日々草子 私の美しい貴婦人 4

私の美しい貴婦人 4



「おはようございます、おば様。」
朝になり、一体二人はどんな顔をしているのだろうと楽しみにしていたノーリー夫人に、コトリーナはいつもと変わらない笑顔で挨拶をした。
「お、おはよう、コトリーナちゃん。」
ノーリー夫人は、首を傾げる。どう見ても、男性と一夜を過ごした女性の様子ではない。しかも朝寝坊もしていない。
「コトリーナちゃん…?」
壺に息を吹きかけて、キュッキュッと磨いているコトリーナに夫人は声をかける。
「何か?」
「あ、いえ。何でもないわ。」
コトリーナはノーリー夫人の様子に何の疑問も持たずに、また壺に息を吹きかけてキュッキュッと磨き続けた。

もしかして…と思い、夫人はナオキヴィッチの部屋へと向かう。部屋ではナオキヴィッチがベッドの中で眠りこけていた。
「ナオキヴィッチ様!」
容赦なく布団を引きはがし、ナオキヴィッチを起こしにかかるノーリー夫人。
「…何だよ。」
そして殊更不機嫌そうな声をナオキヴィッチは出した。

「昨夜、コトリーナちゃんのお部屋に夜這いをかけたのではないのですか?」
「はあ!?」
いきなり何を言い出すんだと怒り出すナオキヴィッチ。
「見たんですよ、私!」
漸くスッキリしてきた頭で、ナオキヴィッチは昨夜のことを思い出す。
「ああ…あれはあいつが本を読んでくれとうるさくて、部屋で読んでやったんだ。」
おかげで読みかけの本が全然読めなかったと、ナオキヴィッチは『蟹工船』のページをパラパラとめくった。

「本を読んだ…だけ?」
「そう。」
ナオキヴィッチの返事に、がっくりと肩を落とすノーリー夫人。だがすぐに顔を上げた。
「情けない!年頃の女性の部屋に夜中に忍び込んで、何もしないなんて!そんな男の片隅にもおけない男に育てた覚えはないのに!」
「…ちょっと待て。」
嘆くノーリー夫人の声を遮って、ナオキヴィッチは言った。
「俺はあの山猿のことなんて、何とも思ってない。そして山猿も俺を何とも思ってない。そんな二人がそんな関係になるわけないだろう。」
言われてみればそのとおりだった。ノーリー夫人の目から見ても、二人の間にそんな感情はないことは明らかである。

「何の気持ちもない女に手をだすような、夫人は俺をそんなふしだらな男に育てたのか?」
「いえ、とんでもございません!」
そんな見境のない男に育てた覚えはない。
「ならこれで問題ないだろう。もう少し寝かせてくれ。」
ナオキヴィッチはそう言うと、ベッドへ潜り込んだ。

「まだお子様ってわけね…コトリーナちゃんは。」
もっともナオキヴィッチも子供同然かと、ノーリー夫人は溜息をついて部屋を出て行った。


コトリーナの口から出る訛りが大分減ってきたある日のこと、ナオキヴィッチの屋敷へ客が訪れた。
「やあ、コトリーナ。」
それはウェスト男爵だった。
「こんにちは、男爵様。」
挨拶をし、にこやかにお茶を出すコトリーナ。そしてナオキヴィッチが応接間に来たのと入れ違いに、コトリーナは部屋を出て行った。

「いや、すっかり見違えたよ!」
男爵は感心した。
「君に捕獲された時は、一体どうなるかと思ったけれど…。」
今会ったコトリーナは、捕獲時の面影はなかった。
「さすが名高いナオキヴィッチ教授が教え込んでいるだけあるね。」
「まだまだですがね。」
ナオキヴィッチの目から見ても、コトリーナは大分まともになったとは思うが、完璧な貴婦人になったとはまだ言えない。

「ところで…最初の約束は覚えているかなと思って。」
男爵は訪問の目的の話に入った。最初の約束、それはコトリーナを競馬の席に連れて来れるくらいの貴婦人に仕上げたら、男爵の骨董の懐中時計をナオキヴィッチがもらえるというもの。
「覚えていますよ。」
「どうだろう…そろそろ。」
次の競馬の席で、どのくらいコトリーナが貴婦人に仕上がったかを見てみたいと、男爵は言った。
「そこで本物の貴婦人になっていると僕が認めたら、時計を上げよう。」
男爵の提案にナオキヴィッチは首を振った。
「まだ早いですよ。」
そこへ、コトリーナが現れた。
「コトリーナ、先生とお出かけしたくないかい?」
「え!先生とお出かけ?」
コトリーナはたちまち目を輝かせる。男爵はコトリーナがナオキヴィッチと出かけたがっていることを見抜いていた。
「そう。今度競馬があってね。そこへ僕が招待するから二人でおいで。」
「本当ですか?私も行っていいのですか?」
見事な言葉遣いである。男爵は心の中で感心した。
「勿論。」
コトリーナはナオキヴィッチにせがんだ。
「先生、連れて行って下さい!お願いします!」
「ほら、ナオキヴィッチ。レディの頼みごとを無視できるかい?」
面白そうに笑う男爵。そんな男爵のたくらみを、ナオキヴィッチは憎たらしく思った。
「…ちゃんと大人しくできるか?」
「はい!」
こうしてナオキヴィッチとコトリーナは出かけることになってしまった。

競馬当日。
「ご覧になって!ナオキヴィッチ様!」
自信満々なノーリー夫人に連れられたコトリーナは、ドレスに身を包んだ、素晴らしい貴婦人となっていた。
「化けたな…。」
それがナオキヴィッチの第一印象だった。
「おば様に色々手伝ってもらいました。」
ちょっと恥ずかしそうなコトリーナ。
二人が乗り込んだ馬車を見送りながら、
「何てお似合いの二人なのかしら!」
と、ノーリー夫人は上機嫌だった。


「どこの貴婦人かと思ったよ、コトリーナ!」
会場に現れたコトリーナを見て、ウェスト男爵は驚く。
「これは時計は君の物だな…。」
コトリーナに聞こえないよう、男爵はナオキヴィッチの耳元へ囁いた。社交界の令嬢たちの憧れの存在であるナオキヴィッチが連れてきたコトリーナに、会場は興味深々となっている。コトリーナはそんな視線を感じながら、ナオキヴィッチの腕につかまっていた。

が、ナオキヴィッチの元には男爵の他にも次々と人が近寄ってくる。会話に夢中になっているナオキヴィッチに放っておかれ、コトリーナは次第に退屈になってきた。
「ちょっと…散歩してもいいよね。」
コトリーナはこっそりナオキヴィッチの横を抜け出した。ナオキヴィッチは気付かない。

「いい気持ち!」
ずっとナオキヴィッチの屋敷に籠っていたコトリーナにとっては、久しぶりの外出だった。溢れる緑、清々しい空気はコトリーナに開放感を与えてくれる。
「あれ?」
歩いているコトリーナは、地面に落ちているあるものに気がついた。それは鳥のヒナだった。見上げると、傍らの木の枝に巣がある。どうやらそこから落ちたらしい。
「可哀想…。」
何とか巣へと戻してやりたい。コトリーナは辺りを見回した。人が集まっている場所からは離れている。
「…見つからないよね?」
コトリーナはドレスの裾をまくりあげ、まとめて結ぶ。
「今、おうちへ連れて行ってあげるからね。」
そして木によじ登り始めた。

「はい、もう落っこちないようにね。」
コトリーナは巣へとヒナを戻し、一息ついた。このまま木から下りれば、誰にも見つからないだろう。

「木の上に人がいる!」
誰かの叫び声で、競馬の観客は騒然となった。
それは女性みたいだという声で、人がそちらの方向へと向かう。その時になって、ナオキヴィッチはコトリーナが傍にいないことに漸く気がついた。
「まさか…?」
嫌な予感が胸をよぎり、ナオキヴィッチは人々の後を追った。

「向こうへ行くずら!こら!」
そしてナオキヴィッチの嫌な予感は見事に的中していた。
木の上で、自分が被っていたつばの広い大きな帽子を振りまわして、鳥の巣を襲おうとしているカラスを追い払っているコトリーナの姿が、ナオキヴィッチの目に入って来た。
「もう、しつこいっぺ!このアホカラス!」
そして訛りも丸出し。漸く追い払ったコトリーナは、下に集まって自分を見ている人々の姿に気がついた。そしてナオキヴィッチの姿にも。
「しまった…!」
ナオキヴィッチに見られてしまったことにショックを受けるコトリーナ。急いで木から下りようとする。が、慌てたたため、足を滑らせてしまった。
「キャーッ!」
目を覆った女性たち。
「危ない!」
ナオキヴィッチが木の下へと駆け寄って両手を出したことと、コトリーナが落下したのは、ほぼ同時だった…。

「あらまあ!一体何が?」
ノーリー夫人は、泥だらけになった二人を見て言葉を失った。行く時と違うあまりの姿。
ノーリー夫人の質問には答えず、ナオキヴィッチは自室へと戻ってしまった。
「先生…怒ってるずら…。」
ボロボロになった帽子を手に、コトリーナは泣きそうになっていた。

それからコトリーナは部屋に籠ったまま、食事にも出て来ない。ナオキヴィッチに申し訳なくて顔を合わせることができない。
ノーリー夫人が慰めに足を運んでも、「先生が一生懸命やってくれたのに…。」としか口にしない。
たまりかねた夫人が、ナオキヴィッチへ言った。
「大体の事情は分かりました。ナオキヴィッチ様、コトリーナちゃんを慰めてあげてくださいまし。お願いします。何も食べなければ死んでしまうわ。」
夫人はコトリーナがナオキヴィッチが腹を立てていると思って、合わせる顔がないのだと説いた。

「入るぞ。」
コトリーナの部屋へ、ナオキヴィッチが入ってきた。ベッドの中に潜り込んだコトリーナは顔を出そうとしない。
「コトリーナ…俺は怒っているわけではない。」
ベッドの端に座り、ナオキヴィッチは話し始める。
「でも…あんなに一生懸命色々教えてくれたのに、結局先生に恥をかかせたっぺ…。」
訛り丸出しのコトリーナのか細い声が聞こえた。
「恥はかいていないよ。ただ…木に登ったりして怪我したら困ると言いたいんだ。」
「怪我…?」
「そう。お前は山猿だけど、一応女だ。今回は怪我はなかったけれど、もし顔や体に傷がついて、痕が残ったら大変だろう?」
「痕…。」
「俺はお前に、親からもらった体を大事にしてもらいたい。だから…もう二度と危険な真似はしないでくれ。」
それはナオキヴィッチの本音だった。あの時、木から落ちたコトリーナを見てナオキヴィッチは生きた心地がしなかったのだった。

「それから、コトリーナ。」
コトリーナの部屋を出る時、ナオキヴィッチは声をかけた。
「…あの場にいた人間は、お前の姿を見て大笑いしていたけれど、カラスから鳥を守っていたお前の姿は、あの中のどんな女よりも貴婦人の心を持っているように、俺には思えた。」
ナオキヴィッチの意外な言葉を聞き、コトリーナはベッドの中で驚いていた。
「その優しい心だけは、この先失くすなよ。そして、食事だけはしろ。夫人が心配しているからな。」
そう言い残し、ナオキヴィッチは部屋を出て行った。

コトリーナはベッドから起き上がった。
「先生…優しいって褒めてくれた。先生は私を恥ずかしいと思ってなかったって。」
そしてコトリーナは、やっと笑顔を見せた。
関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

優しいコトリーナ

折角ドレスアップして、貴婦人になれるかと思ってた矢先、カラスから鳥のヒナを守ったお陰で 努力が水の泡になってしまいましたね。
落ち込むコトリーナを慰めるナオキヴィッチ、やさしいですね。そうですよね、コトリーナはこんなに優しくて頑張りやなんだもの、絶対 素敵な貴婦人になれますよね。もう少しよ、頑張って!

少しずつ距離が…

少しずつ二人の距離が、心が近づいて来ましたね。続きが楽しみです。これからの二人を見守って行きたいと思います。…ところで…あちらの入口が見当たらないのですが、別の場所に移ったのでしょうか?

ありがとうございます

コメントありがとうございます。

るんるんさん
最後の二行(某所でもそうですが、るんるんさんの最後の二行は私の心のストライクゾーンに直球できます^^)、すごい優しい~!!ありがとうございます!そうですよ、るんるんさんが見守っているのですから、コトリーナも素敵な女性になれるはず!

mayumiさん
なんだかんだ言いつつ、面倒見のいいナオキヴィッチ(笑)原作もそうなんですがその面倒見のよさにちょっとクラッとくる私です(笑)
あ、某所の入り口ですがこのブログの『通常ブログ画面』の中に同じマークがあります。そちらからお入り下さい!ごめんなさい、TOPから一旦撤収しました。

コトリーナちゃん、なんて心優しい子なの!!
がんばって素敵なレディーになってね♪
ナオキヴィッチが腰抜かすほどに成長してよ!!がんばれ!!

ゆみのすけさん
コメントの冒頭、まるで紀子ママみた~い!
本当に優しいみなさんに読んでいただけているんですから、きっとコトリーナちゃんも素敵なレディになれるはず♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク