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2008.12.05 (Fri)

秘密 第13話

「あ、入江先生。」
資料室に直樹が入った時、水沢が入ってきた。
「先生もお探し物ですか?」
「ええ。」
琴子だけでなく、自分の前にもよく出没する男だと直樹は思った。資料室には二人の他に誰もいない。しばらくして、水沢が再び声をかけてきた。


【More】

「入江先生、この間、相原さんのこと“相原”って呼び捨てにしてましたよね?」
「ああ、そうでしたっけ?」
そういえば思わず琴子のことを呼び捨てにした時、水沢もいたんだったと直樹は思い出した。
「個人的にお知り合いなんですか?」
琴子のことが好きな水沢なら、当然気になる質問だろう。
「…俺と相原は大学の付属高からの同級生だったんです。」
「えっ、入江先生、相原さんと同級生なんですか?それじゃ、僕と同じ年なんですか?入江先生、僕よりもっと年上だと思ってました。」
驚く水沢に、直樹は「俺を一体いくつだと思ってたんだ?」と心の中で呟いた。
「なら、呼び捨てにするのも分かるなあ。同じクラスだったんですか?」
「いいえ。」
A組とF組と恐ろしく遠く離れたクラスだと言ってやろうかと思ったが、やめておいた。

「それなのに、呼び捨てにするほど、親しいんですか?」
余程、直樹と琴子の関係が気になるのか、水沢は、ねばる。
「大学で、体育会系のテニス部で一緒だったんです。」
仕方ないので、そう答える。事実だから何の問題もない。
「ああ、体育会系なら確かに呼び捨てですね。」
簡単に水沢は納得した。
「同じテニス部だったのなら…。」
「まだ何か質問でも?」
直樹はさっさと資料室を出たいのだが、目当ての資料がなかなか見つからない。

「相原さんって、誰かと特別な人とかいるか知ってますか?」
本題はそれかと直樹は納得した。
「…本人に直接訊いたらどうですか?」
「それが一番いいですけど、何かきっかけがないというか…。」
今になって何を恥ずかしがっているのかと、直樹は呆れた。
「知りませんよ。プライベートなことなんて。」
目当ての資料が見つからないこともあり、直樹はイライラしながら答えた。
「大学時代から付き合っている人がいたりするのかなあ…・」
水沢は独り言のように呟いた。
勝手に考えていろと直樹は思ったが、ある考えが直樹の中に閃いた。

「…付き合っているかどうかは知りませんけど。」
直樹の突然の言葉に、水沢は驚いた。
「学生時代、相原と噂になっていた男の話なら聞いたことありますけど。部内でも噂になってたし。」
「えっ?本当ですか?」
直樹はこの機会を水沢を牽制する絶好のチャンスにすることを思いついていた。
「ええ。有名でしたから。」
「どんな人ですか?」
水沢が直樹の傍に近寄ってきた。そんな水沢に顔を向けずに、淡々と直樹は話し出した。

「その男の中に流れている血はもはや人間の血ではなく、氷が流れているのではないかというくらい冷たい性格で、その男の口からは人を傷つける言葉以外の日本語を聞いたことがない。その上、嫉妬深い。そういう男と一緒にいるって噂になっていました。」

「えっ?本当ですか?そんな人がこの世にいるんですか?しかも何でそんなひどい人と一緒に?」
直樹の言葉に水沢は驚きを隠せなかった。

「相原とその男が話題に上ると、必ず水沢さんと同じことをみんな言ってましたよ。“何であんなひどい男と一緒にいるんだ。さっさと離れればいいのに”って。」
「本当ですよ。何で一緒にいるんですか?そんな人と…。何か、相原さんにしか分からない長所があったのかな…?」
「一緒にいる理由なんて、本人同士にしか分からないものじゃないですか?」

「それとも相原さんってあの通り優しいから、ボランティア精神が旺盛で、周囲から嫌われているその人があまりに可哀想で、同情から一緒にいてあげたんでしょうか?」
「…さあ?」
「でもいくら相原さんでもそんな人と付き合うとは思えないんですけれど…。というより、そもそもその噂された人は現在、人間として真っ当な人生を送っているのでしょうか?その人がどういう生き方をしているのか、僕は気になります。」

「…知りません。」
自分で言い出しておきながら、さすがに嫌気が差してきた時、直樹はようやく目当ての資料を見つけて安堵した。そしてさっさと資料室を後にした。その相手が直樹だということを水沢は勘付いたかもしれないなと、直樹は思った。

「…琴子には悪いけれど、バレても、あいつが琴子をあきらめてくれるならいいか。」
そんなことを直樹は考えながら、医局へと歩いていった。

その日の夜、ベッドの中で直樹は琴子に尋ねた。
「琴子…。」
「何?」
「俺の長所って何…?」
直樹は水沢の言った「その男に長所はあるのか?」という言葉が実は気になっていた。考えてみたら、自分の長所とは何なのか?

「何、突然?入江くん、最近変だよ。疲れてるんじゃない?」
琴子は慌てて直樹の熱を測ろうとした。
「熱はないよ。俺の長所って何だと思う?」
「入江くんの長所?」
琴子はしばらく考えた。琴子の考える顔を見ながら、「そんなに考えないと俺の長所はないのかよ」と直樹は思っていた。
「顔が良くて、天才で、運動神経抜群で…。」
「そういう外見的なことじゃなくて、性格とか。」
「性格…?クールで女嫌いで、冷たくて…。」
直樹が水沢に言ったこととほぼ同じことを琴子は口にした。
「それは長所じゃないだろうが。」
「うーん…。」
また琴子は悩み始めた。

「もういいよ。考えないと分からないなら。」
「あ、待って待って、あったよ、入江くんの長所!」
琴子が慌てて言った。
「面倒見のいいところかな?」
「面倒見?」
琴子の答えは直樹には意外だった。
「そう!昔、私の勉強をよく見てくれたでしょ?高校の時も大学の時も、看護科の編入試験の時も。私バカなのに最後まであきらめずに教えてくれたじゃない!それからF組のみんなの勉強も文句言いながら見てくれたでしょ?何だかんだ言っても、入江くんって絶対に見捨てないで、最後まで面倒見てくれるのよね!」
それはお前が関わっているからだと直樹は思ったが、口にしなかった。
「面倒見がいいね…。」
「それじゃ、不満?」
琴子が直樹を見た時、直樹の唇が琴子の唇に触れた。
「入江くん…?」

そして、直樹は琴子の肩に頭を乗せた。
「ちょっと安心した。俺、ちゃんと長所あるんだなって。」
「入江くん、やっぱり変だよ、最近…。」
琴子はそう言って、微笑んだ。直樹は頭を上げて、琴子を抱き寄せた。

深夜、琴子はふと眼を覚ました。傍では直樹が心地よい寝息を立てている。
「相変わらず、寝顔は可愛いな…。」
微笑んで、琴子は直樹の前髪をそっとかき上げた。
「それにしても、最近の入江くんは本当におかしい気がする…。」
琴子は少し身を起こそうとしたが、直樹の腕がきつくて身動きがとれない。
あきらめてそのままの体勢でいることにした琴子は、直樹の寝顔を見つめた。
「この間みたいに怖い時もあれば、さっきみたいにすごく優しかったり…。」
つい先程までの直樹の様子を思い出して、琴子はまた顔を赤くした。
「何を考えているのか、全然分からない…。」
その理由が、水沢が関係していることを琴子は全然気づいていなかった。
「環境が変わって、ストレスとかいろいろあるのかもね…。」
料理だけでなく、自分がもっと直樹を公私両方ともサポートしなければと、琴子は思いながら再びまどろんだ。
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