日々草子 キャンディーの魔法

キャンディーの魔法


飯の時間になっても出てこない琴子を、部屋まで呼びに行く。
ノックをしても出てこない。…またか。
「琴子、入るぞ。」
ドアを開けると…ベッドの上にはマグロになっている琴子がいた。

「まだ立ち直れないのか…。」
僕が呟くと、琴子はガバッと起き上がり、ものすごい勢いでベッドから飛び降り、僕の両肩を掴む。
「今の言い方…入江くんそっくり!!」
「そりゃまあ、兄弟だし。」
お兄ちゃんが神戸へ行ってからの1年間、僕が何か口にするたび、これだ。
『入江くんそっくり』、これも僕にとっては耳にタコ。
一時期、こいつ、何て僕に言ったと思う?
『ねえ、入江くんの写真でお面作ったら…裕樹くん、あたしの前ではそれ付けていてくれる?』
て、すごい真顔で言われた時は…もう言い返す言葉もなかったよ。もちろん、そのあと蹴り入れて丁重に断ったさ。

「入江くん…。」
そしてまた、ベッドに戻り横たわる、マグロ琴子。もっともこちらのマグロは脂も全然なくてまずいだろうけど。

マグロ琴子になった理由、それは…神戸の病院が定員いっぱいで看護師の募集がなかったこと。
こいつにしてみれば、お兄ちゃんと一緒に神戸で働くことをめざし、それだけをめざして頑張ってきたわけで。
頑張った甲斐あり(もっとも僕も相当協力したぜ?悪いけど僕、このまま看護師試験受けても合格する自信ある)、こいつは奇跡的に看護師免許を取ることができた。…何番の成績だったとかは知らない方がいいと思うけど。

そんな、恐らく人生でこれほど勉強したことはなかったであろう琴子。あとは神戸へ旅立つのみ!そんなことを何度も口にしながら、まだ神戸から返事も来ていないうちに段ボールに荷造りまでしちゃってさ。
そんな時、一通の通知がこいつを地獄のどん底へと突き落とした。

『今回は定員一杯のため…』
それ以降、琴子はマグロと化しているってわけ。


マグロは放っておいて、僕は下へと戻る。
「…んもう、聞いてるの、お兄ちゃん!!」
リビングに入るなり、飛び込んできたのはオフクロのキンキン声。
「琴子ちゃんはショックで食事も取れないのよ!!それなのに、お兄ちゃんったら!そうそう、ホワイトデーにもなにも寄こさなかったでしょ?ちょっと夫としてそれ、どうなの!?」
琴子の神戸行きがオジャンになってから、オフクロは暇さえあれば、そしてお兄ちゃんが捕まる限り、電話でキンキン抗議している。ったく、お兄ちゃんも気の毒だよな。

「大体ね、無駄に頭がいいんだから、院長先生に直談判して琴子ちゃんの1人くらい、雇ってもらいなさいよ!!」

んなことできるわけないじゃん。
いくらお兄ちゃんが頭が良くて優秀でも…ペーペーの研修医であることには違いないんだからさ。
一介の研修医が院長に直談判できるわけないじゃん。

やれやれ…。


「ただいま…。」
今日もマグロとキンキン声に悩まされるのかと溜息をつきつつ、僕は玄関を開けた。
「お帰り!!」
あれ?
見ると、玄関には琴子が立っている。へえ…立っているこいつを見るの、何日ぶりだろ?
「ジャーン、見て!!」
琴子が僕の目の前に突き出したのは、瓶に入ったカラフルなキャンディーだった。
「入江くんがね、ホワイトデーのお返しって贈ってくれたの!」
今頃、ホワイトデー?
あーあ。お兄ちゃん、オフクロのキンキン声に負けたんだ。可哀想。
「これね、ただのキャンディーじゃないのよ。」
いや、どっからどう見ても、普通のキャンディーだろ、それ。
「なんとね、魔法のキャンディーなの!!」
いや、だからそれ、その辺の店で量り売りしている普通の…。
「入江くんがそう言ってくれたんだもん!!」
お兄ちゃんが?

琴子の話によると、お兄ちゃんは手紙を(筆不精なお兄ちゃんが手紙を書くなんて、明日は春の嵐が来るかもしれない)付けて来たとのこと。

「辛い時はこれ食べるようにって。あ、でもね、1日1個までなの。それ以上食べると効き目なくなっちゃうんだって。」
大事に食べようとか言いながら、琴子は瓶をかかえて戻って行く。

魔法のキャンディー、ねえ…。


間もなく、琴子は斗南大付属病院に入職が決まった。
予想通り、こいつの毎日は…叱られる連続みたいだ。ただでさえ、新人看護師なんてベテランの邪魔になってしょうがないだろうに、通常の新人以上に使えない琴子がやってきたんだ。職場の先輩看護師さんの苦労に同情するよ。正直、琴子よりも高校、いや中学、いや小学校の保健委員の方がマシだと思う、うん。

だけど、琴子はめげなかった。それは、“あれ”が琴子の傍にはあったから。
「今日も叱られた…。」
毎日、琴子はお兄ちゃんからもらったキャンディーを口へ放り込む。
「うん、大丈夫!!」
そして笑顔に戻り、やる気を出す。そんな毎日。
きっとお兄ちゃんは、働き始めた琴子が毎日叱られて落ち込むことを予想して、こういう物を送ってよこしたんだろうと思う。

だけど…キャンディーはなくなる日がやってくる。


「…最後の1個だあ。」
琴子が働き始めて1カ月が経とうかという頃…その日はやってきた。
「入江くん、また送ってくれないあなあ…。」
そう言いながら、最後の1個を大事そうに口の中へと入れる琴子。だけどすぐに、
「ううん!いつまでもこういうのに頼っちゃだめなのよ!!」
と自分を奮い立たせた。
へえ…魔法、効果出たみたいだな。

しかし。
魔法のキャンディーはとんでもない奇跡を起こした。

何とその日…帰宅した琴子の隣には…本物のお兄ちゃんがいた!!!

なんでも今日から琴子と同じ、斗南大病院で働くんだって!!
二人が玄関に立っているのを見た時は、僕もオフクロも驚いたのなんのって!
嬉しそうにお兄ちゃんに抱きついている琴子。そんな琴子を引きはがそうとする迷惑そうなお兄ちゃん(二人を見ていると、「地獄の果てまで付いていく…好きになったら命、命がけよ~」っていう歌が頭の中を駆け巡った)。

まさか、お兄ちゃんが東京にこんなに早く戻ってくるとは。

だけど、僕は気がついた。
お兄ちゃんは琴子が神戸に来れなくなったことが明らかになった時、自分が東京へ戻ることを決めていたんだろうって。
だけどそんな今日明日には東京へは戻れない。
戻るその日まで…琴子が少しでも看護師として前進できるよう…そしてくじけないよう、あの『魔法のキャンディー』を送ってきたに違いないって。

勿論、お兄ちゃんが帰ってくるその日に数がなくなるように…ってね。キャンディーが空になった時には、お兄ちゃんが琴子の傍にいるって、そこまで計算していたんだと思う。何て言ったって僕のお兄ちゃんだもん。それくらい考えてのことさ。

そして…これは僕が密かに思っていることなんだけど。
琴子が神戸に行けないことになって、誰よりもがっかりしたのはお兄ちゃんなんじゃないかな?
そう、琴子よりもね。
そんなこと、もしお兄ちゃんに訊いたとしても、きっとお兄ちゃんは黙って笑うだけだと思うけどね。だけどその笑顔がきっと答えだとは思うよ、うん。

「もう、お前鬱陶しいんだよ!!病院の中でも家の中でも!!」
「そんな…1年ぶりに一緒に暮らせるのに…!!」
「ああ、やっぱり帰って来なけりゃよかった。」
「ひどい!!入江くんはあたしと離れても平気なの!?」

…やれやれ。また二人のこんな会話を毎日聞くことになるのか。

「お兄ちゃん、琴子ちゃんに何て態度なの!!」
…更に加わるオフクロの声。

家の中がうるさくなるよなあ。
でも…なんだかそんな家に、ホッとしている僕がいる。
あ、勿論、これは誰にも言わないよ。こんなこと言ったら…バカ琴子がますますつけ上がるに決まってるからね。









♪あとがき

わずか三日で戻ってきて、申し訳ございません…。

ご心配をおかけし、大変申し訳ございませんでした…。
とりあえず、少しずつ前へ進めるようになってきました、本当にありがとうございます!!
あんなに励ましていただいて、何もしないというのも大変失礼かつ申し訳なく…
つれづれなるままに書いてみました。
『浴衣…』で少しついた自信を生かそうかと、またこんな話ですが。
お時間つぶしにでもしていただけたらと思います。

この話、元はお友達に『ホワイトデーネタで一つ』とお話をいただいたことから出たものです。
ホワイトデー…私いなかったので(汗)
「ネタがない~」とそのころからうなりつづけていた私に、『紀子ママが入江くんにホワイトデーのお返しを催促しても、入江くんは無視しているんだけど、実は用意していた…』という、非常に具体的な内容まで言ってくださったのに、ホワイトデーまでに書けなく…でも点々とストーリーは浮かんでいたので、なんとか無理やりこじつけてしまいました。
いや、かなりおっしゃってくださったお話と大幅に違ってしまいましたが…(ごめんなさい、S様)
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comment

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おかえりなさぁい!

こんばんは♪更新うれしいです!
水玉さんの心配や励ましぐらい、読者にさせてください~(>_<)
そこぐらいは読者一同全力投球します!!
(他の読者の方々に了解は頂いていませんが…(笑))

それにしても「浴衣の君」は、またまたすごい拍手数でしたね~☆
やっぱりすごいよ、水ちゃん♪

今回のキャンディのお話は、いつもの入江家で平和ですね~!
今日は寒かったけど、すっかり春気分になっちゃいました。

お話の内容から伺う水玉さんに少しホッとしています。

こんばんは(*^^)v

裕樹くんから見た琴子ちゃんの喜怒哀楽の変化(今回は「喜」と「哀」ですかね☆)がよく分かります~☆

琴子ちゃんが国家試験に合格して、神戸に行ける!って張り切ってたのにそれがダメって分かったら、そりゃもう、琴子ちゃんは大ショックでしょうね(>_<)

入江くんって、琴子ちゃんに対する愛情は誰よりも大きいと思うし、琴子ちゃんを元気づける方法、きっと色々考えたんでしょうね♪

琴子ちゃんの心をつかむのが上手な入江ですしねv

「キャンディーがなくなるまでに帰ってやるぞ!」って、実は入江くん、すっごい闘志を燃やしてるのに、ポーカーフェイスのおかげで誰にもばれていなかったり(笑)


それにしても…裕樹くんにとってはおバカな琴子ちゃんの行動…入江くんにバレたらどうなっちゃうんでしょう☆
入江くんにそっくりな裕樹くんだから、琴子ちゃんはきっと甘えた部分もあり…☆

琴子ちゃん大好きな入江くんが嫉妬するのは間違いないんだろうな、ってまた妄想しちゃいました(笑)←「大蛇森シリーズ」の入江くんの行動を彷彿とさせちゃいました♪





こんばんは水玉さま。

裕樹目線でのお話、楽しく読みました。

神戸で一緒に働けなくなって落ち込んでいる琴子、でも一番落ち込んでいるのは意外と入江くんだったりして・・・

そんな二人を冷静な目で見守っているのが裕樹君かなって水玉さまのお話を読んで思いました。

ありがとうございます♪

相も変わらずダメダメな私にコメントをありがとうございます♪
…見捨てられていなくて、すごいほっとしました。

rinnnさん
最初の数行、涙でそうになりました!!!
これから何があっても(何かあること前提なところが…)、大丈夫って感じがしてきました!!
本当にありがとうございます!!
本当、あの拍手はとってもとっても嬉しかったです。…励ましてくださった方が多かったんだなあと…。
あ、水ちゃんと呼んでくれてうれしかったです^^エヘヘ。

愛結美さん
きっと周囲には『一体何をそんなに張り切って…』と思うくらい、入江くんは一生懸命神戸でのやるべきことをやっていたのかなと。
だって琴子ちゃんが来れなくて、絶対がっかりしたはず!!
電話とかで連絡受けた後、「まじかよ…」って受話器持って茫然としていたんじゃないかなって(笑)
裕樹くんには「俺の代わり、大変だったろ?」とか笑顔で労いつつも、その下でギュ~ッと足とか踏んでそう…(笑)

りきまるさん
そうそう。勉強のしすぎで燃え尽きて「あしたのジョー」状態な琴子ちゃんと同じくらい、何もやる気がでない入江くんだったり…
でも琴子ちゃんよりずっとがっかりしたことは間違いないはず。その証拠に、あんなに早く東京へ戻ってきたのだろうし…♪

佑さん
久しぶりに現代イリコト書いて自信が戻ってきたのか…またまたこんな話を書いてみちゃいました。
でも昔はよく書いていた気もして…まだノスタルジー気分引きずっています。
入江くんが戻ってきて、琴子ちゃんもスイスイ泳いでいることでしょう♪

藤夏さん
ありがとうございます♪こんなに心配していただいて、元気にならないと申し訳ないですし!
最初は書けるか心配でしたが、今回もなんとか書けて…よかった。
藤夏さんがおっしゃったとおりの演出だったんです♪よかった、伝わって♪

foxさん
早すぎて、ほんとお恥ずかしい…m(__)m
でもこれも励ましてくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。
私も記憶力が良くなるキャンディーがほしい…(笑)

chan-BBさん
まず最初に、お返事遅くなっていてごめんなさい!!
何度も書いては書き直し…いまだ送れずにおります。ごめんなさい、メール超苦手なんです!!
でもお返事、ちゃんとしますから!!
なんか変なことを書いてしまったら…と思うと怖くて消してしまって。本当、ごめんなさい。
この話、裕樹君目線で書いたらスイスイかけたんです♪
第三者目線って、いいかも…♪

ふーちかさん
ありがとうございます♪
毎日来てくださっているなんて…なんとお礼を言っていいか…。
何もお返しできない私ですが、こうして駄文が少しでも楽しんでいただけるのなら、とてもうれしいです。

まあちさん
それでは私にとっての魔法のキャンディーは、まあちさんたちのコメントになります♪後、拍手♪
本当にありがとうございます。
三月…色々大変なシーズンですよね。季節の変わり目で体調も不安定になりがちですし…
まあちさんも無理されないよう、お体に気をつけてくださいね♪

ぴくもんさん
ありがとうございます♪
裕樹くんは、本当に琴子の観察日記をつけてましたしね(笑)
あれ、学校に本気で出すつもりだったんだろうか…先生読んだら、速攻で家庭訪問来るのでは…(笑)
でも裕樹くんは琴子ちゃんのこと、大好きですよね。ま、見ているだけで退屈しないというのもあるけれど…
だから大人になっても裕樹君は家を出ない気がします(笑)

なおき&まーママさん
世間一般でも、ホワイトデーってバレンタインに比べると影、薄いですよね…日本しかないような行事だから仕方ないのかもしれないけれど。
それにしても、琴子ちゃんは毎年ホワイトデーに何かを期待し、そしてがっかりする一日を送っていたんだろうな…本当、尽くす女の一言…。
私は女の子が多いキャンディーショップでスコップ片手に袋にキャンディーを黙々と詰めている入江くんを想像するとニタニタしてしまいます(笑)

すごい・・

(水玉さんの)入江くんってすごい・・・素敵・・
そこまで計算して用意できるんだ~!!(うんうん、きっと入江くんならできると思います!)

このお話、裕樹目線っていうのも良かったですし、そしてほのぼのハッピーストーリーで読み終わってほんとほんわか心が温かくなりました(*^_^*)
有難うございました!

これからも応援してます!!がんばってください!!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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