日々草子 トンブリの休日 9

トンブリの休日 9




「…だけど、僕の人生はどうなるんだ?」
二人の優しい雰囲気を、キュウイチの冷たい声が壊した。
「僕は…僕は…こいつと結婚するからといって…留学をあきらめさせられたんだ!!」
キュウイチは怒りを込めて、琴子と直樹に叫んだ。

「留学をあきらめさせられた?」
直樹が冷たい声を出す。
「ああ、そうさ!僕は長年ずっと留学したかったんだ。そのために一生懸命勉強して、準備もしてきて…それなのに…こいつと早く結婚しろって周りがうるさく言うから…。」
恨みを口にするキュウイチ。少し戻った琴子の表情がまた陰る。

「…すりゃあよかったのに。」
直樹が言った。キュウイチが驚いた表情を見せた。
「したかったら、すればよかったんだ。留学でも何でも。」
「だからそれは、こいつのせいで…。」
「他人のせいにするなよ。」
直樹がキュウイチを睨む。
「本気でやりたかったら、やりたいって主張すればいいだろ。それをせずに諦めたのはお前が本気じゃなかったからだ。」
「違う、だって行ったら…。」
「…琴子が待っていてくれるかどうか自信がなかったからだろ。」
キュウイチは俯いた。直樹の言葉は、またもやキュウイチの本心を突いたらしい。
「だけど、本気で行きたかったら琴子に待っていてくれって言えばよかったんだ。それをしなかったお前が悪い。だから行けなかったと琴子に責任を押し付けるのはお門違いもいいとこだ。」
直樹の言葉は槍のようにキュウイチを刺していく。
「そんな奴に、琴子を侮辱する資格はない。そして。」
直樹はそこまで話すと、俯いたままのキュウイチの頭を掴み、顔を上げさせ、
「…琴子を侮辱するってことは、俺を侮辱するってことだ。覚えておけ。」
と言い放った。

「エドワード…。」
黙って二人のやり取りを見ていた琴子が、キュウイチの手を取った。
「ごめんね…。私のせいで辛い思いさせちゃって。」
そして琴子はキュウイチの目をじっと見つめ、
「でもごめんなさい。私、あなたとは結婚できない…。私、どうしても入江くんじゃないとだめなの。」
と、静かに言った。
「…こんな奴でも?」
キュウイチが声を出す。その声は先程までと違い、どこか弱々しい。
「うん。」
琴子は頷いた。そして、
「私の最初で最後の我儘なの。王女をやめても、もう二度とこの国に戻れなくなってもいいの。全て捨てても入江くんと一緒にいたいの。」
と真剣な眼差しをキュウイチへ向ける。
少しの間、黙っていたキュウイチだったが、
「…勝手にすればいい。」
と、一言だけ口にした。そして黙ってその場を後にしたのだった。


「ねえ、入江くん。」
暫くキュウイチの寂しげな後ろ姿を見ていた琴子が、口を開いた。
「もし、入江くんがどこか遠くへ行きたくなったら…私に構わず行ってね?」
琴子は直樹を見つめ、笑顔で言った。
「勿論、遠慮なくそうさせてもらう。」
直樹は即答した。その答えに少しがっかりする琴子。
―― お前を置いてなんて行きたくないとか、言ってくれるかと思ったのに…。
やっぱり、自分だけが直樹を好きで、直樹はそう思ってないのかもと、またもや思ってしまう琴子に、直樹は、
―― 自分で聞いておいて、落胆するなよ…。
と呆れつつ、
「だって俺がどこの国へ行こうとも、お前は付いてくるだろ?あの変なエプロンつけて、変な雑誌とエコバッグ持って、どこへでも。だから俺はどこへだって行ける。」
と言った。その直樹の言葉に琴子の顔が見る見るうちに輝き、
「うん!!どこまでも付いて行く!!」
と叫んだ。それを聞き、直樹も笑顔を見せる。

「琴子。」
今度は直樹が琴子を呼んだ。そして…例の指輪をそっと取り出し、琴子へ見せる。
「お前が見てきたあのサファイアとは比べ物にもならないけど…一応、俺の給料3カ月分。」
「え…?」
琴子の目が驚きで大きくなった。
―― 何せ、こいつ…俺の部屋を物置とか言った奴だもんなあ。
直樹は指輪を差し出しながら、不安になる。
―― 「まあ、こんなゴミみたいな宝石もあるのね」とか言いかねない…。
そんなことを直樹が思っていると、
「入江くん…。」
と、琴子が直樹の名を呼んだ。直樹は琴子を見た。
「すごい…こんな素敵なサファイア、初めて…。」
琴子の大きな目から、涙がこぼれ始める。
「嬉しい…ずっと憧れてたの…こういう場面…お給料3カ月…。でも、絶対私にはないと思ってた…。」
本当に嬉しそうな琴子の表情に、思わず直樹の胸にも熱いものが込み上げてくる。
「入江くんは、私の夢を何でも叶えてくれる…本当にありがとう。」
嘘のない琴子の言葉に、直樹は今まで自分がいかにくだらないことを悩んでいたかと知り、そしてその悩みが消えていくことを感じた。
そして、直樹は琴子の細い指に、指輪をゆっくりとはめたのだった…。


「やあ、やあ!君が直樹くん!!初めまして、コトリーナの父です!!」
やっと戻ってきた琴子の父、トンブリ国王は…えらく気さくな人物で直樹を驚かせた。
「すごい男前じゃないか!!」
「…どうも。」
そうとしか言えない直樹。
「ところで、うちの娘は?」
直樹の傍にいるはずの琴子がいないことに不思議に思った国王は辺りを見回す。琴子は直樹から贈られた指輪を皆に見せて歩くため、王宮を一周している最中である。

「いやあ、もうわしは…あの変ちくりんな頭の奴を息子と呼ばねばならんのかと、一時は落胆したものだったけど。」
国王は溜息をついた。どうやら父親にもあまり好まれていなかったらしいキュウイチ。
「だけど、こんな素晴らしい青年が息子になるとは!!」
そして高らかに笑う国王。どうやら直樹が許しを乞わなくとも、琴子との結婚は既に認められているらしい。一応、ホッと胸を撫で下ろす直樹。

「一応、君のことは調べさせてもらったんだけど。」
気さくながらも、そこは一国の国王。娘の選んだ相手の調査は抜かりない。流石と思う直樹。調べられても恥じることのないと自信を持っている。
「君、すごく頭良いみたいで。」
「はあ?」
確かに勉強で苦労したことはない。
「これから…色々よろしく。」
「はあ…?」
ますます直樹は不思議に思う。
「色々、わしの相談に乗ってほしいなって。我が国の政治とか。」
「いや、でも…。」
いくら勉強で苦労したことはなくとも、政治、それも外国の政治は別である。
「いやいや。謙遜せずともいいよ。直樹くん。言ったろ?全て調べたって。」
「いや、そう言われましても。」
「もう、資料は送っておいたから。」
「資料!?」
直樹は国王の手回しの良さに驚く。
「そう。だから困った時は電話するから、その時はよろしく。」
そこまでされると、もう承諾するしか直樹には道は残されていない。
「いやあ、息子と信頼できる政治アドバイザーの両方が一度にできた、めでたい、めでたい!!」
国王は機嫌よく笑った…。

「さて…明日の準備はできているんだろうな?」
国王は傍らに控えている侍従長に確認をする。
「はい、全てできております。」
「明日の準備?」
今度は一体何だろうと直樹は不安になる。
「あれ?コトリーナから聞いてなかったかい?」
国王が直樹に訊ねた。琴子からは何も聞いていない。
「明日は婚約会見じゃないか!」
「婚約会見!?」
またもや驚かされる直樹。
「そうだよ。ほら。」
そして国王が取り出したのは、一枚の古い新聞記事。
「これ、わしがコトリーナの母親と婚約した時の記事。」
肌身離さず、大事に持っているとのことだった。
―― あいつ…!!
事前に話しておくと、直樹が逃げると思ったのか、それともただ単に忘れていただけなのかは分からないが、琴子は大事なことを直樹に話していなかったらしい。

「懐かしいなあ…。」
目を細めて、記事を見る国王。
「こいつと結婚したいと思って、王家に代々伝わる指輪を贈ろうとした時…“自分が稼いだ金で買った指輪なら受け取る!!”と突っぱねられたっけ。」
…すごい王妃だと思う直樹。
「それで、陛下は翌日から働かれたんでございましたね。」
侍従長が目頭を押さえながら話した。
「そうそう。フグ料理店で3カ月。それで稼いだ金を持って店に行ったら、小さな指輪しか買えなくて。でも“給料3カ月分です”って言って渡したら、あいつは涙を流して喜んでくれたよ…。」
国王も目頭を押さえる。
「…この話をコトリーナにしたら、もう羨ましがられて。」
成程、それであんなに喜んでくれたのかと直樹は合点した。それにしてもフグ料理店で働く国王…何とも不思議な国だと直樹は思った。

国王が記事を見て、思い出の世界へと入っている時、侍従長が直樹に耳打ちした。
「陛下は、初めて一夫多妻制をやめられた国王であらせられます。」
「え!」
一夫多妻だったのかと驚く直樹。

「そう。わしの親の代までは一夫多妻。だけどわしからはやめた。だってこいつだけで妻は十分だから…。」
笑顔の国王を見て直樹は思った。そんな仲の良い夫婦から生まれた琴子、どれだけ愛されて育ったか。

「だから、直樹くん。コトリーナとの結婚は許す。2つだけ約束してくれたなら。」
「何でしょう?」
「一つは、これ。」
国王は侍従長を見た。侍従長が直樹にメモを渡す。
「…電話番号ですか?」
そこには電話番号らしき数字が書かれていた。
「そう。時々でいいからその番号にコトリーナに電話させて、声をわしに聞かせることを許してほしい。あ、それフリーダイヤルだから。電話代、わしもち。」
ニコニコと笑う国王。勿論、直樹は快く引き受ける。
「もう一つは…。」
少し照れくさそうに国王は、
「…一年に一度でいい。一度でいいから、コトリーナを里帰りさせてやってほしい。わしと国民に、あいつの元気な姿を見せてほしいんだ。」
と直樹へ言った。
「何せ、遠くへ嫁にやるものだから…心配なんだよ。」
国王だろうが父親には変わりない。心配はつきないだろう。ましてや、簡単に会えない遠くの国へと娘は嫁ごうとしているのだ。
「勿論です。」
直樹は笑顔で言った。
「約束します。一年に一度、必ず琴子…コトリーナを里帰りさせます。」
「あ、その時は直樹くんもできれば一緒に…。」
国王は付け加える。
「一年に一度、家族の団欒というものをやりたいから。」
「分かりました。…お義父さん。」
直樹の口にした「お義父さん」との言葉に、国王は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに嬉しそうに笑った。

少しした後、直樹はふと思った。
「俺からもお願いが…二つほどあるのですが。」
そして直樹は国王へ許可を求めた――。

「わ、どうしたの、これ!!」
指輪を王宮内で働く人間、全員に見せ終わり、戻ってきた琴子は声を上げた。もう夕食の時間である。
食堂のテーブルは、いつも3メートルの長さではなく、丸い形のものだった。それも席の間が近い。
「直樹くんが三人の時はこのテーブルで食べようって。」
先に席に着いていた国王が琴子に言った。
直樹の一つ目の願い、それは食事のテーブルをお互いの顔が見える距離のものにしてほしいというものだった。
「すごい、入江くんの顔がこんなに近くにある!!」
キャーキャー騒ぐ琴子。
「いや、いいもんだよな。こういう形も。」
どうやら国王も気に入ったらしい。
そして三人は、その日の夕食の時間を和気あいあいと過ごしたのだった――。




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こんばんは。

水玉さま、更新有難うございます。

やっと元の鞘に収まった二人。
私の愛する琴子が、入江くんと結婚すると思うと心からおめでとうを叫びたくなりました。(笑)

キュウイチには、本当に可哀そうだけど、琴子には入江くんが一番。
キュウイチも自分の考えを改めて、留学をした方がいいと思います。
ただし、日本には来ないでね。


琴子の周りから、排除したい私でした。(笑)

プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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