日々草子 君と交わした約束 6

君と交わした約束 6



「ねえ、モトちゃん。」
更衣室で琴子は自分が着ているもんぺを見て溜息をつく。
「これって、可愛くないよねえ。」
「そりゃそうよ。」
幹も自分のもんぺを見ながら顔をしかめる。
「こんなもん、着ろって命令されてるから仕方なく着てるけど、本当だったら見るのも勘弁だわ。」
「でも、何とかして可愛く着こなす方法ないかなあ。」
琴子は沙穂子の姿を思い出す。上等の生地で仕立てられたとはいえ、同じもんぺとは思えない姿。

「ない、ない。でも琴子、アタシたちにはこれがあるじゃない!!」
ジャーンと言って幹が見せたのは、いつもの白衣。
「これを着られるだけでも、看護婦になってよかったなあとおもうわあ。」
「うん。」
琴子も制帽をかぶり、その姿を鏡に映す。白衣、制帽を身につけると身がひきしまる。
―― うん!私にはこれがあるもん!
そして今日も琴子は張り切って病棟へと向かう。


その後、病院の正門傍では時折、沙穂子の姿が見かけられるようになった。
「…中でお待ちになられたら?」
気を遣って琴子は促す。が、沙穂子は笑顔で首を横に振り、
「お仕事のお邪魔になってはいけませんから。」
と、決して中へは入ろうとしない。
いつしか琴子と沙穂子は話を交わすようになっていた。

「祖父にお願いして、直樹さんをこちらへ戻してもらったんです。」
恥ずかしそうに笑う沙穂子。
「え?」
直樹の話では、あまりに辛さに耐え切れずに戻ってきたということのはず。どうやら、沙穂子はその事情は知らないらしい。
「いつでも会えるようになったら、もう…少しでも早く会いたくて。」
お邪魔してごめんなさいと頭を下げる沙穂子。邪魔どころか、もっと厚かましくなってもいいくらいだと琴子は思う。
―― こんなところに、入江先生は惹かれたんだろうなあ。
美人でおしとやか、でしゃばらない。どこから見ても大和撫子そのもの。
―― それに比べて…私は。
沙穂子と話していると、大好きな白衣すら恥ずかしくなってくる。

沙穂子と別れ、院内に戻った琴子は直樹とすれ違う。これから沙穂子とまたどこかへ行くのだろう。
「おい。」
そのまま頭を下げて行こうとした琴子を、直樹が呼び止めた。
「はい?」
直樹は琴子の全身をじろじろと見て、溜息をついた。
「お前、またガキどもと遊んだだろう?」
「え?」
「白衣の裾、汚れてる。」
琴子は裾を見た。確かにうっすらと汚れていた。つい先ほど、子供たちと鬼ごっこをしたせいだった。
「ったく、お前は…本当にお転婆だよな。」
だが直樹は琴子を非難しているわけではなかった。むしろその顔は笑っている。
しかし、琴子の受け止め方は違った。
「…すみません。」
そう言うと、顔を真っ赤にしてボロボロと涙を零し始める琴子。そんな琴子を見て直樹は驚く。いつもだったら「余計なお世話です」と言い返されるはず。
琴子は一礼すると、駆け足でその場を立ち去ってしまった。
「何だ、あいつは?」
琴子の態度の理由が直樹には分からない。
「腹でも壊して、便所へ急いでいたのかな?」
だから顔を真っ赤にしてたのかと、1人合点して、沙穂子の元へと急いだのだった。


―― あんなふうに言わなくたって。
誰もいない部屋を見つけ、琴子は泣き始める。
―― そりゃあ…あの素敵な人に比べるとどうしようもないけど。
以前直樹に言われた「図々しい奴」という言葉が思い出される。
―― もうちょっと…おしとやかだったらなあ。
何度も何度も同じことを呟きながら、琴子は目を真っ赤に泣き腫らしていた――。


ある日。
派手な音と共に、琴子が倒れ込んだ。
「これで二度目だぞ!!」
直樹のカミナリが落とされる。
「すみません!!」
慌てて、倒した器具等を片づける琴子。その腹から、派手な音が響き渡った。
「腹が減ってるからって、気を抜くな!」
また直樹のカミナリが落ちる。
「腹が減ってるのは、お前だけじゃないんだから!」
「すみません!」
琴子は片づけながら謝る。

「ったく…どうしようもない奴だ。」
溜息をつきながら、1人医局に入った直樹は窓にもたれた。
「ん?」
窓から外を見ると、琴子の遊び仲間たちが何か食べ物を手にしている。
「へえ…食い物があるのか。」
どこから調達してきたのか知らないが、子供たちにとってはいいことだと直樹は思った。
そこへ幹が入ってきた。
「入江先生…あ!」
幹は直樹の隣に立ち、窓から子供たちを見て声を上げる。
「琴子ったら…また自分の分をあげたんだわ!!」
幹の台詞に、直樹は驚く。

「…琴子は自分の分の食糧、子供たちにあげちゃうんです。自分は最低限しか食べなくて。」
直樹に訊ねられた幹は、溜息をつきながら説明した。
「子供たちもせがむ訳じゃないんです。むしろ…琴子を心配して遠慮するんですけど、琴子は半ば強引に…。」
「あいつ…馬鹿か!」
それでは琴子の体がもたない。



「おい!」
翌日。直樹は琴子を呼び付けた。
「ほら。」
琴子の手に、直樹は握り飯を持たせる。
「これってお米じゃないですか!!白米だ!!」
目を輝かせる琴子。
「俺は今、腹が減ってないからお前食え。」
「そんな!」
遠慮する琴子の手を直樹は押しとどめる。
「お前の腹の虫がうるさくて、治療に集中できないんだ。」
「ひどい…。」
「お前が食わないと捨てることになるぞ?」
「何て勿体ない事を!!」
それならと、琴子は何度もお礼を言い、握り飯を受け取った。

が、直樹は自分の考えの甘さを知ることになる…。


「俺が馬鹿だった…。」
窓から子供たちの姿を見て、直樹は溜息をついた。子供たちの手には…白米飯が。
もちろん、琴子が分け与えたものである。
「そうだよな。あいつがこうすることくらい…見当つくことだった…。」
おいしそうに食べる子供たちを見て、直樹はまた溜息をついたのだった。



「ちょっと屋上へ来い。」
あくる日、直樹は琴子を呼び出した。
「お説教ですか?」
嫌そうにやってきた琴子。
「…口開けろ。」
「何でですか?」
「お前、声おかしいぞ。」
「え、嘘!!」
「ほら、言うこときけ。」
琴子はあんぐりと大きく口を開けた。その口に直樹は芋を突っ込む。
「んが…あぐぐ…。」
目を白黒させながら、琴子は芋を何とか口から出した。
「ちょっと、何をするんですか!!」
「いいから、それ食べろ!!」
直樹は琴子を叱りつける。
「もう口つけたからな、お前が食べるしかない。」
「そんな…。」
芋を見ている琴子。

「大体、お前がしっかり食わないでどうするんだ?」
直樹は琴子に説教を始めた。
「だって、子供たちは可哀想なんですもん。育ち盛りなのにお腹減らして…。」
「お前の体がもたないだろ。」
「私は平気です。少しは食べてますから!」
ほらと言いながら、琴子は両手を振って見せる。
「あ、お米、とっても喜んでましたよ!」
「そりゃあどうも。」
喜ばれると悪い気はしない直樹。
「とにかく、お前は今日からこの時間、俺の前でちゃんと食べる!」
直樹は琴子にきっぱりと命じた。
「何で先生の前で!?」
「そうしないと、ちゃんと食べたか確認できないからな。」
「監視ですか…。」
溜息をつく琴子。
「お前が倒れたら、あいつらが困るだろ。遊び相手がいなくなるとさ。」
「う…。」
子供たちのことを突かれると、一番弱い。琴子は言い返せなくなる。
「ほら、食え!」
「はあい…。」
琴子は渋々、直樹の前で芋を齧り始めた。

「先生。」
「何だよ?」
芋を食べながら琴子は、
「あの…許嫁の方、とっても美人ですね。」
と口にする。
―― こんなこと、口にしたくないのになあ。
そう思いつつ、口にしてしまった琴子。
「まあな。」
言葉少なく返事をする直樹。

「…お見合いですか?」
「ああ。」
どうも心とは違うことを口にしてしまう琴子。
「あの方に先生…戦地で経験したこと、お話しになってないんですね。」
「…ああ。」
直樹の表情が翳る。
「…お嬢様育ちの彼女に、わざわざ話すようなことでもないし。」
直樹の答えを聞き琴子は、
―― そうよね…本当に大事な人をわざわざ悲しませるような話、しないわよね。
と思う。

―― でも…私だったら、大事な人の苦しみや悲しみを分けてもらって、一緒に泣いたりしたいけどな…。

そんなことを思いながら、芋を頬張る琴子。

「先生…あの方のこと、お好きなんですよね?」
口にして、すぐに琴子は後悔した。
―― 何、そんな失礼なこと、訊いてるの?私!!
直樹からの返事はない。
―― そりゃあ、言うまでもないわよね!!ああ、私の馬鹿!

「よし、ちゃんと食ったな。」
直樹は琴子が隠し持ってないか手を確認し、更に口を開けさせて確認する。
「明日も持ってくるからな。」
「はあい…。」
直樹は結局、許嫁のことには何も触れなかった。

直樹の後姿を見送る琴子の目からは、自然と涙が溢れてくる。
―― 馬鹿だなあ…私。お相手のいる人を好きになるなんて…。
段々とぼやける直樹の後姿を見ながら、琴子は漸く自分の気持ちに気が付いたのだった――。

―― 好き…か?
直樹は先程、琴子から問われた言葉を反芻していた。なぜ即答できなかったのだろうか?
そして、どうして自分の傷――沙穂子にも話すことができないことを、琴子にはああも話すことができたのか?

その理由は直樹にはまだ分からなかった――。












☆あとがき
なぜ、入江くんは食糧が手に入るのか?

答:ボンボンだから。

…それ以上はご勘弁下さいますよう、お願い申し上げます(笑)
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こんばんは。

二、三日来れない間に、お話が進んでいてうれしかったので一気に読んでしまいました。

沙穂子さんと先に出合っていた、入江先生。
琴子のことが少しずつ気になりだしたように感じました。
みんなから愛されている琴子を見ると私ならすぐに惚れてしまいそうですが、入江君の心は氷河のようになかなか解けないのかもしれませんね。

琴子のほうが先に入江先生に惹かれて行ってますが、早く入江先生の気持ちも琴子に追いついていってほしいです。

すき

琴子、やっぱり直樹の事好きになっちゃったんですね!

そして直樹もだんだん好きに成りかけてる?

なのにまたまた、沙穂子がー!邪魔!

この時代は、物を食べるにもやっとなんですよね!

今も、どこかの国ではご飯も食べれない子供が沢山居るんですよね?

食べ物は大事に食べないといけませんね!

水玉さんの最後のコメ、ぼんぼん!どの時代でも直樹はぼんぼんなのですね!

ご無沙汰です!!!
しばらく拝見していないうちに
沢山のお話が!!!
このお話も、戦争ってとっても辛く
二度とあってはだめなんだと、よくわかりますし、
何よりも琴子ちゃんの優しさに
またまた涙です。

私は水玉さんのお話で
琴子が直樹の事を好きになる過程、
好きだと気づいた時の文章が
いつもいつも胸がキュンとなり好きです♪

水玉さん、こんにちは

琴子には、戦地での辛い体験をしたから、
こちらへ帰ってきたという事を
何故に沙穂子さんには、真実を
琴子の事を気にかけている入江先生。
自分が口にする物を子供達へ
自分は倒れているにも係わらず
やはり、子供達はおなかを空かしているという想いが
戦時中は本当に大変だったんですよね
食料を手にいれるのが。だから、琴子は
自分事より、子供達へと
そんな事を幹から聞いた入江先生。
琴子にお芋さんを、与え全部食する迄監視を
琴子が沙穂子さんを好きなのかを聞くと
返事が無かったですね
入江先生の事が完全に、気になる存在に
入江先生は琴子の事意識し始めたのかしら。
でも入江先生には許嫁の沙穂子さんがいるのですよね。
琴子辛いね。

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます♪

りきまるさん
おかえりなさーい♪私もりきまるさんのおいでをお待ちしておりました♪
本当、私でも惚れそうです、こんな看護婦さん。
でもねえ…決まった相手がいるから…なかなかそうは。自然と自制心が働いてしまっているんでしょうね。
やっと琴子ちゃんが自分の気持ちに気がつくところまで書けて、安堵しています。

kobutaさん
お!kobutaさんもお久しぶりです~♪嬉しい~♪
kobutaさんの「沙穂子がー!」のセリフに爆笑してしまいました。いやあ、本当に邪魔に映っているんだなあって(笑)
そうなんですよ、直樹はどの時代でもやっぱりぼんぼんになりますね。一度、すごい貧しい直樹とか書いてみたいけど、全く想像がつかない~(笑)やっぱりなんだかんだいって、王子キャラなんでしょうかね^^

ゆみのすけさん
おお!!ゆみのすけさんもおいでくださった!!うれしーい!!
待ってました~♪
もう何回書いたか、その過程…だけど何回書いても難しいです^^;
やっぱり最初は琴子ちゃんにちょっぴり切ない気分になってもらいたいなと思って。でも書いていて可哀想なんですけどね。
本当に毎回毎回拙く、成長が見られない文章を好きだと言って下さってありがとうございます♪

tiemさん
本当にこの時代は…辛いですよね。
それなのに、普段食料を無駄にしてしまう私が…ああ、反省です。
しかもお芋とはいえ、今のサツマイモとかじゃなく、タネイモみたいなものだったらしいし…。いつも空腹だったんでしょうね…。

佑さん
いえいえ!!私こそ気を遣わせてしまい申し訳ありません!
今度の話は、いつにも増して自信がないものですから…「何かとんでもないことでも!?」と不安になってしまったんです。
私が読んだ本は慶応の付属病院(東京)の話だったのですが、休憩にはみんなでバレーボールをしていたとあったので…東京でものどかな病院光景だったみたいですよ^^
確かに農家は戦後とか、都会からやってくる人たちに着物とお米の交換とかしていたみたいだし…。比較的食糧には困らない方だったのかもしれませんね。

foxさん
いえいえ!
そんなこれ以上素晴らしいコメントを頂戴してしまったら…私などもう書くのが恥ずかしくなります!どうぞそのままで!
あ、チョコはきっと「ちょっと~塩、塩頂戴!」と言いたくなる程度になりそうなので(笑)
そんなこんな文章でそこまで思っていただけると…もう勿体ないです!!こんなの、前菜で十分ですから!!

まあちさん
あ、その手があったか!!と開眼です(笑)
まだまだ私も詰めが甘い!
もう今回は本当、沙穂子さんに気を遣って書いてるつもりです(笑)
それにしても…なんだか気分的に沙穂子さん祭りになってきた(笑)

いたさん
男性って女性の心情には鈍感ですよね~。
琴子ちゃんが涙を流す所で気付こうよ!って感じですが。
でも入江先生も女心どころか、恋とか愛にも疎いんじゃないかなって思います。だからなんとなく婚約しちゃった感じなのかな~。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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