日々草子 愛を誓う背の君

愛を誓う背の君



琴子の出産が始まった。
屋敷内は読経の声が響き渡る。

「初めてのお産で…かなり時間がかかるようで。」
白の衣装に身を包んだ桔梗が、別室にて待機している直樹に報告する。
「かなり苦しんでいるのか?」
「はい…。」
そして桔梗は産所へと戻る。

「姫様、大丈夫ですか?」
額に玉のような汗をびっしりとかいている琴子は、うっすらと目を開けた。
「…大丈夫。」
「初産はかなり時間がかかると申しておりますから。」
「…ねえ、桔梗。」
「はい?」
痛みに耐えながら琴子は、
「…直樹様は?」
と直樹の様子を訊ねる。
「直樹様は別室にてお待ちです。」
それを聞き、琴子は顔色を変えた。
「そんな…もしかして、私がここへ入ってからずっと?」
「ええ。姫様が産気づかれたのは今朝方でございますから…その時から。」
「そんな…。」
琴子は眉を寄せた。
「だって…よく分からないけど、もう真夜中じゃなくて?」
「はい。」
それを聞き、
「そんなに長い時間…直樹様のお体にさわるじゃないの。どうしてお部屋で休まれるよう、お前から言ってくれないの?」
と、琴子は幼い頃から自分に仕える、姉とも慕う忠実な女房を叱りつけた。
「でも、直樹様は姫様が心配で…。」
「私は大丈夫。早く直樹様の元へ戻って休まれるように言ってちょうだい。」
早く早くと琴子が言うので、桔梗は再び直樹の元へと走った。

「自分も辛いくせに…。」
桔梗から琴子の伝言を聞き、直樹は溜息をつく。自分も相当辛いのに、どうして他人の心配をするのか。そこが琴子らしいといえばそうなのだが、このような大事な時は自分と子供のことだけを心配してほしいと直樹は願わずにいられない。

「…戻られますか?」
傍に控えていた鴨狩が、直樹に訊ねる。直樹は首を横に振る。
「…ここで待つ。」

桔梗は琴子の元へまた戻った。
そして琴子は、桔梗から直樹の様子を聞くと、
「…もう。鴨狩もお前も、気が利かないこと。」
と弱々しく笑った。そしてくれぐれも直樹に無理だけはしないようにと伝えてほしいと言うと、また苦しさに顔をゆがめた。


それから丸一日が経過したが、子供はまだ生まれない。
「すごい…祈祷の声が…。」
苦しさに耐える琴子の耳にもその声は響くらしい。
「はい。直樹様がもうそれは…都中からお坊様を集められたのかと思うほど…。」
それだけ琴子のことが心配なのだと桔梗は言い、更に、
「本当に…こんなに愛されておいでだなんて。間違いなく姫様は都一、いえ、日本で一番のお幸せな姫様でいらっしゃいますわ。」
と、琴子の手を握って、桔梗は言った。
「そうね…本当に…幸せね…私。」
弱々しく琴子が微笑んだ。そして目を閉じる。
「姫様…?」
心配して桔梗が声をかけると、琴子の口から、
「ねえ、桔梗…お願いがあるの…。」
という声が漏れた。
「はい、何でございましょう?」
「あのね…。」
痛みのため、一度に話ができない琴子。
「もし…もし…赤ちゃんが無事に産まれて…。」
「はい。」
琴子は少し顔を傾け、桔梗の目を見つめた。
「私が助からなかった時…。」
「何を仰るんですか!!」
桔梗は縁起でもないと叫んだ。
「いいから、黙って聞いておくれ。」
琴子は桔梗に叱られても話をやめない。

「私が助からなかったら…生まれて来た子は、お前が育ててほしいの…。」
「もう!縁起でもないことを!!」
「それでね…。」
琴子はそこまで話すと、痛みの強さに顔を歪めた。流れる汗を桔梗は拭う。
「ほら、くだらないことをおしゃべりしているから…。」
だが、それでも琴子は話を止めない。
「お前だったら赤ちゃんを可愛がってくれるでしょう…?」
それなら直樹はと桔梗は思った。するとまるでその桔梗の思いが琴子には分かっているかのように、
「直樹様は…きっともっと素敵な奥方様がおいでになるから…。」
と言い、フフフと笑った。
「だってあんなに素敵なんですもの…みんな、放っておかないでしょう…?」
「そんな!」
桔梗の目から涙が溢れてくる。琴子は、
「桔梗が泣くなんて…嵐でも来るんじゃないかしら?」
と冗談を言いつつ、手を桔梗へと伸ばした。その手を桔梗は両手で包み込む。

「ねえ、桔梗。」
「はい…。」
「私はね…自分と同じことを…子供にはさせたくないの…。」
「同じこと?」
琴子は弱々しく頷く。
「…本当は…お母様が亡くなられた後、私…とっても辛かったのよ…。」
父の後妻(といっても、琴子の母の死に落ち込む父に無理矢理親族が押しつけたのだが)に疎まれて琴子は育った。
「だから…子供にはそんな辛い目を味あわせたくないの…分かるでしょう…?」
それは要するに、直樹がこの先、後妻を迎えることがあったら…その後妻に疎んじられるようなことは、我が子には味あわせたくないという意味だった。
「無理もないのよ…直樹様の前の妻である私が…こんな美人でもない私が残した子供なんて…可愛がれといっても…無理よ…。」
琴子は自分にもしもの事があった後に迎える直樹の後妻の気持ちまで気遣っていた。その琴子の心にまた桔梗は涙する。
「だから…お前が育ててほしいの…お前なら安心して子供を任せることができるから…お願い、約束してちょうだい…。」
「姫様…。」
「ね?約束して?」
桔梗にはそれには答えず、黙って琴子の手を力強く握り締めた。


桔梗の顔を見て、直樹と鴨狩は驚く。その顔は涙でぐしょぐしょになっていた。
もしや、琴子の身に何か…と直樹は青ざめる。だが、桔梗から琴子が話したことを聞くと、
「あいつは…一体何を…。」
と言ったきり、俯き黙り込んでしまった。
「そんな悲しいことを…。」
鴨狩は流れる涙を拭うこともせずにいる。
「本当に…。」
だがその琴子の話が、本当になりかねない。これ以上、お産が長くかかると、琴子もお腹の赤ちゃんにも危険が及ぶ。

「直樹様…?」
鴨狩は声をかけた。直樹は黙って立ち上がる。そして歩き出した。
「どちらへ?」
鴨狩の問いかけに答えることなく、直樹は黙って歩いて行く。
「もしかして…?」
慌てて桔梗と鴨狩が後を追う。二人の想像通り、直樹は産所へと向っていた。

「え…?」
苦しさに息も絶え絶えになっていた琴子は、入って来た人物に驚く。
「…幻?」
「…幻じゃないよ。」
直樹は静かに言うと、琴子の傍に座りその手を取った。
「だめよ。ここは穢れの場所だから…。」
「何が穢れだか。」
直樹は構わずに琴子の顔に自分の顔を近づける。後を追いかけて来た桔梗、そして鴨狩もその姿を見て驚きながらも、そっと座った。
「大丈夫。俺がずっと傍にいるから…子供が生まれるまで、琴子の傍を離れないでいるから。」
「そんな…。」
「だから絶対大丈夫だ。安心して。琴子は子供を産むことだけを考えてくれればいい。そして…。」
直樹は琴子の手を握る力を込め、
「俺の妻は…生涯琴子一人だ。」
と、はっきりと言った。
驚くばかりの琴子だったが、直樹の言葉に安心したのか、
「…はい。」
と、頷いた。


漸く、その時が近づいたのか、琴子の苦しみが増し始めた。桔梗は一生懸命琴子の汗を拭く。
直樹は琴子に自分の腕を掴ませた。
「いくら強く握ってもいい。爪を立ててもいいから。」
琴子はその言葉に甘え、直樹の腕をしっかりと掴んだ。
「頑張って!」
鴨狩は桔梗の傍で琴子を励ました。
「姫様!」
桔梗も励ます。
「しっかり、琴子!」
直樹も腕の痛みに、琴子のどこにそんな力があるのかと驚きながら、励ました。

そして…高らかに赤ちゃんの泣き声が産室に響き渡った…!


「…生まれた。」
泣き声を耳にして、直樹が漏らした。腕にしがみついていた琴子の力が抜けて行く。
「琴子…。」
「はい…。」
安心したのか、琴子の目から涙がこぼれた。直樹はそんな琴子の額に、自分の額をつける。
「…ありがとう、琴子。」
直樹の目にも涙が滲んでいる。
「直樹様…。」
琴子は手を差し出した。直樹がその手をそっと握る。
「よかった…琴子も子供も無事で…。」
「はい…直樹様…。」
二人は額をつけたまま、暫くそのままの状態で、幸せをかみしめていた…。

「よかった…。」
桔梗も安心して、体から力が抜けていく。ついた手の上に何かが落ちる。
「え…!」
桔梗が見ると、傍で鴨狩が目からボロボロと涙を流していた。
「よかった…本当に無事でよかった…。」
その豪快な泣きっぷりに、桔梗は、
「そうね…よかったわね…。」
と言いつつ、二人の間を邪魔することがないよう、引きずるように鴨狩をその場から連れ出す。

「よかった…お二人が無事でよかった…。」
別室へ移ってからも、鴨狩は泣き続けていた。桔梗の目からも涙が溢れる。
「本当…良かった…姫様…。」
そして鴨狩と桔梗は抱き合って大声で泣いたのだった…。


出産の疲れから、ぐっすりと眠る琴子。そんな琴子の寝顔をいつまでも直樹は見つめている。
「本当に…ありがとう、琴子…。」
直樹はいつまでもいつまでも、ぐっすりと眠っている琴子の顔、そして髪をそっと撫でていた。










☆あとがき
今日は続編だらけです^^
今度は平安の話の続きでございます♪
佑さんに「琴子姫も出産近い…」というコメントを頂戴し、「あ、じゃあ、書いちゃおう♪」と思って、またまた調子に乗って書いてしまいました。
そして以前、りきまるさんに「時代的にはあり得ないけど、直樹には出産に付き添ってほしい」というコメントをいただいて、私もそれがいいかなと思って、そうしてみました♪
お二人とも、ありがとうございます^^
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おめでとう2

おめでた続きですね!

平安出産おめでとう!

今も昔もお産は、命がけですね?

無事に生まれて来てくれて良かったです。

所で、生まれたのは男の子?女の子?次回判るのです
ね!

楽しみにしています。

続編大好き!だって気になるもん、その後の二人がね!

おはようございます。

琴子出産おめでとう。
初めての出産でかなり時間もかかり、体力的にも辛かったと思いますが、琴子、良く頑張りましたね。

琴子が桔梗に遺言を残す部分本当に切なくなりました。
後妻に苛められ、疎まれて育った琴子だから我が子を同じ境遇にしたくなかったってことですよね。

そんな琴子の遺言を聞いた直樹は、我が子の出産に立ち会うべく琴子のそばへ・・・

直樹に見守られながら無事に出産した琴子。

若君なのか姫君なのか・・・次回を楽しみにしたいと思います。


水玉さま。
『平安』続編有難うございます。
そして、私がコメントで残した些細なお話を覚えていて下さって、とても嬉しかったです。(泣)

NO TITLE

おぉ出産ラッシュ!!
これまたおめでとうございます♪

ホントホント
時代的には絶対にありえないけど
直樹殿なら無理やりでも出産に立ち会いますね。
うん!!私もそう思います!!

琴子ちゃんとっても愛されていてうらやましい!!

モトちゃんが啓太を引きずる様に連れ出すシーンが
もう目に浮かんで。嬉しくなりました♪

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。

kobutaさん
続編大好き!!そのお言葉に甘える私がここにおります(笑)
本当にお産は時代が変わっても命がけですよね。
赤ちゃんがお腹にいる間、お母さんは本当に必死で生活するし…私などまだ出産経験がないので、こんな話書いていいのかと思いますが…頭が下がる思いです。
お産の話とか聞くたびに、親に感謝、感謝です。

りきまるさん
源氏物語でも、葵の上がお産で亡くなっていますしね…この時代は物の怪とかも怖かったみたいで。
琴子も命がけだったでしょうし、あまりに生まれなくてもしかしたら…と思ってそういったことを口にしたんじゃないかと思います。
りきまるさんからコメントをいただいた時、「それ!いい!」と思って…書いてみました。良かったです♪
こちらこそ、素敵コメントでのヒント、ありがとうございました!!
りきまるさんに読んでいただけて、とてもうれしかったです^^

ゆみのすけさん
確かに!!直樹なら慣習も何も無視して、琴子の元へ近寄りそう!!
それにしても、昔はかなり離れた場所での出産のようなので…夫も心配でしょうがなかったでしょうね…。
琴子ちゃんは愛する入江くんと一緒に出産ができて、幸せだったわ♪
啓太を引きずるシーンは、私も原作の様子を頭に描きながら書いてみました^^

佑さん
いえいえ、こちらこそありがとうございます。
覚えていて下さって、本当に嬉しかったです♪
嬉しさのあまりに、調子に乗って書いてしまいました^^
そうですよ~読経+弓の鳴る音が響き渡っていたそうです。すごい環境ですね、今思うと…。
魔除けの意味があったらしいから、それだけ物の怪が怖かったということなんでしょうね…。
あ、続き書いてもいいんですか?よかった♪

まあちさん
そうです!!何か書きたいけど浮かばない~という時は本当に、皆様からのコメントに助けられております。
私自身が忘れているのに、覚えていて下さっていたり…それが一番嬉しいです。その素敵コメントを下さる皆様の中には、まあちさんもいらっしゃることを忘れないで下さいね♪
ただこの話…内容はまだ浮かぶのですが…タイトルが(笑)

麻友美さん
ありがとうございます♪
平安時代は、女の子の方が喜ばれたみたいですよ。生まれた娘を宮中へ上げて、その子が将来の帝を産んだら、自分は外戚として立場が強くなるからとか、本で読んだことがあります。
だから、藤原道長など、娘が三人いて、すべて帝のお妃にして権力をふるってましたものね。だけど直樹&琴子はきっと…どっちでも嬉しいと思います^^

foxさん
本当に…そのニュースだけは聞くのも辛いですね。うちなんて、父までもがニュースで流れるたびに「回せ!」って言います。
どうしてなくならないんでしょうねえ…出産の時の苦しさとか忘れちゃうのか、それとも、産みたくて産んだわけじゃないのか…子供は親を選べないと、そういうニュースを耳にするたびに思います。結婚も出産もしていない私がいうのはお門違いだと思いつつ、でも辛くてたまりません…。せめてフィクションの世界だけは素敵な世界を広げたいものです。

いたさん
そうですか!!そんな風に言っていただけるとまた調子に…
無茶ぶりコメント、嬉しいです。燃えます(笑)
私はやはり…コメントを書ける方を尊敬します。本当、どうしたらこんなに素敵なコメントを書けるのか…なぜ自分はコメント(お返事含む)がド下手なのか…泣きたくなります。今度コメントの書き方、教えて下さい!!

NO TITLE

どの時代であろうと直樹なら一緒にお産に立ち会うと思います!
夫婦愛・・うっとりですね~!

無事の出産おめでとうございます!!

ありがとうございます

くーこさん
そうですね。どんな時代でも直樹は琴子ちゃんのためには前例とか習慣もなんのその!って感じだと私も思います。
夫婦愛、うっとりして下さってありがとうございます♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

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