日々草子 大蛇森の温情

大蛇森の温情

今日は夜勤だ。だから夕方までゆっくりできる。
パソコンへ取り込んだままの、入江先生の写真を整理せねば…。そして処理も。
「瞳!ちょっと帯が曲がってないか、見てくれん?」
落ち着いてやろうと思うと、これだ!
「曲がってなかよ。兄さん。」
「姉さんと呼べって何度言ったら分かるね!?」
この間から、僕の兄、遥(見た目は姉)が僕の部屋に居座っている。一向に帰る気配がない。邪魔なこと、この上ない。

「…あら、これ全部入江先生の写真?」
兄がパソコンのディスプレイに目を止めた。
「あんた、何するの?」
「…これから画像処理たい。」
そう言って、僕は画像処理ソフトを開き、先生の写真を開き、処理していく。

「処理って、傍に写っとるチンチクリンちゃんを消していくことね?」
そう。入江先生一人だけが写るように、うまくレンズを合わせるのだけれど、どういう訳か、必ずチンチクリンが一緒に入りこんでしまう。本当に背後霊のような奴だ!
そうか、チンチクリンがしつこく、入江先生に取り付いているから、僕と入江先生の愛はいつまでたっても進展しないんだな!小癪な奴め!

「そこまでして、チンチクリンちゃんを消さんでもよかでしょう?」
「だって、僕は入江先生だけが写っている写真がいいたい。」
「だったら、正面から“撮らせて下さい”と先生にお願いすればよかたい。」
「そんなこと、絶対言えない!」
何て事を言うんだ、兄さん。想像しただけで恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
そんな、そんなことを先生にお願いするなんて…!

「だって、あんた、これは盗撮って言うんじゃなかね?」
盗撮じゃない。恥ずかしくて行動を起こせない、片思いゆえの努力だ。なぜ、分からないんだ。
「それにしても、うまかもんやね。あんた、チンチクリンちゃんだけピンポイントで消去していって。」
当たり前だ。僕はこのためにパソコンスクールでデジタル処理を本格的に学んだ。そして市販されていたソフトの中で、最高の画像処理ソフトを購入したんだ。
それにしても、この画像処理ソフトも使い慣れたな。まあ、何百枚もチンチクリンを消す作業を繰り返せば当り前か。

「で、兄じゃない、姉さん、どこへ行くたい?」
僕はパソコンから目を離して、兄へ尋ねた。
「営業たい。」
営業。さすが大蛇森酒造の営業本部長。どこかに金のなる木を見つけたのだろう。
「今夜は僕、夜勤やから。」
「分かってる。夕飯はどこかで済ましてくるけん。」
しかし、いつ博多へ帰る気なんだ?いい加減、僕は気楽な一人暮らしに戻りたいのだが…。
「そうだ、茜の様子はどげんね?」
「そろそろ、リハビリに入るって話やけど。」
「リハビリ…。茜、リハビリ担当の人に手ば、出さんやろうね?」
リハビリ担当…。まさか、ね?

「直樹くん、一杯どうだい?」
お義父さんが珍しく、リビングで酒を飲んでおり、声をかけてくれた。
「いただきます。」
断る理由もないので、俺もご相伴にあずかる。お義父さんと話すことは結構好きだ。
お義父さんにお酌をしてもらった日本酒を口にした。
「どうだい?味は?」
「うまいですね。」
本当においしい。
「いや、今日の昼間に酒造会社の人が持ってきたんだよ、これ。」
料理屋を営んでいると、いろいろな営業が来るのだろう。
「試しに飲んでほしいって、置いて行ったんだけれどね。」
「置いてもいいと思いますよ。結構いけていますし。」
俺は正直に感想を述べた。

「飲んでみて、俺もそう思ったんだけれどね…。」
どうもお義父さんの歯切れが悪い。
「何か問題でもあるんですか?」
「いや、味は問題ないんだけど、どうも、これが…。」
お義父さんは、テーブルの上に酒の瓶を置いた。
「“女殺し”…。」
俺は瓶のラベルに目を見張った。すごい名前だ。確かに、この名前では店に置くことを迷うだろう。
「…すごい名前ですね。」
「だろう?他にもいろいろあるからと、パンフレットを置いて行ったんだけれど…。」
お義父さんは続いて、パンフレットを広げた。俺はさっと目を通した。

“・男殺し ・女殺し ・怨恨  ・捨てないで ・うそつき ・ろくでなし ・裏切り ・呪縛 
 ・とぐろ ・青大将 …”

何だ、この壮絶な、気持ちの悪い名前は!?

「…すごい名前の酒ばかりですね。」
俺はそう言うのがやっとだった。

「で、これがその会社の一番の高級酒だって、置いて行ったんだけれど…。」
お義父さんがまた酒の箱を置いた。

“於釜”

こ、これは、そのまま読めばいいのか…?
俺はもはや、どこを突っ込むべきなのか分からなかった。
「これをお客さんの前に並べるのは、どうかと…。」
俺は想像した。
お義父さんが愛想良くカウンターに立っていて、その後ろに“男殺し”だの、“於釜”だののラベルの瓶が並んでいる様子を。…寒気がしてきた。

「仕入れるのは、止めておいた方がいいと思いますよ。」
俺はお義父さんを止めることにした。お義父さんだって気が進まないのだから。
「そう思うかい?やっぱり。」
お義父さんが嬉しそうな顔を見せた。やっぱり、置きたくなかったのだろう。だけど味はいいから迷っていたに違いない。きっと、誰かに止めてほしくて、そして俺に聞いてくれたのだろう。
「ええ。お義父さんの店には合いませんよ。」
「そうかい?直樹くんがそう言うなら、明日はっきり断るよ。」
そう言って、お義父さんはパンフレットを丸めて、ごみ箱へ入れた。
…しかし、何ていう会社だろう?そんな趣味の悪い酒を造っているのは。

「どげんしたね?姉さん。」
夜勤明けの僕は、落ち込む兄の姿を見つけて尋ねた。
「断られたと。」
男にまた振られたか?懲りないんだな。
「この間、茜が教えてくれた店…。ふぐ料理の。」
「ああ、あそこ。」
確か…“ふぐ吉”だったっけ。
「まさか、姉さん、あそこへ営業に行っとったん?」
「そうたい。絶対、あそこへうちの酒を入れてもらおうと頑張っとった。」
断られたって、店に断られたのか。まあしょうがないだろう。それもビジネスの辛さだ。
「昨日行った時は、大将さんも悪い顔しとらんかったのに。」
「うん?」
「今日行ったら、“娘婿に相談したら、止めておけと言われた”と言われたとよ。」
娘婿?ああ、あの大将の一人娘をさらっていった、どうしようもない、ダメ男のことか。
そんな男の言いなりになっているのか、あそこの大将。
「しょうがなかよ。大将がそう言うんやから。」
僕は一応、兄を慰める。
「しばらく、立ち直れん…。」
そんな事を言ったって、すぐに立ち直るんだから。

「ここの契約が取れたら、自分へのご褒美に、氷○きよしのCD買って、サイン会へ並ぶ予定だったと…。」
また、サイン会!なぜうちの兄弟は、こうも揃ってサイン会に並びたがるんだ!
ああ、茜に命じられて、鳥羽○郎のサイン会へ並ばされたことを思い出してしまったではないか!
「もう立ち直れん…。」
まだグズグズ言っている。うっとうしいなあ。早く部屋で一人になって、愛する入江先生の写真を整理して、プロジェクターで映し出して見たいというのに。…しょうがない。

「ほら。」
僕は財布から一万円札を抜き出し、兄に渡した。
「よかね?」
「それやるけん、CD買って、サイン会行ってき。」
「…瞳!」
兄が僕に抱きついてきた。気持ち悪い!せめて、これが入江先生だったら…。
「だから、夕食は済ませてき。」
「わかった。」
ようやく兄は立ち直り、部屋から出て行った。

ああ、兄弟のお守りも疲れる。
さあ、早く昨日途中まで整理した入江先生の写真の整理の続きをやろう。
あ、この先生の写真は最高だ。後で僕の顔を合成して、ツーショットに加工しよう。
それにしても、結構な量になったな…。少し削除した方がいいかな?
でもいらない写真なんてないんだよな。やっぱり大容量の外付ハードディスクドライブが必要だな、うん。
…いや、いっそのこと、冬のボーナスでパソコンを新しくしよう。
そうだな、デスクトップはツーショットに加工した写真で…。


☆あとがき
多分、後夜祭向けに大蛇森シリーズも書きそうです…。
仮題『大蛇森の聖夜』で。

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comment

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名前だけで断られるような酒を売ってて大蛇森酒造、大丈夫なんでしょうか?その名前で売り出すことを許した(決めた?)両親もやっぱり変な人なんでしょうね^^
そんな変な兄弟にチンチクリンちゃん呼ばわりされてる琴子がなんだか哀れ^^;

大蛇森先生が、ふぐ吉の娘婿=ダメ男=入江先生の構図に気付く時が来るのでしょうか・・・?

コメントありがとうございます!

かりんさん
そのうち、大蛇森の両親も書いてみたい気が…。
でも、私もこんな名前の酒、よく許可したなと思ってますが(笑)

たまこさん
永遠にこないでしょう!多分!(笑)

爆笑!

ゴハン食べてたら吹きました(笑)
しかも1人バックルームで爆笑するからスタッフがついに病んだかと思って見にこられた(笑)
水玉さんおもしろすぎます

く…くるし…い

笑いすぎで腹いたいっす!あとがきに噴きましたがな!!
なんちゅうタイトルつけるんですか、アナタ…(悶笑) 楽しみで楽しみで仕方ありませんっっ!大蛇森を心待ちにしてる自分に…。絵的に考えると悲しくなるけど、楽しみなもんはシカタナイ!

haさん
えー、爆笑してもらえるなんて、嬉しい!
もしかして“於釜”にですか(笑)

アリエルさん
じゃ、もう「大蛇森の聖夜」で正式決定ということで!
こんな変テコ作品の、貴重なファンになってくれてありがとう(笑)
しかし、こんなの後夜祭向けにしていいのかな…(笑)
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水玉

Author:水玉
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