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2008.12.01 (Mon)

幸運の女神 第7話

「疲れたぁ!!」
琴子は自分のマンションへ戻ると、ベッドに倒れ込んだ。慣れない言葉や職場にいると、帰っても何もする気がおきない。帰ったら琴子が一番にすること、それはテレビの電源を入れることだった。電源を入れたからといって見るわけではない。一人の部屋は静かすぎて、何でもいいから音で部屋を満たしたいだけだった。



【More】

「一人って、こんなに静かなんだね…」
琴子は寝返りを打ってつぶやいた。入江家のにぎやかな生活に慣れすぎていて静かさにたえられなかった。
「…でも、一人の生活に早く慣れないとね。」
そう言って、ベッドから起き上がると琴子はバッグの中から『神戸医大病院案内図』を取り出した。方向音痴の琴子にとって、病院内を覚えることはとにかく時間がかかる。空いた時間に病院の案内図を眺めることが琴子の日課のようになっていた。

一方、直樹は琴子が神戸へ行ってから自宅へ帰る回数が少なくなっていた。家へ帰ると紀子が琴子に電話しろ、休暇を取って会いにいけ、挙句の果てには神戸へ異動希望出せと毎日うるさく言われることがうっとおしかった。
それに家に帰っても琴子のいない部屋で過ごすことが辛かった。紀子が毎晩電話をしているようなので琴子からかけてくることはなかった。意地の張り合いみたいな感じになっている気がしていたが、屋上でケンカしたことを思い出すと、自分からかけることもしゃくにさわった。
でも、そろそろ限界を感じつつあったので、直樹の方から琴子へ電話をある日かけてみた。しかし、勤務中なのか留守番電話になっていたのでそのままメッセージを残さずに切ってしまった。

「入江先生!明日の夜って空いています?」
看護師が数人、直樹に声をかけてきた。琴子が傍にいない今、何とか直樹に近づこうと日々看護師たちが直樹の周囲をうろついている。しかも、直樹は飲み会にはめったに顔を出さない。付き合いで忘年会などに出る程度だ。看護師たちに囲まれている直樹を見ながら幹は「あの子達も懲りないわねえ」とため息をついていた。
「明日なら日勤だから空いているけど」
直樹の返事に幹は目を見開いた。
「えっ!うそ!入江さんが乗り気?」
看護師たちは更にはしゃぎ始めた。
「明日の夜、飲み会するんですぅ。入江先生もぜひいらして下さい!」
「…何時?」
「えっ!!6時半から○○家っていう居酒屋です」
「急患が入らなかったら参加する」
直樹の意外な答えに、看護師たちはヒートアップしていく。
「キャー何着ていこう!!」
「入江先生、来るって!!」

看護師たちの騒ぎをよそに、直樹は淡々とカルテを整理していた。
「珍しいですね、先生が参加するの」
幹は驚きながら、直樹に話しかけた。
「たまにはコミュニケーション取らないとな。」
そう言い残して、直樹は廊下を歩いていってしまった。

「…アタシも明日は勝負服着てこよう!!」
幹はガッツポーズでつぶやいた。

その頃、神戸の琴子は患者に「点滴が痛い」「採血やめて」と嫌がられながらも、日々奮闘していた。胸の身分証には『相原琴子』とあった。琴子が相原を名乗ることは、神戸へ行く際に斗南の師長に願い出たことだった。なぜ旧姓なのかという疑問を口にした師長に琴子は、天才の入江直樹の妻ということで今まで病院内でどれだけ苦労したかを必死に熱弁した。その結果、琴子の苦労を師長は理解してくれて、神戸にて『相原琴子』として働くことを了承してくれたのだった。琴子にはもう一つ旧姓で働きたい理由があったのだが、それは自分の胸にしまっておいた。

留守番電話は直樹からかもと思っていたが、琴子は掛け直すことはしなかった。本音はすぐに電話に飛びついて、直樹の声が聞きたかったが堪えた。
神戸での生活はだんだん慣れ、70%の割合で病院内も覚えてきたし、「相原さん」と呼ばれることも慣れてきた。何より関東とは違った関西の看護師たちの気質に励まされている。琴子は神戸で一生懸命頑張っていた。
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