日々草子 新妻の失敗

新妻の失敗




この街に店を構えて数十年の魚屋、魚政。この店を経営する夫婦の間では、とある客が話題になっていた。

「こんにちは!」
その客がやって来た。
「へい、らっしゃい!!今日は何にしましょう?奥さん!」
魚政の主は「奥さん」という箇所をわざとらしく強めに言った。そう言うと、
「奥さん…。」
と、その客はポッと顔を赤らめるのだった。未だに「奥さん」と呼ばれることに慣れていないらしい。その初々しさの可愛らしさに、つい主とその妻は「奥さん」「奥さん」と連呼してしまう。

「ええと、今日は…。」
客はゴソゴソとメモを取り出す。
数か月前から来店するようになったこの客。どうやら結婚したばかりらしく、料理はまだ不得手らしい。なので、
「このお魚は何というんですか?」
「どうやってお料理すればいいんですか?」
と、よく主とその妻に訊ねる。その度に丁寧に教えるのだが、
「焦がし過ぎて主人に叱られました。」
「半生で主人に叱られました。」
と、未だ成功したことはない模様。
しかも、遠くから嫁いできたらしく、頼れるのは夫だけらしい。なのにその肝心の夫は仕事が忙しいらしく(何でも新聞記者らしい)、一人でいることが多いとのことだった。
「可哀想に…。」
「俺たちで力になれることはしてやろうな。」
主夫婦はそう話していた。

「今日は、主人の好きな物を義母から教えてもらったんです。」
嬉しそうにその新妻はまた顔を赤らめる。
「何の魚がお好きなんです?」
主の妻も笑顔で訊ねた。
「あ、これこれ。ええと…スッポンがほしいんですけれど。」
新妻の言葉に、主夫婦は言葉を失った。

「す…。」
「スッポン?」
目が点になったままの主夫婦。
「はい!主人はスッポンが好きだからって!あ、いくらくらいか分からないので少し余分に持って来たんですけど…。」
そう言いながら、その新妻…琴子が愛用のガマ口を取り出した時――。
「おい!」
スーツ姿の若い男性が琴子の口を塞いだ。そして、
「鰹のたたき、下さい。」
と言う。
「あ、鰹ね、鰹。」
我に返った主が慌てて鰹を取り上げる。
「またよろしく!」
「どうも。」
若い男性は主から鰹を受け取ると、琴子の口を塞いだまま店を後にした。

「あのイケメンが…旦那?」
二人を見ながら、主の妻が呟いた。
「あんなイケメンがどんな顔して“スッポン食わせろ!”って言ったんだろうねえ…。」
主も呟く。そして二人は、
―― 最近の新婚は堂々としているんだなあ。
と思い、
「…今度、スッポン用意しておくか。」
と言ったのだった…。


「ったく、誰がスッポンが好物だ!!」
家に帰り、鰹のたたきを囲みながら、直樹が琴子を叱りつける。
「だって…お義母様が教えて下さったのよ?」
琴子は口を尖らせた。
「妻として、夫の好物を用意するのは当然でしょ?」
「だから好物なんかじゃねえよ!!」
母紀子の出鱈目を素直に信じ、行動に移した琴子。直樹は紀子を恨んだ。
「ね、もしかして…スッポンってお高いの?」
「知るか!」
「だから入江くん、気を遣って、本当は大好物なのに我慢しているとか…。」
「んなことあるか!」
スッポンの意味、紀子の言葉の意味をよく分かっていない琴子を相手にして、疲れを感じる直樹。そんな直樹を更に疲れさせることを琴子は口にした。
「もう一つ入江くんの好物を教えていただいたんだけど。」
「…んだよ?」
「…マムシドリンク。」
直樹は大きな溜息をついた…。


「おい、これクリーニングに出しておいて。」
直樹は琴子にスーツを示すと、風呂へと向った。直樹に頼まれ事をされると琴子は嬉しくて堪らなくなる。
「ポケット、ポケット。」
クリーニングへ出す前に確認せねばと、琴子はポケットに手を突っ込んだ。
「あ、これ、大事なものよね。」
中から出て来たのはICレコーダー。
「ふうん…こういう物を使ってお仕事するんだ。」
そう言いながら、琴子はそれをテーブルの上に置いた――。



翌日。
直樹は西垣と会議室で打ち合わせをしていた。
「後は、お前の取材内容の確認と…。」
西垣が言い、
「ああ、これです。」
と、直樹はICレコーダーの再生ボタンを押した。

『入江…く…ん…。』
―― 艶めかしい声が会議室に響き渡った。直樹は停止ボタンをすぐに押す。
「何…お前…そんな…録音する趣味が…?」
幾多の女性と浮名を流してきた西垣も、この音声には顔を真っ赤にしてしまった――。


「取材で楽しいことがあったの?」
ICレコーダーを聞かせてやると直樹に言われた琴子は、一体何が聞けるのだろうとイヤホンを耳につけた。

―― 忽ち、琴子の顔が昼間の西垣以上に真っ赤になっていく。

「な、何、これ!?」
イヤホンを外し、琴子は叫んだ。
「何ってお前の仕業だよ!!」
恥ずかしいのはこちらだと直樹は琴子を睨んだ。
「お前、昨日いじっていて、録音ボタンを押しただろ。」
「あ…。」
琴子は思い当たる節があったらしい。
「ったく、これのせいでどれだけ恥ずかしい目に遭ったか。」
だが、操作ロックをかけておかなかった自分にも責任はある。直樹はそれ以上は叱らなかった。
何より…真っ赤になりながら、
「んもう…いやだ!恥ずかしい!」
と何度も言いながら、動き回る琴子を見るうちに、怒りも静まってしまう。

―― こういう、予想外のことをするから、琴子と一緒にいるのはやめられないんだよな。

そしてそれは、自分が琴子を生涯の伴侶に選んだ最大の理由だと思いながら、直樹は真っ赤になって騒ぐ琴子を目を細めて見つめる。

―― だから、俺にはスッポンもマムシも必要ないんだよ。

さて、いつスッポンとマムシの目的を教えようか、まだ動き回っている琴子を見ながら、直樹は考えていた。








☆あとがき
順番的には新妻の夫の実家初訪問編なのでしょうが…これがすぐに書けたので。
なんか後半はどうなんだろう…やり過ぎだろうかとちょっと不安です。




関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

かーわーいーいーvv

こんばんは☆
ブログデビュー(笑)して妙にハイテンションな愛結美です♪

琴子ちゃんて、勉強熱心だし純粋だから、お魚屋さんの主夫婦もきっと、琴子ちゃんの事を娘のように思っているんでしょうねv


琴子ちゃんとのアノ声を思いがけず琴子ちゃんが録音してしまって、でも直樹はそれを一生大事に取っておくような気がしてそのたびに琴子ちゃんが真っ赤になって、それを楽しむ直樹…って、妄想しちゃいました(笑)

わかるよ、その気持ち!

結婚したばかりの頃は「奥さん」「妻」の二言が異常に輝いて聞こえるもんですよね♪
私もあの頃の初々しい自分に戻りたい!

後半の展開には笑っちゃいました。
まさか、まさか、睦言を録音しちゃうなんて…!
私が入江君の立場だったら、恥ずかしくて会社をしばらく休みたい、同僚連中の頭を殴って記憶を消去したい。
実際に起きたら、笑い事じゃ済まされない恥ずかしさですよ~。

今日も素敵なお話をありがとうございました!

新妻琴子って本当に可愛い!!
大好きな旦那様のため、義母さまに教えてもらいながら頑張ってお料理もして、健気な琴子。

本当に可愛い奥様をもらった入江君。
これだけ、可愛かったら、少々の失敗も許せちゃいますよね。
ICレコーダーに入っていた琴子の声。
恥ずかしかったというのもわかるけど、本当は誰にも聞かせたくない自分だけが聞ける声を人に聞かせてしまったことが、入江君としては嫌だったんでしょうね。(笑)

次回、もし録音しているものを人に聞かせるときは、事前に確認しましょうね、入江君。(笑)

可愛い琴子

にやにや~琴子可愛いですね!
魚屋の夫婦もいい人で~「スッポン仕入れとくか~」って!ムダよ
紀子ママ 琴子になに教えてんだか?な~んとなく目的はわかりますが~直樹怒ってますよ!
琴子ちゃん!マムシもすっぽんも原型知ったらドン引きするだろうな~想像してニマっちゃいます

水玉さん、こんにちは

店主に『奥さん』と、呼ばれた琴子、初々しさが
伝わってきますね
失敗を繰り返しながらも、一生懸命直樹に為に
頑張っているということが
そんな琴子が飛んでもない物を
驚くお店のお方。
叉、其処へ運良く現れた直樹。
琴子は注文した物の意味が理解出来ていないから
焦ったのは、直樹の方かもしれませんが。
更にICレコーダにしても、琴子らしいですね
直樹は目が点かもしれませんが
でも、本当に可愛いです
直樹も琴子が愛しくて仕方ないのでは。
紀子ママは凄い入れ知恵をなさいますが(^^)

御義母さん

紀子ママ、あなたは何を嫁に吹き込んでるのでしょうか?

すっぽんに蝮って、夜寝れなさそう?

レコーダーの琴子の声って、どんなだったのかな?内容気になる私です。

そしてこの声は永久保存かな?

水玉さん、こんにちは♪

ほほえましいワーと顔を緩め。。。♪
エェ~~!!あらまぁ!!の展開♪

紀子ママ入江くんと琴子ちゃんの可愛い2世(女の子)を、
早く見るための作戦ですね(笑)

魚屋さん夫婦気もいいし乗りもいい♪(笑)
ところで、魚屋さん夫婦琴子ちゃんから、
「お魚上手く料理できて、主人に褒められました。」
と、いう報告いつか聞く日がくるのでしょうか。。。(笑)
でも、日々努力を一生懸命している琴子ちゃんを、少しは見習はなければ。。。!!(汗)

今日も、更新ありがとうございました♪♪

コメントありがとうございます♪

コメントありがとうございます♪

愛結美さん
おお、ブログデビューおめでとうございます!!
きっと今、一番楽しい時でしょうね♪デザインとか考えたり…私もそうでした(笑)
私も入江くんは上手に保存しておくと思います(笑)で、何か琴子ちゃんに言われると、再生して…とか繰り返していそう。
人の弱みを握るのは得意ですもんね、入江くん。あ、これは琴子ちゃんの方が得意か(笑)

ナナさん
確かに、実際あったら、有給取って休むかも…社内の話題独占でしょうね。
でも本当、最近のICレコーダーは長時間録音OKタイプだから…うっかり押すととんでもない物が録音されそう…。
結婚したら、「奥さん」「妻」というフレーズに敏感になりそうですよね♪ちょっと味わってみたいです^^
それにしても…録音内容には、入江くんの言葉も含まれていただろうに…え?まさか…入江くん終始無言!?んな馬鹿な(笑)と、一人突っ込んでいる私です←アホ

りきまるさん
自分だけの特権にしておきたかったのに、それをあろうことか、一番聞かれたくない西垣さんに聞かれたんですもんね…
入江くん、もう西垣さんを逆さづりにしたい気分だったろうな(笑)
私はこれを書いた後、入江くんは事に及ぶ前に「あ!」とか言いながら、ICレコーダーのロックを確認しているんだろうか…と一人変な妄想を繰り広げておりました(笑)

美優さん
スッポンはまだ何とかなる?とはいえ…マムシはドン引きですよね…。
ていうか、家の祖父の家にマムシ酒(マムシ丸ごと漬けてあります)が2瓶あるんですが…何か健康にいいらしく…といっても誰も口にした痕跡もなく…そして…誰も処分できず…(誰が物置から出すんだと親戚中で大騒ぎしてます)
うっかり戸棚に首を突っ込んで見てしまった親戚は悲鳴をあげてました…。

tiemさん
間違いなく焦ったのは入江くんでしょう(笑)
だからこそ連れ去った(笑)
でもこんなに恥をかかされても、琴子ちゃんへの愛情が揺らぐことはないんでしょうね…もうゾッコンですね、入江くんは♪
可愛い失敗のうちですよね♪いや、琴子ちゃんだから許されるのかも…。

kobutaさん
こっそり入江くんは全て聞いたのだろうか…いや、そんな入江くんは見たくない!!(笑)
私は琴子ちゃんの言葉より、入江くんの言葉が気になる…(笑)きっととびきり甘い声が録音されているんだろうな…で、それに真っ赤になってうろたえる琴子ちゃんとか(笑)
結構妄想が広がります、この話(笑)

あおさん
お魚屋さんに報告する日…暫く来ない方に賭けます(笑)
そのうち、入江くんが姿を見せるようになって、「御主人、スッポンありますが…」「いえ、結構です」とかいうやりとりが繰り広げられるとか…魚屋さんのおばさんは入江くんに凄いサービスとかしそう…(笑)
夫婦共々、夫婦のファンになってそうですよね♪
紀子ママは次はどんな方法で…と色々策を練っていそうですね♪

佑さん
本当は、琴子の姿を見つけて驚かせてやろうと後ろから入江くんが近付いた…という構想だったんです。カットしましたが(笑)
入江家訪問…早く書きたいです♪特に裕樹くんと琴子ちゃんの会話が…♪
あと、またとんでもない間違った日本知識を琴子ちゃんが披露する場面とか…♪

いたさん
思わず手を差し伸べたくなっちゃうんでしょうね、琴子ちゃんは。
でも確かにいい人の周りにはいい人が集まる気がします。私もいい人目指して頑張ろう(笑)
魚料理は難しいですよね…私もなかなか^^;
図書館で「はじめて以前の…」という素晴らしい料理本を見つけ、借りている私です(笑)

ぴくもんさん
もう紀子ママは日数数えて、今か今かと孫誕生を待っているんだと思います。
で、どう見ても入江くんの情熱が足りないとか考えて、こんなものを琴子ちゃんへ吹きこんだと(笑)
本当に必要ないのに…普段の琴子ちゃんだけで、入江くんには満足なのにね♪
ぴくもんさんに「可愛い」と褒めていただいたので、すごいテンションが上がり(または調子に乗るとも言う)、書いちゃいました♪
早速来て下さってありがとうございます♪

foxさん
本当に楽しいでしょうね、琴子ちゃんと暮らす毎日。あの妄想だけでもうドラマもマンガもいらないって感じ(笑)
私も流石の入江くんも顔を真っ赤にしたのではと思ったのですが、でもやっぱりここもクールに決めたに違いないと思うんですよね(笑)
「あ、今、何か聞こえました?西垣さんの幻聴じゃないんですか?」とかシラを切ってそう…(笑)

雪月さん
はじめまして!!コメントありがとうございます!!
引くなんてとんでもないです!!私の書く、もう…原作イメージは壊しまくりの、なのにずっと好き勝手に書き続けている文章をそんな風に言って下さり、本当に嬉しくてたまりません!疲れも吹っ飛びました!!
お好きなだけ、どうぞ入り浸っていただけたら本当、最高です!
ぜひまた、お気軽に気がついたことなどコメントしていただけたら嬉しいです。お待ちしております!!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク