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2009.09.04 (Fri)

比翼の鳥 5


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その日、お琴は機嫌が良かった。徹夜して帰って来た直樹の目に飛び込んできたのは、鼻歌を歌いながら、井戸端で大根を洗うお琴の姿。直樹が見ていると、
「明日、久しぶりに許嫁の方と会うんですって。」
と紀子がそっと耳打ちをする。成程、それであの機嫌の良さかと直樹は納得した。

「ああ、それ大根だったのか。」
鼻歌を歌うお琴に、池の鯉の餌をやろうと歩いてきた直樹が声をかけた。
「え?」
歌を止め、お琴は振り向いた。
「いや、立派な太さだもんでお前の足かと思った。許嫁と逢引するから念入りに足でも洗っているんだろうなと思って。」
「はい!?」
お琴は思わず、手にしていた大根と自分の足を見比べた。
「失礼な!」
頬を膨らませたお琴に、直樹は表情一つ変えない。

そのまま池で鯉に餌をやる直樹に、お琴は大根を手にしたまま近寄って来た。
「直樹さん。」
「何?」
お琴は大根をじっと見た後、言った。
「…なぜ、八百屋お七は火をつけてしまったんだと思う?」
「はあ?」
突然、八百屋お七が出てきて直樹は驚いた。大根を見ている内にきっと、八百屋が浮かび、八百屋お七に行きついたのだろうとは分かった。しかし、大根を見て自分を思い出されるとは、哀れ、八百屋お七、と直樹は天を仰ぐ。

「そりゃ…惚れた男に会いたかったからだろ?」
直樹も八百屋お七の話は知っている。好きになった男、吉三郎にもう一度会えると思って、江戸の町に火をつけたお七の話。
「だって、火付けは死罪だって知っているのに?」
お琴は不思議そうに首を傾げた。

「死んでも構わない、それでも会いたかったんだろ、吉三郎に。」

「そんなに好きだったのか…。」
「お前だって分かるだろ。許嫁がいるんだから。」

お琴は許嫁がいる。そして明日会えるからと鼻歌を歌うくらい機嫌がよくなる。それだけ相手の男を好きだという証拠だろう。
ところが、お琴の返事は直樹の想像とは違っていた。
「うーん…。よく分からないなあ。」
再び首を傾げるお琴に、直樹は驚く。
「そこまで会いたいとか…そんなに好きとか…。直樹さんはそれくらい人を好きになったこと、あるの?」
「ない。」
直樹は即答した。生まれてこの方、女にそこまで興味を持ったことがない。

「お前、そんなこと言ってたら相手の男が気の毒だぞ。」
直樹はお琴の許嫁に少し、同情を寄せた。
「いや…だって…。」
「惚れたから一緒になるわけだろ?」
「惚れたというか…うーん…。」
相変わらず首を傾げ続けるお琴。

「啓太さん…あ、私が所帯を持つ相手の名前なんだけど。啓太さんは幼馴染でいつも一緒で。所帯を持ちたいって言われて、お父つぁんも賛成してくれて。“女は望まれて嫁に行くのが幸せだ”とか何とか言われて。」
思いがけないお琴の話に、直樹は驚きの連続だった。てっきり、お琴が夢中になって惚れて惚れぬいて一緒になるのかと思っていたので。

「でも、相手を好きなんだろ?」
直樹は確認する。

「周りはどうやって一緒になったのかなって思って、隣のおばさんにそれとなく聞いたのよね。そしたら“気が付いたら一緒になってた”って。ああ、そういうものかって。だから啓太さんと一緒になろうと決めたの。」

「おいおい…。」
更に啓太という男に、直樹は同情を寄せた。でも、そういうものかも知れないなと、直樹は思い直す。夫婦なんてそうやってできるものかも知れない。

「それに、啓太さんは気心が知れてるしね。一緒にいて楽だし。私の友達にお理ちゃんって子がいるんだけど。器量が良くて、望まれて大店に嫁いだの。ところがお姑さんが口やかましくて大変なんだって。お舅さんは婿養子でお姑さんに頭が上がらないし…結構苦労しているみたい。それに比べたら、良く知っている啓太さんと一緒になるのは幸せかなって。」

お琴はそこまで話すと、「餌をやる手を止めちゃってごめんなさい。」と言い残し、大根をぶら下げて屋敷へと戻って行った。
直樹はそんなお琴の後姿を見ていた。

翌日、外出のため、おめかしをしたお琴がいた。いつもは殆どしていない化粧も、紀子の手によって施されており、別人のようだった。
休みの直樹は、そんなお琴に訊ねた。
「で?どこへ行くわけ?」
「あのね、お芝居!団十郎を見に行くの!お弁当も用意してくれたんですって!」
大喜びで直樹に話すお琴。

「直樹さんは?今日はお休みでしょう?」
そして、無邪気に直樹に訊ねてくる。今日は裕樹の学問を見てやる約束だと、言おうとした直樹にお琴は、
「たまには外に出た方がいいわよ?」
と勧めた。
「ほっておいてくれ。」
余計なお世話である。
「だって…そのままじゃ直樹さん、もやしっ子になっちゃうかと思って心配なんだもの。」
「もやしっ子?」
「そう。ヒョロヒョロって。お医者は体もちゃんと鍛えないと。ほら、医者の…医者の不器量?」
「医者の不養生。芝居なんかをヘラヘラ笑いながら見てるから、お前の頭は空っぽなんだな。」
「何ですって!」
二人が喧嘩しそうになるのを、紀子が間に入って止めた。お琴はすぐに機嫌を直し、弾んだ声で「夜までには戻ります!」と言い残し、出て行った。

「兄上、今日は何を…。」
久しぶりに兄と一緒に過ごせると、裕樹が楽しそうに直樹に近づいてきた。が、
「今日は弓の道場で汗を流してくる。」
と直樹は言い残し、がっかりする裕樹を置いて出て行ってしまった。


芝居の後、お琴は啓太と一緒にそぞろ歩きを楽しんでいた。お琴がふと足を止め、顔を上げた。そこには火の見櫓が立っており、中には半鐘が設けられている。
半鐘を見ているお琴の脳裏に、直樹の声がなぜか蘇った。

『死んでも構わない、それでも会いたかったんだろ、吉三郎に。』

「どうしたんだ?」
黙って半鐘を見ていたお琴を心配して、啓太が声をかけた。
「ううん。何でもない。」
お琴は啓太に謝って、再び歩き始めた。

「どうして、直樹さんが言ったことが突然浮かんできたのかしら…?」
お琴はそれが不思議で堪らなかった。





☆あとがき
どうしよう…書いていて楽しくなってきました♪
他のことが手に付かなくなっちゃう♪
しかし、私も書いていて「哀れ、啓太」とつぶやいてしまいました(笑)

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13:46  |  比翼の鳥  |  TB(0)  |  CM(7)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

★うん、哀れ(笑)

なんたって、初めから当て馬役だもんね…。
水ちゃんのプランが分からないのでなんとも言い難いのだけど、啓太も「ぜってー、ハッピーになるからな!」みたいな感じになるといいなぁ~~。

さぁて、直樹の気持ちもお琴の気持ちも段々揺れてきたね。振り子の振り幅が次第に大きくなる過程を楽しみにしてるね!
アリエル |  2009.09.04(Fri) 19:03 |  URL |  【コメント編集】

★どうなっちゃうの?

「お前だってわかるだろう。許嫁がいるんだから」の入江君の問いかけに、「うーん、よくわからない」とお琴、確かに啓太が可哀想ですよね。
でも、この時代、珍しくなかったのかも。親同士が結婚相手を決め、本人達は結婚式まで一度も会わなかったって話も聞きましたから...
お琴に「外に出て体をきたえなくちゃ、もやしっこになっちゃう」
と言われ、弓の道場に行く入江君と、啓太とのデートの時に入江君の言った言葉を思い出し、立ち止まるお琴。
何だか二人は無意識のうちにお互いを意識し始めたみたいですね。
これからどうなってしまうのでしょうか?
今後の展開がとっても×2楽しみです。
るんるん |  2009.09.04(Fri) 19:53 |  URL |  【コメント編集】

★二人の恋の予感?

水玉さん、こんばんは。
更新ありがとうございます。
琴子、今不安になっていますね。
啓太と一緒になりたいのかと言う不安。
琴子の気持ちはもう直樹の方に向いていますよね。
直樹も冗談を言ってはいますが、琴子の事を
気にしていますよね。
琴子は啓太を本気で好きでは無いような感じ。
直樹は琴子に身体を鍛えないといけないと言われて弓の道場へ。裕樹の勉強を見ないで。
やはり意識していますよね。
芝居の帰り火の見櫓を見て直樹の言葉を思い出す琴子。
死んでも構わない、それでも会いたかったんだろいう言葉を。
何故に此処で直樹の言葉を。
琴子も好きになっているんですね。
啓太の恋の行方は?



tiem |  2009.09.04(Fri) 20:56 |  URL |  【コメント編集】

★啓太・・・あんたって

いっつも報われないのねぇ(ため息)
サブキャラの宿命なのか、まるで花○類のようだわ。
だからと言ってお琴ちゃんと上手くいってしまっても・・・・。
レッド・バトラーとアシュレイ・ウイルクスどちらも選べなかった
私です(古すぎる?)
でも、いいですよね「死んでもかまわない、それでも会いたい」なんて。
生きてるあいだにこんな経験してみたかったなぁ(遠い目)
さくや |  2009.09.04(Fri) 21:39 |  URL |  【コメント編集】

あの~やっぱりあとがきが笑えるんですけど~
啓太君いったい・・・・
どんな展開になるのか本当に検討もつかない・・・
けど、楽しみが増えたわ♪
ゆみのすけ |  2009.09.04(Fri) 21:44 |  URL |  【コメント編集】

★ありがとうございます(^^)/

比翼の鳥はずーと続きを楽しみにしていたので、連載を始めていただいてうれしいです^v^)
これからも楽しみにしてるのでがんばってくださいっ
琴子ちゃんの許嫁に対する本音がきけてすこしでも直樹がほっとしてくれてたらいいなぁ・・なんて。まぁこれからですよねっ
啓太どんまいっ運命にはさからえないから!!(笑)
maro |  2009.09.06(Sun) 19:07 |  URL |  【コメント編集】

コメントありがとうございます!

アリエルさん
あて馬…そうそう、あて馬(笑)
本当に哀れで哀れで…(ぷぷっ!)
私のプランなんて、そんなもの、無きに等しいのはよく御存じでしょうが!!!(笑)

るんるんさん
そうそう!そうなんですよ!
結婚式で初めて会ったって珍しくなかったらしいですものね。
町人はお見合いの席とかあったみたいですけれど。
でもそれって、かなり怖いなあ~人柄も分からないんだし。ほとんど、ギャンブルのようなものじゃないかと…。

tiemさん
ああ、確かにお琴は若干、意識しているのかも…。
そうですね、啓太も考えてやらないと←おい!(笑)
まずい、また自分でハードル上げた感じです(笑)

さくやさん
おお!風と共に去りぬ、ですね!!
私はレッド・バトラーがいいかな♪
どちらも選べなかったなんて、さくやさん、なんか素敵♪
サブキャラって優しすぎる例が多い気がしますよね…本当に哀れだわ(笑)
私も一度は言ってみたいな「死んでも構わない…」って(笑)

ゆみのすけさん
だって本当に哀れで…(笑)
でも一応、お琴ちゃん、啓太と会うときはおめかししているから、好きなことは好きだと思う(笑)←一応慰めているつもり
いや、もう今回はあっさり控え目ストーリーでいきますよ!

maroさん
ありがとうございます!覚えていて下さった上、楽しみにして下さって!
しかし、どんまいって…maroさん(笑)
なんか皆さんのコメントが本当に啓太を励ましているのか、それとも…すごく笑えます!!
水玉 |  2009.09.06(Sun) 19:57 |  URL |  【コメント編集】

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