日々草子 Dear enemy 10

Dear enemy 10


質屋が出した金は琴子の想像より少ないものだった。
溜息をつきながら質屋を出た琴子。視線を感じて顔を上げる。
「ああ…。」
その視線の原因を見て、また沈む。歩いている人々は皆、琴子の服装を見ていたのだった。
「そりゃあ…こんな服着てれば、見るわよね。」
琴子が着ていたものは…見るのも嫌だった、格子模様のシャツと時代遅れのズボン。孤児院を出る時に物置の中で探し出してきたものだった。まさかまだ残っているとは思わなかったが。そして、今まで着ていた服を質屋へ預けてきたのだった。
「だけど、ついこの間…数年前までは着てたんだよね。」
これしかなかったのだから着るしかなかったあの頃。それに比べて、この数カ月…いや、女学校へ入れてもらってからがどれだけ恵まれていたのかを感じずにいられない。

「さ、いつまでもここにいるわけにいかないわね。」
視線を感じながら、琴子は歩き出した。


一方、その頃の入江家。
「それで…直樹さんは?」
紀子が、ベッドの中から弱々しく渡辺に訊ねる。琴子が行方不明と聞いて、更に元気を失くしてしまっていた。
「…お仕事があるとのことで、会社へ。」
幹から琴子がいなくなったことを聞かされた時は、さすがに驚いた様子の直樹だった。さすがに探しに行くだろうと、その時皆思っていた。
しかし、直樹は予想に反して、探しに行かず、それどころか「仕事がある」と言い残し、出社してしまった。
「まあ…!」
叫ぼうとしたその声はいつもよりずっと弱かった。どうやら叫ぶ声も残っていないらしい。
「ああ、琴子ちゃん…私の可愛い琴子ちゃん…。」
枕に顔を埋めて泣く紀子を、黙って見ているしかない渡辺。



汽車に乗っても、視線は常に琴子に付きまとった。しかも三等の切符を買ったら残金は僅か。
そしてその三等車両では、
「お母さん、あの人の服、変。」
と、子供にまで笑われる始末。その声を聞いて笑いを堪える乗客の中でいたたまれない思いをしながら琴子は窓の外の景色に集中していた。
流れる景色を見ながら…孤児院での出来事を思い出す琴子。直樹が忙しかったのは自分のためだったということを知り、そしてそんな優しさを踏みにじったことを知り…もうこれ以上、孤児院にいることはできなかった。
琴子のための孤児院と言っても過言ではない、幹はそう言ったが、言われれば言われるほど琴子には辛かった。
それゆえ…そこを出て来てしまった。

―― もう二度と…会えない。

そう思うと、涙が出そうになる。琴子は涙を周囲に見られないよう、顔を伏せた。


「確か、鍵が…。」
直樹が言っていたことを思い出しながら、琴子は玄関脇の大きな花瓶の中を手さぐりで探す。そして鍵を見つける。
―― 鍵を忘れた時は、ここにあるから。
あの夏の日、直樹はそう言っていた。どうやら紀子たちがそのままにしていったらしい。

そっと開け、中へと入る。中はあの時と何一つ変わっていなかった。

二階へと上がり、琴子は自分が使っていた部屋に入り、窓を開け、風を入れた。高原の風が心地よい。

琴子が目指したのは…那須だった。そしてここは、琴子が女学校の休暇を過ごし、そして卒業後に滞在していた場所。そして…直樹との思い出の場所だった。

―― こんな所にいる資格なんてないんだけど。
この地こそ、自分がいてはいけない場所だと琴子にはよく分かっていた。だが、どうしても…直樹との思い出から離れる前に、ここだけは来たかった。最後に来て、思う存分、直樹との思い出に浸りたかった。

旅の疲れが出て来て、琴子はベッドに横になる。


少しの間横になったつもりだったが、どうやら眠ってしまったらしい。外はすっかり暗くなってしまっている。
暗くならないうちに、ここを出るつもりだったが、所持金も底をついてしまった。
―― 一晩だけ…泊めてもらおう。
琴子はそう思い、ベッドから起き上がる。

「…?」
何か物音が階下でした。耳を澄ます。ネコか何かが入り込んだのだろうか?
「怖い…!」
そして今、自分がこの家に一人きりだということを思い出す。
「ど、どうしよう…。」
強盗か何かもしれないと、思う。怖くて堪らない。
「こ、これで…何とか。」
部屋からそっと出た琴子は、廊下に置かれていた箒を手に取った。だが、
「でも…私の操が…。」
と、変なことを心配する琴子。本当に強盗だったら箒ではとても太刀打ちできまい。
「ま、いいか。もう…誰とも結婚しないんだし。」
別に綺麗な体でなくともいいのだと思い直し、箒を握りしめ、そして足音を立てぬように階段へと向う。
しかし…琴子は自分が鳥目だということをすっかり忘れていた。暗くなった今、明かりのない家の中は真っ暗で、琴子には何が何だか見えなくなっていた。
「え?階段、どこだっけ?」
箒を手にフラフラと歩く琴子。そして、
「キャーッ!!」
と、気がつくと階段を踏み外してしまった…。

「い、痛い…。」
そして慌てて口を押さえる。強盗に聞こえたに違いない。
「どうしよう…絶対、ばれた!」
泣きながら傍に一緒に落ちた箒を拾い、震える。そのままそっと、壁へと這って行く。
「気付きませんように、どうか…どうか早く出ていって!」
手を合わせて願う琴子。その時、目の前の壁が明るく照らされた。

「…!」
壁に映った影は…見覚えのある影だった。

「あしながおじさま…。」

そこに映っていたのは…足の長い影だった ――。
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comment

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 あしながおじさん 素直にだよ。

 こんばんは 諦めてなかったよね。 あしながおじさん。
琴子の質屋に入れた服も 持ってきたかな?。 
 
 まさかと思っただろうなぁ。 電気をすばやくつけるって知ってなきゃぁ無理だし・・・。 
 
 逆に 二人だけの方が素直になれるかな?本音ぶちまけて
下さい。 あしながおじさんは やっぱ琴子アンテナをフル稼働で 見つけてエライ。 琴子ならと考えたのかな。
 
 あしながおじさんは もちろんですよねぇ?

やっぱり

探しに来てくれたのかな?

直樹も辛いよね、でも幼馴染の所じゃなくて良かった!

直樹と琴子、早く仲直りして結婚して、幸せになって欲しいな?

待ち人来たる??

水玉さん、おはようございます。
更新ありがとうございます

やはり、琴子が行くところは、直樹との思い出の場所。
直樹も琴子が、最終行き着くところはと言う想いが。
流石でございます。
琴子の事をよく判っていますね。
このあしながおじさんは、直樹ですよね・・・・。

再会

きっと、仕事だなんて言って、誰にも邪魔されたくないから、一人で迎えにきたんですよね。直樹じゃないわけない!琴子の事を一番わかってるのは直樹なんだから…

足の長い影

水玉さん、おはようございます♪

ここで、見覚えのある足の長い影。。。♪(拍手!拍手!)
9、10話は、推理小説のように楽しみました。

当然といえば当然ですが、琴子ちゃん直樹さんを分かっている皆さんのコメにもジーン。。。

。。。今日もありがとうございました!!!












おはようございます♪
連休中、毎度の如く関西への旅に行ってきました♪
帰ってきましたら、お話がいっぱいUPされている♪とっても嬉しいです♪

琴子ちゃん、格子模様のお洋服に再び袖を通したときは、
もう戻れない、戻らないと覚悟を決めたのでしょうね。
きっと、辛かっただろうなぁ~

そして、あしながおじさんの影!!
きっと、誰もが待ち望んでいるあの人の影だったら、嬉しいです♪
早く不器用な二人がまた、心から信頼し合える関係に
戻りますように!!

影は

もちろん直樹ですよね!?


仕事なんて嘘ついて…
琴子が心配でたまらないんですよね(T^T)

続きが気になって何も手につきません!!笑

琴子の気持ちを 考えると 胸が痛いです。
直樹以外なら 結婚しない 一途な想い。
あしながおじさまの正体 次はわかりますよね!?
続きを楽しみにしてます!

やっぱり探しましたね。 でも私としてはまだ会わずにハラハラ感やドキドキ感があるとうれしいな☆暑い日が続きますが頑張ってくださいね。

もしや…

こんにちは~

琴子ちゃんは、別荘に行ったんですね~(*^_^*)

取り敢えず行き場所が解って良かったです~

足長おじさん???

これってもしや、入江くんかなぁ?

さすが、天才入江くん!

こんばんは。

行くところがなくなった琴子。

どこに行ったんだろうと思っていたら、思い出の地に最後のお別れに行ったんですね。

しかし、琴子の服装を想像すると、私の妄想では、かなり変な服装が浮かんじゃいました。(笑)

でも、その服装しかなければ仕方がないですよね。

那須では、琴子の危機?っが勃発しているようで・・・

足の長い影は・・・
入江君であってほしいです。

続きがとっても気になります。
次回もよろしくお願いしますね。<(_ _)>
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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