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2010.03.18 (Thu)

私の愛する先生 11


【More】


聞こえてきたノーリー夫人の歌声に、
「またか…。」
ナオキヴィッチは広げたばかりの新聞を閉じ、こめかみを押さえた。


「ある晴れた 昼下がり 市場へ 続く道
荷馬車が ゴトゴト 子牛を 乗せてゆく…。」

ここ数日、夫人はこの歌ばかりを歌っている。そして夫人の声にやがて、

「かわいい子牛 売られて行くよ
悲しそうなひとみで 見ているよ…。」
と、男性の声…シップの声が加わる。

しかも、この二人…意外と歌が上手だったりする。その見事なハーモニーはさらに続く。

「ドナ ドナ ドナ ドナ 子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ 荷馬車が ゆれる」

「…いい加減にしてくれないか。」
歌いながら花瓶を磨くシップ、クッションを整えている夫人にたまりかねて、ナオキヴィッチは声を荒げる。

「あら。歌を歌ってはいけないなんて決まり、ございました?」
何か文句でもあるのかと言わんばかりに夫人がナオキヴィッチを睨む。
「そうです。僕とノーリー夫人はただ単に歌が好きなだけです。」
最近はシップまでも、夫人の性格が乗り移ったかのようである。

「歌を歌ってはいけないとは言わない。だけど…その選曲、何とかしてくれ!!」
あまりに暗い歌詞、それを連日歌われると気がますます滅入りそうになるナオキヴィッチ。

「だって…あのコトリーナちゃんの最後の顔…目…まるでこの歌の子牛ちゃんのようなんですもの。」
ノーリー夫人はそう言うと、エプロンで目を覆う。
「本当に…。」
シップまでもハンカチを取り出して目頭を押さえる。
「別にあいつは牛じゃないし、売られていったわけでもない。」
やっぱりその話題かとナオキヴィッチはまたもや、こめかみを押さえた。

「いいから、その歌は止めてくれ。これは主人の命令だ。」
そう言われると、二人は引き下がるしかない。

が、ただで引き下がる二人ではない。

「ねえねえ、シップさん。」
「何でしょうか、ノーリー夫人。」
わざとらしく、ナオキヴィッチの前で話を始める二人。

「知ってる?…妻を追い出した夫が、大体どうなるか。」
「いいえ!どうなるんです?」
シップは大げさに驚いてみせる。
「…まず…汚くなるのよ。髭ぼうぼう。頭も洗わない、いいえ、お風呂にすら入らなくなるわね。だってもう注意する人いないんですもの。」
「うわ!それは最低ですね!」
やっと静かに新聞が読めると思ったナオキヴィッチは、溜息をつく。

「それだけじゃなくてよ。やがてお酒におぼれていくの。」
「ああ、退屈だから。」
「そうそう。それで…最後はお酒の中に体を伏せるようにして…死んじゃうの。」
「うわあ!哀れとしか言いようがないですね!
わざとらしい、いや、完全にナオキヴィッチに当てつけのように話す二人に、またもやナオキヴィッチの堪忍袋の緒が切れた。

「いつ俺があいつを追い出したって言うんだ!!」
叫ぶナオキヴィッチ。だが二人は平然とし、眉一つ動かさない。
「…あれを追い出したと言わず、何と言うんです?」
ナオキヴィッチを睨みつけるノーリー夫人。
「あいつが勝手に出て行ったんだろ。俺と一緒にいられないとか何とか言って。」
「奥様が出て行くように仕向けたのは…旦那様ではございませんか。」
シップも抗議する。
「そうですわ。あんな言い方、態度…あれじゃコトリーナちゃんだって耐えられず出て行くしかないでしょう。まるで出ていけと言わんばかり…。」
またもや目頭をエプロンで抑える夫人。
「冗談じゃない!俺は一言も出ていけだなんて言ってない。」
この二人は完全にコトリーナの味方だということは、ナオキヴィッチも知っている。だからここで何を言っても無駄だということも知っている。
ナオキヴィッチは付き合っていられず、居間から出て行ってしまった。

「…ちょっと言い過ぎでしたでしょうか?」
さすがにシップが心配の色を見せる。
「いいえ!あれくらい、あの方には蚊に刺されたくらいのものよ!」
夫人はカンカンになっていた。これだけ言ってもまだコトリーナを迎えに行こうとしない…その主の態度に腹を立てている。
「コトリーナちゃん…元気にしているかしらね?」
夫人は遠いカントリーハウスにいる、コトリーナを思い、また涙を流した。



―― よく食べるな。
本を読みつつ、ユウキスキーはチラリと見て呆れる。
「どうしたの?」
突然止まった声に、コトリーナが気がつく。
「あ、いえ。」
慌てて本を再び読み始めるユウキスキー。そんなユウキスキーの声に耳を傾けつつ、コトリーナは高級桃缶の桃を頬張る。
「なかなかおいしいわね。」
そしてまたパクリ。

ユウキスキーがコトリーナに読み聞かせていたのは、『雪の女王』だった。仲良しのカイの心の中に鏡の破片が入ってしまい…カイの性格が一変してしまうところを、ユウキスキーは読んでいる。

―― 先生の心にも、鏡の欠片が入ってしまったのかしら?
ユウキスキーの声を聞きながら、そんなことを思うコトリーナ。
あんなに優しかったナオキヴィッチが、突然冷たくなってしまった…。それだけではない。「自分を愛していない」とコトリーナのことを決めつけた…。今でもその時のことを思い出すと、コトリーナの胸は張り裂けそうになる。

―― 私…何かしたかしら?先生に疑われるようなこと…。
いく考えても、コトリーナには分からない。


本をユウキスキーが読み終える。コトリーナはお礼を言った。
「ねえ、ユウキスキー。」
「何でしょう?」
きっとあの話も賢いユウキスキーなら知っているに違いない。そう思いコトリーナは訊いてみることにした。
「あの…『オセロ』ってお話、どんなお話か知ってる?」
「『オセロ』でございますか?」
ナオキヴィッチが読み聞かせることを嫌がった『オセロ』。コトリーナはなぜナオキヴィッチが嫌がったのか理由を知りたかった。
「…僕が知っているのは、将軍オセロが妻の不貞…浮気を疑ったあげくに、妻を殺してしまい、そしてオセロも自殺するという話ですが。」
「妻の…浮気。」
「はい。」
「それで、本当に妻は浮気をしていたの?」
「いいえ。オセロを快く思わない家臣の戯言に、オセロが惑わされただけだったのです。」
コトリーナにも分かりやすく説明してくれるユウキスキー。
「そう…。」
そう呟いたきり、考え込んでしまったコトリーナ。ユウキスキーはコトリーナの部屋を下がる。

「ユウキスキー。」
廊下を歩くユウキスキーに父シゲキスキーが声をかけた。
「どうだい?コトリーナ様のご様子は。」
突然一人でやってきたコトリーナに驚いたカントリーハウスの面々だが、余程の事情があるのだろうと察して、皆敢えて何も訊かずにいる。
「ええ…まあ、よく食べることは相変わらずですね。」
空っぽになったお皿をシゲキスキーに見せて、ユウキスキーは答えた。
「そうか…。」
イーリエ家のカントリーハウスの執事、シゲキスキーはナオキヴィッチとコトリーナの間に何かあったことは薄々気が付いている。
「ああ、そういえば。」
何か思い出したようにユウキスキーが声を出した。
「…もしかしたら、『オセロ』が何か関わっているのかも。」
「オセロ?」
「ええ。」
先程のコトリーナの様子を見る限り、何かあるに違いないと思うユウキスキー。それだけ言い残し、ユウキスキーは父をその場に残して行った。

「オセロ…。」
考え込むシゲキスキー。
「ナオキヴィッチ様とオセロで遊ばれたのだろうか…?」
オセロはオセロでもオセロ違いなことを考えてしまっているシゲキスキー。
「ナオキヴィッチ様は大人気ないところがおありだから…コトリーナ様に負けてあげることもせず、大差で勝ち続けて…それでコトリーナ様がへそを曲げられてこちらに家出されたとか…?」
夫婦喧嘩なんてそんな些細な理由なことが多いしなと、自分と妻ノーリー夫人のことをシゲキスキーは思い出していた。












☆あとがき
前回の時にゆみのすけさんから頂戴したコメントが…ツボにはまってはまって!!!!!
つい使ってしまいました!ごめんなさい、ゆみのすけさん!!!
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*Comment

こんばんは、みずたまさま。

ナオキヴィッチって、意外と元気なんですね。
くやしい・・・
妻が出ていってしまったのに、普段と変わらない様子のナオキヴィッチを見ているとちょっと、いや、かなり悔しいです。

琴子も落ち込んでいるのかと思いきや食欲は落ちていないようで一安心しちゃいました。(笑)

はやく、仲直りしてラブラブ全開の日々を過ごしてほいとせつに願うばかりです。
りきまる |  2010.03.18(Thu) 23:08 |  URL |  【コメント編集】

★ドキドキ(>_<)

早く琴子ちゃんを迎えに行ってあげて~、直樹さん!!って思いながら読んでました☆
琴子ちゃんが長いこと出て行ったままだったら、直樹さんは紀子夫人とガッキーの言うように、ボロボロの酒浸りになっちゃうんでしょうか…(>_<)
そんな直樹さん、見たくなーいー(@◇@。
それにしても…紀子夫人…強いですね☆
その強さがまた頼もしいですvv
愛結美 |  2010.03.18(Thu) 23:21 |  URL |  【コメント編集】

★転居

水玉さん、こんにちは。
奈良旅行、楽しかったようで何よりです。
私も法隆寺は2回行きました。
仏像が綺麗ですよね~♥
見惚れてしまいます。

突然のブログのパスワード設定、びっくりしました!!
「何故に?!何があったの?」と、一時呆然としてました。
だって、コトリーナがその後どうしてるか、凄く気になっていたので。
翌日にはいつも通りになっていて、ほっとしましたが。

そうそう、アニメの「私のあしながおじさん」、昨日最終回を迎えました。
私は琴子と直樹の顔を重ねながら、ハッピー♡エンドにウルウルしておりました。

私事ですが、主人の転勤で、お隣の熊本に引っ越すことになりました。
生まれてから40年、一度も宮崎以外の土地で生活した事の無い私。
これからの2週間がバタバタです(*。*)

インターネットが使えない間は、携帯でお邪魔させていただきます。
更新を楽しみにしています。
nmママ |  2010.03.19(Fri) 18:30 |  URL |  【コメント編集】

★ありがとうございます♪

りきまるさん
なんかりきまるさんのコメントから、相当悔しさが伝わってきました…もうすっかり琴子の気持ちでしょうか♪してやったり、ニヤリという気持ちな私です(笑)
琴子ちゃん、最初はズドーンと落ち込ませるつもりだったのですが、いや、なんかパクパクと食べさせてみようかと思い…。琴子が物食べる様子を書くの、好きなんですよね、私♪だって可愛いんだもん♪

愛結美さん
とても使用人の態度とは思えない二人ですよね(笑)
でも毎日毎日ドナドナ合唱隊組まれたら、さすがに滅入るか(笑)それでも迎えに行くこともせず、反省もしない直樹もさすがという感じがします。
意地っ張りなんですよね~直樹(笑)

nmママさん
お引っ越しですか!!シーズンですものね!!うちの近所にもよく引っ越しトラックを見かけるようになりました。
大変ですよね、荷造りとか!
新しい土地もドキドキしますが、なんか新鮮な気持ちになれていいこともありますよ♪私、転勤族の家庭に育ったので引っ越し多くて。
関東から九州へ引っ越した時はさすがに大変でしたが。言葉に慣れるまで(笑)
nmママさんも、どうぞ体調に気をつけて、引っ越し乗り切って下さいね♪
あ、パスの件ごめんなさい。とんでもない時にとんでもないことをしてしまって!!
落ちついたらまた遊びに来て下さると嬉しいです♪

佑さん
やっと結末どうするか決まった!!決まらないとなかなか書けないものなんですよね…
叫ぶ琴子ちゃん、いつか書いてみたい♪
オセロ違い…入江くんの頭脳の元な入江パパがこんな天然ボケするだろうかと思いつつ(笑)

藤夏さん
私の高校は先生が組んでいた教員バンドでの定番曲でした、『ドナドナ』。ノリのいい、ロック調な『ドナドナ』でした(笑)
コトリーナは全く意味が分からないでしょうね…だって自分が疑われる理由が皆目見当つかないでしょうし…。


水玉 |  2010.03.19(Fri) 20:33 |  URL |  【コメント編集】

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