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2010.10.02 (Sat)

忍ぶれど 10


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琴子が入内の申し出を受諾したのは、直樹との件があってから数日経った日のことだった。
それを知っても直樹は何も口にしなかったし、することもできない。

「準備は目立たぬようにしてほしい。」
との琴子の申し出もあり、左大臣家では目立たぬよう、ひっそりと入内の準備が進められていた。

しかし、左大臣家ではとてもめでたいという雰囲気ではなかった。

「姫様、こちらを…。」
女房たちが入内のためにあつらえた品々を琴子に見せようとするが、当の本人はそれらの品をチラリと見ただけですぐに脇息に顔を伏せてしまう始末。
本来なら帝のたっての希望で入内する姫君の部屋として、京で一番の華やぎを見せてもいいはずなのだがとてもそのような雰囲気ではなかった。女房たちもどことなく沈んでしまっている。

琴子としては、あんなに直樹を怒らせてしまったのだからせめて自分にできる唯一のことをと思って入内することにしたわけで、帝を慕っているわけではない。
でも、貴族の娘など相手の顔もわからないまま嫁いで行くものだからと自分に言い聞かせている。

しかし、入内への準備が進むにつれ、琴子の心の中にはどんどん直樹への溢れんばかりの想いが広がっていく。



そのような元気のなかった琴子が養父母へ、ある願いを申し出た。
それは…生まれ育った元の邸を見に行きたいというものだった。

入内したらもう自由はなくなる。現在暮らしている左大臣家へすら、帝の許可がないと戻ることはできない。
その前に、実の両親と共に育った、思い出のある邸を見たいという琴子の申し出を養父母は快く許してくれた。

そして…紀子は琴子の外出に付き添うよう、直樹に命じた。

琴子はそれを聞いた時、絶対に直樹は断ると思っていた。しかし琴子の予想に反して直樹はそれを快諾したのだった。



外出の日は見事な晴天だった。
琴子は牛車、直樹は馬に乗って車に付き添う。

琴子が乗る車を見ながら、直樹の心は晴れなかった。
あれから二人は口をきいていない。自分が悪いとはわかっているのだが、どうしても謝ることができずにいた。

そのような悶々とした思いを抱えながら馬を進める直樹に、
「ばあ!」
という声が聞こえた。
見ると車の小窓から、琴子が直樹に笑いかけている。

「…お前って奴は。」
間もなく女御となり宮中に入るというのに、全く変わらない様子に直樹は呆れつつもどこか安堵した。

「お兄様もご一緒に車に乗られると思ってたのに。」
窓から琴子が声をかける。
「お前が幅を取っているから、狭くて息苦しい。」
「そんな…。」
直樹も琴子の変わらぬ態度に甘え、つい軽口を叩く。

「でも、馬に乗られるお兄様のお姿を見られて嬉しいかも。」
それは本音だった。騎乗する直樹の姿はいつにも増して凛々しい。だから琴子は飽きることなく、その姿を見つめている。
「ほら、中へ入れ。窓を閉めろ。」
「嫌です。」
直樹はそれ以上、何も言わなかった。こうして話をしていたいのは直樹も同じだったからである。

「…最初で最後ですね。お兄様と外出するのは。」
色々な話をしていた時、ふと琴子が漏らした。
「…。」
直樹は何も答えなかった。
そう、この外出は二人きりで出かける、最初で最後の外出になる ――。



「…何だ、これは。」
人が住まなくなると、こうも荒れ果てた邸と化すものだろうかと直樹はそれ以上何も言えなかった。
琴子が暮らしていた邸は、昼だというのに薄暗く、伸び放題の草木で覆われていた。

「ああ、あまり変わってないわ。」
琴子の言葉に、直樹は目をむいて驚く。
「そうそう、ここの戸が壊れていて…。」
驚く直樹に構うことなく、琴子は「よっこいしょ」と力を入れて戸を開けた。
「お兄様、こちらです。」
恐れることもなく、琴子は手招く。



琴子が直樹を案内したのは、かつて自分の部屋だった場所だった。
「うーん、さすがにちょっと荒れてしまったわね…。」
「ちょっと…。」
その部屋からは草が床下からはみ出ていた。琴子はここで老婆と二人で暮らしていたのである。



「あれを思い出した。」
二人で部屋を見ている時、直樹がふと思い出す。
「あれ?」
「…源氏物語。」
直樹が思い出したのは、光源氏が須磨から戻った時に尋ねた、末摘花の邸である。荒れ果てた邸の中でただ一人、光源氏を待ち続けていた末摘花…。

「末摘花の邸はもっとひどいと思います。」
琴子が頬を膨らませた。
「いや、あそこの方がましかもしれない。」
そこまで話した時、直樹は気がつく。

「お前…どうして俺が思い出したのが、その場面だと分かった?」
琴子はまずいという顔を見せた。

確か琴子は、葵の上の出産を苦しめる六条御息所の生霊の場面が怖くて、そこで源氏物語を読むことをやめたはずである。
荒れ放題の末摘花の邸の場面が出てくるのは…そのずっと後である。

「…読んだのか?全部。」
直樹は静かに琴子に訊ねた。
琴子は静かに頷いた。

「…末摘花はいいですね。」
ポツリと琴子が呟く。
「赤い鼻の不器量で貧乏な所がか?」
琴子は首を振った。

「だって…一途に源氏の君を待っていた甲斐あって、ちゃんと引き取ってもらえたもの。」

好きな人の庇護を受けてその後の人生を送ることができた…そんな末摘花が琴子には羨ましく感じられる。

「…これから帝の寵愛を受ける女御になろうとする人間の台詞じゃないな。」

直樹はそれを返すだけで精一杯だった。



「でも一番憧れるのは、やっぱり…紫の上。」
直樹の台詞など聞いていなかったかのように、琴子は続ける。
「だって…。」
「だって?」
二人は見つめ合った。

「…兄のように慕っていた源氏の君に愛されて結ばれたからです。」

琴子は直樹の目を見つめて、ゆっくりと答えた。

―― 直樹は琴子と自分が同じ気持ちだということを、その時初めて知った。

「…所詮、物語だから。」

だが、その気持ちにはもう応えることはできないということも、直樹は痛いほど分かっていた。



「…お前の両親もきっと喜んでいるだろうな。」
自分の言葉に、溢れる涙を堪える琴子のいじらしい姿を見るに耐えられず、直樹は背を向け、話題を変える。

「このような…荒れ果てた邸で暮らしていた娘が帝の后となるんだから。」

このようなことを言うと、ますます琴子を苦しめることになると分かった今でも、直樹は言わずにいられなかった。

「…。」
琴子は俯いたまま、何も答えなかった。
両親が喜ばないことは、琴子が一番知っている。



まだ両親が健在だった頃…。

父が母に贈った貝の道具を、両親は琴子へと贈った。その時、

「これを持っていれば、琴子も大好きな殿方と結婚できますよ。」
と、母が笑いかけてくれた。

「そうだな。父と母のように、相思相愛の夫婦になれるぞ。」
父も笑いかけてくれた。



そして、琴子もそう信じて大切に、大切にしてきた…。
だから、両親は今の琴子を見て喜ぶどころか、悲しんでいるに違いない。

―― お父様、お母様…琴子は一番好きな殿方…お兄様の奥様にはなれません…。

琴子は心の中で、両親に話しかけていた ――。
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*Comment

★。゚(゚≧□≦゚)゚。

水玉さん、更新ありがとう~・・・でも
ウエ~ン。゚(゚≧□≦゚)゚。 キュンキュン~
秋にぴったりのシーンだけど・・やだ!やだ!やだ!ど~なちゃうの?涙
美優 |  2010.10.02(Sat) 18:15 |  URL |  【コメント編集】

がんばれ!!!
ちょっと休んでもいいよ
ずっとまっているからね
なおこ |  2010.10.02(Sat) 19:18 |  URL |  【コメント編集】

★ラストチャンス!!

直樹・・・琴子に自分の想いを伝えるのは今しかないぞぉ~・・。

今、男にならないと・・・・。
(送り狼になれ・・・とまではいかないど・・・)

直樹は、そんなにも意気地無しだったのか。

今、ウジウジしていると・・・・
腐ったミカンになってしまうぞぉ~~~・・・!

腐ってからは遅いのよ・・・・!!!

今回を逃すと後はないぞぉ~!!

頑張れ~~!!
ゆう |  2010.10.02(Sat) 19:36 |  URL |  【コメント編集】

★ もうじき・・・

   こんばんは
お互いが求め合ってるの知ったのに・・・
なんとかならんのかなぁ・・・ と思ってしまう。
吉キチ |  2010.10.02(Sat) 20:07 |  URL |  【コメント編集】

★切ないね

もう水玉さん 胸が苦しいよー(ToT)
琴子が 自分より直樹の為を思って入内しようとしているわけで…
直樹も当然 琴子の気持ちを知ったのに…
二人の気持ちは どこから見てもハート型なのに!
早く直樹も動かないと!大事な物を失っちゃうよ
さくら |  2010.10.02(Sat) 20:20 |  URL |  【コメント編集】

★がんばれ、水玉さま。

帝の元に嫁ぐことを了承してしまった琴子。

本当に琴子は帝のもとで幸せになれるんでしょうか?
やっぱり、嫌みを言われても、意地悪をされても、愛する人の傍が一番幸せな場所だと私は思います。

直樹、君はそんなに意気地無しだったのか?
男だったら、何とかしろよ・・・。


水玉さま、精神的に辛い時期なのに、更新をしていただけて本当にありがとうございます。

大丈夫ですか?

無理しないでくださいね。


P.S
季節の変わり目、体調を崩しやすい時期なので、ゆっくり休んで下さいね。
りきまる |  2010.10.02(Sat) 20:58 |  URL |  【コメント編集】

★切ないですね…

琴子、やっと勇気をだして自分の想いを伝えたのに、直樹もきっと嬉しいはずなのに…琴子が帝の元に入内したらもう取り戻せないんだから、自分の気持ちに素直になって!
祐樹'Sママ |  2010.10.03(Sun) 00:25 |  URL |  【コメント編集】

★本心を言いなさいと・・・

水玉さん、おはようございます

唯一言、直樹素直になってと。
直樹、琴子のこと好きなんでしょう。
好きだと言わないと、琴子行っちゃうよ。
琴子も、兄としてでなく男直樹として好きなんだと言うことを告白しているのに。
tiem |  2010.10.03(Sun) 05:25 |  URL |  【コメント編集】

★切ない限りです

琴子の切ない気持が伝わり、思わずほろっとしてしまいました。 
直樹も琴子の気持ちが分かっているんですから、
何時素直になって琴子の気持ちにこたえてくれるのか気になって仕方ありません。早く幸せな2人が見れますように・・・
yasuko |  2010.10.03(Sun) 06:37 |  URL |  【コメント編集】

★月の周りで・・ホッと!

水玉さん、又来てます~
月の周りでマウス・・・うっとり~
マウスを動かしながらテインカーベルになった気分
紅葉も幻想的な月もステキです ・・癒されてます
美優 |  2010.10.03(Sun) 10:49 |  URL |  【コメント編集】

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