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2010.02.11 (Thu)

連理の枝 13


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「あ、あたしが?」
自分を指さし、本気かとお真里の顔を見るお琴。お真里は、
「当たり前でしょ。わざわざ探し回らなくても、ここに産婆がいるじゃないの。」
と呆れる。
「そ、そんなことを言ったって。」
「そうだよ、お真里!いくらお産婆とはいえ、お琴さんは…。」
船津屋はそれ以上は口にしかなったが、言いたいことはお琴にも分かった。
「…一人で取り上げたことがないって言うんでしょ?」
夫が言わんとしていることは、お真里にも分かったらしい。
「でも、あんたはずっとおモトさんの後をくっついてお産を見て来たでしょ?」
「それはそうだけど。」
「いつかは、あんただって独り立ちをする時が来る。違う?」
「…そうだけど。」
確かにお真里の言うとおり、いつかは一人で赤ん坊を取り上げなければいけない日が来る。だがそれはまだずっと先のこと…お琴はそう思っていた。
「私のお産で経験を積ませてあげるって言ってんのよ?」
そんな実験のようなことをとお琴は尚更困る。

「何、不安そうな顔してんのよ。」
そんなお琴の不安を見透かし、お真里は笑顔を見せる。
「…あんたは江戸一番の産婆の一番弟子なんでしょ?」
「一番弟子…。」
まだ不安なままのお琴の手を、お真里が取った。

「大丈夫。あんたならできる。」
「お真里さん…。」
お真里は真っ直ぐにお琴を見つめた。
「私と赤ん坊の命は、あんたに預けたわよ。」
お真里の気持ちをお琴は受け取ることに決めた。

しかし、
「そんな!だってもしものことがあったら…。」
と、やはり船津屋は不安の悲鳴を上げる。
「おだまんなさい!!」
そんな船津屋をお真里がぴしゃりと叱りつけた。これには船津屋だけでなくお琴も驚く。
「お前さん、私を誰だと思ってんだい!あたしゃ、深川で一番の売れっ子芸者だった品奴だよ!」
「お真里…。」
お真里は笑顔に戻る。
「大丈夫、お前さん。品奴も品奴の子供も、こんなことでくたばったりしないから。」
お真里の顔を見て、船津屋も心を決めた。
「お琴さん。」
船津屋はお琴に頭を下げる。
「お真里と、お腹の赤ん坊をお願いします。」
そんな船津屋の姿を見て、お琴は力強く、
「必ず、赤ちゃんは無事に取り上げますから!」
と頷いた。

「ではお湯を沢山、沢山沸かして下さい!」
お琴は持っていた荷物から十徳を取り出し、身につけると船津屋に頼む。船津屋は奉公人たちに命じる。
―― 大丈夫。大丈夫。
自分に言い聞かせるお琴。

「あ、あの、お琴さん!」
お真里を布団へ寝かせた時、船津屋がお琴を呼んだ。
「私もここにいていいでしょうか?」
「ええ!?」
お琴は少し考える。お産は男性にとっては衝撃が強いのか、大抵は別室や外で待っていることが多い。船津屋がお真里の姿に驚いて倒れたりしないかが心配だった。
「お真里の傍で励ましてやりたいんです!」
「船津屋さんが倒れても、放っておくことになりますよ?」
「構いません!倒れませんから!」
そこまで希望するのならと、お琴は許可を出す。

やがてお真里に陣痛の波が襲い始めた。
「痛い、痛い、痛い!」
あまりの痛さに悲鳴を上げるお真里。
「頑張って、お真里さん!」
「お真里、頑張れ!」
船津屋がお真里の手を握ろうとする。すかさずお琴が叫ぶ。
「駄目!船津屋さん!」
その叫びに驚く船津屋。
「まだ手を握らせないで!いきんじゃったら大変!」
船津屋はお真里から少し離れ、そこで「お真里!」と名前を呼ぶ。

「お産って…こんなに辛いのねえ…。」
痛みの合間に、お真里が呟いた。
「そうよ。みんなこうやって生まれてきたのよ。」
お真里の額の汗を拭きながら、お琴が優しく話す。が、すぐにお真里はまた悲鳴を上げ始めた。
そんな様子の女房を、船津屋は倒れることもせずに「頑張っておくれ!」と励ます。

赤ん坊が下りてきて、いきむ時が来た。
が、お真里は初めてのお産なのでそこがうまくいかない。苦しそうに唸るだけだった。
「船津屋さん、手…ううん、腕をお真里さんに出して!」
「こうですか!?」
船津屋は両腕をお真里へ出した。
「お真里さん、船津屋さんの腕を掴んで!」
朦朧とした意識の中、お真里が腕を掴む。
「力を入れて…おもいっきりいきんで!!」
お真里がありったけの力を込めて船津屋の腕を掴んだ。
「痛い!!」
あまりの力の強さに船津屋が叫ぶ。
「頭が出て来た!その調子!」
そしてお琴は、出た来た赤ん坊を両手で引っ張り上げた。

―― え…?

ところが赤ん坊は無事に出て来たものの、泣き声を上げない。お琴は青ざめる。青ざめているのはお琴だけではない。
「お琴さん…?」
船津屋も真っ青になっている。お真里も、
「どうしたの…?泣き声が…聞こえない。」
と不安そうに呟く。

お琴は赤ん坊の両足を持ち、ぶら下げるようにする。そしておもいきり、赤ん坊の尻を叩いた。
その様子を見てまた青ざめる船津屋。

ふぎゃあ…。

赤ん坊が弱い声を上げた。すぐにその声は激しい泣き声となった。安心したお琴はきちんと赤ん坊を抱える。

「女の子ですよ。」
そう言って、船津屋に抱かせた。
「女の子…。」
船津屋はおっかなびっくりしながら、娘を抱いた。

「お前さん…。」
後産が終わり、布団の中からお真里が船津屋を見る。
「ごめんなさい。男の子じゃなくて…。」
「何を言うんだい!」
そんなお真里を船津屋が諌めた。
「こんな…こんな可愛い娘を…私がこんな可愛い娘の父親になれたなんて…。」
船津屋の目からは忽ち涙が溢れ出す。
「ありがとう…お真里。本当にありがとう。」
そして腕の中の赤ん坊を心底、愛おしい宝物のように見つめ言った。
「船津屋の総領娘だ。大事に育てないと。」
そんな夫を見て、お真里の目にもうっすらと涙を浮かんだ。

「…腕が真っ赤。」
お真里が船津屋の両腕に浮かんでいる赤い痣を痛々しく見つめる。それはお真里が握った後だった。
「ごめんなさいね。あたしのために。」
「いや、いいんだよ。」
船津屋は笑った。
「これはお真里が私たちの子供のために頑張った証なんだから…出来ることなら、このまま記念に残しておきたいくらいだ。」

二人の会話を耳にしながら、お琴はまだ自分が一人で赤ん坊を取り上げたことが信じられずにいた。
―― 私…本当に一人で…?
そんな思いでいるお琴の肩が不意に叩かれる。
「お琴。」
「直樹さん…!」
「悪い。うちの方が予想以上に手間取って。」
そう言いながら直樹は船津屋とお真里を眺めた。
「…無事に生まれたんだな。」
漸くお琴の胸にお産を無事に終えた喜びと実感が湧いてきた。このまま直樹に飛びつきたくなる。が、すぐに産婆の顔に戻った。
「直樹さん、お真里さんと赤ちゃんの様子を診てあげて。」
初めてのお産なので二人が大丈夫か、それがお琴には心配だった。直樹はお真里たちの方へ行き、様子を診た。
「大丈夫ですね。満点のお産だったようです。」
お真里と赤ん坊を診た直樹が、船津屋へ笑顔を向けた。それを聞き、船津屋とお真里は顔を見合わせて笑った。

「よかった…。」
直樹の言葉を聞き、お琴は胸を撫で下ろす。
「よくやったな。」
直樹は見事に一人で大仕事をやり遂げたお琴を褒めた。その言葉にお琴は涙が溢れ、
「直樹さん!」
と抱きつこうとした。そしてそんなお琴を受け止めようとした直樹だったが、何かに突き飛ばされ、直樹は横へと弾かれてしまった。

「お琴さん!!」
直樹を突き飛ばしたのは船津屋だった。そしてお琴の両手を握りしめる。
「お琴さん!!本当に、本当にありがとうございました!!お真里も娘も無事だったのは、お琴さんのおかげです!お琴さんはお真里と娘…いえ、この船津屋の大恩人です!!」
そう叫ぶと、船津屋はおいおいと声を上げて泣き出した。
突然船津屋に手を取られ、泣き出されたお琴は最初驚いていたが、やがて船津屋の涙につられるかのように、泣き出す。
「いいえ、船津屋さん!お真里さんと赤ちゃんが頑張ったからなんですよ!!それに…船津屋さんも最後まで倒れることもなく、お真里さんを励まして…凄かったです!!」
「お琴さん!!」
「船津屋さん!!」
そして二人は感極まり、抱き合ってワンワン泣いた。

そんなお琴と船津屋の様子を、呆気にとられて見ている直樹。
「入江先生。」
お真里が直樹を呼んだ。具合でも悪くなったのかと直樹が急いでお真里の傍へ寄ると、
「…あの二人、何とかしてもらえないでしょうか?」
と溜息をつく。
「…ゆっくり休みたいのですが、二人がうるさくて。」
「ああ…。」
直樹もまだ泣き続ける二人を見て、溜息をついた。

泣いている二人に、「母親と赤ん坊を休ませなと」と言う直樹。二人は確かにそうだと頷き、部屋を出ようとした。
ところが、お琴が立ちあがる気配がない。
「どうした?」
不思議に思った直樹がお琴に近寄る。
「あの…。」
お琴は恥ずかしそうに呟いた。
「…腰が抜けて、立てないの。」


船津屋に駕籠を呼んでもらい、直樹に付き添われお琴は帰途についた。
そして家に到着した。が、お琴は駕籠から降りようとしない。また腰を抜かしたのかと思い、直樹は中を覗いた。
「…ったく、こいつは。」
思わず直樹から笑みがこぼれる。中ではお琴がぐっすりと眠り込んでいた。

そのまま起こさないように抱き上げ、直樹は門の中へと入る。
お琴の髪はほつれ、汗と涙の後でぐしゃぐしゃだったが、その顔は笑みが浮かんでおり満足そうだった。

「お疲れ様、お産婆さん。」
直樹は腕の中で眠っている妻を誇りに思いつつ、その額にそっと唇をつけた。











♪あとがき
一応、本とか読んで参考にしたのですが…やっぱりおかしいところだらけだと思います。
出産シーンはサラリと読み流し、そして「ああ、こいつそういえば出産経験ないんだったな。しょうがないか」と思って下されば嬉しいです。
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22:42  |  連理の枝  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★お産婆琴子、誕生!!

こんばんは、、みずたまさま。
お真里はかっこいいー。さすが深川の芸者だけあって本当に素敵です。江戸っ子はこうじゃなくちゃ!!

大仕事を終えた琴子。
本当に頑張りましたね。一人でやり遂げて自信にもつながったと思います。

しかし、入江くん、我慢したんでしょうかね。
だって、船津屋が、感激のあまり琴子の手を握っても、二人が抱き合っても何も言わないし、嫉妬もしなかったなんて。(笑)
琴子が、頑張って一人で仕事をやり遂げたことに、今回は我慢したんでしょうね。(笑)
りきまる |  2010.02.11(Thu) 23:26 |  URL |  【コメント編集】

★よかった~

無事にうまれてよかった…ほっとしました(*^_^*)
お琴も立派に産婆として赤ちゃんをとりあげて
一人前というには早いですが大きく近づいたなあ
って思いました。
さすがに今回は直樹も嫉妬する暇はなかったですかね…^ロ^;
藤夏 |  2010.02.12(Fri) 00:45 |  URL |  【コメント編集】

★おめでとう

安産で良かった!

これでお琴も立派なお産婆さんですね!

kobuta |  2010.02.12(Fri) 09:32 |  URL |  【コメント編集】

★ありがとうございます^^

コメントありがとうございます

りきまるさん
お真里&船津屋はこのエピソードのために出したので^^
お真里の気風の良さを出したかったので、かっこいいと言って頂け、とても嬉しかったです。
直樹は…二人のあまりの興奮ぶりに何も言えず、ただただ見つめるしかできなかったんだと思います。

藤夏さん
一人で全てをやるっていうのは、きっとどんな仕事でも最初は怖いでしょうね…
ちょっと成長したお琴ちゃん。
この話もゴールがやっと見えてきました。今回は寄り道せずに進めたので予定通りに終わりそうで安心しています。

kobutaさん
本当!これで産婆と名乗れますね。
でもなんで産婆って書くのだろうか…おばあさんが多かったとか?

拍手コメントありがとうございます

foxさん
あ、訂正前のあとがきを読まれてしまった…^^;
そうですか?なんかタイトルに合っていない内容になりつつあって…いっそのこともっと面白いタイトルにしてしまえばよかったと後悔してたので。
ありがとうございます♪

佑さん
やる時はやれる子…というより、見事なパワーを出しますよね。
そんなところが直樹は一番好きなんだろうな♪

眞悠さん
いえいえ!こちらこそごめんなさい!
余計な気を遣わせてしまって!!!気にしないで下さいね。
どうぞまた遊びに来て下さい。お待ちしています^^

まあちさん
やっぱりお産って大変なんですね…ありがとう、お母さん!と、ここでお礼を言う私(笑)
でも誕生日には毎年、「産んでくれてありがとうね~」と言葉をかけています(笑)伝わっているかどうか(笑)
毎年「あ~今頃うんうん唸っていたのね~○年前は」と返されております。

tiemさん
本当にお琴ちゃん、一人でよく頑張りましたよね♪

水玉 |  2010.02.12(Fri) 21:31 |  URL |  【コメント編集】

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