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2009.12.16 (Wed)

Daddy Long Legs 9


【More】

『…バザーはかなりの収益を上げたそうです。』
直樹は手紙を机の上に置き、溜息をついた。この手紙は数週間前に届いたもの。何度、目を通しても、直樹に当たられたことは一言も書かれていない。
「何であんなことを言ったんだか…。」
あの時、泣きそうになりながらビスケットの袋をかき集める琴子が目に焼きついたままである。
「一生、俺が後見人だなんて言えなくなったな。」
このまま手紙を黙って受け取ることすら罪に思えてくる。

そんな後悔の日々が過ぎたある日のこと。
車の窓からぼんやりと景色を眺めていた直樹の目に、琴子の姿が飛び込んできた。車を止めさせ、先に帰らせる。
―― 何をやってんだ?
琴子は建物の前をうろうろしている。そこは、寄席だった。

「どうしようかなあ…。」
何度も行ったり来たりしながら、琴子は迷っていた。寄席の中に入りたいのだが、一人ではどうも勇気が出ない。あの特大宇治金時の店と同じだった。
「やっぱりやめとこうかなあ…。」
そう思っていた時、琴子は後ろから突き飛ばされ、中に足を踏み入れてしまった。
「え?何?」
振り返ると、
「大人二枚。」
と切符を買う声が聞こえる。
「入江さん!?」
驚いて声を上げた琴子に、直樹は切符を一枚渡した。
「邪魔なんだよ。店の前でうろうろと。うっとおしい。」
「うっとおしいって…。」
そう言いながら、つい切符を受け取ってしまった琴子。
「ほら、入れ。」
背中を押され、客席へと向かう。

キョロキョロしている女学生と、どうも寄席には似つかわしくない若い男性。二人の姿は否応なしに他の客の目を引いている。
「あの、お金はちゃんと払います。」
そう言って財布を出そうとする琴子に直樹は、
「いいよ、これくらい。」
と素っ気なく返事をする。
「あ、もしかして…罪滅ぼしとか?」
琴子は直樹の顔を見つめて訊ねた。
「罪滅ぼし?」
「この間のバザーで“ああ、俺はあんな可愛い子を傷つけてしまった、何て大馬鹿なんだろう”って思ったからでしょ?」
「はあ!?」
調子のいい話に、絶句する直樹。確かに、悪いことをしたとは思っていたし、今、この機会を仲直りできれば…そう考えたのは事実だった。しかしそれを本人に言い当てられると腹が立つ。
「いいですよ、気にしないで。だってあれ、全部本当のことだったし。」
琴子は明るく言う。
「あれから考えたんです。全て入江さんの言うとおりだったなって。私ったら学校へ行かせていただいているのに勉強もろくにせず、遊んでばかり。それにどこか見下していたのかもしれません。入江さんのおかげで目が覚めました。」
「あ、そ。」
あれだけひどいことを言われたのに、そこまで考えられるとは…凄い人間だと琴子を見直す直樹。
だがそう言ってもらえると、直樹の心も軽くなる。
「でも入江さんが気にしているのなら、ここの代金は…損害商売?としていただいておきます。」
「損害賠償だろ?」
「あ、そっか。そう、それそれ!」
アハハと琴子が笑っているうちに、出囃子が鳴り響いた。


「面白かった!!」
寄席から出て来た琴子は満足気な表情を浮かべている。
―― こいつ、最初から最後まで笑いっぱなしだったもんな。
大口開けてケタケタ笑う琴子を、直樹は半分呆れ、半分面白がって見ていた。
「うん、これならみんなの前でできるな!」
「みんなの前?」
「ええ。今度私たちの学年でちょっとした演芸会をするんです。それで私、落語をしようかって思っていて。だから参考に本物を見たかったんです。」
「お前が?一体何をやるわけ?」
「ええと…今日トリの人がやっていた噺にしようかなと思って。」
それを聞き、直樹は目を向いて叫んだ。
「お前…あれは相当の芸達者じゃないとできない噺だぞ!」
落語をそう耳にしたことのない直樹でも、今日のトリが演じた噺は難しいものだということは分かった。
「そうかなあ…?」
そう言われても、琴子は納得していない様子。
「全教科追試の人間が、あんな長い話を覚えることはできない。無理だね。」
「うーん…。」
言われるとその通りのような気もする。

直樹にはなぜ、琴子が落語をする気になったのか不思議である。
その理由を訊ねてみると、琴子は恥ずかしそうに話した。
「昔から辛いこととかがあると、面白い話を聞きたくてラジオで聞いていたんです。笑って笑って辛いことを忘れようと。」
何か訊いてはまずいことを訊いてしまった気がする直樹。
「どうしてもやりたいんだったら、寿限無とかにしとけ。」
そう言って、直樹はしまったと思った。寿限無は子供が生まれた親が名前をつけるのに必死になる話。親の顔を知らない琴子を傷つけるようなことを言ってしまったことにすぐに気づく。
「あ…。」
謝ろうと思った直樹だったが、入江直樹としては琴子からは「幼い頃に親が亡くなった」としか聞いていない。なので琴子が親の顔を知らないことを口にするわけにはいかない。
直樹が少し困っていると、
「えー、前座じゃないですか、それじゃ!」
という抗議の声が琴子から聞こえた。
「嫌だ!前座なんて!」
「…お前なんて生涯前座だ!!」
どうやら気が付いていないのか、それとも逆に気を遣われたのかは直樹には分からないが、陽気な琴子に救われる直樹。

直樹は女学校まで琴子を送り届け、帰宅した。


数週間後、琴子から便りが届く。
「なんだ、落語はやめたのか。」
手紙によると演芸会で落語を披露するのはやめたらしい。理由はやはり話を覚えることができなかったからだと書かれている。
琴子が何を演じたか…それは、“二人羽織”だという。
『…モトちゃんに頼みこんで二人でやりました。モトちゃんがどうしても顔を出すのは自分だと言い張ったので、仕方なく私が折れて。…お蕎麦を食べることをやったのですが、結構難しくて、途中でお箸が全然動かなくなってしまったのでグイグイと押していたら、観客の笑い声が大きくなり。するとモトちゃんが“痛い!”と悲鳴を上げたので、思わず私は顔を出して見てしまいました。何とモトちゃんの鼻の穴にお箸が突っ込まれていて…。』

そのくだりを読んだ直樹は、大笑いした。あまりの笑いっぷりに渡辺が唖然とするほどであった。

手紙の続きを読んでいく直樹が、真顔になった。
『…ところで、先日入江さんと一緒に落語を聴いてきました。
本当は演芸会では落語をしたいと思っていたのです。
…私は幼い頃から“親がいない子”ということと、あの孤児院で育ったことでよく周りからいじめられました。泣いても慰めてくれる親はいません。
なので、ラジオから流れる落語を聴きました。面白い話を聴いていると、辛いことが忘れられたからです。落語だけが現実を忘れさせてくれました…。』

読みながら渡辺は目頭を押さえている。

『もっとも、仕事をさぼってラジオを聴いていたので、大蛇森院長からはお尻をよくぶたれましたが。』

文面は軽い調子だが、読んでいる内に直樹は、この頃の琴子に会って抱き締めて慰めてやりたい気持ちでいっぱいになる。

『…なので、落語には楽しい思い出と辛い思い出が二つあります。
だけど、入江さんと一緒に聴いたら、楽しい思い出の方がなぜか大きくなった気がします。
帰り道、二人で話を色々としたのですが、不思議なことに、入江さんと一緒にいると気が楽になります。
入江さんは私を“可哀想な子”という目で見ません。なのでそういう気遣いもされません。今までそんな目で見られた生活を送って来た私にとっては、それはとても新鮮でうれしいことです…。』

「直樹様、いいことをなさりましたね…。」
渡辺がハンカチで目を押さえながら呟いた。

『“寿限無”でも話せと入江さんは言ったのですが、その後まずいという顔をしてました。きっと小さい頃に親が亡くなったということになっている私の前でしてはいけない話だと思ったのでしょう。
ああ、この人もそんな優しさがあるのだなと、少し嬉しくなりました。』

「どんだけ俺は冷たい人間に思われているんだ…。」
そんなことを呟きつつ、やはりあの時、ばれていたのかと直樹は思った。

『でも、謝られるとかえってこちらが辛いので、私はあえて誤魔化しました。すると入江さんも合わせてくれました。
普段なら、そういうことをされると傷が残るのですが、入江さんの場合は傷ではなく温かいものが残りました。なぜでしょうね?』

「…さあな?」
そう訊ねられても、直樹本人にも謎である。

今日の手紙は直樹にとっても、少し心温まる手紙…そう思っていた数分後、数枚目の便せんに目を落とした直樹は、久しぶりに眉を寄せた。
「何だって…!?」

『…ところで、入江さんは女学校へ寄付をされているそうです。母校でもないのになぜでしょう?
…私は考えてみたのですが、もしかして入江さんという方は…女学生が大好きなのではないでしょうか?
女学生の袴姿を見ることが、三度のご飯よりも大好物とか?
もしかしたら、全国の女学校にあの方は寄付金を出されているのかもしれません…。』

「本当ですか?直樹様…。」
渡辺が疑いの視線を直樹へ向けた。
「んなわけ、あるか!!ったく、こいつは…少し優しくしてやったらもう図に乗りやがって!!」

―― 久しぶりに出た、直樹様の突っ込み。

睨まれながらも、渡辺は少し嬉しさを隠せない。

『…もし、おじさまが入江さんのそんな姿を御存知だったら、どうぞ御遠慮なく、私に入江さんとお付き合いをすることはやめるよう、渡辺さんを通して命令して下さい。
私はおじさまのおっしゃる通りにいたします。』

「…琴子さんへ命じてまいりましょうか?」
渡辺は直樹をからかった。直樹はジロリと睨む。渡辺は首をすくめた。


「お返事が来てないわね…。」
郵便箱の中を確認して、琴子は呟いた。
渡辺も来ていないし、どうやら直樹に対する琴子の想像は外れたようである。
「よかった…。」
そう言って、琴子は「ん?」と思った。
―― なんで入江さんとのお付き合いをやめるようにおじさまに言われなかったことに、私がホッとするわけ?

そんなことを思いながら、琴子は自室の机の引き出しから箱を取り出す。それは琴子が大切にしている物をしまっておく、お菓子の綺麗な空き箱。中を開ける。
「また…一緒に行きたいな。」
その箱の一番上には、あの時二人で聴いた寄席の半券が置かれていた。
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17:47  |  Daddy Long Legs  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★こんばんは。

今日のお話は、ホッとしました。
最近、入江くんは琴子に対してすっごく意地悪だったので、
入江くんが琴子に気を使っているところを読んで、安心しました。

しかし、モトちゃんのお鼻にお箸を突っ込んだ琴子。
かなり痛そうですね。いくら前が見えないとはいえ・・・

モトちゃん・・・鼻血出したんでしょうかね・・・

お気の毒さまでした。モトちゃん・・・
りきまる |  2009.12.16(Wed) 18:04 |  URL |  【コメント編集】

★いい感じですね^^)

こんばんは、水玉さん。

りきまるさんと同じくすごくほっとしましした。
なんだか琴子にも淡い想いが芽生えてきて嬉しいですv
(いつ気づくのかなあ・・・)
モトちゃんは可哀想。鼻血を出すモトちゃんを
想像しただけで痛って思いました。。><。。

次回からは淡い恋のエピソード満載ででしょうか?
それともまた嫉妬直樹復活wでしょうか。楽しみです。
藤夏 |  2009.12.16(Wed) 18:40 |  URL |  【コメント編集】

★ほっとしました!

こんばんは、更新、ありがとうございます。
前回の様子ではどうなるかと心配してましたが、今回のお話を読み安心しました。「辛い時は、面白い話を聞きたくて、ラジオを聞いていた」琴子の言葉にホロリときました。
そして、琴子は入江君の事を意識してきましたよね?今後の展開が楽しみです。
割り箸をつっこまれたモトちゃん。モトちゃんにとって、忘れられない演芸会になりそうですね。
るんるん |  2009.12.16(Wed) 18:53 |  URL |  【コメント編集】

はじめまして^^

今回も水玉さんワールドにはまっています♪
特に、このお話の優しさに笑ったり泣いたり忙しいです。
いつも素敵なお話ありがとうございます。
今日のお話。。。心に響いています。。。
あお |  2009.12.16(Wed) 19:13 |  URL |  【コメント編集】

★ほんわかしました♪

水玉さんこんばんは。更新ありがとうございます!
前回ズキズキ胸が痛みましたが、今回はほんわり暖かくなるお話でした。

琴子も前向きさに心洗われました。
直樹にひどいことを言われても、自分を顧み、認め、前に進む。
この姿勢に、直樹の後悔も救われましたね。

そして、琴子にも淡い感情が芽生えてきましたね♪
これからのエピソードに期待です!

落語かぁ。私、結構すきです(笑)
父に付き合って、一緒にラジオで聞いてました☆
寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末~♪
繁盛亭いきたいなぁ♪

ぴくもん |  2009.12.16(Wed) 19:47 |  URL |  【コメント編集】

★なるほど

この話で琴子は入江くんの優しさに気づくはこびになるのですね~(゜▽゜)

次からの展開が楽しみです~あと二回くらいシリアスになっても楽しいかも…(鬼)


ちなみに私、じゅげむは一息で読めますp(^^)q
まごみ |  2009.12.16(Wed) 21:16 |  URL |  【コメント編集】

★モトちゃん痛かっただろうな。

水玉さま、こんばんわ。今日も更新ありがとうございます。モトちゃんの鼻の穴に、お箸を突っ込んでしまった琴子ちゃんの姿が頭に浮かんで、入江君ではないですが、大笑いしてしまいました。モトちゃんお気の毒に。琴子ちゃんの気持ちも、だんだんと恋心に変わってきたような感じで、続きが楽しみです。
ちーりん |  2009.12.16(Wed) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

★ありがとうございます

コメントありがとうございます。

りきまるさん
たまには入江くんだって優しいところを見せないと♪
琴子ちゃんに嫌われてしまいますしね。
本当、顔を出さないと嫌だとごねたツケが…女性?としては一生残る傷になってしまったモトちゃん、哀れです。

藤夏さん
まだまだ琴子ちゃんが気がつく気配はなさそうな…というより、そんな決定的なエピソードを私が書けるのかが不安です(笑)
モトちゃんといい、渡辺執事といい、結構やられキャラが多くなったなあ、この話も(笑)

るんるんさん
この時代にラジオがあったか、ちょっと疑問しつつ…。
ちょっと可哀想だった琴子ちゃんの幼少時代。もう少しで幸せになれるといいけれど♪

あおさん
はじめまして!コメントありがとうございます!
ワールドなんてそんな大それた場所ではございませんが、楽しんでいただけているのでしたら、とても嬉しいです^^
今回の話はちょっとしんみりしているエピソードかもしれません。
ぜひまた足を運んで下さると嬉しいです。お待ちしています♪

ぴくもんさん
いや、あそこまで突然言われても、許す琴子ちゃん偉い(笑)普通だったら二度と口をきいてもらえなくなりそう…
ちょっと前向き琴子ちゃんを書いてみました♪
落語、お好きなんですか?繁昌亭の文字を見て!私、昨年は上方落語にはまりまくっていたんです。米朝一門とか足を運んでました!!
今年、米朝さんが文化勲章を受章してひそかに喜んだり…!!

まごみさん
私も書けるのなら、もう一回二回はジェットコースターみたいな話にしてみたいです(笑)
でも、今後はのんびり路線かなか…そんなしょっちゅう入江くんに癇癪を起させるわけにいかないし(笑)
嫉妬する入江くん、大好きなんだけど…(笑)

ちーりんさん
原作で、確か啓太に一晩体を貸せとか言って、琴子に両頬びんたかつねられるモトちゃんの顔が好きなんです♪て言うか、琴子って結構手が早い…(笑)入江くんも殴られてるし(笑)
でもそんなとこも好きなので。なので、今回もモトちゃんには少々痛い目に遭ってもらいました(笑)

拍手コメントありがとうございます

foxさん
この時代は寄席なんか、結構繁昌していたんじゃないかなあと♪いや、あったのでしょうか…独演会はまだなかったみたいなのでねつ造してしまいましたが(^^ゞ
着物で寄席デートなんて、ちょっと素敵かなあと思って♪

佑さん
可愛い琴子ちゃんを書くのって楽しいです♪
でも今回、押せ押せは入江くんにやってもらうことに(笑)たまには、思われる琴子ちゃんというのも…琴子ファンから見ると楽しみたいんです(笑)

水玉 |  2009.12.17(Thu) 15:24 |  URL |  【コメント編集】

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