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2010.08.14 (Sat)

君と綴る文字 2


【More】

こと子は不器用ながらも、心をこめて家事に勤しんでいた。
そんなある日のこと ――。

「おい、ちょっと来てくれ!」
珍しく白衣のまま、直樹が母屋に現れた。こと子は姉さんかぶりをして、雑巾がけをしていた所だった。そのままの姿で、直樹に引っ張られる。
「あ、あの?」
初めて見る医院。そこは患者で溢れかえっていた。
「そこにあるカルテを見てくれ!」
「え…?」
戸惑う姉さんかぶりのこと子。
「あ、いや、こっちが先だな。おい、ここで手をよく洗って、消毒しろ。」
言われるがまま、こと子は手を丁寧に洗い、消毒をする。
「そこに○○と書いてある薬がある。取ってくれ。」
泣き叫ぶ子供を押さえながら、直樹は怒鳴るようにこと子に命じた。
「あ、あの…。」
「早く!!」
そして直樹は、別の患者の所に急ぐ。
「え、ええと…。」
こと子は沢山並んでいる薬の瓶の中から、一つを取り出し、それを手に直樹の元へ急ぎ、渡した。
「何だ、これは!」
薬の瓶を見るなり、直樹は叫んだ。それは…この患者につけるととんでもないことになる薬だった。
「俺は○○って言ったよな?」
直樹はこと子を睨んだ。
「…ご、ごめんなさい。」
謝ること子。
「じゃ、今度はあそこにある△△という薬を持ってきてくれ。」
こと子は言われた場所へ飛んでいく。そして少し迷った末、一つを手に戻って来た。
しかし、その薬も指示とは違う薬であった。
「…もういい。」
使えないこと子に直樹は溜息をつくと、母屋へ戻れと言った。心底、こと子に呆れ果てているようだった。
こと子は「ごめんなさい」と謝ると、邪魔をしないようにと診察室を後にした。


「役立たず…。」
直樹が思わず漏らした一言に、患者が顔を上げた。
「先生…。」
「あ、すみません。何でもないです。」
患者の前でそのようなことを口にするなど、医者失格である。
「いや、違うよ、先生。」
患者は首を振った。
「あのさ、先生…もしかして…。」
患者の言葉に、直樹は驚きを隠せなかった…。


「入るぞ。」
診察終了後、母屋に戻ってもこと子の姿はなかった。夕食の支度もしていない。部屋にいるのだろうと思い、襖を直樹は開けた。しかし、そこにもこと子の姿はなかった。
どこへ行ったのだろうかと、襖を閉めようとした直樹の耳に…すすり泣く声が聞こえた。その声は押入れの中から聞こえてくるようである。
「おい…!」
押入れを直樹は開けた。そしてそこには…小さくなって泣いていること子の姿があった。

「ご、ごめんなさい…。」
怒りがおさまらず、ここまで叱りつけに来たのだと、こと子は思った。もう絶対クビに違いない。そう思うと、涙が止まらなくなる。
直樹は長身の体を屈め、押入れの下段に籠っていること子を見た。
「…ごめんなさい、今、荷物をまとめます。」
せめてクビと言われる前に、自分から出て行こうと思う。だが、身体が動かない。
「お前…。」
ところが、こと子を見る直樹の目は、怒ってはいない。
「お前…もしかして…字が読めないのか?」
先程患者に言われたのは、「先生、あの子は字が読めないんじゃないのか」ということだった。字が読めないのなら…瓶のラベルに何が書いてあるか分からず、指示に従うことなどできるわけない。
こと子は…コクンと頷いた。
「そうか…。」
そうとは知らず、忙しさのあまりにこと子を責めた自分を直樹は恥じた。そして本当に悪いことをしたと思う。この時代、生活に余裕がないと学校には通えない。字を知らない人間は珍しくはない。

こと子はこと子で、字の読み書きができないことを知られた以上、もう本当にクビだと思った。医者の家に奉公する人間が読み書きができないとなると、大問題だろうと思う。だから、今まで言いそびれていたのである。本当はもっと早く言わないといけなかったのだが…。


「…来い。」
直樹は押入れの中に手を差し伸べた。こと子は困った顔をしている。直樹はこと子の細い手を半ば強引に引っ張り、押入れから連れ出した。
直樹は、こと子の部屋の机の前に座り、紙と鉛筆を出した。そして何か書く。こと子は黙ってそれを見ている。

「ほら。」
直樹はこと子にその紙を見せた。何か書いてあるようだが、それをこと子は読むことはできない。
「一番上に書いてある文字、これが“こ”。」
直樹は指で一番上の文字を指す。
「…こ。」
直樹の後に、こと子が続けた。
「そう。そして次、この文字が、“と”。最後の文字と一番上の文字は同じで“こ”。」
一文字ずつ、ゆっくりと直樹は説明をする。
「“こ”“と”“こ”。この三つで“ことこ”。」
そして直樹は、
「…これがお前の名前だ。」
と、優しく笑った。
「ことこ…これが、ことこ…。」
紙を受け取り、何度も自分の名前を繰り返すこと子。段々、その顔に笑顔が戻り始める。
「書いてみるか?」
直樹は鉛筆を渡した。
「こ…と…こ。」
鉛筆の持ち方を教えてもらい、ゆっくりと、大きな文字でこと子は、初めて自分の名前を書いた。
「うん、なかなか上手だ。」
書き終えたこと子の頭を、直樹が撫でた。直樹を見ること子の顔は…可愛いと直樹が思ったあの笑顔が浮かんでいた。

「あの、これが“ことこ”なら…。」
こと子はそういうと、押入れの中をゴソゴソと探し始めた。そして、直樹の前に探し当てた物を広げる。
「これは?」
「これは…。」
そこには半紙の上に、達筆の筆文字で“相原琴子”としたためられていた。
「これ、私が生まれた時にお父さんが、村の和尚さんに頼んで書いてもらったって…。」
今まで、これが自分の名前だと思っていたと話すこと子。
「お前、こういう名前だったのか。」
直樹は半紙を見て、笑みをこぼした。
「“琴子”か…うん、これも“ことこ”って読むんだ。これは漢字というんだ。」
「かんじ…。」
不思議そうにする…琴子。
「俺が今書いて見せたのは、ひらがなっていうんだ。ひらがなを覚えたら、漢字も少しずつ教えてやるよ。」
「本当ですか?」
「ああ。」
そして直樹は半紙の文字を見て、言った。
「お前の名前…綺麗だな。」
それを聞き、琴子は顔を赤らめた。


「旦那様のお名前はどう書くのですか?」
琴子に言われ、直樹は紙に“いりえ”と書いてみせた。
「これは名字ですよね?下のお名前は?」
“なおき”というのだということは、琴子も知っている。どういう字なのだろうか?
「さあな。」
直樹は意地悪な笑みを浮かべた。
「…いつか教えてやるよ。」
「…意地悪。」
“いりえ”と書きながら、琴子は頬を膨らませた。


その晩――。
琴子は、何度も「ことこ」と書き続けた。そして、机の上の紙はやがて「いりえ」「ことこ」という文字でいっぱいになる。
「あ…。」
琴子は今、書いた文字を見て、また顔を赤くした。「いりえことこ」とつい、続けて書いてしまったのだった。
「いりえことこ…か。」
何だか嬉しくなってしまった琴子であった。そして深夜まで、琴子は何度も「いりえことこ」と書いていたのだった ――。








☆あとがき
お盆ということで、かなり解放感になっていることからか、性懲りもなくこんな話を書いてしまった私です…。
本当に毎度毎度飽きずに、私もようやります(^^ゞ
…昭和初期とか大正とか(ようするに時代設定は決めていないのです(笑))の時代だと、「君…」で始まるタイトルをつけてしまうのはなぜ?

ご興味のある方がもしおいでなら、少しでもお付き合いいただけたら嬉しいです♪


☆追記
ちょーっと、入江くん、親切すぎましたね(笑)
読み返してみて、今回は一番入江くんのイメージを壊している気がします…。
意地悪なのが魅力なのになあ…今から急に意地悪にするのも…無理あるし。
ま、後から…ごにょごにょ。
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*Comment

★携帯から

泣いちゃいました

読み書きが出来ない事を黙っていた琴子

それを知って、教える直樹

良いですね。

これから、二人どうなるのでしょうか?

楽しみです
kobuta |  2010.08.14(Sat) 19:48 |  URL |  【コメント編集】

2話目で早くもウルウルきちゃいました。こと子のいじらしさ、直樹の優しさ、ジーンときました。絶対2人を幸せにしてあげて下さいね。
祐樹'Sママ |  2010.08.14(Sat) 20:14 |  URL |  【コメント編集】

★入江君の態度が・・・

今回の入江君、文句を言いながらも琴子を構って、手取り足とり教え込んでいるような気がするのは、私だけ?
最初から、琴子が可愛いと思っているみたいだし・・・

今までの入江君とは違い優しさを最初から出していますよね。

入江君が新鮮に感じちゃいます。(笑)

次回の更新もすっごく楽しみに待っています。
りきまる |  2010.08.14(Sat) 20:31 |  URL |  【コメント編集】

★新しいお話♪

こんばんは、水玉様!
新作ですね~♪
これは、「君と交わした約束」に続き、新たに「君シリーズ」ですか??

こんな話って…今回もドキドキなはじまりですね!
水玉イリコトのシチュエーション?設定?にはいつも脱帽です!!
いつの時代も琴子は一生懸命に入江くんにつくし、入江くんはそんな琴子を気にかけ、優しく面倒をみる。
これぞ、イリコトの醍醐味!!!

今回も楽しみにしています☆
rinnn |  2010.08.14(Sat) 22:40 |  URL |  【コメント編集】

★吸引力♪

のある『タイトル』の意味が少しみえてきました!!~♪

"忙しさのあまりにこと子を責めた自分を直樹は恥じた。。。。。”
いい人だわ~~直樹さん!!
”いりえことこ”と書く琴子ちゃんの恋心が伝わってきます~~。

これからの展開!登場人物!
楽しみ一杯です!!!

あお |  2010.08.15(Sun) 00:13 |  URL |  【コメント編集】

★直樹優しい!!!

水玉さん、おはようございます

2話お話を読ませていただき、胸がキュ~~~~ン状態に。
琴子は、本当に字を読むことも、書くことも出来なかったのですね。
それを、直樹は嫌がりもしないで、一つ一つ丁寧にに教えていっていますね。もうこの段階でウルウルです。
料理の方も、琴子に。
労りの心を持つ直樹に本当に感動を覚えます。
二人、本当に良い関係ですね。
これから先の、二人の関係は??
楽しみです。
tiem |  2010.08.15(Sun) 05:56 |  URL |  【コメント編集】

★いやいや

水玉さまおはようございます!
茉奈です!

「こと子」と言う表記がこの伏線だったとは・・・・さすがです。
タイトルからそうじゃないかと思ってた琴子の設定ですが、名前の漢字の出し方が憎い!

それに入江くん、じゅーぶん意地悪だと思いますよ?
自分の名前の漢字を教えなかったり・・・・

親切じゃない=意地悪、じゃないですし!
親切っていうか面倒見がいい・・・?それは原作と一緒じゃないですか♪

今後も何だかんだ意地悪言いつつ琴子の面倒見るんだろうなぁ(笑)
立場逆ですけど。


わたしもお盆なんか関係ない日々です!
どこまでも着いて行きます~
mana |  2010.08.15(Sun) 07:40 |  URL |  【コメント編集】

★コメントありがとうございます

コメントありがとうございます♪

kobutaさん
携帯から…ありがとうございます!!
そして、泣いて下さったなんて…。
まだ先が見えませんが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

祐樹'Sママさん
祐樹'Sママさんも、うるうるして下さったんですか?
ここは喜んでいいのか、申し訳ないのか…という感じです^^
ありがとうございます。

りきまるさん
そうなんですよね!
最初から入江くんが優しすぎる…(笑)
入江くんは意地悪の中に垣間見える優しさが魅力なのに…ちょこちょこと意地悪さを出しているのですが…どうしても優しくなってしまいます。
本当に、誰これ?って感じになってしまいました(笑)

rinnnさん
なぜか『君』で始まるタイトルになってしまいました(笑)
琴子ちゃんの大きな魅力である、「一生懸命」だけはなくさないようにと、頑張って書いています♪
これがないと琴子ちゃんじゃなくなっちゃうから…。
今回も変な設定にしちゃってお恥ずかしいです。でも書いていてとっても楽しいのも事実です^^

あおさん
タイトルがもはやネタばれですよね(笑)
よかった、2話でばらしておいて(笑)
そして、そうなんです!!『いりえことこ』と、こっそり書くところに琴子ちゃんの小さな恋心を表現したかったんです!ありがとうございます、あおさん、気がついて下さって!!
ここ、書きたかったポイントその1なので…とても嬉しいです!!

tiemさん
本当にいい人なんですよ~入江くん(笑)
どうしよう、こんないい人になっちゃって…。
あ、もちろん、原作もいい人には違いないですけどね(笑)←焦り
だけど、こんなに色々できるなら本当に女中さんなんていらない気がします(笑)

manaさん
お久しぶりです♪
そうです~^^1話と2話の途中まで「こと子」と書くのに、少々苦労しました。だってパソコン、もう琴子と一発変換できるんだもん(笑)
そして、入江くんへの励まし、ありがとうございます。
原作の入江くん、凄い面倒見いいですもんね!そっか~そう考えればいいのか~。ハッとさせられました、ありがとうございます!
でも琴子ちゃんって放っておけない何かがあるんだろうなと思います^^

Foxさん
忙しすぎて気が立っていたんでしょうね、入江先生。
でもすぐに気がついて、反省してよかった…。琴子ちゃんとの距離も縮まったし…♪
琴子ちゃん、ますます入江先生のために尽くすようになるんだろうな。

kyooさん
押し入れから出してあげる←なんか、体がつかえて出られなくなった人見たいで受けました(笑)
少しでも気分転換にして頂けたら嬉しいです♪

佑さん
ありがとうございます!!それじゃ、今回も鉄の鎖で二人三脚の準備を(笑)
私たちの願いは、琴子ちゃんの幸せにつきますよね!!

chan-BBさん
そうです、やっと書く決心がついたんです!!
ちょっとドキドキしてましたが…こうしてコメントいただけてホッとしております。
そんな映画みたいだなどと…こんな映画、実際にあったら一か月で上映終了ですわ(笑)
琴子ちゃんに魅かれる入江先生を書くのに、ちょっと苦労しましたが…いつもここが私の課題です^^;

まあちさん
気がついて下さいましたか?
さすがに最初から漢字表記はまずいだろうと思って(^^ゞ
早く漢字にしたかったので、急いでしまいました(笑)

いたさん
おお、ありがとうございます!!
いたさんの好み…それ聞いて安心しました。
よし、じゃあ今後も書いても大丈夫ですね!(笑)
タイトル負けしないよう(いや、きっとしますが(笑))何とか頑張ってみます!!

水玉 |  2010.08.15(Sun) 14:22 |  URL |  【コメント編集】

★優しいv入江くんv

字が読み書きできないことを知らなかったとはいえ酷いことを言ってしまった自分の非を素直に胸を痛めたり、琴子ちゃんに丁寧に字を教えたり…スッゴい優しいですねv

いじわるな入江くんもらしくて好きですが、こんな優しい入江くんもいいですねぇv
愛結美 |  2010.08.15(Sun) 14:46 |  URL |  【コメント編集】

★No title

親切な入江君にドキドキですよ♪
もう!!ドキドキウルウルですよ!!
これからが全く読めないので、
琴子ちゃんもどのように変化していくんでしょう??
続きが楽しみだわ♪
ゆみのすけ |  2010.08.16(Mon) 07:45 |  URL |  【コメント編集】

★こ と こ

  こんにちは 水玉さん
直樹は、性格は、気は短いが・・・心は優しい・・・コイジワルだなぁ。
  最初に教えた文字が こ と こ  ウルウルしました。 
ここから・・・二人の仲も心も 寄り添うかなぁ?
吉キチ |  2010.08.19(Thu) 13:36 |  URL |  【コメント編集】

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