日々草子 円舞曲 25

円舞曲 25

直樹が出発して二年が経っていた。

「裕樹くん、気分どう?」
琴子は裕樹のベッドへ近づき、声をかける。
「…別に。」
ベッドの中から不機嫌そうに答える裕樹は、珍しく風邪を引いて寝込んでいる。
「何か食べたい物とかある?」
「ない。」
琴子は心配気に裕樹を見た。
「それじゃあ…添い寝してあげようか?」
「はあ!?」
琴子の言葉に裕樹は目を白黒させた。
「ほら、眠れないみたいだし、子守歌でも…。」
「結構!さっさと出て行って一人にしてくれ!」
「そんな…だって私は直樹さんから家族を頼むって言われたんだもん。裕樹くんがこのまま治らなかったら…。」
「縁起でもない!」
そして裕樹は琴子を追い出した。
「んもう。お義姉様に素直に甘えればいいのに。」
琴子は閉められたドアを見ながら不満そうに呟いた。
ドアの向こうでは、
「添い寝なんてされたら…兄様にばれたら殺される!」
とベッドの中で裕樹が頭を抱えていた。

またある日のこと。
「裕樹くん!できたよ!」
琴子が着物を裕樹の前に広げた。
「何、これ?」
怪訝な顔をする裕樹に琴子は嬉しそうに説明する。
「裕樹くんの着物!私が縫ったの!着てみて!」
そう言って無理矢理裕樹に着せる琴子。

「何だ、これは…。」
鏡に映った姿を見て裕樹は絶句した。袖は左右逆、裾は見事なつんつるてん。丈が膝くらいしかない。
「お前…これはひどすぎだろう。」
「あれ?おかしいなあ?」
こんなはずではと首を傾げる琴子に、裕樹は怒鳴る。
「大体一度もお前、僕の寸法を測りに来なかったよな?そんなんでちゃんと縫えるわけないだろう!」
「だって…直樹さんに言われたんだもの。家族を…。」
いつものことを言おうとした琴子だったが、裕樹が遮った。
「家族を頼むと言ったのであって、僕を頼むとは兄様は言っていない!」
「そんなことないもん。裕樹くんがすくすくと成長する様子を見ていてほしいって意味もあると思う!」
「そんな意味はない!だから僕の世話を焼くのはやめろ!」

怒鳴られた琴子は一旦、しょんぼりしたものの、すぐに気を取り直し言った。
「ま、これで勘は取り戻せたわよね。」
「勘?」
「しばらくお裁縫していなかったから自信なかったんだけど。でもこれで直樹さんの物、縫えるわ。」
笑いながら話す琴子に裕樹は呆れた。
「僕…練習台ってことかよ?」
「あのね、直樹さんと私、お揃いの寝間着を作ろうと思って。帰ってくるまでに仕上げないと!」
琴子の耳には、裕樹の台詞など入っていないらしい。

「大体、お前がそんなんだから兄様は留学を一年延ばしちゃったんだからな。」
裕樹が言った通り、一年の予定だった直樹の留学は二年になろうとしていた。最初の一年が過ぎた頃、『まだ学びたいことがある』と直樹から連絡が入った時は琴子を始め、家族ががっかりしたものだった。
が、直樹の将来のためだと琴子は快く、思う存分勉強してきてほしいと返事を出したのだった。

「今頃、お前なんかとは正反対の美人で上品なフランス人と仲良くしてるかもな。」
「そんなことないもん!直樹さんに限って…。」
そう言いながら、琴子はたちまちボロボロと涙を零し始めてしまう。
「裕樹さん!」
そして現れたのは紀子。
「あなた、お義姉様をいじめて何が楽しいの!」
「琴子が悪いんだよ、母様。」
「お黙りなさい!」
こうなると裕樹には勝ち目はない。逃げるしかない。
「裕樹さん!」
紀子の声を聞きながら裕樹は自室へと逃げてしまった。

直樹が出発してからの入江家は、大体こんな毎日だった。

「確かに入江様くらいいい男なら、フランス人も放っておかないわよね。」
「モトちゃんまで…。」
琴子は口を尖らせる。琴子は今も鴨屋で働き続けていた。
「直樹さんはお勉強に夢中で、そんなことに興味は持ったりしないもん。」
「分からないな。男なんて妻がいないのをこれ幸いに羽を伸ばすし。」
そう言ったのは啓太である。
「そうそう。一人異国で寂しい思いを忘れたいとか何とか…。」
啓太も幹に言葉に頷く。
「もう!二人ともやめてよ!」
琴子は二人を睨みつけた。もっとも二人が本気でそんなことを思っていないことは琴子だって分かっている。啓太も幹も、琴子をからかって遊ぶのが楽しくてたまらないだけである。

直樹の帰国まであとわずかとなった頃、琴子と裕樹は二人で出掛けた。行先は美術館である。
「兄様の描いた絵が一等だなんて、やっぱりすごいな。」
歩きながら裕樹は誇らしげに言った。日本にいた頃に学校で書いていた直樹の絵がこの度、権威ある賞を獲ったのである。都合がつかなかった重樹たちは後から行くとのことで、まずは琴子と裕樹がその絵を見に行くことにしたのだった。
「直樹さん、帰国したらすごい有名になるかもね。」
琴子も夫が誇らしくてたまらない。
「今頃、こっちへ向かう船の中よね。」
直樹はこれから日本へ向かうという手紙を、琴子へ寄越していた。

会場はかつて、直樹と琴子が協力して描いた絵を出した展覧会が行われた美術館で、琴子にはそれも思い出深い。
「…何か視線を感じるんだけど。」
会場に入った瞬間、琴子は明らかに自分に対する視線を感じていた。
「私、どこか変かな?」
「お前はいつも変だからな。」
その瞬間、裕樹の肩を琴子が掴んだ。
「何だよ!?」
「今の言い方…直樹さんそっくり!もう一度言って!」
「やだよ!」
そんな風に騒ぎながら二人は目的の場所へと向かう。

そして琴子は、なぜ自分に視線が向けられていたのか理由を知る。

そこには、琴子をモデルにした直樹の描いた絵が飾られていた。
二人は暫く黙って絵を見つめる。その絵はドレスを着た琴子の立ち姿で、後ろを振り返るような構図。それは結婚前に直樹の部屋で、偶然見つけた画帳に描かれたスケッチが元になっている。そのスケッチが気に入って、琴子はこっそりとそれを直樹に黙って持ち出したものだった。そして、そのドレスは二人で一緒に踊った夜会の時に着ていたドレス…。

琴子も裕樹も長い時間、そこに立ってその絵を見ていた。

暫くすると、展覧会の責任者らしき人物が琴子の方を見ていることに気がついた。
「どうしよう…裕樹くん。挨拶とかした方がいいとか?」
困る琴子に、
「実物はこんなんですみませんとか言ってくれば?」
と裕樹は素っ気ない。
そのうち相手が近付いてきて、琴子に挨拶をし、琴子もあたふたと挨拶を始めた。裕樹はそっとその場から離れて、再び絵の前に進んだ。

「すごいよな…世界中探しても見つからない、最高の恋文だ。」
絵の中の琴子は、裕樹の目から見ても美しかった。そして溢れんばかりの直樹の琴子への愛情が伝わってくる。
「こんなに兄様に愛されて…幸せな奴だよな。」
裕樹はペコペコと一生懸命頭を下げている琴子を見ながら、直樹に似た顔でクスッと笑った。


二人が絵に夢中になっていたその頃、入江家では…突然の知らせが来ていた。
「そんな…嘘でしょう!?」
紀子はたちまち泣き崩れる。そんな紀子の肩に手を置きながら、重樹も涙を流す。
「嘘だったらどんなにいいか…。」
「そんな…そんなことって。直樹さんが…直樹さんの乗った船が沈没しただなんて…!乗客の生存は絶望だなんて…!」


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水玉さんお久しぶりです。
円舞曲とても楽しくよまさせていただいてます

ひぇぇぇぇぇ~~直樹さぁ~~んそんなぁ~~
そんなことって・・・・・・
でもでも大丈夫ですよね!!
うわぁ~ん直樹さんが心配で寝れないっす><。

直樹は?琴子は?

水玉さん、おはようございます。

直樹フランスに2年も行っていたのですね。
その間琴子、ちゃんと待っていたのですね。
その直樹が帰ってくると喜んでいる琴子。
しかしその喜びを打ち崩す事が。
喜びからどん底へ。
直樹の乗った船が沈没です。
琴子はまだ知りません。
どうなるの?
直樹の運命は。琴子はどうするのでしょう
もの凄い不安を覚えます。
直樹が琴子を置いてなんて考えられないから
でもすごく心配です。

原作にない展開ですよね

うおぉぉ。琴子ちゃんの立ち姿の恋文見てみたいですねぇ~。
それにしても水玉さま。
「必ず帰ってくるから」とか「家族を頼む」とか、当時の船旅は今より安全ではなさそうだなとか思って、なんとなく嫌な台詞だなとか思ってはいたのですが、マジですかっ!
原作なら「試験に受かって早く来い」ってな感じで琴子ちゃんが神戸へ行くことが前提の展開だったのに、どういう風になるのかなとは思っていたんですが・・・。
2年も我慢してこの扱いですかぁぁぁ。
琴子ちゃんいじめですね。ああああああああ。
水玉さんですから、信じてますよ。絶対HAPPYな展開を!

あうう、恐れていたことが…

時代大河ロマンなら、この展開は定石よね。さすが!はずしてないわね、水ちゃん。
頭の中で一瞬、「少尉!」とさけぶ紅緒さん(もしくは「竜介!」とさけぶ万里子)が浮かんだのは内緒です!!
それにしても、水ちゃんのお話っていつも感じるけど、小説って言うより戯曲っぽいよね。特にこのシリーズはそう感じる。舞台化できそう!


…とは書いてみたものの、アタシの愛する琴子ちゃんの気持ちを思うと…26が怖いよ~~…でも、いや、だからこそ26が待ち遠しいわ!!!
はっ!もしやそんな展開に??…いや、さすがにそれはないだろうな…。ああでも、あれが布石で…?いやいやいや!そんなことは!?………

↑といった感じで色々勝手な先読みして悶々としてますわぁ~~~

ええーーー!!!

水玉さんおはようございます。
いつも楽しく拝見させていただいています。

琴子への「最高の恋文」によろこんだのもつかの間、
ええーっ!!!沈没?!(涙)
なんか、アリエルさんのコメ見て、少尉がいない間に家族を面倒見るドジな紅緒の姿が重なっちゃいました。あ、でも少尉は帰ってきてくれたか・・・う~ん私も次が待ち遠しいけど怖いです。

ひぇ~ぇ!!た、たいへん

「見返り琴子」なんてふざけてる場合じゃないですね(汗)
タイタニックですよ!どーしたらいいんでしょう・・・(って、私が焦ってどーする)
かの少尉様のように無事に帰還して欲しい!!だって「かならず帰ってくる」って約束したじゃないですか・・・・・ううう(涙)
次回が読みたいような・・読みたくないような・・・でも(どっち!?)
複雑に揺れ動く「オバゴコロ」です。

NO TITLE

あうっ!!何という展開に!!!
私も少尉ストーリー←天下の漫画の題名を勝手に。。。スミマセン
思い出しちゃった!!
あの漫画も男性群とても綺麗な顔しているのよね。
さあこれからの展開が楽しみです♪

それにして裕樹、琴子のやり取り
お兄様がいなくてもやはり兄上の存在が恐ろしい裕樹が好き!!!
なんてったって、被害大NO1候補だもんね裕樹は♪

ありがとうございます!

コメントありがとうございます^^

ごめんなさい!まとめてコメントのお返事をさせて下さい!

いや~やっぱりあのマンガをみなさん、思い出されましたよね?
私も書きつつ「うわ~まんま少尉だわ~」と突っ込んでいました(笑)
一応、定石というか、この時代こういうストーリーをやっぱり書いてみたくなってしまいまして(^^ゞ

しかしいきなり沈没…(苦笑)
他に表現の方法がなかったのか、私!と一人突っ込んでいます(笑)

あと少しお付き合い頂けますようお願い申し上げますm(__)m
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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