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2009.08.20 (Thu)

円舞曲 23


【More】

翌日。
いつものように鴨屋に来た琴子は、啓太に何と言っていいのかずっと考えていた。

あの飛び出してきた日の夜…。一度は啓太に抱き締められた琴子だったが、気がついたように慌てて体を離した。
『ごめんね…。私やっぱり…。』
琴子はそれだけ言うのがやっとだった。
『いいよ、返事はお前が落ち着いてからで…。ずっと待っているから。』
啓太はそう言うと、ここに琴子が泊るわけにはいかないからと幹の家へ連れて行ったのだった。

「ちゃんとはっきり言わないとだめだよね…。」
もう友達にも戻れないし、働くことも無理かもと思って、琴子は中に入れずにいた。
すると、
「忙しいんだよ。ぼやっとしてる暇はない。」
と後ろから声がした。振り返ると不機嫌そうに啓太が立っている。
「あ、啓太くん…あの…。」
「さっさと上で支度して来い。」
そう言って啓太は中へ入ってしまった。啓太は何も言わなかったが、琴子は啓太の態度がこれからも変わらずに友達でという意味だと分かった。
「ありがとう、啓太くん。」
琴子は心の中で感謝し、謝りながら急いで店の中へ入った。

「結局…元の鞘に戻ったってわけか。」
琴子がいない時、幹が独り言のように呟いた。
「残念だわ。入江様を狙ういい機会だったのに。」
「まだ言ってるのかよ。」
啓太は呆れた視線を幹に送った。
「もしさ…。」
啓太がポツリと呟いた。
「もし…俺の親父があの男みたいだったら…そしたらお袋も幸せな人生を歩めたんだろうな…。」
そして啓太は店の入口へ行き、華族お断りの貼り紙を剥がした。幹は微笑みながら啓太を見ていた。

それから一ヶ月後。
直樹が部屋に入ると、箪笥の中をひっくり返したのかと思うくらいの着物が拡げられていた。
「ねえ、どれがいい?」
その着物が広げられた場所の中央では、琴子が細い体に何枚もの着物を当てている。明日は久方ぶりに二人揃って出かけることになっていた。
「…どれも大して変わらないだろう。」
あまりの散らかりぶりに呆れた直樹が言った。
「そんな!直樹さんが好きな柄のものにしようと思っているのに。あ、洋服の方がいい?」
すっかり浮かれている琴子には、今は何を言っても無駄だと直樹は知った。
「どうしようかな…。」
飽きもせず、次々と着物を手にする琴子を放っておいて直樹は部屋を出ようとした。が、そこに広げられていた一枚を手に取ると琴子へ投げつけた。
「何するの!」
驚く琴子。
「それにしろ。」
それはうさぎの柄の着物で、かつて二人で出掛けた折に着たものだった。
「覚えてるだろ?」
意味ありげに笑う直樹を見て、琴子は真っ赤になった。
「お、覚えてるって…そんな…知らない!」
そんな琴子を見て直樹は笑いながら部屋を出て行った。

数時間後。
絵を描いている直樹の部屋の扉が勢いよく開けられた。
「ドアは静かに…。」
と言いかけた直樹の目の前に、琴子は、
「見て!」
と手を差し出した。見ると琴子の指には金剛石の指輪が光っている。
「お義母様がね、明日貸して下さるって!素敵でしょ?本物の金剛石なのよ!」
そう言ってうっとりと眺める琴子。完全に地に足が付いていない状態だった。

「私、あの人になった気分。」
「あの人?」
直樹が怪訝な顔をした。
「ほら!数年前に新聞に連載されていた小説の…お宮さん!」
「ああ…。」
直樹も思い出した。確か題名は『金色夜叉』。だが、その宮という登場人物が憧れるような設定だったようには、直樹には思えない。
「私がお宮さんなら…直樹さんが貫一よね。」
嬉しそうに笑う琴子。

「…お望みならお宮にしてやろうか?」
「え?本当?」
喜ぶ琴子を見て直樹は確信した。琴子は『金色夜叉』の内容をよく分かっていない。
「じゃ、いくぞ。」
そう言って直樹は片足を高く掲げた。
「え?ちょっと?どういうこと?」
直樹の行動が理解できず、慌て始める琴子。
「貫一はお宮を足蹴にしたんだったよな。金剛石に目が眩んだとか何とか言って。」
「そ、そんな話だった?」
「そうだよ。」
足を下ろそうとしない直樹に困った琴子は、
「あ、直樹さん、お腹空いたでしょ?お芋、お芋持ってくるから!」
と言って、逃げ出した。
「ばあか。」
慌てて出て行った琴子を笑う直樹。だがその表情は琴子が部屋を出て行った途端、引っ込んだ…。

翌日。
直樹が選んだ母の形見のうさぎの着物を着て、紀子から借りた指輪を嵌めて、琴子は始終ご機嫌だった。
喧嘩した際に割ってしまった夫婦湯呑も、新しいものを直樹に買ってもらった。
その後は琴子が好きな活動写真を二人で見て、食事をする。とにかく琴子にとっては幸せな日だった。

やがて二人はあの思い出の場所、池のほとりにやって来た。腰を下ろす。
「見て!直樹さん!」
そう言って琴子が巾着から取り出した物。それは直樹が琴子へ作った万華鏡だった。
「持って来ちゃった!」
そして琴子は万華鏡を覗く。直樹はそんな琴子を黙って見つめていた。

「琴子。」
万華鏡に夢中になっている琴子に直樹は声をかけた。
「何?」
笑顔を向ける琴子に直樹は一瞬、言葉が詰まった。
「…話があるんだけど。」
「話?」
いつになく真剣な直樹の表情に琴子も緊張し、そして直樹の次の言葉を待った。だが直樹は琴子の顔を見つめたまま、口を開こうとしない。

心臓が口から飛び出そうな気持ちで、琴子は直樹が話すのを待った。
やがて直樹は重い口を開いた。

「…俺、フランスに行くことにした。」

直樹の言った意味がよく分からず、いや分かりたくない琴子は聞き返した。
「今…何て?」
聞き間違いであってほしい、または冗談だと言ってほしいと願いながら琴子は思った。だが直樹は冗談も言っておらず、琴子も聞き間違ってはいなかった。
「フランス…パリに一年留学しようと思う。」
衝撃のあまり、琴子は手にしていた万華鏡を落とした。コロコロと転がっていく万華鏡に琴子は全く気がつかなかった…。




♪あとがき
神戸→パリということで。まあどちらも大して…変わるか(笑)
もうゴールが見えて来ているので、サクサク進めてまいります!
ですのでもう少々、お付き合い願えればと思います^^

ところで…読んで下さっている皆様、『うさぎの着物』に琴子が赤くなった理由、おわかりでしょうか?
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*Comment

★久しぶりに

円舞曲にコメントできる!!
丑三つ時にこんばんわ。

うさぎの着物、わかるとも!!この着物に袖を通すたびに思い出すんだろうね、琴子は、ふふふ。
それにしても、フランスとはまた・・・。でも確かに、絵の勉強している直樹が勉強のために行く先は、この時代、国内ではないよね確かに。
転がる万華鏡・・・また壊れてしまうの???
懐かしい小道具たち(という表現でごめんなさい)の登場が嬉しい回でしたわ。
そして、金剛石という表現を久しぶりに聞いた。この時代ならローズカットかしら?地金は金?白金?デザインは・・・とあれこれ想像してしまうのは・・・お許しください。
アリエル |  2009.08.20(Thu) 02:22 |  URL |  【コメント編集】

★どんどん進んでいく~!

仲直りできてよかった、よかった・・・と安心していたら、また新たな展開じゃあないですか!この辛いエピはサクサクっといくんですね?!だって二人が離れるの辛いし。
うさぎの着物・・・二人より私のほうがにやけてるかも?!
くみくみママ |  2009.08.20(Thu) 10:27 |  URL |  【コメント編集】

★うさぎは跳ねるのよぉ

フランスとは、これまた遠い異国の地ですね。
この時代は飛行機でひとっ飛びなんてわけには
いかないから、ながーい船旅。
横浜からマルセイユまで、一ヶ月・・もっとかな?
かかって渡仏したんでしょうね。大変な時代です。
それを思うと、今の時代国内で遠距離恋愛なんて
言ってるのが贅沢だと言う気になりませんか?
物語りも佳境に差し掛かっているようで・・・・更新が
待ち遠しいです。
さくや |  2009.08.20(Thu) 10:47 |  URL |  【コメント編集】

二人とも仲直りおめでとう!!
漸く二人が仲直りしてホッとしました。

うさぎ柄の着物を見る度に琴子は赤面するんでしょうね!(笑)
直樹も意地が悪いなぁ~(笑)
でも直樹もやっと琴子に蒸かし芋を作ってもらえるようになって良かったね。

直樹がフランスのパリへ?!
漸く仲直りした所なのに!
一難去ってまた一難ですね…
眞悠 |  2009.08.20(Thu) 10:49 |  URL |  【コメント編集】

★琴子ショック(><)

水玉さん、こんにちは。

やっと仲直り出来たのも束の間。
美味しい蒸した芋を食べられるようになったのに。
うさぎ柄の着物は琴子には思い出の着物。
意地悪な直樹ですね。
でもその直樹がフランスはパリに。
琴子は我慢できるのでしょうか。
直樹に買ってもらった万華鏡も落とすほど動揺していますが。
直樹、琴子を一人置いて行くのですか。
やっと二人の心が通じた所なのに。
どうしたらいいのでしょうね。
紀子ままは大反対するのでしょうね。
直ぐにいける距離ではないですよ。
tiem |  2009.08.20(Thu) 11:26 |  URL |  【コメント編集】

★留学ですか?

折角仲直り出来て、Love×2になったと
思ったら、今度は入江君、フランスに行
ちゃうんですか、一難去ってまた一難です
ね。
あんなに大切な万華鏡も目に入らない位
動揺した琴子、どうなるのでしょうか?

うさぎ柄の着物、二人にとって忘れられない
着物ですよね?
るんるん |  2009.08.20(Thu) 19:07 |  URL |  【コメント編集】

★ありがとうございます

コメントありがとうございます♪

アリエルさん
そうそう^^芸術はフランス、医学はドイツってイメージじゃない?この時代って。
だからおフランスへ~(笑)
金剛石って呼んでいたのかな^^;ダイヤが知れ渡っていたのは確かみたいだけど。城山三郎の小説にちょうどこの時代の話があって奥さんにダイヤモンドを買ってあげるといった件があったから。

くみくみママさん
サクサクいきますよ~!と言っておきながらこの始末(笑)
うさぎの着物、覚えて下さってありがとうございます^^
どんどんニヤけて下さい(笑)

さくやさん
コメントのタイトルに噴きました(笑)
そうですよね、この時代連絡手段は手紙くらい…。それも今とは比べものにならないくらい時間がかかるんでしょうね。
今も遠距離恋愛は大変だとは思いますが。
毎日会っていた夫婦が離れるって…考えるとつらいですね。

眞悠さん
うさぎ柄の着物…ちょっと意地悪な直樹さんを出してみたくて^^
後この辺りでラブラブにしてあげたかったんです。
私自身がラブラブ欠乏になりそうだったので。

tiemさん&るんるんさん
本当に紀子ママが一番騒ぎそうですね^^;
で、次回騒いでいるのですが(一応)
フランスまでどのくらいかかるんだろう…当時の船で。
電話も何もない時代ですものね。

水玉 |  2009.08.23(Sun) 22:10 |  URL |  【コメント編集】

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