日々草子 連理の枝 8 

連理の枝 8 

―― やっぱり…うまくいってないのかしらね?
日に日に落ち込んでいくお琴を見ながら、おモトは溜息をつく。おモトが直樹を見かけた時期と同時期から、お琴の元気がない。隙あらば直樹と…なんて甘いことを考えていたおモトだが内心はお琴との夫婦仲を心配している。

それでもお琴はお産の手伝いには手を抜かなかった。少しでもそんな素振りを見せたら怒鳴りつけてやろうと思っていたおモトだったが、そこはお琴に感心している。
今日も妊婦の様子を見に行った帰りだったが、お琴はどこか元気がない。

「お琴!」
お琴に声をかけたのは、幼馴染のお理だった。大店に嫁いで今や娘をもうけている。お理は話をしたそうだったが、お琴は仕事中だった。が、
「今日はもういいから。」
と、おモトが優しさを見せた。おモトにしてみれば昔馴染みと世間話でもして、少しでもお琴に元気を取り戻してほしい。お琴はおモトの優しさに少しの不気味さを感じつつ、言葉に甘えることにした。

「あんたが駆け落ちした時はすごい驚かされたけどね。」
「あはは。」
お理の婚家に腰を落ち着け、二人は話を始める。
「その上、今度はお産婆さんやってるんだって?」
「うん、まだ見習いだけど。あ、お理が二人目を産む時はぜひ私に取り上げさせてね。」
「あんた、あり得ないくらい不器用だったしねえ。悪いけど赤ん坊の首をへし折られちゃ困るから、遠慮しておくわ。」
「ひどい!」
そんな話をしていると、すっかり娘時代に戻ったかのように話が弾む。

「やあ、お琴さん。」
そこへお理の亭主が入って来た。お琴は挨拶をする。見ると…亭主の顔には傷のようなものがあった。何だろうと思っているうちに、奉公人が呼びに来たので、早々に亭主は出て行ってしまった。
「どうしたの?」
お琴は自分の顔を指でさしながら、お理に訊ねる。お理は口をへの字に曲げて、
「…遊び過ぎたのよ、あの人。」
とぶっきらぼうに答えた。
「遊び過ぎ?」
「…近所の寄り合いだとか言って、最近やたら出かけていたのよ。」
「うん。」
「そしたら…寄り合いなんて真っ赤な嘘。」
「じゃ、どこへ?」
お理は眉を吊り上げた。
「…芸者遊びよ!しかもお義父さんと一緒に!」
「芸者…。」
「何でもすこぶる色っぽい芸者が深川にいるらしくてね、毎晩毎晩親子そろって…。」
「それじゃ、あの傷は…。」
「あの人の傷は私、お義父さんの顔にもあるんだけど、それはお義母さん。」
つまり女二人が揃って亭主を引っ掻いたらしい。お琴はその様子を想像したら身震いしてしまった。
「ま、本気にならなかったからよかったけどね。」
自分の店で売っている菓子を食べながら、お理は溜息をついた。

お理の話をお琴は他人事のように思えなかった。最近、直樹も毎晩遅い。しかも相当疲れているらしく風呂は朝風呂。そして…白粉の匂いも相変わらず体に染みついていた。お琴は直樹が寝入った後、毎晩その匂いを確認している。本当は直樹に訊ねたいのだが、喧嘩している手前それもできずにおり、悶々とした日々を送っていた。

「お琴、あんたも気をつけなさいよ。」
「え?」
突然自分に話を振られ、お琴は驚く。
「あんたの旦那様、結構男前だしね。」
養生所の入江先生といったらこの辺の女じゃ知らない人間はいないってくらい、男前で有名だとお理は続けた。
「いや、直樹さんに限って…。」
そう言うお琴にお理は、
「甘い!!」
と釘を刺す。
「男なんて女房の見てない所で何やってるか分かんないわよ。」
「だけど…。」
「知らないわよ?そんな暢気に構えていたら、いつの間にか夫がお妾さんを連れて来たって。」
「お妾さん…。」
「そうよ。あんたんとこ、お武家様でしょ?うちもお武家様に出入りさせて頂いているから耳にするけど…お武家の家は大変みたいじゃない。」
「大変って?」
お理はお琴に接近した。
「…ある日突然、夫が女を連れて妻の前にやってくる。」
お琴は思わず唾を飲み込んだ。それくらい、お理の顔は真剣である。
「“こいつに子ができた。男だから家の跡取りだ。だが妾の子では体裁が悪い。正妻のお前の子ということにして育ててほしい”って。」
「…。」
「そして妻は夫と妾の間にできた子を育てるのよ。妾は屋敷に部屋をもらい、夫と毎日よろしくやって、その二人の姿を毎日毎日妻は見る羽目に…。」
「…嘘。」
「嘘じゃないわよ。現にそういうお武家様、結構いるんだから。」
きちんと直樹の様子を見ておけと、お理は話をそう締めくくった。


その晩、お琴は夢を見た。
『お琴、今日からこの女を屋敷に住まわせる。』
直樹が連れて来たのは、色っぽい芸者だった。
『よろしくお願いしますね。奥様。』
品を作り挨拶する芸者。
『それから…これは俺とこいつの間にできた息子だ。』
そう言って直樹がお琴に赤ん坊を抱かせる。
『あの、息子って…。』
『名前は直太郎。入江家の跡取りだから気を付けて育ててくれ。』
『え?私が育てるの?』
直樹はお琴に呆れた視線を送りながら、
『当たり前だ。お前はどういうわけだか、一応俺の正妻だからな。不本意だけど。』
『不本意って…そんな…駆け落ちまでしたのに…。』
『とにかくこいつはお前に任せた。それじゃ。』
そう言い残して、芸者と一緒に消える直樹。

赤ん坊はお琴の背中で泣き喚いた。お琴が実の母親じゃないからなのか、全く懐こうとしない。
『ああ、ほらほら。よしよし。』
いつの間にかお琴の髪は乱れ、こめかみには膏薬を塗った白い布を付けている。
『さ、お父様に会いに行きましょうね。』
お琴は直太郎を背負って、直樹の部屋へと足を運ぶ。お琴が色とりどりの千代紙で飾った障子の部屋は、いつの頃か直樹と芸者の部屋になっていた。
『なんだよ、うるせえな。』
部屋には今まさによろしくやっていた直樹と芸者が、あられもない姿で寝転んでいる。
『あの、直樹さん…。邪魔してごめんなさい。』
何で自分が謝らなければいけないのだろうと思いながらも謝ってしまうお琴。
『あの、直太郎…たまには直太郎と遊んであげてほしくて。』
話していると、お琴は自分の腰のあたりが濡れていることに気がつく。どうやら直太郎はお琴の背中でお漏らしをしてしまったらしい。
『何だよ、お前。赤ん坊の襁褓もまともに取り替えられないのか!ったく、何のための産婆修業だ、ばあか。』
『そんな…お産婆は子守とは違うんですから…』
お琴は泣きたくなってくる。直樹はそんなお琴にそっぽを向いて芸者と再びよろしくやりだした…。背中で直太郎が泣きわめく。
『ああ、よしよし、泣かないで…。』

「お願い…泣かないで…直太郎…。」
そしてお琴は目を覚ました。起き上がるとどこにも直太郎はいない。
「夢か…。」
一息つくお琴。どうやら昼間聞かされたお理の話が、思っていたより気にかかっているらしい。
お琴は寝床をそっと抜け出し、直樹が寝ている寝間へと向かう。
直樹はぐっすりと眠っていた。そんな直樹に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐお琴。…今夜も白粉の匂いがする。
暫く、直樹の寝顔を見つめるお琴。
―― 直樹さん…私がつまらないことで怒ったから、もう愛想尽かしてしまったのかしら?
あの時はただ、話がしたかっただけなのに…。お琴は零れそうになる涙を堪える。
そしてお琴は、直樹を起こさないようにそっと寝間を後にした。

お琴が出て行って少しした後、直樹は目を開ける。そして起き上がり、お琴が出て行った方に目をやる。
「あいつは毎晩毎晩、匂いを嗅ぎに来て…化け猫にでもとり憑かれてるのか?」
首を傾げる直樹。実はお琴が毎晩来る時、直樹は眠ってはいなかった。
「言いたいことがあるのなら、はっきりと言えばいいものを…何を考えているのか、さっぱりわからない。」
そして直樹は布団へ潜り、今度は本当に眠りについた。

そんな悪態をついている直樹だが、お琴に相手にされない毎日はやはり面白くない。
ある日、屋敷の廊下を歩いていると、お琴の愛猫ナオとコトが仲睦まじくじゃれあっていた。二匹を見て、面白くないものを感じる直樹。

「あら?」
お琴は足を止める。ナオが直樹たちの部屋の障子に縋りつくようにしている。中へ入りたい様子だ。
「どうしたの?ナオ?お前のお嫁さんは?」
二匹はいつも一緒に遊んでいる。不思議に思ってお琴は障子を開けた。
「あ…!」
中では直樹が机に向かっていた。その膝には…コトがいる。コトはナオがいる方へ行こうとするのだが、その度に直樹がコトを行かせまいと体を押さえつけるようにしていた。
「何て可哀想なことを!!」
お琴は直樹に叫んだ。お琴と一緒にナオが素早く中へ入って来た。それを見てコトも素早く直樹の膝から降り、二匹は仲良く外へ出て行った。

「直樹さん、コトに何をしてるの!」
「いいんだよ、あいつらはベタベタしすぎなんだから。」
「いいじゃない、夫婦なんですもの!」
「夫婦でも適度な距離が必要なんだよ!」
これは単に直樹の八つ当たりであった。自分がお琴に相手にされていないから、猫たちへの八つ当たりである。
「信じられない!」
お琴はそう叫ぶと、部屋を出て行ってしまった。直樹は面白くないと呟いて、書物へ向かった。

「あれ?兄上だ。」
今日も道場で散々な目に遭った裕樹は帰り途、直樹の姿を見つけた。裕樹はいい加減、お琴と仲直りしてほしいと思っていた。二人の冷戦状態が続くと、こちらまでとばっちりを食らうことになる。
―― 仕方ない、骨を折ってやるか。
裕樹はお琴のためではないと、自分に言い聞かせながら直樹に声をかけようとした。が、直樹の足があまりに速く、簡単には追いつかない。
いつの間にか息を切らし始める裕樹。しかも直樹は家へ向かってはいない。
―― 一体、どこへ?
見失うまいと、必死で直樹を追いかける裕樹。直樹はどんどん歩いて行く。

やがて、直樹の足が止まった。そしてその傍の建物の中へと入ってしまった。裕樹はそこがどこなのかと確認しようとした。が、入ったと思った直樹が出てきてしまったので、慌てて身を隠す。
「!?」
出て来た直樹を見て裕樹は言葉を失った。
直樹は…芸者と一緒だった。二人は連れ立ってそのまま…雑踏の中へと消えて行ってしまった。











☆あとがき
さーくら、さーくら、今咲き誇る…♪って歌が頭に流れています。
この歌の人とは郎の字が違うけど(笑)

☆追記
あまりに話が進んでいないことに反省し、少し付け加えました。
いつも訂正ばかりで申し訳ございません。
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こんばんは。

入江くんの浮気疑惑がまだはれないようですが、
琴子の妄想がどんどん膨らんでいっていますね。
周りの話に惑わされないで、入江くんだけを信じて待っていてあげてね。
駆け落ちをしてまで、琴子を手に入れたんだから、裏切るはずがないよ。
大丈夫、大丈夫だよ琴子。

あらら~

本格的にこじれてきちゃいましたね(汗)。
お互い素直にはなれずって感じなのかな?
お琴ちゃんの場合は聞くのも怖いし・・・て所ですかね。(妄想がどんどん膨らんで頭の中ではほとんど現実と化しているし(汗))
それにしてもお琴ちゃんのいじらしさ、時代背景もあって何か一歩ひいてる感じですよね。
水玉様、時代によって書き分けてらっしゃるんですね、すごいな~。
続きどうなるんだろう?楽しみにしてます。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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