日々草子 あーん

あーん



「あら!鈴木さん、またお食事残しちゃったんですね。」
食事を下膳しようと大部屋に来た琴子は、鈴木が食事に何も手を付けていないことを見て困った声を上げた。
「なんか…食べたくなくて。」
鈴木は溜息をつく。琴子は、
「ちょっとだけ、頑張ってみましょうよ!!」
と御飯を少し、箸に取り、
「はい、あーん。」
と笑顔で鈴木の口へ運んだ。思わず食べる鈴木。
「あ、食べられた!!じゃ、もうちょっと!!」
と、今度は煮物を口へ運ぶ琴子。鈴木はそのまま食べる。
「もうちょっと!」
そう言いながら、琴子は箸で運び続け、鈴木は気がつくと半分食べてしまっていた。
そして、その様子を見ていた他の患者たち…。


翌日。
「あら?皆さんも食べてない。」
琴子は驚いた。同室の他の患者が皆、食事に手を付けていないままだった。
「どうかしました?」
心配になる琴子に、
「何だかあんまり食欲が…。」
と、口々に言う患者たち。
「じゃあ…。」
琴子はまた自ら箸を取り、患者たちに食べさせ始めた。


「最近、あの部屋の下膳遅いわね。」
幹が首を傾げる。患者によっては遅くなることもあるが、部屋ごとが遅いというのはどうもおかしい。
気になって幹は病室へと足を運んだ。
そこには、琴子が一人一人食べさせている光景が――。

「だって、ああすると食べてくれるから。」
幹に問われて、琴子は事情を説明する。
「それに食事介助って、患者さんとゆっくりお話できるから好き。」
琴子は屈託のない表情で話す。

「いやあ、今日も食べさせてもらっちゃった。」
大部屋の患者、田中が喜んでいる。
「琴子ちゃんのあの笑顔をアップで見られるだけで満足、満足。」
森も笑う。
「俺なんて今日、ホッぺについたご飯粒取ってもらっちゃったもんねえ。」
石井が言った途端、「いいなあ!」「今度俺も付けよう」と言い出す患者たち。

「やっぱり…わざとだったか。」
その様子をこっそりと覗きながら、幹が呟いた。
患者はわざとやっていると幹は気が付いていた。鈴木が食欲がなかったのは本当だろう。
だが、それを見て他の患者が琴子に食べさせてもらいたくなり、わざと食欲がないふりをしているに違いない。
―― この子って看護技術マイナスなくせに、妙に患者に人気あるのよね…。
理由は琴子の笑顔。この笑顔はマイナスの技術など問題にならない琴子の武器である。
琴子自身はそんなこと気が付いていないようだが。

「やれやれ。」
溜息をつき、幹がクルリと振り返る。その時、背後にいた人物にぶつかってしまった。
「あ、すみませ…うげっ!」
幹は青ざめた。
―― 入江先生!
立っていたのは、直樹だった。


「何で点滴!?」
その日、田中達の部屋の患者(鈴木以外)は夕食がなかった。その代わりに出されたのは…点滴。
「俺らの夕食は!?」
「ええと…。」
幹が困っていると、
「自分で食べる元気もないんだから、固形物なんて無理でしょう。」
という声が病室に響いた。声の主は直樹。
「い、入江先生…!」
一斉に大人しくなる患者たち。
「自分たちで食べられるようになったら、通常食へ戻しますから。」
それだけ言い残し、直樹は病室を去った。
―― こわーい。
幹はブルッと震えた。

「あら?皆さん、自分で食べられるようになったんですか?」
朝になって出勤してきた琴子が嬉しそうに声を上げた。
「よかった!!じゃあ、すぐに退院できますね!!」
琴子は喜んで部屋を後にする。
「そりゃあ…退院させていただきますよ…。」
「ええ、もう…。」
琴子がいなくなった後、ボソボソと呟く患者たち。
「そうだった…。」
「琴子ちゃんの後ろには…おっかない先生がいたんだった…。」
束の間の夢の思い出を大切にしながら、患者たちは黙々と食事をしたのだった。


「入江くん。」
久しぶりに二人で過ごす休日。琴子は書斎へクッキー片手にやってきた。直樹は休日というのに、論文執筆中。
「何だよ。」
「邪魔しないから、ここにいさせて?」
少しでも直樹と二人で過ごしたい琴子は、ちゃっかりと直樹の傍に陣取る。そしてクッキーを頬張る。
「おいしい。入江くんもどう?糖分は脳の働きも活発にするよ?」
「お前に言われたくないね。」
「ひどい。」
琴子はまたクッキーを一枚頬張る。
直樹の手が止まった。
「ん。」
「何?」
「今、手が離せないんだ。」
どうやら口までクッキーを運べという意味らしい。
「あ、そうだね。ごめんね、気が利かなくて。」
琴子は「あーん」と言いながらクッキーを直樹の口へ運んだ。直樹は口を開け、クッキーを受け取る。
「確かにうまいな。」
食べて感想を述べる直樹。
「でしょう?」
そしてまた、直樹が口を開け、琴子はクッキーを運ぶ。

―― 成程、これは確かに普通に食べるよりおいしいな。
直樹は琴子にクッキーを食べさせてもらいながら、そんなことを思っていた ――。
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comment

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私も男だったら、琴子ちゃんに食べされてもらいたいなぁ~
だけど、命も大事だし!!悩むところね。

直樹の医者なのに鬼になるところがとても好き!!
確かに本当に食欲ない人は点滴ですよね。。。
まっおかげで早く快方にむかう事が出来何よりね。
患者様!!笑。←事実を知らないのは琴子のみ・・・・

水玉さん、こんにちは^^♪

なんだか琴子ちゃんはもちろん、入江くんも可愛いんですが。。。♪
ほのぼのとしていて良いわ~~。。。♪
リラックスさせて頂きました。。。♪
ただいまコーヒータイム中です^^

いいのか?

お医者さんなのに、ヤキモチで患者さんに必要じゃないのに点滴?

怖いコワ過ぎるぞ直樹!

なのに、後で自分だけあーん!なんてどうなの?

そこが良いんだけどね!

(*^_^*)

入江くん可愛い~~~~っ(*^_^*)(*^_^*)

もう子供ですね(笑)

それに気がつかない琴子がまた・・・(笑)

でも、だから入江くんがこんなことするんでしょうけど(笑)

ラブ!!

甘えん坊、直樹・・・

こんばんは、水玉さま。

甘えん坊の入江君。
琴子の献身的な介護を見て、下心満載の患者さん。
入江君の怖さを忘れているのか、琴子に甘えてご飯を食べてさせてもらって、ご満悦。

琴子=入江君。という構図をすかっり忘れているようで、食事抜きという処罰を受けちゃいましたね。(笑)

結局入江君も琴子に『あ~ん』ってしてほしかっただけの甘えん坊さんなのね。

もっと琴子の前でも態度に出せたらいいのね。本当に素直じゃないんだから。(笑)

直樹だったら~

水玉さん本日(ブルっ~)涼しいです!

鈴木さん以下同室の皆さんいい思いをした後に直樹からお仕置き
残念!琴子は直樹のものでしたね~
・・・でも点滴されてもいいから 直樹に「あ~ん」(*ω)シラー・・・・・・したい&してほしい(〃ω〃) ポッ おばさんがいます

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。

ゆみのすけさん
口から食べるって、普段普通にしていることでも病気の人にとっては大切なことなんですよね…。
それにしても…不器用な琴子ちゃんの唯一、まともにできる看護かしら?
だって熱を測るのだって、頭突きだし…(笑)
裏でこんなことが行われているとは、本当、琴子ちゃんは知らないまま…。

あおさん
ちょっと入江くんが食べさせろというポーズを取るところを想像したらドキドキしてしまいました♪
久方ぶりに書いた、看護師さんとお医者さん(現代)の二人…。
短い話ですが、コーヒータイムのお供にしていただけたなら何よりです^^


kobutaさん
実際にこんなお医者がいたら、患者とその家族から批判受けまくりでしょうね…
でもわざとやるというその魂胆に腹を立てたのでしょう^^
で、自分もやってもらっているところが…。

くーこさん
本当に気が付かない琴子ちゃんが…(笑)
琴子ちゃんの前でだけ、お子様になるのかも…というか甘えん坊に♪日々命と向き合っているからこそ、こういうリラックスする一時が必要で、そこには琴子ちゃんが欠かせないんでしょうね^^

りきまるさん
琴子ちゃんの優しさに、すっかり入江先生の存在を忘れていた患者さんが哀れですよね(笑)
りきまるさんのおっしゃるとおり、実は羨ましかったからなのかも…。
結果として、してもらえてよかったですよね^^
絶対琴子ちゃんの前では態度に出さないでしょうね…だって絶対「入江くんたらね…」と、病院中に言いふらしそう(笑)嬉しくて。

美優さん
ここ数日涼しいですよね~もうどうなってるんだか。
私はやっぱり琴子ちゃんにあーんってしてほしいかな?だって入江くんの顔じゃ緊張して零しそう…(笑)
でも他の仕事(とくに採血)は遠慮します。


佑さん
仕事の一環なのに、それすら許せない入江くん(笑)ある意味、医者に向いていないんじゃなかろうか…。
ま、実際はこんなに嫉妬深くないでしょうが(笑)もしこんなに嫉妬深かったら、仕事にならないもん(笑)

foxさん
背後霊そのものですよね(笑)
しかも黒いオーラとかなんか出てそう…怖いだろうなあ(笑)
患者さんも二度と、そんな考えを起こそうなんて気にならないでしょうね…。だけど琴子ちゃんの白衣姿は可愛いから被害がまた出るんでしょうね…。


まあちさん
いやいや、疑うことを知らないのが琴子ちゃんのいいところなんです!!
まさか患者さんが自分にそうしてもらいたいなんて、夢にも思ってないはず!!そして入江くんすらそう思っていることもね。
そんな所が可愛くて、人気の秘密なんでしょうね♪入江くんは面白くないでしょうけど(笑)

いたさん
ふと浮かんだんです、この話^^
確かに喧嘩もしないし、大きな出来事も起きないけれど、こんなのもいいかなあって。
本当、今後は琴子ちゃんがお菓子を運んで口へ運ぶのでしょうか?「あ、今日も手が塞がっていて大変だね」とか言いながら。そしてそれは入江くんの作戦だと知らずに…。
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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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