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2009.10.01 (Thu)

別冊ペンペン草 12


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『別冊ペンペン草』(略して別ぺ)編集部の琴子が、別ぺ人気第2位の漫画家、西垣マドレーヌの自宅を訪問したのは、天気のいい、爽やかな日だった。

「いらっしゃーい!」
機嫌よく出迎えた西垣は、琴子が一人じゃないことに気がついた。
「あれ?琴子ちゃん、とうとうあの変人に愛想つかして新しいツバメを作ったの?それなら僕がいつでも相手するのに。」
「違います!入江先生は変人…の気がややありますが、愛想は尽かしていません!こちらはうちの雑誌に投稿している、ドクダミ船津くんです。」
「ローズマリー船津です。」
もう琴子の覚え間違いにすっかり慣れたローズマリー船津は頭を下げた。
「ああ!名前に見覚えあるよ!この間の投稿作品で鮎の塩焼きの作り方を5ページにわたって書いていた人だよね?」
取り敢えず中に入ってと、西垣は二人を家の中へと案内した。

西垣の家は一戸建て。描いている作風に近い、西洋風な夢のある豪邸だった。琴子が船津を連れてきたのは、すっかり船津を自分の手で一流漫画家に育てるつもりになっており、一応、直樹以外の漫画家の仕事場なども見せた方が色々幅広く得るものがあるだろうと考えてのこと。

「で、ここが仕事場!まだアシスタントさんが来る日じゃないから誰もいないけれど。」
そこは広々とスペースが取られて、いくつもの机が並べられている。クラシック音楽も流れている。そして、西垣の代表作『愛はオホーツク海の彼方に』のヒロインの等身大パネルも置かれていた。
「僕以外男子禁制だけど、今日は特別ね。」
西垣のアシスタントは美女しかいない。その証拠に机の上には化粧品などの女性が使うものが並べられている。

「で、ここが僕の机。」
きちんと整理整頓されている机に案内される。机の上にはマドレーヌが籠の中にぎっしり詰まっている。
「僕、これ食べながらじゃないと仕事がはかどらないんだよね。」
西垣の言葉に、
「ああ、分かります!私も柿ピーないとだめですもん!」
と同調する琴子。


船津が資料や漫画を描く材料など、西垣に見せてもらっていた時、
「わあ!コピー機がある!」
という琴子の弾んだ声が聞こえた。驚いて西垣と船津が琴子を見る。
「すごい!こんな大きなコピー機があるなんて!」
コピー機を開けたり閉めたりして、はしゃぐ琴子。
「あの、琴子ちゃん?」
西垣が声をかけた。
「もしかしてとは思うけれど…君の家…入江先生の家、コピー機…ないとか?」
大抵の漫画家の家には、リースのコピー機が置かれているはず。
「はい!こんなコンビニにあるみたいなコピー機はないです!置く場所ないから嫌だって入江くんが。」
「じゃあ…どうやってコピーしてるの?」
「私が編集部でコピーしたり、入江くんがコンビニ行ったり。」
『コピー機くらい、リースしろよ!』と西垣と船津が同時に心の中で突っ込んだことは言うまでもない。


「何だ、それ?」
仕事場兼寝室から出てきた直樹は、リビングで琴子が広げている住宅情報誌に目を止めた。
「ねえ入江くん!コピー機が置ける広い仕事場がとれる家に引っ越そうよ!」
そして柿ピーの瓶に手を突っ込む。西垣宅で見たコピー機にすっかり魅せられてしまったのだった。
「嫌だよ。面倒くさい。」
大抵、この直樹の言葉で琴子はいつも引っ込む。が、今日は違った。
「そんな!やっぱりこれからの漫画家はコピー機が必需品だと思うの!」
しかも西垣からもらったコピー機のカタログまで広げて見せ始める。その後もこの家は広さがどうだの、駅から近い、散米社にも近いとか、住宅情報誌を見せては直樹を困らせる琴子だった。


「ただいま。」
会社から帰った琴子は、リビングが真っ暗なのに驚く。
「帰ったのか。」
リビングに明かりをつけた時、直樹が仕事場から出てきた。
「悪いけど俺、仕事大事なところだから晩飯は一人で食べてくれ。炊き込みご飯作っておいたから。」
「え!入江くんが?ありがとう。」
忙しい中作ってくれたのかと、感謝する琴子。そして直樹はまた仕事場へ戻り、今度は布団と琴子の枕を持ってリビングへ現れた。
「てわけだから、悪いけどここで当分寝てくれ。」
そう言ってソファの上に枕と布団を置く。
「はーい…。」
一人で集中しなければいけないのだろうと、琴子は言うことを聞くことにした。
そして、一人で炊き込みご飯を黙々と食べた…。

翌日も、そのまた翌日も、直樹の作った夕食を一人で食べる琴子。そしてソファで寝る生活が続いた。

そんな生活が数日続いた時、漸く一段落したのか直樹が一緒に夕食を食べてくれた。
「この間言っていた、広い家に移るって話なんだけど。」
「うん。」
漸くその気になってくれたのかと、琴子は返事をする。
「あれだな。移るとしたら…二世帯住宅。」
「二世帯住宅?」
二人しか暮らさないのに、なぜ二世帯住宅なのかと琴子は思った。
「お前は朝出て夜帰る会社員。俺は昼夜関係ない自由業。考えてみれば生活パターンが違うんだよな。」
直樹は訥々と語る。
「そりゃまあ…そうだけど。」
「だから食事の時間、風呂の時間、寝る時間も違う訳だから、ここはキッチンも風呂も全部別にした方がいいと思うんだ。もしかしたら今後、あのヒガンバナがうちに手伝いに来ることも増えるかもしれないし。」
琴子が船津を育てたがっていることは、直樹にはお見通しだった。
「俺とヒガンバナは二人で適当な時間に飯食ったりするから、お前は自分の生活ペースを守ればいいさ。そうなると二世帯住宅が一番ベストだと思う。」
そう言って直樹は、二世帯住宅のパンフレットを出した。
「ちょっと待って。それじゃ…一緒に暮らしている意味ないのでは?」
慌てて琴子は直樹の話を止めた。
「仕方ないだろう。お前がそういう職業の男と結婚したんだから。」
直樹はそう言うと、仕事に戻ってしまった。

「それじゃ…一人暮らしと変わらないよ。」
この数日、一人で食事をしてもおいしくなかったし、一人で寝るのもなかなか慣れず、あまり眠れていない。
琴子は直樹が置いて行った二世帯住宅のパンフレットを恨めしそうに見た。

ドアがそっと開き、琴子が忍んで来る気配を、直樹は背中で感じた。
「入江くん…。」
「何?」
机に向ったまま、返事をする直樹。
「あの、邪魔しないから。大人しく寝るからここで寝ちゃ…だめ?」
少し間を置いて直樹は、
「大人しく寝るならな。」
と、しょうがないといった感じで許可する。その言葉を聞き、喜んでベッドに入る琴子。
仕事をする直樹の背中を見ながら、
「やっぱりこの方がよく眠れる…。」
と、当分はこの1LDKのままでいいと思いながら琴子は眠りについた…。


ベッドで大の字になって寝ている琴子の足を布団の中へ入れる直樹。
「押してだめなら、引いてみろとはよく言ったもんだ。」
そう呟き、笑う。
「これで暫くは、広い家って騒がないだろう。」
直樹はこの1LDKから出る気は全くない。どこにいてもお互いの気配を感じられる今の広さで満足している。

「そのために、数日間俺も痩せ我慢していたんだからな…。」
そして琴子の隣に潜り込み、そっと抱き締める。
「あとは…朝起きたら、この数日間の我慢を受け止めてもらうからな…。」

ギリギリ出社どころか、琴子は早朝会議に大遅刻、編集長に大目玉をくらったのは、言うまでもなかった…。

「あ、“コピー”されてる。」
琴子が同僚の松本から『バカ』百連発をくらっている頃、いつものようにベッドの中で、直樹は自分の胸にくっきりと“コピー”されている琴子の唇を見て微笑んだ。

「俺にはこの“コピー機”で十分。」
そして直樹はその“コピー”された痕を優しく撫で、眠りについた…。
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*Comment

★作戦大成功!!

琴子ちゃんの操作方法なら入江くんはおてのものですね!実際に体験させてみる作戦大成功!!
結局入江くんの感じてることと琴子ちゃんの感じてることは一緒だったわけですね。
はいはい。ごちそうさまでした。
お子さまできるまで、なかよく1LDKでイチャついててくださいっ!(笑)
KEIKO |  2009.10.01(Thu) 12:53 |  URL |  【コメント編集】

★やっぱり、1LDK大好き!

もっと広い部屋に引っ越したいという琴子に、二世帯住宅を提案する入江君。
琴子の性格を良く知る入江君の「押してもだめなら、引いてみな」方法を実行すれば、入江君欠乏症の琴子は我慢できなくなり...
その後は、お決まりのLove Loveで!
やっぱり二人にとって、1LDKは最高の住まいよ!
るんるん |  2009.10.01(Thu) 13:27 |  URL |  【コメント編集】

★あ、なるほど!

 押してダメなら引いてみろ。なるほどー^^
 妙に素直に引き下がるから何かあるとは思いましたが。今回は目から鱗でした。

 ところで、猛烈にローズマリー船津さんの『鮎の塩焼き五ページ』が読みたい私って……。

 あれは、何時だったでしょうか。鯵を焼こうと捌いていたときに、ふっと何の前触れもなく、水のかわりにオレンジジュースを入れたくなりまして。
 いや、美味しいかなあって。美味しかったんですけどね、家族にそれを言ったら(言葉で)殴られましたねえ(けらけら)
 料理の感覚が少しおかしいらしいです、私は。でも、カレーに花御所やちくわを入れて「美味しいわ!」と叫ぶような人たちにだけは言われたくない。

 マドレーヌ。糖尿病は怖いので気をつけてくださいね。目が見えなくなったら、漫画も書けませんよ(笑
 私にとって一番つらいことって、きっと、小説が書けなくなることなんだろうなあ。水玉さんは?

 ではでは、今回も美味しゅうございました。また美味しいものをお願いしますね^^
暢気猫 |  2009.10.01(Thu) 16:22 |  URL |  【コメント編集】

★天才直樹?

考えましたね直樹君!

流石です!

押してもダメなら引いてみなですか?

一種の我慢大会みたいになってましたが、いつも一緒の場所が良いなんて今の内?

琴子や直樹は、そんな事にはならないかな?
kobuta |  2009.10.03(Sat) 08:30 |  URL |  【コメント編集】

コメントありがとうございます。

KEIKOさん
いや、子供ができてもきっと1LDKではないかと(笑)
きっと入江くんの子供なら家で勉強する必要ないですから、勉強部屋もいらないだろうし。

るんるんさん
入江くん欠乏症(笑)でも入江くんも琴子欠乏症なんですけどね(笑)
…入江くん、数日くらい我慢しろよと突っ込みたいです(笑)

暢気猫さん
アユの塩焼き5ページ(笑)どんなマンガなんだろう(笑)
読んで役に立つマンガだとは思いますが。
私にとって辛いこと…なんだろう?すぐには思いつかないです(^^ゞ
しかし、マドレーヌをそんなに食べたら…胸やけすると思うだけどな。

kobutaさん
本当!我慢大会ですね!
しかし、たまに一人になりたい時もあるだろうに…でもこの二人にはないのかな?
水玉 |  2009.10.03(Sat) 12:15 |  URL |  【コメント編集】

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