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2008.12.01 (Mon)

幸運の女神 第11話

琴子と直樹の結婚指輪は、新婚旅行の時にはめて行った後は、琴子がなくしそうだとか、傷つけそうだとか騒いだことと、直樹は実習の邪魔になるという理由から、普段は琴子のドレッサーの引き出しに大事にしまわれている。
2人が医師と看護師になってからは勤務中、何回も消毒をしたり手洗いをしたりするので、更にはめられることはなかった。


【More】

「あたし、ドレッサーに入れておいたはずだけどな」
まだ信じられないものを見ているように、琴子は指輪を見つめていた。

その時、琴子の手がすべって指輪がするっっと落ちてしまった。
「あっ!」
慌てて指輪を広い、傷や汚れがついていないか、丹念に確かめる。
「!」
琴子の視線が止まった。
指輪の内側に何か彫られている。琴子はそれを目を凝らして見つめながら、1ヶ月以上前に交わした直樹との会話を思い出していた。

琴子が最後に指輪を取り出したのは、琴子と直樹の会話の回数が減っていった、琴子が『疫病神』と言われた日の少し前くらいのこと。
その日、珍しく休日が合い、2人で寝室でくつろいでいた。琴子はドレッサーの前に座り、引き出しから取り出した結婚指輪を磨き上げた後、はめた左手を掲げていた。
『ふっふっふっ!たまにはつけないとねぇ。』
直樹は琴子の声にちらっと視線を上げたが、また手にしていた本に視線を戻した。
『ねぇ入江くん!たまには2人で指輪つけて、どこかに出かけようよ!』
『い・や・だ』
『えー、たまには指輪つけて、あたしたちが夫婦だってことを、こう、アピールするっていうか…』
『…誰にアピールする必要があるんだよ』
『誰って…。とにかく、指輪つけたい!入江くんと出かけたいの!』
『面倒』
『入江くんの意地悪っ!』
素っ気無い直樹の態度に口を尖らせた琴子だが、また指輪をうっとりと見つめ始めた。

『ねえ、入江くん!』
『…今度は何?』
今度は何を言い出すのか、あきれた表情で直樹は琴子を見た。
『あたしたちの指輪って、何もメッセージが入ってないよね』
『は?』
『文字よ、文字。結婚指輪って外国語でメッセージを彫ったりすることが多いらしいの。例えば“2人の愛よ、永遠に”とか。』
何を言い出すのかという直樹のあきれた視線に構わず、琴子は続ける。
『ロマンチックよね~。それで、2人は指輪を見る度に、そのメッセージを見て、愛を再確認するの』
琴子の視線はもはや直樹を通り越して、どこか違う方向へ向かっている。
『あたしたちの指輪も、何もメッセージがないのもシンプルでいいんだけれど、何か素敵な言葉を入れてもらうのってどうかな?』
座っていた直樹の傍にいつのまにか琴子が近寄っていた。
『い・や・だ』
『何でー?どうしてよー?』
『…俺たちが結婚考えて、実際に式を挙げるまでどのくらい時間があったか、お前覚えてる?』
『…2週間』
『そう、2週間、たったの2週間だった。その2週間の間に、俺はお前の指のサイズを覚え、店へ行き、指輪を作ったんだ。たった2週間だぞ?たった2週間の間に指輪を用意できたことに感謝してほしいくらいだ。字なんて入れる考えなんて全く頭に浮かばなかったね』
『そりゃ、確かに忙しかったけれど…』
『それに、俺たち指輪なんて普段しないだろ。ずっとそこの引き出しにしまったまま。文字を入れたって、見ることなんてねぇよ』
『…入江くんのケチ!!』
『大体、お前さっきの“2人の愛よ、永遠に”って英語で言ってみろよ』
『えっ!?それは、えーと…』
『言えねぇだろ。仮に英語で入れたとしても、お前は絶対読めない。読めないメッセージなんて無意味。』
『…入江くんのケチ!!』
そして、指輪はまた引き出しの中に大切にしまわれたのだった。

そんな会話を琴子は思い出していた。それからすぐに琴子と直樹は言葉を交わすことが少なくなっていったので、指輪に文字が入れられたのは、琴子が神戸へ発つ直前だったに違いない。その文字とは、

『N to K With Love』

「エヌ トゥ ケイ ウィズ ラブ…」
琴子は声に出してその文字を読み上げていた。

『N to K(直樹から琴子へ)With Love(愛を込めて)』

英語の苦手な琴子にも意味が分かるよう、読むことができるように簡単な文章だったが、それ以上のものがこの文字一つ一つに込められているようだった。
「…入江くん、大好き…大好き…でも、もう遅いよ…」
琴子は指輪を握りしめながら、その場にしゃがみこみ、泣き出していた。
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