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2010.02.21 (Sun)

東京の休日 エピローグ


【More】



「何でうちにくるんですか?」
エレベーターを降り、直樹が迷惑そうに訊ねる。
「だってまだ飲み足りないしさ。」
西垣は直樹から鍵を受け取りながら明るく答えた。
「お前、全然酔ってないし。」
「俺は酒には強いんです。」
あの会見から数日後、西垣は直樹を飲みに連れて行った。あれから元気が今一つの後輩を気遣ってのこと。無論、直樹もそんな先輩の優しさには気が付いており、感謝している。

「…え?」
直樹の部屋の前に到着し、鍵を開けようとした西垣の手が止まった。
「どうしたんですか?早く開けて下さい。」
西垣が何かを見ていることに気がついた直樹も、その視線を辿る。
「…!!」
直樹の目が大きく見開かれた。

そこには…女性が座り込んで眠っていた。
「ん…?」
二人の会話で目を覚ましたその女性―― トンブリ王国王女コトリーナが目を覚ました。その体には、あの日直樹が渡した上着が掛かっている。

「あ…お帰りなさい。」
コトリーナが笑顔で言った。
「た、ただいま…。」
思わず返事をしてしまう西垣。
「…お前、一体ここで何してるんだ!!」
直樹が次の瞬間、コトリーナを怒鳴り付けた。

「ええと…。」
立ち上がったコトリーナ。
「お前、帰ったんじゃなかったのか?トンブリに。」
冷たい視線を送る直樹。コトリーナは会見の翌日に帰国したはずだった。

「あの…帰らなかったの。」
「なぜ!」
「だって…。」
コトリーナは直樹の上着をしっかりと握りしめ、顔を上げた。
「あのね…あれから…キュウイチの顔を浮かべようとすると…入江さんの顔が浮かんじゃうの。どんなにキュウイチを思い出そうとすると…入江さんが出てきちゃうんだもん…。」
その顔はほんのりと赤く染まっている。
「知るかよ、んなこと。」
直樹は冷たく返事をした。
―― 人がどれだけの思いをして、お前を振り切ったと思うんだ。
そう言いたい思いで一杯である。

「琴子ちゃん。」
思わず、あの休日での呼び名を口にする西垣。
「ここにいること…今度は教えてきたの?」
頷くコトリーナ。
「ちゃんと…お父様にも話してきた。」
「お父様…国王に!?」
今度は一体何をしでかすつもりなのかと怯える二人。

「入江さん。」
コトリーナは真っ直ぐ直樹を見つめる。
「映画の結末…入江さんに話したのは嘘だったの。」
「…知ってるよ。あれから見たから。」
だからこそ、ここ数日辛くて堪らない直樹。
「プリンセス・アンは…自分の義務を果たすために戻ったでしょ?」
「ああ。」
「でも…プリンセス・コトリーナは…全てを捨ててここに来ました。」
「え?」
コトリーナは真剣な顔で続ける。
「あの映画みたいに過ごしたいと思ってたけど…実際過ごしてみて、あの結末どおりに物語を終わらせるのが…どうしても嫌になったの。」
「嫌って…。」
「プリンセス・コトリーナはプリンセス・アンと違うの。コトリーナは、最初で最後のわがままを貫きたいの。」
そしてコトリーナは力強く言った。

「プリンセス・コトリーナは…新聞記者の入江さんと一緒にいたい。」

それはどこから見ても愛の告白だった。

「だけど…。」
そう言われてもどうしていいか困る直樹。
「あのね、今すぐ考えてとは言わない。」
コトリーナは言った。
「一か月…試しに一か月、一緒にいて。その間、入江さんが私を好きになってくれなかったら…私は今度こそ諦めて帰国します。一か月、一カ月だけお試ししてみて!そう…お父様にお願いしてきたの。」
その後、しばらく三人の間に沈黙が流れた。
「お父様、一か月だけならって。それでも駄目だったら…入江さんに迷惑だからあきらめて帰国しろって。」
どうやらきちんと父親の許可を得てきたらしい。

「…それでも、だめ?」
恐る恐る、コトリーナが直樹を見た。

「…俺が帰ったら飯食べられるようにしておけるか?」
直樹が口を開く。コトリーナは興奮して、バッグから本を取り出した。
「うん!ちゃんとそのつもりで…本も買ってきた!」
その本は『はじめてのカンタン夕食づくり』という本。
「最初は簡単な物しか作れないけど…でも練習する、頑張る!」

「毎日、洗濯、掃除だぞ。メイドなんていないから、お前一人で全部やることになるぞ?」
「言ったでしょ?それが私の夢だって!」
それをすることがコトリーナの最大の夢だということは、直樹も十分知っている。

「俺の部屋は狭い…お前が物置きだと思ったくらい。そこで寝起きできる?」
コトリーナは可愛い笑顔を見せた。
「…狭いほうが嬉しい。だって…入江さんの姿をいつも傍で見ることができるもん!!ずっと一緒にいられるでしょ?」
その返事を聞き、直樹はやっと笑顔を見せた。

「…一番大事なこと、できるか?」
「なあに?」
「俺が帰ってきたら、いつも笑顔で迎えてくれること。」
コトリーナは直樹に抱きつく。
「勿論!!いつも笑顔で“お帰りなさい”って言うから!」
「ったく…お前には負けたよ。」
そう言いつつ、直樹もしっかりとコトリーナを抱きしめる。

―― 一か月の試用期間なんて…必要ないけどな。

そして抱き合う二人。

「入江さん、お酒とたばこの匂いがする。」
抱き合ったまま、コトリーナ…いや、琴子が呟いた。
「うん。さっきまで飲み歩いていたから。」
琴子がクスッと笑った。
「駄目ね。せっかくのスーツが台無し。」
「…そうだよ、俺、結構駄目な男なんだ。」
そして直樹は琴子の顔を優しく見つめる。
「だから、支えてくれるしっかりした奥さんが必要。」
それを聞き、琴子は直樹の胸に顔を埋めた。

「でもお前がここにいたら…王位、どうするんだ?」
直樹はそこが心配だった。
「あのね、その時は…親戚の中から探すって。もっとふさわしい人もいるだろうし。なりたい人がなればいいからってお父様は言ってた。」
「なりたい人がなればって…学級委員決める訳じゃあるまいし。」
でも何だかんだいっても、きっと国王は一人娘の幸せを何より祈っているに違いない。そう直樹は思う。先のことは…また後から考えればいい。今はコトリーナを離したくなかった。


抱き合う二人を見つめ、嬉しさを感じていた、なぜかまだいた西垣。
「あれ?」
西垣はそこに落ちていた物を拾い上げる。
「これ…。」
そこに漸く現実の世界へ戻ってきた琴子が、西垣に顔を向けた。
「あ、それは…。」
途端に血相を変えてそれを取り戻そうとする琴子。だが、その琴子の様子にただならぬ気配を感じた直樹がいち早く、それを取り上げる。

「…定期購読申込書?」
それは雑誌の定期購読の申込書だった。
「ああ…。」
取り戻そうとする琴子の手から、直樹が更に申込書を高い所へと掲げる。
「誌名…“かわいい奥さん”…?」
「あわわ…。」
焦る琴子に構うことなく、直樹は申込書を確認していく。
「購読期間…12カ月!?」
「ええと…!」
「契約者氏名…。」
「ちょ、ちょっと!!」
「…入江…琴子!?」
直樹が琴子を睨みつけた。

「てめえ、何、人の名字勝手に使って申し込みしてやがるんだ!!」
直樹の雷が、琴子の頭上に落とされた。
「だって…本屋さんで料理の本を買ったらその雑誌が目について…奥さんになるのには、こういう本を読んだ方がいいのかなって。そしたらお店の人が、定期購読を申し込んだ方がお得だし、今なら定期購読の特典エプロンがもらえるって教えてくれたから…。」
そう言って、特典エプロン…赤い生地に白い文字で“かわいい奥さん”とプリントされたエプロンを「エヘヘ」と言いながら見せる琴子。

「何が特典だ!!しかも、期間12カ月って…最初から一か月以上いる気だったんじゃねえか!!」
「いやそんなことは決して…でも…。」
「しかも入江琴子って…何勝手に名前作って申し込んでいるんだ、この…馬鹿王女!!」
「ごめんなさい!!」
ギャーギャー騒ぎ続ける二人を置いて、西垣はその場を後にする。

「王冠を捨てたプリンセス…か。」
持っていたカメラをこっそりと再生する西垣。そこには…嬉しそうに抱き合う、新聞記者と王女の姿が映し出されていた。



*****
「あ、またここにいた!」
屋上に直樹を見つけ、西垣が傍へ寄ろうとした。が、
「うわ…凄い匂い…。」
と思わずその足を止める。

「焼きネギ…オクラ…凄い愛妻弁当だね。」
直樹は…屋上で風にさらされながら、琴子お手製の弁当を食べていた。が、その中身は悲惨なもの。
匂いの強い物ばかり入っているので、室内で食べると匂いが充満してしまい、直樹はこうして屋上で一人食べる毎日。

「まだ妻にしてませんから。」
焦げた卵焼きを食べながら、直樹が無愛想に呟く。
「またまた!そりゃ、入籍はまだだけど…やるこたやってるんでしょ?」
いやらしい目で西垣がからかう。
「いいえ。」
直樹がきっぱりと答えた。それを聞き、西垣が目を丸くする。
「何で!!何、お前、一人我慢大会なんてしちゃってるの!?」
「一人我慢大会って…。」
「馬鹿だなあ。そんな一人我慢大会やったって、僕は商品出さないからね。」
「別に出してもらおうなんて思ってません。」
食べ終わった弁当箱を包みながら、直樹は答える。
「あ、もしかして…。」
西垣が声を潜めた。そして直樹の肩を叩く。
「大丈夫。入江、女なんて…びくびくしたら却って事が進まないもんだ。そこはもう堂々と…!」
「…何を言ってるんですか?」
冷たい視線の直樹。
「あ、もしかして…何、お前…琴子ちゃんが箱入り王女様なのをいいことに…“俺は夜の王様だー!”とか言って、変なことさせて嫌われたとか?だめだよ、そこはちゃんと大事に…。」
「いい加減にして下さい!」
つきあってられないとばかりに、直樹は西垣を突き飛ばし、屋上を後にした…。

今日は早上がりで、久しぶりに夕食前に帰宅できた直樹。
井戸端会議をしている主婦たちを横に、マンションへと急ぐその耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「…そうなんです。うちの主人ったら、穴が開いた靴下履いて仕事へ…もう…。」
その声の主は…琴子だった。
「おい。」
そんな琴子の肩に手を置く直樹。
「あ、入江くん、お帰りなさい!!」
あれから「入江さん」という呼び方は他人行儀だからやめろと直樹に言われ、なぜか「入江くん」という呼び方になった琴子は直樹に笑顔を向けた。
「それじゃ!」
そう言って手を振って井戸端会議に別れを告げる琴子。そんな琴子と直樹を見ながら、
「ご主人、あんなに素敵なのに…靴下には穴が開いているのねえ…。」
と主婦たちは笑った。

「ったく、捏造するな、捏造!誰が穴が開いた靴下を履いてるっていうんだ!」
家に帰り、琴子に説教する直樹。
「だって…入江くん、しっかりしていて…ちょっとくらいそういう所を見せてほしいなって。」
“かわいい奥さん”とプリントされた愛用エプロンを身に付けた琴子は、しゅんとなっている。
「さ、夕食、夕食!」
すぐに気を取り直し、琴子はキッチンへと向かう。

『…トンブリ王国からやってきた
かなり美しい女の子
琴子 琴子
その際立つ美貌で入江くんを
愛情と優しさで包み込む
琴子 琴子
プリンセス 琴子…♪』

と、変な替え歌を歌いながら料理をする琴子を見ながら、直樹は溜息をつく。

「さ、召し上がれ!!」
そう言ってテーブルに上がった夕食は…弁当とさして変わらない代物だった。この琴子、家事をやるのが夢だと言っていたくせに…何一つ、家事ができない人間だった。
だが、それでも一生懸命、直樹のために作っているので、直樹もその気持ちに応える。

「明日は何が食べたい?」
笑顔で直樹に訊ねる琴子。
「あ、明日は俺、泊り勤務だ。だから夕食いらない。」
直樹の返事に、
「そうなんだ…。」
としょんぼりして肩を落とす琴子。そんな琴子を見て、
「…弁当にしてくれたら、夕食に食べるけど?」
と、つい答えてしまう直樹。途端に笑顔を見せる琴子。
―― 俺、甘すぎだろ…。
そう自分に文句を言ってしまう。

「じゃあ、明日はお昼と夕食、お弁当。あ、そうだ。私の夕食もお弁当にしちゃおう。そうすれば、同じ時間に食べれば…入江くんと一緒に食べている気分になれるもんね。」
元気を取り戻した琴子。直樹はそんな琴子の手に目をやる。その指は…全て絆創膏だらけだった。
―― こんな指をしてまで作ってくれるんだもんな…食べないわけにはいかないだろ。
結局、直樹は琴子に惚れこんでいるのである。

「じゃ、お休みなさい。」
そう言ってベッドの中、直樹の横に潜り込む琴子。
一緒に暮らし始めて、二人は一つのベッドに寄り添って眠っている。

―― もうすぐ一カ月か…。
勿論、直樹は琴子をトンブリ王国のキュウイチへ返すつもりは毛頭ない。だが、
―― こいつが…いつ、“こんな生活、もう嫌!”と言い出すか…。
正真正銘のお姫様育ちの琴子が、いつ嫌気がさすか…それが怖くて直樹は堪らない。だからこそ、未だに琴子には何もしていない。もし琴子が帰ると言い出した時…綺麗な体で帰せるようにとの気遣いからだった。

―― 一人我慢大会…ね。
本当、いつまで続けるんだろうと思う直樹。眠る琴子の頬に、軽くキスを落とす。これは琴子が眠ってからこっそりやっている、直樹の秘密の日課。

―― 今はこれで我慢だな。

そして直樹は、琴子の体を抱き寄せ、目を閉じた。


―― 今日もキスしてくれた。
眠っているふりをしていた琴子。直樹が琴子が眠ったと思い込み、毎晩頬にキスしてくれるのを密かに楽しみに待っているのだった。
―― もうすぐ一カ月…入江くん、私のこと…帰すとか言わないよね?
琴子にはそれが心配だった。もし帰れと言われたら…どうしようと思う。

―― その時は…また頑張ってみよう。
帰りたくないと言い張れば…直樹も態度を変えてくれるかもしれない。そして、

―― 一か月過ぎたら…キス以上のことも…してくれるかな?

と、そんな期待も密かに抱く琴子。

―― そのためにはもっと頑張って、いい奥さんにならないとね!!

そして琴子は直樹の胸に顔を埋め、眠りについた。










★あとがき
パスワードを解いて下さり、ありがとうございました♪

映画のエンディングはああですが…私は書いていくうちに、きっとコトリーナ、琴子が王女だったら…義務も何もかも捨ててしまって、例え国民に土下座してでも、自分の恋を貫いて、大好きな入江くんの傍へ走るに違いない、そんな気がしました。だから、こういうエンディングを用意してしまいました。

エンディングの先…その後の二人も少し書いてみました♪

でも映画の結末がお好きな方もきっと多いでしょうし、そういう方にはこのようなエンディングは不快かもしれないので…それでパスワードをかけた次第です。

こんなプリンセスコトリーナの行動が、きっと無責任だと思われる方も多いかと思いますが…そこはフィクション、物語の世界なので胸にそっと秘めておいて下さると嬉しいです。

それから…話の中で琴子が歌った替え歌の元歌、ピンと来た方、いらっしゃいますか(笑)?
…私の祖父がこの元歌が主題歌のアニメが好きだったんです♪

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