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2009.09.30 (Wed)

私の美しい貴婦人 1


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とある国のとある街角。
言語学学者のナオキヴィッチ教授は一人の花売り娘を見つめていた。

「花はいらんずら?きれいな花ずらよ。」
その娘から繰り出される言葉。それは耳を覆いたくなるくらいひどい訛りだった。
「一体…どこの地方の言葉なんだ?」
専門学的なことも含め、花売り娘の言葉はナオキヴィッチの興味を惹いた。

「あ、そこの紳士さん。花はいらないずら?」
娘がナオキヴィッチに気が付き、花を一輪差し出す。
「君は一体どこの出身なんだ?」
花を受け取ることもせず、ナオキヴィッチは娘に訊ねる。
「何だね?突然失礼な…レディに何ていいうことを訊くだべさ。」
娘はムッとした様子で言い返す。
「君の言葉は…まるで全国物産展のようだ。」
「ぶ…あんた、失礼もほどほどにするだっぺ!」
娘は顔を真っ赤にして怒り出した。

「俺は言語学者だ。君の言葉には非常に興味と言おうか…珍しさを感じる。」
「おらは珍獣じゃないずら!」
花売り娘はナオキヴィッチに食ってかかる。しかし、娘の脳裏にある考えがひらめいた。
「だったら…そこまで私のことを馬鹿にするなら…おらの言葉直してみせっぺ!」
「何だって?」
ナオキヴィッチは娘の提案に驚いた。

実は娘はこの言葉遣いのため、花売り娘たちの中でも売上は最低だった。かねがね、この言葉遣いを直したいと思っていたが、どう直していいのか分からずじまい。そこでこの失礼な男に運命を託すつもりになったのだった。

「どうずら?お偉い学者様ならできるだっぺ!」
娘の挑戦的な目つきに、ナオキヴィッチの負けず嫌いに火がついた。
「分かった。それでは君の言葉遣いを…見事標準語にしてみせようじゃないか。」
そう言ってナオキヴィッチは懐から手帳を取り出し、自宅の住所を書きつけ、ページを破り娘に渡す。
「明日、午前10時に家に来たまえ。」
そして娘に名前を訊ねた。
「おらはコトリーナずら。」
「よかろう。コトリーナ、では明日来たまえ。」
そう言ってナオキヴィッチはその場を後にしたのだった。

そして翌日の午前10時。
約束通り、コトリーナはナオキヴィッチ教授の自宅のドアを叩いた。
ドアが開かれ中から出てきたのは…何とバスローブ姿の男。
「君は誰?」
この眼鏡をかけた男はコトリーナに訊ねる。
「…あんたこそ誰だっぺ?ここはナオキヴィッチとかいう人の家じゃろ?」
コトリーナの口から飛び出した言葉に面食らうバスローブ。
「勝手に人の家の玄関に出ないで下さい。ウエスト男爵。」
ナオキヴィッチが玄関に現れた。
「本当に来たのか、全国物産展。」
「約束は約束だっぺ。それにおらはコトリーナっちゅう可愛い名前があるずら。」
「まあいい。近所迷惑だ。入れ。」
そしてコトリーナを応接間へと案内する。

「君も変わった趣味だね。」
着替えたウエスト男爵は別室にてナオキヴィッチに話しかけた。
「あんな娼婦が趣味だったとは…それも昼間から。」
「あれは娼婦ではありません。あんな娼婦がいたら恐ろしい。」
ナオキヴィッチはウエスト男爵を睨む。
「じゃあ誰だね?」
ナオキヴィッチは仕方なく経緯を説明した。すると男爵は大笑いした。
「成程!君の負けず嫌いの性格が災いしたというわけだね。」
「別にそういう訳では。」
暫く考えた後、男爵は手を叩いた。
「どうだい?あのいなかっぺ大将を貴婦人に君が育て上げるというのは?」
「何で俺が!」
ナオキヴィッチは応接間を覗く。…コトリーナがソファの上でピョンピョン飛び跳ねている姿に深い溜息をついた。
「あんな山猿を貴婦人だなんて、それは貴方が女性を夜を過ごさずに我慢することと同じくらい不可能です。」
「失礼だな。だけど天下の言語学者、ナオキヴィッチ教授には不可能という文字はないのではないかね?」
そう言われるとナオキヴィッチ、後には引けない。この性格がコトリーナと関わるきっかけになったことだというのに。

「そうだな。暫くしたら競馬があるだろう。」
この場合の競馬というのは上流階級が集うサロンみたいなもの。
「その競馬の席に君があのいなかっぺ大将をエスコートしたまえ。もし見事な貴婦人にあのいなかっぺ大将が変貌を遂げたら…君が欲しがっていた骨董の懐中時計をやろう。」
その時計とはナオキヴィッチが男爵には勿体ないと常日頃思っていた品物である。
結局、ナオキヴィッチはコトリーナの言葉だけでなく、コトリーナを素晴らしい貴婦人に育て上げる羽目になったのである。

男爵が帰った後、待たせていた応接間へと足を運ぶナオキヴィッチ。
「この山猿を…貴婦人に…。」
コトリーナは応接間に飾られていた壺の中に首を突っ込んで、抜けなくなっていた。
ナオキヴィッチは壺からコトリーナの首を出す。
「あんたの家、面白いものばっかだっぺ。」
感心するコトリーナ。恐らくコトリーナにとってはこの応接間が遊園地に見えるのだろう。
「不本意ながらお前を貴婦人に仕立て上げる羽目になった。」
「なぬ?」
「とにかく、お前も花の売り上げを伸ばしたかろう。よって今日からここに住み込んでもらう。」
ナオキヴィッチの言葉に、コトリーナは体を覆い隠す真似をした。
「そんな…おらの体が目的だっぺ!最初から…それが目的だったっぺ!」
「そんな体、何の足しにもならねえよ!」
ナオキヴィッチは叫んだ。この全国物産展、勘違いにも程がある。
「無償だ!この俺が無償で教えてやるんだ!ボランティアだ!」
「…あんたも暇人ずらね。」
漸く納得したコトリーナは手を下した。

「まずはその“おら”という言い方を治せ。女とは思えない。」
こうしてナオキヴィッチの教育が始まった。



「まず、ソファは飛び跳ねるものではない。」
「だって…こんなにフカフカのソファは初めてずら。おら…じゃない私、昂奮しちゃって。」
「それから花瓶は花を生けるものであり、首を入れるものではない。」
「あんまり大きな花瓶だったからつい、中に何か入ってるんじゃなかろうかと。」
翌日からナオキヴィッチはコトリーナの教育を始めた。

「ただいま戻りました。」
その時、部屋に一人の婦人が入ってきた。
「あら!こちらのお嬢さんはどなたですの?」
「…コトリーナという娘だ。ノーリー夫人。」
ノーリー夫人と呼ばれた女性はコトリーナの前に出てきた。
「まあ。ごきげんよう、コトリーナちゃん。」
「誰だっぺ?」
コトリーナはナオキヴィッチに確認する。
「こちらはノーリー夫人。俺を育ててくれた母親代わりの人間だ。」
「こんにちは。」
コトリーナはペコリと挨拶する。
そしてナオキヴィッチは手短にコトリーナを貴婦人へ仕立て上げる経緯を夫人へと説明した。
「んま!それじゃ、こんな格好じゃだめだわ!」
たちまち夫人はコトリーナの手を引いて部屋を飛び出す。慌ててナオキヴィッチも後を追う。

「さ!好きなドレスをお選びなさいな!」
ノーリー夫人はクローゼットを開けた。そこには色とりどりのドレスが並んでいる。
「よかったわ…こんなこともあろうかと用意しておいて。」
次々とドレスをコトリーナの胸に合わせて行く。
「…いつかナオキヴィッチ様の気が変わったらと用意しておいたのだけど。」
「何か言ったか?」
「いえ、別に。」
ドレスが決まると着替えるとのことでナオキヴィッチは追い出された。

着替えて出てきたコトリーナはかなりましな格好になっていた。
無造作に束ねられていた髪はリボンで可愛く飾られ、薄汚れていた地味な服は明るい色のドレスへと変わっている。
「元がいいから着せ甲斐があるわ。」
鏡の前でクルクル回っているコトリーナを見て満足そうにノーリー夫人が言った。
「本当に、何て可愛いのかしら。」
「…あの山猿が?」
ノーリー夫人はナオキヴィッチを睨んだ。
「女の子に何てことを!」
ナオキヴィッチはコトリーナのこれまでの様子を説明する。
「それは、初めてのお家で緊張していたからですわ。可哀想に…さぞ心細かったことでしょう。」
「あいつは…俺のシルクハットでスズメを捕まえようとしたんだぞ!」
「シルクハットの一つや二つくらい、いいでしょう!」
どうやらノーリー夫人はすっかりコトリーナが気に入ったらしい。
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