日々草子 入江先生のいない三日間

入江先生のいない三日間

「大蛇森さん、僕明日から3日間、学会で名古屋へ出かけるんです。申し訳ありませんが、3日の間、僕の先輩医師に担当を代わってもらいますので。」
入江先生が言った。
「担当医師って…?」
「西垣という先生です。」
西垣…。瞳兄から聞いた事の名前だな。てことは、あんまり顔がよろしくないということか。
まあ、顔はともかく、肉さえ付いていれば…。

「こんにちは。大蛇森さん。今日から学会に出かけた入江先生の代わりに大蛇森さんを担当します西垣です。」
俺の目の前に西垣という医師が現れたのは、翌日のことだった。
俺は一目見るなり、この西垣という男が大嫌いなタイプだと分かった。
まず顔!このうさん臭そうな、何ちゃってインテリみたいな顔は、俺が最も嫌いなタイプだ。
それに体!肉がない!もう頭の先から爪先まで何一つ好きな所はない。

「ああ、どうも…。」
適当に俺は挨拶をした。どうせ3日間の付き合いだ。

「気分はいかがですか?大蛇森さん。」
「いいわけないでしょう。入院して満足に動けないんだから。」
どこの世界に、気分が最高の入院患者がいる?お前、バカか?それでも医者か?無神経な質問だな。
「もうすぐ、リハビリに入りますから。それまでの辛抱ですよ。」
何が辛抱だ。本当に嘘くさい笑顔だ。もう、無視しよう、無視!

「入江さん…。」
それからしばらくして、チンチクリンちゃんが血圧とかを測りに来た時、俺は話しかけた。
「何でしょう?」
「さっきの先生、信用できるんですか?」
一応、確認してみる。
「もちろん!」
チンチクリンちゃんが答えた。
「入江先生ほどではないですけど、まあまあの腕ですよ。」
どうやら、チンチクリンちゃんも、何ちゃってインテリがあまり好きじゃないらしい。
入江先生と瞳兄はまあ、腕は同じくらいだとして…。何ちゃってインテリは下の下くらいか。

「茜!」
瞳兄がやってきた。
「…今日は入江先生が留守やけん、瞳兄来なかと思ったばい。」
「たった一人の弟の様子が心配という理由だけで来たとは考えないね?」
「全然。」
本当、何ちゃってインテリに比べると、瞳兄の方が数十倍立派な医者だ。
「今日から担当、西垣先生なんだって?」
西垣…。ああ、そんな名前だったっけ?全然気にも止めていなかった。
「なんだか変な医者だった。」
俺は率直に何ちゃってインテリの感想を述べた。
「瞳兄の口から、その名前聞いたことなかね?」
「西垣先生は、腕は確かなんだけど…。」
何だよ。歯切れ悪いなあ。
「どういう訳か、チンチクリンを気に入って、追い回してるけん。そこが信用ならん。」
なるほど!だからチンチクリンちゃんも何ちゃってインテリにはいい印象を持ってないわけか。
何ちゃってインテリ、人妻に手を出そうとするなんて、何て最低な男なんだ!瞳兄の言葉を聞いて、俺はますます何ちゃってインテリに憎悪を募らせた。あいつに天誅を下す方法はないものだろうか…?

「そうそう、兄さんも後で顔を出すって。」
「遥兄が?」
珍しいなあ。何だか東京中駆けずり回って、俺が怪我しても顔一つ出さなかったくせに。
「なあ、茜。」
「何ね?」
「お前、入院中にあのチンチクリンを何とかできんね?」
「何とかって?」
「ほら…。お前のその商売道具の顔でチンチクリンをたらしこむとか…。」
我が兄よ。何て恐ろしい事を…。
「たらしこんで、どげんするね?」
「その事実を知れば、入江先生も呆れ果て、離婚するかもしれんやん。」
離婚する前に、俺が入江先生に刺されるわ!殺されるわ!
「命は惜しかよ…。」
俺は兄の考えの浅はかさに、溜息をついた。

「茜、来るのが遅くなって悪かったね。」
遥兄(見た目は姉)が、持参した花を生けながら、言った。
「いや、営業とか男選びとかが忙しかったんやろ?」
「よく分かっとるね。さすが私の弟たい。」
その時、ドアをノックする音がした。

「大蛇森さん、様子を見にきたんですが…。」
また、何ちゃってインテリか。様子って朝と夕方でそんなに変わったら、俺は重症だよ。
「別に…。」
面倒くさい俺は、適当に流した。

「おや、こちらは…?」
何ちゃってインテリが、遥兄に目を止めた。
「茜、こちらの先生は?」
遥兄も何ちゃってインテリが気になるらしい。
「入江先生の出張中に俺の担当になった、えーと…。」
また名前忘れた。
「西垣です。」
何ちゃってインテリが愛想よく自己紹介した。
「あら、弟たちがお世話になっております。瞳と茜の“姉”の遥でございます。」
「いやあ…大蛇森先生や大蛇森さんに、こんな美しいお姉さんがいらしたとは…。」
何ちゃってインテリ、チンチクリンちゃんだけじゃなく、遥兄にも興味を示しているらしい。見た目が女なら、誰でもいいのか、いやらしい奴。

「遥さん、今晩お暇ですか?」
何ちゃってインテリが、早速遥兄を誘い始めた。おいおい、今会ったばかりの初対面だろう?手が早すぎないか?
「ええ。」
遥兄も、男には目がない。俺は全く好みではないが、何ちゃってインテリみたいなタイプは、遥兄のストライクゾーンだ。
…ん?待てよ。

「先生、ぜひ“姉”を食事へ連れて行ってやって下さい!」
俺は叫んだ。
「え!?」
何ちゃってインテリは、俺の突然の声に驚いたようだった。
「姉は…東京へ久し振りに出てきたというのに、仕事や俺の世話で満足に東京を満喫していないんです。もう不憫で不憫で…。」
「茜、あんたって子は…。」
俺の演技も満更ではないな。
「だから、ぜひ先生と一緒に、ぜひ…。」
「そういうことなら、じゃあ、遥さん。僕はもう少しで上がりますから、ご一緒にいかがですか?和服の似合う遥さんにぴったりの日本料理の店がありますから。」
「まあ日本料理!素敵ですわ!」
よし、よし。
…地獄へ堕ちろ!

「おはようございます。茜さん。」
今日も元気なチンチクリンちゃんが病室へ入ってきた。あれ、一人だ?
「あの先生は…?」
「西垣先生、今日お休みなんですよ。何だか急病とかで…。」
ほほう。どうやら俺の望み通り、地獄へ堕ちたらしい。ま、しょうがないな。相手が遥兄だもんな。どれだけの恐怖を味わったのか、想像したいような、したくないような…。
これでしばらくはチンチクリンちゃんを始めとする世の女性たちは、奴の魔の手から逃れられるな。いいことしたなあ、俺!

「大蛇森さん、ただいま戻りました。」
入江先生が出張から戻ってきて俺の所へ顔を出してくれた。
先生は珍しくスーツ姿だ。どうやら出張先から直行してくれたらしい。疲れているだろうに、本当に熱心な素晴らしい先生だな。あの何ちゃってインテリも見習えばいいものを。
「大蛇森先生に、お土産をお渡ししておいたので、御兄弟皆さんで召し上がって下さい。」
おお!今頃、瞳兄は天国へ昇る気持ちだろう。先生も瞳兄のツボをよく心得ているなあ。

「それで、変わりはありませんか?」
先生が俺に尋ねた。
「先生がお留守の間、何も変化はありませんでしたよ。」
俺は、ニッコリ微笑んで、先生に答えた。

☆あとがき
同じ三日間を、2人の目を通して書いてみました。
実はこの“三日間”もの、書いたのが一か月くらい前…。
こんなの書いてたっけと、思いだしたのがつい最近(笑)
理由なしに毛嫌いするのは兄弟同じということで。あ、大蛇森先生は理由がありますね(笑)
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