日々草子 円舞曲 18

円舞曲 18

「琴子さん、どこへ行ったの!?」
琴子はどうやら外へ飛び出したらしい。その尋常ではない様子に驚いた紀子と裕樹が直樹の元へ飛び込んできた。が、部屋の中、割れた湯呑に視線を落としたままの直樹を見て、二人は口をつぐんだ。
「あいつ、もう、ここには戻って来ないかもしれない。」
直樹はそれだけ言うと、二人の間を抜けて、どこかへ行ってしまった。

「ごめんね、お休みなのに。」
店の中で琴子は啓太に謝った。
「それは別にいいけど…。」
「お墓参りは?」
「終わった。」
「そっか。お母様とゆっくりお話できた?」
「まあな。」
とりとめのない会話を続ける二人。しかし琴子の様子はどう見ても普通じゃなかった。
「…何かあったのか?」
何かあったというのは一目瞭然だったが、そう訊くしかできない。
「喧嘩しちゃった。夫婦喧嘩。」
そう言って琴子はエヘヘと明るく笑った。
「喧嘩すると、普通は実家へ戻るんじゃないのか?」
とりあえず明るい調子で啓太は話した。
「…実家に戻るとお父様、心配するから。」
「そりゃまあ、嫁いだ娘が婚家を出てきたなんて言ったら大抵の親は心配するだろうな。」
「ううん…。結婚する時に、心配するお父様に私が言ったの。“身分が違っても絶対幸せになるから”って。だから…気づいたらここしか行くあてがなくて。」
琴子は寂しそうに言った。

「で、喧嘩の理由は?」
啓太はお茶を出しながら、意識して軽い調子で訊ねた。
「…とうとう言っちゃったんだよね。」
先程までの笑顔を消して琴子は呟いた。
「何を?」
「今まで思っていたこと全部ぶつけてきちゃった。」
今頃ぶつけるなんてよく我慢していたものだと、正直啓太は思ったが、ここは本人の話を黙って耳を傾ける。
「直樹さんの言うことが正しいんだよね。身分とかにこだわっていたのは私だったんだし。きっとこんな考え方の私が鬱陶しかったのかもしれない…それなのに直樹さんに当たり散らして、出てきちゃった…。」
話しながら、また琴子は泣き出した。
「…せっかくお嫁さんにしてくれたのに。もう絶対呆れてる。こんな女、結婚するんじゃなかったって後悔してる。もう顔も見られないよ。」
そう言って、顔を伏せて声を上げて泣き出してしまった。啓太は黙って泣き続ける琴子の様子を見守っていた。

「…そんなに辛いなら。」
暫く経った後、啓太が口を開いた。
「もう…家を出たらどうだ?」
「え?」
琴子が泣きながら顔を上げた。そこには真剣な瞳をした啓太が、琴子の瞳を覗き込んでいた。
「啓太くん…?」
「いつも泣いてばっかりで、それで本当に幸せなのか?」
あまりに真剣な様子の啓太に琴子はたじろいだ。
「どうしたの?」
それには答えず、啓太は突然琴子を抱きしめた。
「え?ちょ、ちょっと、啓太くん?」
「俺なら…俺ならお前を泣かせたりしない。いつも笑顔だけをお前に与えることができる。」
最初は啓太の体から何とか離れようとした琴子だったが、ちっとも力を緩めようとしない啓太に負け、力を抜いた…。

翌日の朝、朝風呂に出かけていた啓太が戻ってきた時、朝もやの中に人影を見つけた。それは直樹だった。
「お早いお越しで。」
いつものように揶揄する啓太に直樹は、
「来てるだろ、あいつ。」
とだけ訊く。
「あいつが家を出て行く場所は、ここくらいだしな。…残念ながら。」
「まあ来ているけどね。」
啓太は店の二階を見ながら言った。
「ただ…まだ寝ているかもな。」
啓太の言葉を聞いて、直樹が眉を潜めた。
「寝てる?」
そんな直樹の様子を見て啓太は平然と言った。
「昨日…遅かったしな、寝たのが。」
そして直樹の様子に構うことなく、啓太は言ってのけた。

「琴子って昼と夜の顔があんなに全然違うなんて、思わなかったよ。」



「目、覚めた?」
「モトちゃん…。」
琴子は寝不足の頭を振った。
「びっくりしたわ!啓太がアンタを連れて家に来た時は。」
昨晩遅く、啓太は琴子を連れて幹の家に現れた。男一人の家に女性を泊める訳にはいかないので、幹の家に連れてきたのだった。

「ごめんね…。迷惑かけて。」
「いいわよ。事情はアンタから昨日聞いたし。」
そう言いながら幹はテキパキと朝食を用意していく。琴子も運ぶ。

「いただきます…。」
食欲はなかったが、せっかく作ってくれた幹に悪いので口へ運ぶ。
「料理上手だね。」
「一人暮らしが長いとね、必要にかられてできるわよ。」
そう言って幹はパクパクと食べた。つられて琴子も食べる。
気がつくと、箸を休めて幹が琴子を見ていた。
「何かついてる?」
不思議に思って琴子が訊ねた。すると幹は、
「しゃくだから黙っていてやろうかと思ったんだけど。」
と面白そうに言った。
「何を?」
幹はフフフと笑い、そして、
「アタシ、美術学校の学生さんに知り合い結構いるのよね。勿論、入江様とお近づきになるためだけど。」
と話し始めた。入江の名前を聞くと琴子は胸が痛くなった。そんな琴子を見て、やはり面白そうに幹は続ける。
「…最近、入江様忙しそうじゃなかった?」
「そういえば…。」
最近、ここ一カ月の直樹は部屋に籠って、食事もそこそこにずっと課題をやっていた。それも一体何枚の課題があるのだろうと琴子が思うくらい描き続けていた。そんな忙しさだったから尚更、会話が減り、しかも直樹は寝室に寝ることすらなくなっていた。

「理由知ってる?」
「課題が多いからかなって。」
琴子の返事を聞くと、幹は、
「じゃあなぜ、課題が多いかは?」
と重ねて訊ねる。
「さあ?」
首を傾げる琴子に幹は笑顔で答えた。
「美術学校の授業でね、人物画を集中的にやることになったんですって。」
そう言われても、最近学校の話も全く聞いていないので琴子にはぴんと来ない。
「だけど、入江様、それを拒否したらしいのよ。」
「ええ!?」
さすがに琴子は驚いた。授業を拒否するというのはまずいことくらい琴子にも分かる。
「理由がね…。」
幹はもったいぶっている。
「何?何なの?」
必死な琴子を見て、幹は言った。

「“妻以外の人物画は描きません”って、平然と教授に言ってのけたらしいのよ。」

それを聞いた琴子は驚きのあまり声を失った。
「凄いわよね、教授に盾突くなんて。いくら教授が言っても“妻以外は絶対に描かない”って言い張ったらしいわよ。」
幹はそう言って琴子のおでこを突いた。
「そんなこと…言ってはいけないでしょう?」
心配する琴子に、幹は続きを話す。
「普通はね。でも学校始まって以来の首席だから教授も妥協案を出したんですって。それなら山のように課題を出すって。」
「もしかして、それで?」
幹は頷いた。
「そう。それなら全て課題をこなせば描かなくていいってことになったらしいわよ。」

琴子は思い出していた。結婚する時に言った「お前以外をモデルにしない」と言った直樹の言葉を…。
「直樹さん、忘れていなかったんだ…。」
呟く琴子に、幹は言った。
「学校中、その噂でもちきりになって入江様に言ったらしいわよ。“奥さんの顔を一目見たい”って。」
「え!それは困るわ。」
琴子は焦った。外見も中身も、そんなに期待されるような人間じゃないことは自分でもよく分かっている。
「そうしたら、入江様こう言ったんですって。」
「今度は何て?」
もしかして、みっともないから会わせられないとか言ったのだろうかと琴子は不安になった。
ところが幹の答えは違ったものだった。

「“見せるのが勿体ないから嫌だ”って言ったんですって!」

「そんなこと…信じられない。」
琴子は信じられない顔をしている。
「アタシだって信じられないわよ!そんなに惚気る方に見えないのに!」
幹が声を張り上げた。がすぐに琴子に笑いかけた。
「だからね、琴子。教授や同級生にそんなこと言ってのける人が、本心からみっともないとアンタを見ていると思う?」
そう言われても…実際言われたのだからと琴子は思う。
黙りこんだ琴子を見て、幹は溜息をついた。

「そんなことを口走ったのは、何か理由があるのよ、絶対。アンタ、入江様の口からちゃんと説明してもらったの?」
琴子は首を振る。それを見て幹はまた溜息をついた。
「見せるのが勿体ないだなんて…一度でいいから言われてみたいもんだわ。」

幹から話を聞いて、琴子はいかに自分が直樹を傷つけたかと自分を責めた…。どんなに謝ってもきっと許してもらえないに違いない。
「そんなに思っていてくれたなんて…。」
取り返しのつかないことをしたと後悔し続けた。

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直樹の琴子への想い!!!

水玉さん、おはようございます。

直樹は紀子ママ、裕樹に琴子はもう帰らないかも知れないと。
壊れた夫婦茶碗を見ながら話を。
琴子は、啓太に喧嘩の事を話し、琴子は幹の所に。
翌朝、直樹は啓太の元に。
琴子がいると思ったのでしょうね。
啓太、直樹に挑戦するように話を。
まだ寝ているかも、朝と夜の顔が違うとか。
直樹信じるのかなぁ。
琴子は、直樹が此処暫く部屋に篭って絵を描いていた理由を知りませんでした。
人物画は琴子以外描かないと教授に言ったと。
その為に沢山の課題が直樹に。
琴子はそのことさえ知らなかったのですね。
そうなると琴子の顔を見たくなるのが人間の心理です。
魅せるのが勿体無いから魅せないと。
だから幹が言います。
直樹が本心から貴方の事をみっともないなんて言うのと。
琴子は実際言われたのだからと、まだ疑心暗鬼ですね。
でも琴子、本当に直樹は琴子しか見えていないんだよ。
直樹貴方を捜しているんだから。
琴子は直樹が許してくれるか不安の様子ですね。
二人早く仲良くして欲しいですね。
幹ありがとう、琴子に話をしてくれて。

水玉さん、ゆっくり休憩して又さらにヒートアップしたお話お待ちしています。

直樹ってば!

琴子には言葉足らずなのに、外ではしっかり惚気てるのね。Nice幹ちゃん!啓太は挑発してるね~。直樹の気持ちを試してるのかな!?早く二人で話し合って、わかりあって欲し~~~い!!!

啓太くんあおりすぎなんぢゃ・・・

どう考えても、啓太くんは入江くんをあおってますよね?
誤解を生むような言い方をわざとしてますよね?
そんなに殴り合いの喧嘩をしたいのか?と思ってしまいました。
私が入江くんならこの時点で啓太を殴ってるかも・・・(笑)
原作の入江くん嫉妬話よりも入江くんの琴子ちゃんへの「愛」が現われていていい感じです。
こんなに入江くんに思われている琴子ちゃんがうらやましいなと思いました。

爆発するか、まだ溜め込むのか

啓太にそこまで煽られて、直樹さんの次の行動やいかに?!
これ以上溜め込んだらお身体に毒ですわ、直樹さん・・・もう、おやめになって!いいじゃありませんか、爆発なさったって・・・(←ダレ?:笑)

というのは冗談だとして、そんなに愛しちゃってるのに素直になれない直樹さん。ある意味、かなり気の毒な性分だよね。でも、だからこそ、そんな直樹さんの思いが琴子に届いたら・・・?!て・・・ごめん、勝手に最終的には「絶対ハッピーになるからね」的な事想定してますけど、ダメでしょうか??
「うさぎの~」のラストのフレーズから考えると・・・どうなるんだろう・・・ドキドキ

啓太が誤解を産むような発言を!
まさに一触即発!!
この後の直樹が怖い……

惚気る直樹って想像付きにくいですが、そこまで思ってもらえてる琴子が、幹ちゃんが言う通り羨ましいです。

早く仲直りして欲しいよぉ~~~!!

NoTitle

「妻をみせるのが勿体ない」それだけ琴子のことを
愛しているのに、本心を言わないが為に誤解され、
喧嘩に発展。挙句、琴子は家を飛び出し、行った先は鴨屋。
でも啓太は琴子をモトちゃんの所に預けて、
入江君が心配する様な事は何もないのに。
なのに、啓太は入江君に誤解される様な事を...
これは、啓太の入江君に対する挑戦?
「昨夜、寝るのがおそかった、昼と夜の顔が違う」
こんな事を言われたちゃって、入江君はこれからどうするのでしょうか?

啓太の挑発?

う~ん・・・・どうも運命の歯車がおかしな方向に回っているような感じですね。直樹ここはひとつ冷静になって啓太の挑発にのらないで欲しいな。
黒直樹が出てこないように祈ります。
モトちゃんどうか琴子を助けてあげてね。

コメントありがとうございます

コメントありがとうございます。
…すみません。私はどうこの話をまとめればいいのか、怖くなってきました←おい!
な、なんとかなるさ~♪

tiemさん
ありがとうございます。
おかげさまでリフレッシュできました♪
ヒートアップ(笑)、が、がんばりますね(笑)

くみくみママさん
そうそう挑発挑発(笑)
一人の女性をめぐって二人の男性が~いつ見てもうらやましい構図ですわ♪

KEIKOさん
おお…殴り合い。それも欠かせないですね~(笑)
何かどえらいシーンにしてしまったことを反省しています。
どうしよう、これだけあおって…すごい「はあ!?」みたいな展開になったら…。

アリエルさん
そのフレーズは忘れてくれ!!!
というかあおりすぎたとそれこそ猛反省してます(笑)
もう…覚えていた人がいたのかっ!と驚いてるし(笑)
最後は決まってるんだけどねえ…

眞悠さん
惚気…そうですね^^たしかに想像しにくい…。
絶対本人の前では惚気なさそう…でもそこが魅力♪←何を言ってるんだか(笑)

るんるんさん
今読み返してみて、私も何を書いたんだ!?と驚いています(笑)
なんだ、このセリフは…(笑)
落ちついて、この後の展開を考えることにします…←今更

さくやさん
黒直樹!!何か書いてみたいけど、私には茶碗夫婦喧嘩レベルの黒直樹が限界かも…(笑)
しかし…私はどうも愛の告白の台詞を書くのが苦手ですわ…。何かいいセリフが降りてこないものか…(^^ゞ
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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