日々草子 君と綴る文字 8

君と綴る文字 8




荷物は全て青木側で用意するとのことで、琴子は風呂敷包一つで、迎えに来た車に乗り込み、直樹の家を後にした。

直樹は一人、診察室へと入った。今日は休診日で医院は誰もいない。
「…。」
診察室の中を見回すと、薬の瓶が並べられた棚が目に入る。以前、琴子に取るように頼んだ時、字が読めなかった琴子は間違えた薬を持ってきたことが会ったことも、今となっては懐かしい。

今までずっと一人でやってきたにもかかわらず、琴子一人がいなくなっただけで何だかとても広く感じる。

直樹は母屋へと向う。
台所は朝、琴子はきちんと片づけていたので綺麗なまま。居間の掃除も昨日済ませていた。

昨晩、二人で過ごした部屋に一人で入る。そこは昼近くになるというのに、まだ布団が敷かれたままだった。
朝、琴子が片付けようとしたのだが、直樹がそのままでいいと止めたのである。少し動いている枕とよれているシーツが、昨夜の出来事が夢ではないことを物語っていた。

暫くの間、その布団を見ていた直樹だったが、やがてシーツを外し、布団をたたみ、押し入れへとしまう。
そして次に、洋服ダンスから直樹は背広、ベスト、ズボンと三つ揃えを出し…着替え始めた。



「うん、いいいね、いいね。」
青木は御満悦であった。
「ちょっと笑ってみてよ。」
笑えと言われても、楽しくもないのに笑えない。それでも相手は今日から自分を囲う主人であり、自分は妾なのだから言うことを聞かざるを得ない。
琴子はひきつった笑いを浮かべた。
「…おたく、笑顔がぎこちないなあ。」
青木はやれやれと溜息をつく。琴子は昨夜直樹に「笑顔が可愛い」と言われた事を思い出し、胸が痛んだ。

「ほら、この人形と同じようにさあ。」
そして琴子の前に置いたのは、フランス人形だった。
「せっかく同じ格好したのに。」
琴子はこの人形と同じ、帽子に洋装という格好をさせられていた。
この格好だけではない。この家に着いて早々驚いたのは、青木の人形コレクションだった。その数は半端ではない。
驚く琴子の前に青木は人形を次から次へと取り出し、その人形と同じ格好を琴子にさせて喜んでいるのである。

「じゃ、次はこれね。」
これで着替えるのは何度目になるのか。次に、青木は芸者を模った人形を琴子の前に置いた。
琴子は女中に連れられ、着替える部屋へと向う。
―― 着せ替え人形になったみたい。
チラリと青木を見ると、青木は人形の着物の裾をめくって変な笑い声を立てている。琴子は背筋が寒くなった。


「あ、いいね、いいね。」
芸者姿に着替えた琴子を見て、青木は手を叩いて喜ぶ。
「それじゃ…始めようか。」
青木は立ち上がった。琴子にも立つように命じる。
「何をですか?」
不安な面持ちの琴子。一体何を始めるつもりなのか。
「じゃんけんだよ。」
青木は手をひらひらとさせた。
何でじゃんけんをするのか分からない琴子だが、青木が勝手に「じゃんけん…」と始めたので、仕方なく手を出した。

「あ、僕の負けか!」
すると青木は…服を一枚脱ぎ出した。
「え?」
本当に何を始める気なのかと驚く琴子。
「んもう、おたく鈍いなあ。」
青木はまた琴子に呆れる。
「じゃんけんして、負けた方が服を一枚ずつ脱いでいくんだよ。」
「はあ!?」
琴子は大声を思わず上げた。
「ぬ、ぬ、脱ぐ!?」
「何を今更。」
青木は後ろの趣味の悪い柄の襖を開けた。そこには、緋毛仙の上に箱枕が二つ置かれた、布団が敷かれていた。

「ただ寝るだけじゃ、つまらないでしょ?いやあ僕って天才だなあ。」
イヒヒと笑う青木。
「…。」
真っ青になって、琴子は言葉も出ない。それを青木は初めてなので不安になっていると勘違いし、
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと痛くないようにしてあげるから。僕ね、遊郭で色々勉強したから。」
と、訳の分からないことを口にする。

「それじゃ。」
そして青木はまた手を出した。琴子は手を出せずにいる。
「ねえ…おたく、僕の妾になったって分かってる?」
青木がギロリと琴子を睨んだ。
「…あの家に手を出さないでいてあげてるの、誰?」
それを言われると、琴子は何も逆らうことができない。
琴子は震える手を出した…。


「…いやあ、おたく強いねえ。」
ただじゃんけんを繰り返しているだけなのに、青木は全身汗だらけになって、息を弾ませていた。その姿は、ふんどし一つという、非常に見苦しい姿。飛び出している腹が、脂ぎっていて気持ち悪さを増大させている。
一方、琴子はというと、肌襦袢一枚という、こちらも危ない姿となっていた。

「じゃ、いくよ。ああ、でもどうしよう。僕が負けたら、裸になっちゃう。」
口ではそう言いながらも、そうなることが嬉しそうな青木である。
「じゃんけん…。」
青木は石、琴子は…はさみを出してしまった。琴子の負けである。
「そんな…。」
琴子は青ざめた。
「ああ、負けちゃったねえ。」
大喜びの青木。琴子は肩を落として何も言えずにいる。
「ほら、脱いで、脱いで。」
囃し立てる青木。だが琴子は何もできないまま。

「…まあ、一回くらい脱がなくてもいいよ、特別に。」
そんな琴子を見かねて、青木が言った。琴子は顔を上げる。
「僕のこと、旦那様って呼んでくれたらね。ほら、入江さんを呼んでいたみたいに可愛く。」
青木はニヤニヤと琴子を見た。
「…。」
どんなに無理しても、この男を「旦那様」と呼びたくはない。いくら覚悟を決めてきたとはいえ、やはり琴子が「旦那様」と呼ぶのは直樹一人だった。
「ほらほら、どうする?脱ぐ?呼ぶ?」
「…。」
琴子は姿勢を正した。この気持ちの悪い男を「旦那様」と呼ぶくらいなら、脱いだ方がましである。その後がどうなるかは分かってはいたが…それでも絶対に呼びたくはない。

琴子は目を閉じて、腰紐に手をかけた。

「おお!!」
青木の声が弾んだ。そしてなぜか、自分のふんどしの紐にも手をかける。

その時である。
二人がいる部屋の襖が、ガラリと開いた。

「…旦那様!」
腰紐を解こうとしていた琴子の手が止まった。襖を開けたのは、三つ揃えに身を包んだ直樹であった ――。

「な、な、何でここに!」
青木は血相を変えて叫んだ。その青木のふんどしを直樹は引っ張り上げる。
「ひいっ!!」
殴られるかと思った青木は、思わず体を手で防御した。
が、直樹は殴らなかった。その代わりに、風呂敷包を青木の顔に突き付けた。

「お前の大好きな金だよ。」
「へ?」
直樹の迫力に、青木はすっかり震え上がっている。琴子は隣でオロオロしている。
「お前が言った金額の、二倍の金額を用意してきた。これであの家売れ。今すぐ売れ!」
「売って下さい…じゃないの?」
「売れ!!」
「は、は、はい!!」
「今すぐ売買契約書、持って来い!」
「その前に…着替えさせて…?」
「ふざけんな!!」
直樹の剣幕に震え上がり、青木はふんどし一つで部屋から転がるように出て行った。

「あの…。」
直樹は琴子を見る。肌襦袢一枚の姿を見て、次の間に敷かれた布団を見た。
「まだ、まだ何も!!」
手を振って否定する琴子に直樹は安堵する。そして、
「お前はそっちで着替えて来い。」
と、琴子に命じた。


青木はふんどし一枚でハンコを押すよう言われ、言われるがまま押した。直樹も後に続く。
「これで売買成立だな。」
契約書に不備がないかよく確認した後、直樹は頷いた。
「それじゃ、こいつはもう用はないな。」
直樹は着替えた琴子の手を引く。
「そんな…。」
青木が往生際の悪い態度を見せた。が、直樹にまた睨まれ、「どうぞ…」と力のない声を出した。
そして直樹は琴子の手を引き、青木の家を後にした。


琴子の手を引いたまま、直樹はどんどんと歩いて行く。琴子はどこへ向かうのだろうと思いながら、でもこれでまた一緒に暮らせるのだと喜びながら、直樹に手を引かれ歩いていた。
直樹の足がぴたりと止まった。転びそうになった琴子だが、なんとか踏みとどまる。
直樹は振り返って、琴子の顔を見た。その顔は琴子を連れ戻せて喜んでいる顔ではなかった。
「あの…。」
不安な気持ちになった琴子は、それを隠そうと質問をする。
「あのお金…どうされたんですか?」
あんな大金、それも提示された金額の二倍もの大金を直樹はどうやって用立てたのだろうか?何か大変なことになったのではないかと、琴子は心配になった。

だが、直樹は琴子の問いに答えなかった。その代わりに、厚みのある封筒を琴子に差し出した。
「何でしょうか?」
「…少ないけどお前の退職金だ。」
琴子は耳を疑った。今、直樹は何と言っただろうか?
「今までよく働いてくれた。こんな怖い目にも遭わせてしまって。」
直樹は封筒を琴子に押し付ける。
「退職って…旦那様?」
琴子は直樹の顔を見た。直樹に笑顔はない。
「私は青木様とはまだ何もないです!」
そこを誤解しているのだろうかと、琴子は思った。
「うん、それは分かっている。」
「ではなぜですか?家は買えたんですよね?またあそこで、医院をやれるのですよね?」
必死になる琴子を、直樹は何も言わずに抱きしめた。
「元気で…。」

そして直樹は、その場に琴子を残し…どこかへと去って行ってしまった。
後を追いかけたくとも、琴子は足が動かなかった ――。


フラフラになりながら、何とか琴子は直樹の家に戻った。医院の前に来た時、琴子は入口に貼り紙があることに気がついた。
それは、見覚えのある直樹の文字だった。漢字には、ひらがなでフリガナがふられていた。…琴子にも読むことができるように。

『都合(つごう)により、閉院(へいいん)いたします。長い間(ながいあいだ)、お世話(おせわ)になりました。 入江医院 院長(いりえいいん いんちょう)』

「どうして…?」
何度も筆跡をなぞりながら、琴子の目にはまた涙が溢れ始めていた ――。
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comment

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しまった…こちらは表だった…
やり過ぎたかも。ごめんなさい

A・B両プラン、絶対拒否です!Cプランで絶対2人を幸せにしてくれますよね。しかし、青木キモすぎ。私の脳裏には南海キャンディーズの山ちゃんが青木になって笑ってます。直樹に再起不能にしてもらいたかったのに。そして琴子、強いですね。直樹のためにぐっとこらえて。直樹が現れた時、やっと2人は幸せになれると思ったのに~!!もしかしてお金は実家に用立ててもらったんでしょうか?そして交換条件はやっぱり…2人とも愛する人の為に犠牲になって、涙が止まりません。

ホッ

よかった~!!危機一髪・・・・・!!
変態さんから琴子ちゃんが守られて!!

直樹さんはどんな交換条件を飲んだのかな。。。
でもいい!!どんな方法でもまずは!!

いつかは、入江医院の再開を患者さんと、待っています!!


No title

えええええーーーっ!!
青木の気持ち悪さMAXを我慢し、
直樹の登場に私のテンションMAXになり
私の感情はジェットコースターのようだったのに!!
何で何で何で!!!
直樹の太字の太字の文お馬鹿ーーーー!!!

琴子が患者の為だと言った言葉忘れたのか!!!

とっても素敵なお話でいつもいつも大興奮して、続きもとっても楽しみなのに
なぜだか毎回暴言吐いているような・・・・・だめね私。
もう、水玉マジックにはまりまくりよ♪

直樹しっかりしなさいよ!!

No title



「太字の太字の文文」
↑なぜだか入力されてしまった・・・・
意味不明な文章になってしまいすみません。

え~~~!!

こんばんは、水玉さま。

琴子を危機一髪のところで助けたのに、病院は閉め後。

琴子はこれからどうするんでしょう?
入江先生は何処に行ったんでしょう?

謎が謎を読んでこの後の展開が見えないです。

しかし、青かっぱは、本当にキモイです。
ふんどし姿を想像するだけで、目が腐りそう・・・

入江先生のふんどし姿を想像して、目を洗っておきます。(笑)

うぅ~

直樹は琴子だけに辛い思いをさせることが耐えられなかったんでしょうね。
琴子にそんな思いをさせてまで、医院を続ける意味はないって思ったんでしょうね。。。
でも、そのためにどんな方法をとったのでしょうか。

琴子を連れ去った後、琴子と話しているときの直樹のせつなそうな表情が目に浮かびます。

お互いに

直樹は琴子の為に

琴子は直樹の為に

お互いがお互いの為にやった事なのに、どんどん違う方向に!

それにしても、変態でしたねー青木!

直樹間に合って良かったです。

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます^^

祐樹'Sママさん
え~山ちゃんですかあ(笑)
山ちゃん、確かにちょっとアレだけど(笑)でも体、太さが足りないでしょう!!
とことんキモく書こうと頑張ってみました!!

あおさん
毎回毎回危機一髪な琴子ちゃん(笑)
助かったけど、一難去ってまた一難という感じに…。
あおさんも待ってくれているんだから、早く医院再開してほしいです、私も!
…変態さんというあおさんの表現に、ちょっと胸がどきんとなりました♪可愛い♪

ゆみのすけさん
太字+赤字、きた~!!(爆笑)
太字のブンブンって読んでました(笑)
ゆみのすけさんのコメントに、毎回笑いながら、そして感動しながら、私もジェットコースター気分で楽しんでいます!!本当にありがとう♪
これからもどんどん、暴言、お願いします!!(笑)
あと何回、私の大好きなゆみのすけさんの「おバカ」が聞けるかしら…?←すでに耳にすること前提(笑)

りきまるさん
青かっぱのふんどし…一瞬下手な絵心うずいた私が(笑)
やっぱりふんどしはどこか薄汚れているんだろうか…。というか、腰に結ぶヒモは足りているのだろうか、きっと継ぎ足しているんだろうな…。
と、なぜ青かっぱについて私はこんなに詳細に想像を(笑)
私も急いで入江くんのふんどし姿を想像して、現実に戻ります!!

rinnnさん
このつないだ手は、すぐにまた、離さないといけない…そう思いながら一緒に歩いていたんでしょうね。
入江くんもすごく辛かったんだろうなあ…。
ちょっと入江くんがかわいそうに思う私です。

kobutaさん
ヒールはとことんヒールに書かないと、失敗するので。
kobutaさんに変態と言ってもらえて、合格しましたね(笑)
お互いを想いすぎて、どんどんすれ違って行くんでしょうね…。

佑さん
琴子ちゃんは無事だったけど、その代わりに大切な物を手放したんですよね、入江くん…。
琴子ちゃんの愛のパワーが無事に入江くんに届くといいのだけど…。

Foxさん
一番書いていて難しいのは、奪取場面ですね~。
毎回書きながら(て、何回琴子ちゃんは奪われていくのか(笑))、もうちょっとカッコよく書けないのかと思ってしまってます。


 さよなら かぁ ハァ~

     水玉さん こんにちは
こと子に悲しい思いさせたくなくて お布団片付けさせなかったのかなぁ? 直樹が 昨日の事実を布団を通して・・・心に刻みたかったのかなぁ。 
 
  お金も工面して・・・こと子の身を守り、居場所を確保して
 直樹の こと子への心と想いは・・・自身の心に隠し通せるの?
 無理なんと 違うのかな?辛い道選んでしもうたぁ。

 張り紙に平仮名して・・・こと子の為に・・・それなのにぃ バカだなぁ。
 

 こと子 無事救出され・・・抱きしめられて 元気で・・・と去れれたら
  言葉ないよねぇ。

 ボンクラは 気色悪すぎます。 二度と出没するなぁ(怒) 
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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