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2009.10.25 (Sun)

中華料理・直琴軒 8


【More】


「ラーメンお待ちの3番の方!」
琴子が声を張り上げた。
「あ、俺、俺。」
3番と書かれた札を持った客が、厨房の方へ歩み寄り、直樹からラーメンを受け取った。

「ねえ、入江くん。ラーメンだけセルフサービスって…お客さんに悪くない?」
お客がラーメンを受け取り、そろそろと自分の席へ戻る姿を見届けながら、琴子が言った。
「あたし、運ぶよ?」
「だめだ。お前に運ばせると、お客の席に辿り着くまでにラーメンのスープが全てなくなる。」
間髪入れず、直樹が答える。
「そんなに零さないよ…。」
不満そうに口を尖らせる琴子。

ここ、中華料理直琴軒では普通の醤油ラーメンがメニューに復活した。
今までは熱いスープの入った料理は、この店にはなかった。理由は直樹が言うとおり、琴子が運ぶ間にスープが零れてなくなるということだったが、実は違う理由がもう一つある(※詳細はこちら)。そしてその理由を、琴子は知らない。

醤油ラーメンの味の評判は、上々だった。

そんなある日のこと。

「え?西垣さん、こういうお仕事だったんですか?」
琴子は西垣から渡された名刺を見て驚いた。そこには、
『料理評論家 西垣○○』
と書かれている。
「でも…。」
琴子が手にしている名刺を隣から覗き込んで、直樹は思った。
「どうして、斜め45度の角度でバラを持っているんだ?」
直樹が疑問に思うのももっとも、昨今珍しくない、その写真入り名刺。その写真は西垣が斜め45度で、バラを手にウィンクしているものだった。

「それでね。ぜひこの店を雑誌で紹介させてほしいんだよね!」
「嘘!」
驚く琴子。
「本当!ほら、これがその雑誌。」
そう言って西垣は雑誌を見せた。
『西垣のバラと料理の世界へようこそ』という連載タイトル。
「センスのないタイトル…。」
直樹は思った。
「でね、ぜひ琴子ちゃんを看板娘として取り上げたいんだよね!」
「看板娘!?」
「そう!看板娘!この直琴軒の看板娘は琴子ちゃんでしょ?ここに琴子ちゃんの全身写真をバーン!っと載せるってわけ!売上すごい上がるよ!」
雑誌をパンパンと叩く西垣。
「全身写真…。」
琴子は妄想の世界へと入って行く。
『あ、ここがあの雑誌の店だよ。』
そう言って入ってくる客。そして元気いっぱいで迎える琴子。
『写真で見るより可愛い!』
『すごいな!こんな可愛い子に会えるなんて!』
口々に琴子を褒める客…。

ムフフフ…と怪しい笑い声を立てる琴子を見ながら、
「ね、ねえ…琴子ちゃん、どうしちゃったの?」
と西垣は心配する。
「気にしないで下さい。あいつのいつもの病気ですから。」
琴子に冷ややかな視線を送り、素っ気なく直樹は答える。
「そ、そう?」
二人のそんな会話も聞こえず、琴子はムフフフ…と笑い続ける。

「で、どうかな?」
西垣は直樹に確認を求めた。
「別に俺は紹介なんて…。」
「ぜひ、よろしくお願いします!」
妄想の世界から戻って来た琴子が、手を上げた。
「入江くん!お願いしようよ!うちの店の売上も上がるよ!」
「お前、看板娘にそんなになりたいのか…。」
直樹は呆れて、琴子を見る。
「うん!」
「そうだよ!ぜひお願い!」
西垣も琴子と一緒に直樹に頼む。

結局、二人に根負けして、直樹は渋々西垣の記事掲載の件を了解したのだった。

一か月後。
雑誌に直琴軒の紹介記事が載った頃。
「おっかしいなあ…。」
琴子は皿を拭きながら、首を傾げていた。
確かに雑誌には掲載されたらしい。
「ここだ!西バラ(連載タイトルを略してそう呼ばれているらしい)に出ていた店!」
そう言う客がよく直琴軒を訪れるようになった。しかし、琴子の顔を見て皆、
「あ…。」
「…へえ。」
「何だ…。」
と、これも首を傾げるのだった。客の口からは“看板娘”の“か”の字も出ない。
「一人くらい、“可愛いね”と言ってくれるかと思ったのに。」
思わず琴子は口に出した。
「お前の思い上がりなんだよ。ばあか。」
冷たい直樹の言葉に、琴子はムッとする。
「そうだ!西垣さんが持って来てくれた雑誌、いつ見せてくれるの?」
思い直して直樹に訊ねる琴子。紹介記事が掲載された雑誌を、西垣が持ってきてくれたのだが、直樹がすぐに隠してしまったのだった。自分で買ってこようかと、書店へ足を運んだのだが、人気雑誌らしく、琴子が行った頃は売り切れていた。

「だめ。あんなの見せると、ますますお前、調子に乗って失敗が増える。」
「ケチ!」
まだ他にも直樹に言いたいことがあったが、客に呼ばれたため、話はそこまでとなった。


「あら、まあ!こんなものいただいていいのかしら?」
「ええ。」
直樹はニッコリと笑って、オカモチからチャーハン、麻婆豆腐、酢豚といったものをテーブルへ並べて行く。
「本当にヨネさんにはお世話になりましたから。」
「そんな!写真を撮らせただけじゃない!」
ここは直琴軒の近所の民家。直樹はその家に住むヨネ(83歳)を訪れていた。
「でも私なんかが、こんな雑誌に載っていいのかねえ?」
ヨネは直樹が持参した雑誌を見て、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに呟く。そこには直琴軒の紹介記事、そして看板娘として…ヨネの全身写真が掲載されていた。
「“うちの店の看板娘”だなんて!娘なんて年じゃないのに!」
「とんでもないです。ヨネさん、まだお若いですよ。それに…うちの店、女性がいないんですが、でもいないと掲載するのも悲しくて。それで、ヨネさんを思い出して。」
「もう!御主人、口が上手なんだから!」
ヨネは声を上げて笑った。

ヨネの家を出て、空になったオカモチをぶら下げながら、直樹は歩いていた。
「まあ琴子には悪いことしたけどな。」
琴子の写真を撮らせたものの、全国発売の雑誌にその写真を載せるのは直樹としては気が進まなかった。
「あいつ、オタクみたいな奴らに変な人気があるみたいだし。」
以前にも、オタク連中が琴子の白衣姿を目当てにカメラを手に来店したことがあった。
「雑誌になんて載って、またそんな連中が押し掛けたら困る。」
ファン心情がエスカレートして、ストーカと化し、琴子に変なことをされたら大変だと直樹は思い、西垣に写真の差し替えを命じた…いや、頼んだのだった。勿論、西垣は渋ったが、「これを認めないと、二度と店内には入れない」という直樹の脅しに屈することになった。

「仮にヨネさん目当ての客が来ても…お婆ちゃん好きな人間に悪い人間はいないだろうしな。」
きちんとヨネ本人の了解も取っているし、何の問題もないと直樹は思っている。

そして直樹は、白衣のポケットから写真を取り出す。それは取材用に撮影した琴子の全身写真だった。
「勿体ない。不特定多数の人間に見せるなんて。」
そう言って直樹は大事そうに、写真をポケットへ戻した。









♪あとがき
この『直琴軒』も、ここまで続けられるとは思ってませんでした…(しみじみ)
だいぶ前から考えていた話なのですが、書いてみたものの捻りも何もなく…。

そして、明らかになった常連客・西垣の職業(笑)

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18:31  |  直琴軒  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★お見事!

こんばんは。こちらのガッキーは料理評論家だったのですね。
あの入江くんが、琴子を看板娘として雑誌に載せることをよく
OKしたと思ったら、なるほど、こんな仕掛けがあったんですね。
さすが琴子LOVEの入江君だ!
水玉さん、お見事でした!
るんるん |  2009.10.25(Sun) 19:46 |  URL |  【コメント編集】

ラーメンだけセルフサービスなんて。
それでも注文する人が多いってことは、
よっぽど美味しいのね。
食べてみたい。
しかし、あいかわらず入江くんの嫉妬心は、すごい。
看板娘の座をヨネさんに委託していたなんて。(笑)

りきまる |  2009.10.25(Sun) 20:09 |  URL |  【コメント編集】

★逆に

お店に来てヨネさんじゃ無くて、琴子が居たら逆にうれしいんじゃないかなお客さん?違うかな?

ガッキーって料理研究家だったんですね?私お医者さんだと思ってました。

だとすると相当直樹の料理が美味しいんですね?(それとも琴子狙いか?)

セルフでも食べて見たいな直樹のラーメン!

嫉妬してる直樹を見ながら食べるラーメンの味は異かに!
kobuta |  2009.10.26(Mon) 08:51 |  URL |  【コメント編集】

★西バラ!(爆笑)

リアルにありそうなタイトルで笑ったわ。
しかし、料理評論家が足繁く通う中華料理店とは!?ガッキー、店主の味の虜なのね~♪
でもそれだけじゃなく、いつの時も結局ガッキーはやっぱりこの夫婦が好きなんだね!…というか、小憎らしい直樹がなんだかんだで気になるんだろうな(笑)
アリエル |  2009.10.27(Tue) 09:23 |  URL |  【コメント編集】

★久々の直琴軒にコメントありがとうございます

コメントありがとうございます♪

るんるんさん
そうです♪こちらのガッキーは料理評論家にしました(笑)←しましたって(笑)
毎日、足繁く中華料理店へ通うガッキーの職業…やっぱりこれかなあと(笑)

りきまるさん
凄い店ですよね^^;サービス精神なんて皆無な店。
それでも注文する客…
看板娘をヨネさんへ『委託』←この言葉、爆笑しました。委託料は…直琴軒の定番メニューなんだろうか…
というか、店主、どこでヨネさんと知り合ったのだろう???

kobutaさん
店に来たお客の反応が「ヨネさんじゃなくてがっかりしたおばあちゃんマニア」だからなのか、「おばあちゃんかあと思って来たら若い娘だったのでラッキー」だったのか…?
店主のラーメンは素朴な昔ながらのさっぱり醤油味な感じがします^^

アリエルさん
薔薇が似合いそうじゃない、ガッキー(笑)
この店に来る時も、胸ポケットに挿してそう…。
ところで入江くんって、年上の男の人に構われるタイプだよね。ガッキーもそうだけど、須藤さんとか…。
…弟にしたいタイプなのか?いや、違うか…
水玉 |  2009.10.27(Tue) 12:13 |  URL |  【コメント編集】

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