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2010.03.02 (Tue)

リネン室の怪人 1


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それはいつしか、『リネン室の怪人』と呼ばれるようになっていた…。

「聞いちゃった…。」
夜勤明けの幹が青ざめた顔で呟く。
「とうとう…?」
他の看護師が恐る恐る、訊ねる。幹は頷いた。
「すすり泣く女の声…。とうとうアタシも“リネン室の怪人”の声、聞いちゃったのよ!もうアタシ、死ぬのかも!!」
病院で何と言うことをと誰かが幹を咎める。だが咎めた人間も、そしてその他の人間も怖くてたまらない。

ここ外科病棟で看護師たちの間で噂になっている『リネン室の怪人』。
それは人気のないリネン室から、なぜか夜ではなく早朝に女のすすり泣きが聞こえてくるというものだった。
だが、誰も確かめた人間はいない。というより、怖くてリネン室の中へ入ることができないのだった。

「昔、不倫がばれて心中した医者と看護師の幽霊じゃないか」
「その昔、恋人を残して亡くなった患者の幽霊じゃないか」
と、病院にはありがちな噂が独り歩きしている状態。

「琴子、あんたもそのうち聞くかもよ…。」
自分だけ怖い目に遭ったのが気に食わない幹が、琴子を脅かす。
「あんたなんて“入江くん、助けて!!”って大声で悲鳴あげるんでしょうね。」
「うん…。」
どこか元気がない琴子だった。が、それも怖いせいだと誰も疑わなかった…。


数日後。
「やれやれ…朝か。帰ってひと眠りするか。」
夜勤明けの西垣が欠伸を噛み殺しながら、病棟を歩いていた。
そしてリネン室の横を通りかかり、ふと足を止める。

―シク、シク、シク…。

それはすすり泣く女の声だった。

―― まさか…“リネン室の怪人”…?
看護師とのスキンシップ、もとい、コミュニケーションを怠らない西垣も当然、その噂は知っていた。
だが、
―― 馬鹿馬鹿しい。この現代に何が怪人だか。
理系らしく、非現実的なものは信用しない西垣。
―― どれ、僕が確認してやろうじゃないか。
怪人など存在しなかった、むしろこんな噂が流れる中、確認した勇気を褒めたたえてもらえるに違いない。そうすればまた看護師に囲まれる。
そんな不純な動機から、西垣はリネン室の扉を開けた。

中は暗かった。
西垣は照明のスイッチを入れようとしたが、その手を止める。
―― どうせ、どこかのバカップルがイチャイチャしてるんだろ。嚇してやったほうが面白い。
自分にも身に覚えのあることを考える西垣は、暗闇の中、手探りで歩く。

――シク、シク、シク…。

だがバカップルが遊んでいるのなら…泣き声ではない声のはず。ふとそんなことを思った西垣の目に、ぼんやりと小さな明かりが飛び込んできた。

「え…?」
西垣は足を止める。そして叫んだ。
「琴子ちゃん!?」
小さな明かりの元にいたのは、座り込んでいる琴子だった。後姿だけしか今は見えないが、間違いない。
「…西垣先生?」
琴子は振り返った。その顔を見て、西垣は叫びそうになる声を何とか堪えた。

「ど、どうしたの!?その顔!!」

琴子の顔…それはどこをどうやったらそんな顔になるのかと疑問に思うくらいの、すごいメイク…というより落書きが施されていた。


「いやあ…言っちゃ悪いけど、すごいね。」
琴子の前に座り、西垣が呟く。その琴子の顔を見ていると、
―― どこの民族化粧?
そんなことを呟きたくなるような顔だった。「どこかの秘境に住む民族の化粧です」と言われたら、そのまま信じてしまうかのような、琴子の顔。
「怪人の正体は琴子ちゃんだったのか。」
コクリと頷く琴子。涙でぐしょぐしょになったその顔は、更に凄いことになっている。
「何でこんな所で?」
見ると、琴子の傍にはメイク用品と、メイク方法が掲載された雑誌が散らばっている。恐らく…メイクの練習をしていたに違いない。

「実は…。」
琴子はポツリ、ポツリと話し出した…。


それは一カ月くらい前のこと。
いつものように病院内を歩いていた琴子の耳にその話は飛び込んできた。
「入江先生って素敵よね。」
「入江先生」という言葉に敏感に反応した琴子は、足を止める。どうやら話の主は他の科の看護師らしい。
「外科に異動願い出しているんだけど、なかなか…。」
しかも直樹目当てで異動したいという話。尚更琴子の耳は大きく広がる。
「だけど、入江先生って結婚してるんでしょ?」
そうそうと頷く琴子。自分がいるのだから、いくら異動したって無理無理と心の中で呟く。
「ああ、あの奥さんか。」
自分のことに話が及び、琴子の耳は更に広がった。
「あの奥さんさ…ハッキリ言って…可愛くないよね。」
グサリとその言葉が琴子の胸を突き刺した。言われ慣れているとはいえ、こうして耳にするとやはり傷つかずにいられない。

「可愛くないっていうか…ちょっと手、抜き過ぎな感じじゃない?」
手を抜く…どういう意味だろうと思う琴子。
「ちょっとはメイクくらいしろって感じ!」
ふと、そこに置かれていた消毒用の脱脂綿が入った容器に自分の顔を映す。一応、社会人としてファンデーションくらいはつけているが、ほとんどスッピンといってもいい琴子の顔。しかも忙しく働いているうちにそのメイクは殆ど落ちてしまい、直す暇もなく…。
「かっこいい旦那様を捕まえたからって、油断しすぎなのよね!」
「そうそう!もうメイクなんてしなくていいんだわって思ってるのよ!」
いや、そんなことは…と突っ込みたい気持ちを堪える琴子。
「あんなんじゃ、絶対入江先生に見放されるわよ。」
「じゃ、そこを狙うか、私たち!」
ギャハハハハという笑い声を残し、看護師たちはどこかへ行ってしまった。

フラフラとなりながら、自分の持ち場へと戻って来た琴子。
「どうしたのよ?」
忙しく手を動かしつつ声をかけたのは真里奈。琴子は真理奈の顔を見つめる。
―― ちゃんとメイクしてるんだなあ…。
真里奈だけではない。他の看護師も派手ではないがそれなりにメイクをしている。
―― ちゃんとしないと…入江くんに悪いかなあ。
あまりメイクに力を入れたことがなかった琴子だったが、きちんとした格好をしないと、もしかしたら「あんな奥さんとよく結婚したな」と同僚から陰口をたたかれるかもしれない…。自分のせいで直樹が恥をかくことは我慢できない…。


「で、こうしてここで練習してた、と。」
一連の事情を聞かされた西垣。琴子はまたもや無言で頷いた。
「何もこんな暗い所でやらなくたって…。」
「だって…家でやるとお義母さん…義母がすごい手の込んだメイクをしちゃうし。」
紀子に相談することも考えたのだが、きっと腹を立ててとんでもないことをするに違いない。
「人に見られるの、恥ずかしいし。ここなら誰も来ないから…。」
でもいくら雑誌を見ても、メイク用品を買い揃えても、不器用な琴子はどんどんおかしな顔を作り上げてしまい…その結果、鏡を見てすすり泣く…それが“リネン室の怪人”の正体だった。

「うーん…。」
西垣は暫く考えた。
「ちょっと待っててくれる?」
そしてリネン室を出て行く。
少し歩くと、西垣と仲のいい看護師と出会った。
「あゆみちゃん!」
「あら、西垣先生!お帰りじゃなかったんですか?」
西垣はあゆみと呼んだその看護師の肩を抱く。あゆみの顔が赤くなる。そのまま廊下の隅へと進む二人。
「夜勤明けも可愛いね、あゆみちゃん。」
「んもう、西垣先生ったら。誰にでもそんなこと言ってるんでしょ?」
「いやいや、あゆみちゃんだけだよ。」
そして西垣はあゆみにグッと顔を近づけた。
「お願いがあるんだけど。」
「何でしょう?」
「…メイク落とし、持ってる?」



「お待たせ!」
西垣はあゆみから借りたメイク落としを手にリネン室へと戻って来た。
失敗の連続にて、とうとうメイク落としを使い果たしてしまった琴子だった。
「まずはこれを落とさないとね。」
そう言いながら、メイク落としシートを優しく琴子の肌へと滑らせる。
―― 気持ちいい…。
何枚もメイク落としシートを使わねばならないほど、琴子の顔は凄いことになっていたが、その気持ちよさにうっとりする琴子。

「ええと…あ、一通り揃ってるんだね。」
散らかったメイク用品を一か所に集め、西垣が手に取ったのは化粧水だった。
「いくよ、琴子ちゃん。」
「え?」
何をするんだろうと不思議に思う琴子。
「可愛くしてあげるから。」
西垣はニッコリと笑うと、コットンに化粧水を含ませた。

数分後…。
「え、これ…私!?」
鏡に映った自分を見て、琴子は歓声を上げた。そこには先程の民族化粧はどこへやら、ナチュラルメイクながらも、普段の琴子とは少し違う琴子がいた。

「どう?なかなかのもんでしょ?」
メイク用品を片づけながら、西垣が笑う。
「何で西垣先生、こんなことできるんですか?」
興奮して琴子が訊ねた。
「うん。ほら、朝ね、女の子がメイクをしている様子をベッドの中からいつも見ているからさ。見ているうちに覚えちゃった。」
事もなげに、西垣が答える。
「ベッドの中から…。」
何か凄いことを何気なく言われているような気がする琴子。
「だからさ、一通りメイクはできるよ。一重瞼、二重瞼でアイメイクも違うし。チークの入れ方とかも。」
つまり、それだけの数の女性と朝を共にしているという意味でもある。
「凄いなあ、西垣先生。」
だがあまり深く考えないようにする琴子。
「僕、外科医やめてもメイクの仕事で食べていける自信あるかも。」
「確かに…。」
琴子は鏡の中の自分にうっとりしている。そんな様子を見て笑う西垣。

「やっぱり琴子ちゃんは笑顔が一番だよ。」
メイク用品を片付け終え、西垣が立ち上がる。
「これ、参考にして頑張ってごらん?きっと入江もびっくりするよ?」
「そうかなあ…。」
直樹の名前を出され、琴子ははにかむ。
「じゃ、僕は先に出るから。」
一緒に出ると、怪人どころかあらぬ噂を立てられてしまう。
「あ、はい!ありがとうございました!!」
琴子も立ちあがり、頭を下げた。
その様子を見て西垣は軽く手を上げ、リネン室を出て行った。
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19:10  |  リネン室の怪人  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★人生経験豊富な西垣先生。

こんばんは、水玉さま。
さすがは、ガッキ―先生ですね。
女心を捕えているガッキ―先生。
琴子の悩みもガッキ―にかかれば、解決。

私もガッキ―に手ほどきを受けたいよ。
もて顔に変身させて~!!(笑)
りきまる |  2010.03.02(Tue) 21:15 |  URL |  【コメント編集】

★オー、マイ、ガッキ~~~

小踊りしそうです!電車の傷中だからしないけどね。
ガッキー、素敵!アタシもガッキーと朝を共にしたオンナの一人になりたい~~ン♪…てのはまぁ冗談ですが、やっぱりアタシはガッキーが好きですわ。
アリエル、最近ガッキーもーそーがノンストップでゴーゴーしてるんです、実は…。
アリエル |  2010.03.02(Tue) 22:08 |  URL |  【コメント編集】

★これって…

「上」ってことは、、やっぱりこれでリネン室の怪人はいなくなりました!チャンチャンってだけではなく、、なにやら不穏な空気を感じるのは気のせいでしょうか???だって、、メイクってすんごい近くで顔さわりますよねぇ…ガッキー何気に爆弾のスイッチ押してしまったのでは??ガッキーの無事を祈る!
なおき&まーママ |  2010.03.02(Tue) 22:59 |  URL |  【コメント編集】

★嫌な予感?

もしかしてもしかする?波乱の予感?

メイクって難しいですよね!日々変化してるし私の10代の頃は太い眉が流行ってました!今見ると笑っちゃいます。
kobuta |  2010.03.02(Tue) 23:07 |  URL |  【コメント編集】

★ガッキー!

西垣先生優しい…。困ってる琴子の為にメイクをほどこしてあげるなんて!

どうしましょガッキー株がすんごいあがってます♪

ただこれが直樹にばれたら…( ̄□ ̄;)!! うぎゃ~!!続き楽しみだけどちょっと怖いです(笑)
藤夏 |  2010.03.03(Wed) 00:16 |  URL |  【コメント編集】

★ガッキー、ピンチ!?

琴子ちゃんにメイクを施してあげるなんて…v
きっと元がいい琴子ちゃんだから、かなりキレイになったでしょうしvv

直樹が知ったら、「余計なことを…」とか言って、ガッキーに激怒しそう(笑)


ガッキーがメイク用品を借りたのは、「あゆみ」なんですねv
あたしも「あゆみ」なのでちょっとドキってしちゃいました(笑)
愛結美 |  2010.03.03(Wed) 08:53 |  URL |  【コメント編集】

★NO TITLE

ガッキーいい男だよね~
この後どうなっていくのか、気になります。
直樹はどう絡んでいくのかしら???
私の中で展開が全く読めずモヤモヤ感が
ジワリジワリと広がっています!!
これをすっきり出来るのは水玉さんだけですよ♪
ゆみのすけ |  2010.03.03(Wed) 09:32 |  URL |  【コメント編集】

★コメント&拍手ありがとうございます

気ままに書いてみた話にコメントありがとうございます♪

りきまるさん
多分、ガッキーはメイクやファッションにもたけている気がして…(笑)
きっと素晴らしきセンスの持ち主とお付き合いしていそうだし。
それに外科医だから手もきれい、器用そう…そんな所から思いついたお話です。

アリエルさん
ガッキー、普通の話で書くとそれっぽくなったかなあと…(笑)
この人は実はおちゃらけ(ていうか、女に軽い部分?)と真面目な部分がうまく共存しているタイプの気がします。
だから琴子も信頼する時は信頼するんじゃないかなと思いました♪

なおき&まーママさん
チャンチャン♪で終わればよかったーーーと思った!!(笑)
これはこれで終わらせることも可能だったような…
でも一応、入江くんを出したいなと思っているので、ちょっと続きます(笑)
あんまり山も谷もない話ですが、時間つぶしに読んでいただければ…

kobutaさん
私が中学のころは、すだれ前髪とトサカが流行りました(笑)
前髪を薄くのこして、あとはカーラーでくせつけてという…そこにハードケープで完成(笑)
今思うと、凄い頭です(笑)しかも修学旅行はドライヤー持ち込み禁止だったので、おしゃれな子は細かいロールブラシを買い込んでました。
おしゃれも時代とともに変化しますよね…いずれの時代も私は無縁でしたが(笑)

藤夏さん
ガッキーいい男でしょう?て、何さまな発言を(笑)
なんかガッキーと琴子ちゃんの絡みが書きたくて、浮かんだ話です。
私の中でもガッキー祭りがまだ続いている感じで…でも若干大蛇森フェスティバルが盛り上がっているかのような(笑)

ゆみのすけさん
いえいえ、私のモヤモヤを晴らしてくれるのもゆみのすけさんたちです!!!おかげでスッキリしてきました(^O^)/ありがとうございます!!
やっぱり直樹出さないと、まずいよね?(笑)
出す予定ではいたけれど(笑)書いてみて、これはこれで終わらせてもOK泣話だったと思ったりしてます♪

拍手コメントありがとうございます

佑さん
やっぱりばれたか(笑)そりゃそうですよね。
うーん、まだまだ詰めが甘いですね、私。いや、もともと詰めが甘かったか。
ガッキーの今までの女性遍歴リストにはないタイプなんでしょうね、琴子ちゃん。だからちょっかい出さずにはいられないのかな?

いたさん
いえいえ、とんでもございません!!
いたさんもきっと色々大変だったでしょう。そんな時にお心を煩わせてしまい、こちらこそごめんなさい!!
ガッキー哀れなことが多い…というかそれを待ち望むのが私だったり(笑)
いい男なのに…きっと内心は入江くんよりモテる方法を毎日考えていそうですよね!!

がっちさん
そうそう。そこを書いてみたいなと思っているんです。
でもナチュラルメイクって、簡単そうに見えて、結構難しい気もする…やっぱり凄い、ガッキー♪

まあちさん
この時の琴子ちゃんはもう、助けてくれるのならだれでも!!という感じだったと思います。
本当は、大蛇森先生が琴子の髪を直す…という話も昔考えていたんです。でもどうも…最後がまとまらず。西垣先生とメイクの話にした方が何とかなりそうだったので(笑)
でも人にお化粧してもらうのって、すごく気持ちいいですよね♪
水玉 |  2010.03.03(Wed) 13:39 |  URL |  【コメント編集】

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