日々草子 姫君の溜息 上

姫君の溜息 上



―― 素敵だこと…。
桔梗が見つめている先、庭に面した場所には、直樹が我が子を抱いている姿。
「本当に…ちい姫様も愛らしく。」
数度目になろうかという溜息をつく桔梗。直樹と琴子の間に生まれたのは女の子。この邸では「ちい姫様」と呼ばれ、大切に大切に育てられていた。

「うっ…うっ…。」
バラ色の世界に浸っていた桔梗を現実に呼び戻したのは、泣き声だった。桔梗は今度は嘆息し、振り返る。
「ちょっと、アンタ…また泣いてるの!?」
桔梗の後ろでは鴨狩が一目も憚らずに、男泣きにくれていた。
「だって…考えてもみろよ。」
チーンと音を立てて鼻をかんだ後鴨狩は、
「あの…優秀すぎるがゆえに退屈な日々を送っていた直樹様が…唯一の趣味は写経だった直樹様が…まさか、我が子を腕に抱く日が来ようとは…誰が思ったか。」
「アンタは親戚のおばちゃんか!」
「何とでも言ってくれ!」
そして鴨狩は泣き続けた。
が、桔梗も鴨狩の気持ちが分からないわけではない。桔梗が幼き頃から仕えてきた琴子にこのような幸せが来ようとは思ってはいなかった。

が…。

「また…塞ぎ込んでおいでになる。」
部屋の中に入り、桔梗は思った。中には琴子がぽつんと座っている。最近の琴子は物思いに沈むことが多く、日中も「一人にして」と女房たちを遠ざけるようになっていた。
「産後うつってものかしら?」
桔梗は心配していた。かなりの難産で恐ろしい目に遭ったのだから、そうなる可能性も否定できない。
「…夫婦仲がうまくいってないとか?」
横から鴨狩が口をはさんだ。
「まさか!」
ハッキリと桔梗は否定する。
「もう…直樹様が離すまいといったご様子なのだから!」
「…だよなあ。」
それは直樹の傍に仕えている鴨狩にも分かっている。
「この先、お子様がまたお生まれになるかもというくらいの仲睦まじさ…。」
「だよな。“腹の中には赤ちゃんが1人。もう一つ叩くと赤ちゃんが1人…”。」
奇妙な替え歌を歌い出す鴨狩の頭を、桔梗が扇でバシッと叩いた。
「いてえ!」
頭を摩る鴨狩に、
「アンタは本当にストレートすぎんのよ!!もっとこう…オブラートにって言ったじゃない!オブラート…!」
「オブラート」という所を巻き舌で桔梗は強調した。が、鴨狩の替え歌も現実になるかというくらい、直樹の琴子への寵愛は増す一方なのである。

そして、この日も直樹は琴子の元へと泊まった。
翌朝。
「おはようございます、姫様。」
母親となった琴子を、本当ならば「奥方様」または「北の方様」と呼ばねばならないのだが、どうも桔梗にとっては琴子は永遠に「姫様」らしい。
直樹と一夜を過ごした朝は、桔梗一人が琴子の着替え等、起床の準備をすることになっている。恥ずかしがり屋の琴子のことを理解している直樹は、琴子が眠っているうちに自室へと引き上げて行く。

「あら…。」
御帳台の中を覗いた桔梗は驚いた。琴子が既に起きていた。
―― いつもなら、お声をかけて、恥ずかしそうに起きられるのに…。
いつもなら、桔梗が顔をのぞかせ声をかけると、琴子は恥ずかしそうに袖で顔を覆いながら起き上がる。そして桔梗に着替えを手伝わせている間も顔を伏せたまま。そんな琴子の様子が面白く…いや可愛らしくて、だから桔梗はこの役目を一人で請け負っている訳なのだが、今日はどうも勝手が違っている。しかも琴子は顔を隠さず、御帳台に座っている。
「いかがなさいました?」
心配する桔梗に琴子は一言だけ呟いた。
「本当に…私ってだめ…。」


「私ってだめ…か。」
桔梗から相談を受けた鴨狩は唸った。
「何がだめなんだろう?」
「さあ…?」
桔梗にもさっぱり分からない。鴨狩に確認したところ、直樹の様子は変わりはなかったらしい。
「なにか…変なことでも直樹様に求められたとか?で、それに上手に応えることができずに…自己嫌悪とか。」
その瞬間、またもや桔梗の扇が鴨狩の頭に炸裂した。
「いてえんだよ!」
「あの直樹様がそんな変なこと、姫様に求めるわけないでしょうが!!」
鴨狩では相手にならないと、桔梗は琴子の元へ戻る。

「桔梗。」
琴子は今日も一人で浮かない顔をしていた。
「ちょっと…。」
手招きされ、桔梗は琴子の傍に寄る。
「あのね…。」
琴子に耳打ちされ、桔梗は叫んだ。
「絶対、嫌でございます!!」
「お願い。」
手を合わせて頼む琴子。
「いいえ!いくら姫様のお頼みでも、お断り申し上げます!」
眉を潜め、騒ぐ桔梗に琴子は、
「桔梗!」
と厳しい声を出した。その声に思わず居住いを正す桔梗。
「これは、主である私の命令よ。」
珍しく、琴子が主だと自分を言った。いつもは桔梗のことは姉のように慕っており、このような態度は見せたことがない。
「命令よ。言われたとおりにしなさい。」
「そんな…。」
だが命令と言われたら、いくら親しくても桔梗は琴子に仕える女房である。従うしか選択肢は残されていなかった。


「何か…顔触れが?」
出仕から戻った直樹と一緒に、直樹の自室へと入った鴨狩は様子がおかしいことに気が付いた。どこがおかしいか、最初は分からなかったのだがやがて気がつく。それは…直樹に仕える女房の顔触れがちがっていたのだった。
いずれも美しい女房たちだった。そして…その女房たちの顔に鴨狩は見覚えがあった。琴子の元に仕えていた女房だった。

そして、その女房達はこまめに直樹の世話をする。
―― こんなに近づかれて…おかしな気分にならないのかな?
だが、直樹は顔色一つ変えない。
そしてそのまま、直樹は一人で休んだのだった ――。


「全く、もう。」
翌日、琴子は溜息をついた。目の前には昨夜、直樹の世話をしていた女房達が揃っている。
「だから申しましたでしょう?直樹様はこんなことでは何も動かないって。」
桔梗は呆れていた。
「きちんと、心を込めてお世話したの?」
琴子は桔梗の言葉に耳を貸さず、女房たちに確認する。
「はい…ですが…。」
女房の一人が口を開いた。
「直樹様は…どう見ても姫様しか眼中においでではないです。」
その言葉に同調する他の女房達。それは桔梗も同じだった。どんなに美しい女人を近づけても、直樹の心をとらえるのは琴子ただ一人である。それはこの邸に仕える人間、全員が分かっている。
「ですから、もう変なお考えはおやめなさいまし。」
桔梗が琴子に言った。
「…直樹様に他の女人をあてがうなどという真似、無理でございますよ!」
琴子が桔梗へ告げたのは…直樹に自分以外の女性を侍らせるという、とんでもないものだったのである。
「…直樹様が嫌いなの?」
琴子はまたもや桔梗を無視して、女房達に訊ねた。一斉に首を振る女房達。
「あんな素敵な方、もう…お傍にいるだけで…。」
「なら、もっと本気を出さないと!」
「いいえ、姫様!」
女房達が口を揃えて言った。
「私たちは、姫様と仲睦まじくお過ごしになられる直樹様を拝見することが好きなのです!」
「ほうら、ごらんあそばせ。」
まるで「ざまみろ」と言わんばかりの口調で、桔梗が琴子に呟いた。
「この邸の人間は、皆同じ考えでございますよ。さ、馬鹿なことは考えずになさいませ。」
「…使えない人たちだこと!」
琴子は頬を膨らませ、立ち上がり部屋を出て行ってしまった。
後に残された桔梗たちは溜息をついた。
「本当に…突然“美しい女房たちを直樹様の元へ”と言い出しだり…何を考えておいでなのか。」
琴子の突然の浮気促進の動きに、桔梗は首を傾げるばかりだった。


「浮気をすすめる妻…男にとっては最高だな。」
そこまで言いかけた鴨狩だったが、桔梗が拳を握り始めたのを見て、慌てて口をつぐんだ。
「だけど、どうして?」
「さっぱり分からないわ。」
二人は何度考えても、琴子の真意が全く理解できずにいる。その時、琴子が鴨狩を呼んでいるという知らせが来た。

「ええ!?」
今度は鴨狩が驚く番だった。横では桔梗もまたもや驚愕している。
「そんなの、絶対嫌です!」
そして鴨狩も桔梗と同じ返事をした。
「男でしょう!」
琴子は鴨狩を叱りつけた。
「男だろうが何だろうが関係ないでしょう!」
「そうです、姫様。まだ懲りていなかったのですか?」
「いいの!今度はうまくいくんだから!」
結局、鴨狩も悲しき役割を負うことになってしまった。

「どこだ?ここは?」
宮中の出仕からの帰り、車が止まり、自邸へ着いたのかと思った直樹は小窓から顔を出し不思議な顔をした。それもそのはず、今いる場所は見たこともない。
「あの、京で評判の…美しき姫君のお邸でございます。」
言いにくそうに鴨狩が教えた。
「俺は別にこんな場所に用はないが。」
こんな場所で道草を食っている暇はない。直樹は一刻も早く愛しき妻と可愛い小さな姫に会いたくてたまらない。全く興味を示さない直樹は早く車を出せと命じた。が、鴨狩は、
「き、きっと…今評判の貴公子直樹様がおいでだと知ったら…驚かれるかと…。」
と、これまた言いにくそうに続ける。
「いや、行く気ないし。」
何を訳のわからないことをと眉を潜めて鴨狩を見る直樹。
「あ、それじゃあ…別の美しい姫君のお邸などへ…。」
「もういい。」
完全に直樹の表情は怒りへと変化していた。
「都の美女巡りツアーがしたければ、お前一人でやってくれ。俺は早く帰りたい。」
これ以上しつこくすると、路頭に迷うことになるかもしれない。

―― やっぱり無理だよ…浮気のすすめなんて。

琴子は鴨狩に、「邸内の美女が駄目なら、外の美女を!」と命じたのだった。
鴨狩は肩を落とし、急いで車へと戻った。










☆あとがき
平安琴子姫のお話です。
この話は、やっぱり桔梗&鴨狩コンビが書いていてとっても楽しい^^
…この話も1年前から書いているんだなあ。
いつまでしつこく続けていいものやら。
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(-ロ-;)オロオロ…

(。≧∇≦。)キャー~~って、題名を見たときに思わず心の中で叫んじゃうくらい、嬉しかったです、平安の続編(*^□^*)←さすがに外で声に出すのは危ない感じなのでどうにか堪えました(笑)
「姫様」=平安、ってイメージがあって、それが当たってまた嬉しいv

でも、「溜息」が気になってiモードの表示が変わるまでもどかしかったです(汗)


直樹様に溺愛されてて、カワイイ子供までいて…幸せそうなのに、なんで琴子姫は悩んでるんでしょう?
なんか幸せすぎて怖くて悩んでる感じなのでしょうか?
変な妄想がこれ以上爆発しないように、直樹様には琴子姫のSOSに気付いて欲しいです☆

水玉さん、こんばんは♪

”庭...直樹が我が子を抱いている姿”
なんて綺麗な絵。。。(パシャ)♪
直樹様のアップでもう一枚(パシャ)♪

平安の桔梗&鴨狩コンビ毎回楽しませていただいています♪
(楽しみにしています♪)

琴子姫???
何がどうしてそうなるの~~?

琴子姫の可愛い思考回路が早く知りたいです!!!




最強コンビ!?

こんばんは!

平安の続編ありがとうございます。<(_ _)>

子供も生まれて子育て真っ最中の琴子。
でも、子育てを率先して手伝ったくれている直樹。
本当に幸せ真っ最中の親子三人のはずなのに、一人落ち込んでいる琴子。

琴子はいったいどうしたんでしょう?
直樹が浮気をするように仕向けたり、第二夫人を斡旋するようなことをしてみたり・・・

琴子の悩みはいったい何なんでしょう・・・

でも、どんなに直樹に女性を仕向けても直樹は絶対に見向きもしないと思います。

だって、直樹は琴子一筋なんだもん。

水玉さんこんにちは!
平安も1年になるのですね(^^)前にも言ったと思いますが、このシリーズ大好きなんでどんどんおねがいします♪

私事で恐縮なんですが、少し前に林真理子さんが書いている『六条御息所 源氏物語~光の章』を読み、以前よりもこの時代についてほんの少しだけ分かるようになりました。そのうえでこの平安シリーズを読ませていただくと、直樹様の琴子姫への寵愛振りがものすごく分かるようになりました!!

本当にびっくりですよね、平安時代って・・・。今回の琴子姫のしている事も、別に不思議ではない事なんですよねぇ。(女主人がその気になれないときは女房が殿方の相手をすると知ったときは凄い世界やな~と思いました。って、知識が乏しいのを露呈してお恥ずかしい限りですが^^;)

しかし、一体どんな理由で琴子姫がそんな行動に出ているのか・・・・、謎です~~。

次回を楽しみに待っていますね。

コメント、ありがとうございます♪
久しぶりの平安琴子姫、どうかなあ…と不安だったのですが、コメント拝見して、ちょっと胸をなでおろしております。

愛結美さん
あ~分かります!!私はauなのですが、「z」の文字の点滅がこう…イライラするというかなんというか!!
それにしても、変な妄想という愛結美さんのコメントにまた爆笑!!そう、琴子ちゃんは時代が変わっても、「変な妄想」をすることは変わりないんですよね!!

あおさん
あおさんのコメントの最初の「パシャッ」、原作のハネムーン琴子ちゃんの「寝顔を」のシーンが浮かびました!!(笑)
確かに、平安直樹様の立ち姿、私も絶対「パシャッ」ってしてそう(笑)
鴨狩&桔梗コンビ、本当に書いていて楽しいんですよ~。

りきまるさん
ああ…「第二夫人」のフレーズに、私のメロドラマ魂がウズウズと(笑)
いいですよね、この響き(笑)でも…その直後になぜか「デビ夫人」が浮かんでしまった私…。
あんなにパワーのある琴子ちゃんがそばにいたら、普通の女の人なんて入江くんは物足りなくて退屈で仕方ないでしょうね!

ぴくもんさん
その本、タイトルは知ってて読んでみたいような、でも六条の御息所かあと迷っていて…ぴくもんさんのオススメなら、読んでみようかな♪
平安時代の女房って結構遊んでるみたいですよね。
貞節とかどこへ!?って感じだし。とにかく噂の貴公子のお相手を、妻になれなくてもいいから、遊びでもいいからとかって感じみたいだったし…。今よりずっとすごい世界だったような気がします。
だって、三日間、夜過ごしてさあ、結婚!!って…フリーなラブの世界だったんですねえ(なぜかルー語に(笑))

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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