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2008.12.05 (Fri)

秘密 第5話

出足をくじかれた琴子は、打ちひしがれてナースセンターへと戻ってきた。しかし、一度や二度の失敗でめげる琴子ではない。またチャンスを狙えばいいとすぐに前向きに考え、とりあえず今すべきことは仕事だと思い直した。


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そんな琴子の耳に傍で話している看護師たちの会話が耳に入ってきた。
「入江先生、研修医の時に比べて数段かっこよくなったね。」
「もともと格好よかったもんね。もう最高!」
「しかも、今回ここに来たのって、学長直々のお声掛りなんでしょう?すごいよね!あの若さで!」
会話を聞いた琴子は鼻が高かった。が、すぐに直樹に関する話は全て頭に入れておかねばと、耳だけをしっかりと傾け始める。

「また会えるとは思わなかった!」
「これで働く楽しみもできたってものよ!」
看護師たちがキャーキャー騒いでいる。「はいはい、良かったわね」と琴子は耳を傾けつつ、余裕の態度を取ることが楽しくて仕方がない。
「そう言えば、入江先生って研修医の時には既に結婚してたって噂、あったよね?」
“結婚”というキーワードにやや敏感になる琴子。
「ああ、あったあった。」
「あの時、奥さんらしき人が病院に来たって当時話題になったよね。」
自分の話になり、琴子の耳もますます大きくなる。
「あれ妹だったという落ちだったって話もあるけど、どうなのかなあ。」
妹なんかじゃないと琴子は言いたかったが、口が裂けても言えない。

「でも、結婚してるってことは、また奥さん東京に置いてきちゃったの?。」
置いてきてない、置いてきてないと琴子は心の中で叫ぶ。
「じゃないの。もしくは様子を見て呼び寄せるとか?」
同僚たちの勝手な噂にどんどん耳を大きくする琴子。

「そういえば、相原さんって、入江先生と同じ病院から来ているのよね?」
突然自分に話が振られ、琴子は慌てた。
「う、うん。」
「入江先生の奥さんの話って東京で聞いたことない?」
「え?奥さん?」
それは私よと叫びたいが琴子は我慢する。
「あー、奥さんね…。入江先生って、プライベートは話すこと嫌いみたいだし、訊かれるのも嫌いみたいだから、誰も詳しくは知らないみたいよ…。それに訊くと怒られそうだしね。」
我ながらうまく説明できたと琴子は胸の中でガッツポーズをした。
「そっか。そんな感じよね、入江先生。」
琴子に訊いた看護師があっさりと納得する。

「ねえ、もしかして…。」
今度は別な看護師が話を始めた。先程話を振られた関係で、自然に琴子も会話に加わるような形になってしまった。

「…入江先生って離婚したとかいうことない?」

看護師は周囲に聞かれないように小声でとんでもないことを言い出した。
「り、離婚…?」
なぜそんな話になるのかと琴子は青ざめた。
「だって、いくら学長直々に声をかけられたからって、奥さん置いて簡単に神戸に来る?」
「言われてみれば…。」
「でしょ?私が奥さんだったら寂しくてたまらないわよ。」
琴子以外の看護師が全員頷く。

「入江先生はあの若さでかなり優秀な医者でしょう?ここだけじゃなくて、あっちこっちの病院でも引っ張りだこに違いないわ。それで生活がすれ違って、奥さんが寂しさに耐え切れず、別れたってこともあり得ない?」
あり得ない!冗談じゃない!ようやく離婚の危機を回避したというのに変なことを言い出さないで欲しいと、琴子は心の中で激しく突っ込んだ。

「そうかも…。離婚したのなら、身軽になった訳だし、神戸にも簡単に来られるよね。」
他の看護師が同意し始めた。
「だったら、あんまり奥さんのこと訊かないほうがいいよね。」
「うん。別れたばかりだったら気の毒よ。」
「そ、そうかしら…?あまり簡単に決め付けない方が…。」
さすがに琴子が止めに入ろうとしたが、同僚たちはそんな琴子の言葉なんて全く耳に入ってない。
「だったらさ…。」
「うん。」
次は何を言い出すのだろうと、琴子は固唾を呑んで待つ。

「入江先生は現在フリーだってことね!」

さっきまでと打って変わって看護師たちは明るく騒ぎ始めた。
「そうよ!入江先生が相手なら、再婚だって構わないわ!!」
「神戸にいる間がチャンスよ!!狙うわよ!!」
その場にいた琴子以外の看護師たちは、今にも全員で腕を突き上げんばかりに、気合の入った声を出した。

「と、いうわけで入江くんは“バツイチ”ということに…。」
その夜、家で琴子の話を聞いた直樹は、開いた口が塞がらなかった。
「何で、俺がバツイチなわけ…?」
「私も止めようとしたのよ?でも、いろいろ訊かれるとまずいし。あ、別に入江くんがバツイチだってことも肯定したわけじゃないからね。」
必死に琴子は弁明する。しかし、直樹の表情は完全にあきれた表情だった。

「これもお前のくだらない作戦のせいだろうが!」
とうとう、直樹の怒鳴り声が琴子に落とされた。

「ごめんなさい!でも、これでみんな入江くんにプライベートなことを訊かないことになったよ。ね!良かったね、落ち着いて仕事できるじゃない。」
琴子が必死にフォローする。
「落ち着いて仕事ができる?俺は今日一日、入れ替わり立ち替わり看護師たちに飲みに誘われる、用もないのに周りをうろつかれる、全く仕事がはかどらなかったけどな。」
「えっ、そうなの?みんな手が早い…。」

肩を落とす琴子を見ながら、イタズラ心が直樹に芽生えた。
「…そっか、バツイチにされたってことは、俺独身だと思われてるわけだ。それなら誰とどこへ飲みに行ったっていいわけだよな。」
突然の直樹の言葉に、琴子がうつむいていた顔を上げた。
「えっ?どういうこと?」
「ここの看護師、結構美人が多いもんなあ。スタイルもいいし。俺、再婚相手に事欠かないなあ。」
直樹が琴子をからかい始めた。琴子をからかうのは直樹のストレス解消法の一つだ。そんな直樹の言葉にまんまと引っかかる哀れな琴子。
「えっ?再婚?嘘…!分かった!私、明日みんなに言うから!入江くんはバツイチじゃなくて、私と結婚してるって!それで師長に言って、明日から“入江琴子”として働くから、ごめん…」
焦って直樹にすがりつく琴子を抱き寄せて、直樹が琴子の唇を奪う。

「いいよ、このままで。」
「えっ、だって…。」
「言いたい奴にはそう言わせとけばいいさ。」
直樹が面白いとばかりに言った。
「それに、俺もお前の言う“秘密の院内恋愛”っての、結構楽しくなってきた。周りにバレないようにお前と秘密を共有するのって、めったに味わえない緊張感があって、面白い。」
直樹はイタズラっぽくそう笑うと、また琴子に自分の唇を合わせた。
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