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2008.12.01 (Mon)

幸運の女神(最終話)

「…琴子、手出してみろよ。」
琴子が落ち着いた頃、直樹が言った。琴子はまだ涙を流していたが、言われたとおりに直樹に右手を差し出す。
「こう…?」
「違う。反対の手。」
琴子が左手を差し出したら、直樹がポケットから琴子のお手製のお守りを取り出した。
「あっ、それ…。」
「さっき、お前のバッグから落ちてた。お前、離婚するって騒いでいた割には、大事に持ち歩いてたんだな。」
直樹が笑いながら、お守りから指輪を取り出した。


【More】

「…だって、それは入江くんが私の望みを叶えてくれた大事な大事な指輪だもん。この指輪と入江くんの写真を持って、将来はお墓に入ろうと…。」
「何だよ、それ。」
そう言いながら、直樹は琴子の左手の薬指に指輪をはめた。
「あっちの方へ、ちょっと手、掲げてみて。」
琴子が左手をおずおずと掲げると、直樹も左手を掲げる。2人の手がナイチンゲール像の周囲のほのかな明かりに照らされた。
「…見えるか?」
「…見える。入江くんも指輪してくれてたんだ…。」
「お前の言ってたとおり、たまには2人で指輪はめて、2人の愛を再確認するのって悪くないな。」
直樹がそう言うと、琴子はようやく満面の笑顔を浮かべた。
「ナイチンゲールが呼んでくれたのかもしれないな…。俺に幸運の女神の手を離すなって。」
そう言うと、2人は長い長い口づけをした。

「入江くん…。やっぱりいいよ。大丈夫だから。」
琴子が言う。
「入江くん疲れてるし。私、自分の足で歩けるから。」
「…お前のその足じゃ、お前の部屋に着く頃には、朝になってるよ。」

琴子は講堂で転んだ時、足をひねっていたのだった。そして、今、琴子は直樹の背に背負われていた。
「ったく、あの時、ケガしてないって言ったじゃないか。」
「ごめんなさい…。」
「もうごめんなさいは聞き飽きたよ。」
直樹の背中で謝る琴子に、直樹は答える。
「タクシー、捕まえようよ!ね!」
「金曜日の夜なんて捕まらないよ。」
「…。」
「もういいから、大人しくしてろよ。」
「…はい。」
口ではそう言いながら、直樹は久しぶりに触れる琴子のぬくもりに心地よさを感じていた。だから、正直、タクシーで帰るより、このまま部屋まで歩きたい。それは琴子も同様で直樹の背中で揺れながら、もうしばらく、このままでいたいと思っていた。
「…なあ。」
「何?」
「お前、太った?」
「ひっどーい!いつと比べて太ったなんて言うのよ!こっち来てからやせたんだから!」
琴子が背中で暴れる。
「おい!暴れるな!」

再び、直樹の背中の心地よい揺れに琴子は浸っていた。が、何かを思い出したように言った。
「入江くん。」
「今度は何?」
「…今、ザマーミロと思ってる?」
「は?」
何を突然言い出すんだと直樹は思ったが、すぐに思い出して、笑いながら答えた。
「…思ってる。」
高校の運動会で、転んだ琴子を直樹が保健室まで全校生徒の前を今みたいにおぶって歩いた時に、2人が交わした言葉だった。直樹が覚えていてくれたことが嬉しくて、琴子は直樹をギュッと抱きしめた。
「苦しい!!」
直樹が叫んだ。

「私ね、研修最後まで頑張るね。それまで入江くんと離れ離れだけど、すぐに会えるもんね。」
「そうだな。」
琴子を背負い直しながら、直樹が答えた。
「私、本当に進歩したのよ。研修延ばして、小児科で研修しないかってスカウトされたんだから!でも入江くんと早くまた一緒に働きたいから、断るね。あ、師長に明日返事しなきゃ。」
「…断らなくてもいいんじゃないか。」
意外な直樹の答えに、琴子は驚いた。
「えっ、だって、入江くん、ついさっき俺の傍にいろって…。」
「あの病院の小児科は日本全体でもハイレベルだろ?そこで研修受けたら、お前日本一の看護師になれるぞ?」
「えっ、えっ?」
直樹の背中で琴子が目を白黒させる。
「嬉しいなあ。俺、傍に日本一の看護師の奥さんがいたら、もう世界の果てでもどこでも医者としてやっていけるよ。」
「えーっ、入江くんがそう言うなら、私、頑張ってみようかな…。でも入江くんと離れ離れはもう我慢できないし…。どうしよう…?」
背中で本気で悩んでいる琴子の様子が面白くて、直樹は微笑んだ。

2人は何とか琴子のマンションまでたどり着いた。そして、琴子の部屋に着いて、直樹が最初に言った一言。
「…一人暮らしの男の部屋みたいだな。」
使われた形跡のないキッチン、積み上げられたままの段ボール箱…。
「だって、一人暮らしって初めてだったし、夕食も一人だと作るのが面倒で…。帰って寝るだけの生活だから、つい…。あ、でも掃除と洗濯だけはこまめにやってるのよ。」
琴子が真っ赤になって言い訳をする。
「…みたいだな。ここにこんなものが干してあるし。」
直樹の傍には琴子の下着がぶら下がっている。
「キャーッ!!見ないで!!」
ますます真っ赤になって、慌てて琴子が洗濯物を片付ける。
「ま、手間が省けていいか…。」
「えっ、入江くん、今、何か言った?」
琴子の問いに答えず、直樹は言った。
「お前、明日休み?」
「うん。明日中に何とか足が落ち着くといいんだけど。」
琴子がヒョコヒョコとおぼつかない足取りで辺りを片づけ始めながら答えた。
「じゃ、明日中に、荷物まとめとけよ。」
直樹の言葉に、琴子が驚いて振り返る。
「えっ!何で!?だから、あたし、研修最後まで頑張るって言ったじゃない。まだ東京に帰らないわよ!」
琴子が直樹に駆け寄る。
「俺、明日部屋探してくるから、お前はいつでも引っ越せるように荷物をまとめとけってこと。」
「何で?この部屋で充分なんだけど?広さもちょうどいいし。」
琴子は直樹の言葉が全く理解できない。目を白黒させている琴子に、直樹が荷物からファイルを取り出して、琴子の頭の上に落とした。
「痛っ!…何、これ?」
「研修医の時にお世話になった神戸の教授から送ってきた資料。難しい症例の患者がいるから、治療に参加しないかって連絡があったんだよ。」
「えっ?えっ?」
琴子はファイルをパラパラとめくるが、よく分からないままだ。
「で、来週早々にも神戸にしばらく移ることになったから。」
「ってことは…?」
「俺もしばらく神戸に住むってこと。2人で暮らすにはここはちょっと狭いからな。」
琴子にはまだ直樹の言葉が信じられない。
「えっ!!うそ!!本当!?」
「だから、お前小児科の研修、OKしとけよ。」
「…うん!!嬉しい!!神戸で入江くんと一緒に働けるだけじゃなくて、2人で一緒に暮らせるんだね!!私、頑張る!!頑張るからね!!日本一の看護師に絶対なってみせるから!!」
琴子が叫びながら、直樹の首に抱きついてきた。

夜も更けた頃、琴子がベッドの上で、数ヶ月ぶりに心から安心して寝息を立てている時、直樹は琴子の寝顔を見て、ちょっと微笑んで、テーブルの上に離婚届を広げた。
「これも、もう必要ないな。」
琴子を起こさないように、そっとつぶやく。
「でも、あいつ、やっぱり全然進歩してなかったな。」
直樹の顔に笑いが広がる。
「氏名の欄に、早々と“相原琴子”って書いてやがる。婚姻届の時に “入江琴子”って書いた時と同じことしてるんだもんな。これじゃたとえ俺がサインしても、受理されねえよ。」
そう心の中で思いながら、直樹は琴子に気づかれないように、笑顔で静かに離婚届を破った。   
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12:28  |  幸運の女神(神戸シリーズ)  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

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★初めまして(*^^*)

最近 YouTubeで【イタズラなkiss~love in Tokyo~】を視聴して イタキスに再加熱ヾ(≧∇≦)
台湾イタキス・韓国イタキス・漫画 も 改めて網羅し 二次小説にまで 飛び火して 読みあさっていたところに こちらのお話に たどりつきました
【幸運の女神】めっちゃヤバい!
初めのお話から 順に読み進め 【幸運の女神】を一気読み……… 久々 二次小説で涙ちょちょ切れました いや~ホントに 参りました<(_ _)>
こちらのお話 読破します!(^^)!
また コメントさせて下さいね(^^)/
RR |  2013.11.09(Sat) 10:48 |  URL |  【コメント編集】

★RRさん、はじめまして。

初めまして。コメントのお返事が遅くなり申しわけありませんでした。

イタキスのドラマが放送されて、何と続編も決定したそうで!
ファンとしては嬉しい限りですよね!

沢山の素敵サイト様の中から、このような場所を見つけて下さってありがとうございます。
「幸運の女神」読んで下さりありがとうございます。このシリーズは今でも好きだと仰ってくださる方がいて、私も嬉しいです。

ぜひ、お気軽にまた遊びに来て下さいね!
水玉 |  2013.11.20(Wed) 13:23 |  URL |  【コメント編集】

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