向にない。
「相変わらずの腕前だな。」
蹴り返しながら話す帝。
「主上もお見事です。」
それは直樹の本心だった。
政務に追われているはずの帝である。それなのに全く腕は落ちていない。

「しまった…!!」
長い時間続いた二人の勝負だったが、先に足元を狂わせたのは帝だった。鞠を蹴りそこない、その速度が落ちた。
それを絶好の機会と捉えた直樹は、鞠の下へと体を動かした。が、その時、直樹の懐からある物が落ちようとしていた。
「…!」
それは、直樹が肌身離さずに持っている、琴子が描いた扇だった。その扇が懐から今まさに落ちようとしていた。

―― 鞠は地面を跳ねた…。



「お前…一体…。」
ぜっかく勝てる所だったのに、一体何を考えているのかと帝は直樹の元へ近寄った。
そして、扇はその場にしゃがみこんでしまった直樹の手にしっかりと握られていた。

「…私の負けでございます。」
落ちる扇を無視していれば、勝ったかもしれなかった。が、直樹には自分の願いよりも琴子のこの扇の方が大事だった。

「願いは何だったのだ?」
立つことができない直樹の前に、帝も座った。
「負けでございますゆえ…。」
「だが願いくらいは聞いてもよかろう。」
少し考えた直樹だが、意を決して口を開いた。

「…野に咲く花をそのままにしておいていただきたいというのが、私の願いでございます。」

「野に咲く花…?」
一瞬、何のことだろうと帝は考えた。がすぐに直樹の言わんとしている意味が分かった。
「…蹴鞠の精のことか?」
「…さようでございます。」
直樹の望みはただ一つ、琴子の入内を帝に考え直してもらうことだけだった。
だが今となっては叶わぬものとなってしまった。


「この扇は何か特別なのか?」
帝はそっと直樹の手から扇を取り上げ広げる。
「…スッポン?」
「亀でございます。」
「亀か…。」
どう贔屓目に見ても上手とは思えない。

「それは…私の昇進の祝いに妹が自ら描いてくれたものでございます。」
「蹴鞠の精のお手製か。」
暫く帝は扇を見つめていた。

「返そう。」
丁寧に畳んで、直樹へ返す。

帝は一度だけ見た、蹴鞠の精の姿を思い出した。
屈託のない笑顔で、見知らぬ自分にも気軽に話しかけてくれた。
あのような姫がこの宮中に入ってくれれば、どれだけ明るくなるか。だが、堅苦しい宮中は琴子の明るさを奪うことになるだろう。


「きっと…私には描いてはくれまい。」
「え?」
「その…扇のことだ。」
寂しそうに帝は笑った。
「…主上がお命じになれば。」
「それでは意味がない。」
帝には分かっていた。直樹の言うとおり、入内後、琴子に自分にも扇の絵を描いてくれと言えば琴子はその通りにしてくれるだろう。だが…決して自分から進んで描こうとはするまい。琴子が自ら進んで描くのは直樹のためだけであるに違いない。
この絵には、琴子の直樹への溢れんばかりの愛情が込められていることを帝は見抜いた。

だが、この時は何も言わずに直樹の前から帝は立ち去った。


そして…。
夜、鴨狩帝は一人文を開いていた。
「何とまあ…相思相愛だったとは。」
その文は琴子から届いたものであった。
そこには、入内を辞退させてほしいと切実に書かれていたのである ――。

普通ならば一度了承しておいて、自分から断るなどとは何と失礼なことだろうと怒る所ではあった。だが不思議と琴子に対するそのような怒りは起きなかった。

琴子が直樹を愛しているように、直樹も琴子を愛しているに違いない。
普段冷静な直樹が、自分から条件を出してまで勝負を挑んできたのである。

「ならば…野に咲く花は、そのままにしておくのが一番いいのだろうな。」
文を眺めつつ、帝は寂しそうに笑ったのだった ――。



琴子の入内の話は、こうしてなかったこととなった。
幸い、準備は人知れず行われていたので噂になることもなかった。
鴨狩帝からは残念という文が届き、琴子は丁寧な返事をしたためた。
重樹と紀子は元々、琴子を入内させて自分たちが栄華を極めようなどという考えは毛頭なかったので、琴子の行動を叱ることもなかったし、むしろ気が進まない結婚をさせずにすんで安堵していた。

だが周囲の気遣いが増せば増すほど、琴子の落ち込みはすごかった。
自分の勝手な振る舞いで大勢の人に迷惑をかけたという思いは消えない。

「こうなったら…尼にでもなるしかないかも。」
入内は取りやめになった、だからといって直樹と結婚できるわけでもない。何せ、肝心の直樹の気持ちは自分の元にはないのだから。
「お寺にはこれだけ持っていけばいいわよね…。」
両親の形見の貝道具を抱え、琴子はいつ出家しようかと悩んでいる。

そのような以前と変わらず鬱々とした日々を送る琴子の前に文が届いた。
「どなたから?」
それは鴨狩帝からの文が入っていた文箱に劣らない、見事な細工の文箱に入っていた。
「え…?」
文に目を通した琴子は驚きのあまり、それを落としそうになった。

『恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか』

それは、見慣れた直樹の手蹟であった ――。

―― 「恋している」という私の噂がもう立ってしまった。誰にも知られないように、心ひそかに思いはじめたばかりなのに。



直樹の元へ、琴子からの返事が届いたのはそれからすぐのことであった。

『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』

―― 心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようです、私の恋は。「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどになって。



「ちゃんと返せるようになったじゃないか。」
琴子からの返事を見て、直樹は笑う。
どうやら和歌集を叩きこんだ甲斐はあったらしい。きちんと直樹の言わんとしていることを理解し、見事な返事を寄越した琴子。

今頃、嬉し涙を流しているであろう琴子の姿を思い浮かべ、直樹は両親へ結婚の許しを得るために立ち上がった。
















☆あとがき
大変申し訳ございません。このような展開で。
読んで下さる皆様の前回のコメントを拝見して、もう申し訳なくて…。
ご覧になられておわかりのように、私は本当にそのように皆様からコメントを頂戴出来るような人間ではなのです…。
ああ…『円舞曲』のトラウマが蘇る…。
読んで下さった方、そして何より…リク主様、申し訳ございません!

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Comment

★ステキなお話をありがとうございます~

いえいえ♪「円舞曲」も好きなお話で、こちらも大好きですよ~

「らしさ」が拝見してて安心できます
kinchan |  2010.10.06(水) 00:45 |  URL |  【コメント編集】

★ 

              こんにちは
 水玉さん・・・ 帝も すんなり???諦めてくれて相思相愛にも 気づいていただけて感謝です。
 勝負よりも・・・肌身離さず・・・琴子の気持ち受け止めて 大切にしてるんだなぁ。
   帝も 諦めるしかないよねぇ。琴子の思いも含め・・・ 
 お寺にて尼さんにの一直線の気持ちの琴子を直樹が止めれて 良かったぁ~。
          直樹が動くぞぉ~。良かったぁ~。
吉キチ |  2010.10.06(水) 13:58 |  URL |  【コメント編集】

★お久しぶりです♪

つわりからようやく解放されてお伺いしてみたら、なんとステキな展開になってるじゃないですかぁ(´▽`*)

二人ともようやく素直になって幸せに向かい始めたんですねv

続きが楽しみですvv
愛結美 |  2010.10.06(水) 17:39 |  URL |  【コメント編集】

帝も直樹の気持ちを知り自分から身を
引きましたね

直樹と琴子はお互いの気持ちを確かめあい、
相思相愛になって琴子の笑顔も元に戻って・・・

これで両親の許可がおりたら・・・
残りは一つ・・・・結婚へのまっしぐらですね。

琴子は直樹の傍にいることができて
とても良かったと思っています。

水玉さんが思っているほど素敵なお話になっていますよ・・・。
次のお話・・楽しみに待っています・・・・・。
ゆう |  2010.10.06(水) 18:00 |  URL |  【コメント編集】

水玉さま、こんばんは!
なぜなぜ急に弱気になられたんですか???
ぜんぜん、申し訳ない展開じゃないですよ~!!
むしろ、うれしい展開では!?

だって、直樹、逃げも隠れもせず、堂々と帝と勝負しに、そして話をつけに行きましたよね!!
やっぱり行動に現す直樹は胸きゅんもんです!
そして、今までなかなか直樹より立場が上の人と琴子をあらそうお話がなかったので、その行動がいつもよりかっこよくみえました~♪
(結婚のときの直樹は、どんなときよりも一番かっこいいってむかぁしから決まってますもんね!)
その潔さが、帝の心を動かしたんだと思います。
つまり琴子への愛情の深さですよね。

両親への許しにまたまた立ち上がった直樹!
次回も楽しみです~。
rinnn |  2010.10.06(水) 23:22 |  URL |  【コメント編集】

★こんばんは、水玉さま。

琴子の気持ちが天に届いたのか、腰の重い直樹が動き、帝に直接願いを申し入れ・・・

本当に良かったです。義理の兄弟になったとはいえ、2人は他人なんですから。
直樹の両親は反対なんてしないでしょう。
反対するのは、裕樹君ぐらいかなぁ?(笑)

りきまる |  2010.10.07(木) 00:07 |  URL |  【コメント編集】

難しい展開で、どうなるの~と思っていました。

帝と呼ばれているだけのことがありますね啓太!!拍手!拍手です!!

”野に咲く花””蹴鞠の精”
呼び名に直樹、啓太のそれぞれの愛を感じます。

互いへの文。。。その綺麗な言葉が響きます。

最後~~~~♪♪♪
あお |  2010.10.07(木) 01:03 |  URL |  【コメント編集】

★やっと…

直樹、ようやく行動してくれましたね。琴子を笑顔に出来るのは自分だけだと、そして琴子の笑顔をずっと側で見守りたいと気付いてくれて嬉しいです。そして、帝も優しくって最高!帝の求婚がなければ2人ともまだ自分の気持ちに気付かなかったかもしれませんもの。やっぱり水玉さんのお話しは素敵です。『円舞曲』も大好きです。何度読み返しても泣いちゃいます。
祐樹'Sママ |  2010.10.08(金) 08:50 |  URL |  【コメント編集】

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