日々草子 円舞曲 16

円舞曲 16

「啓太の生まれた家は華族なのよ。あれだけ毛嫌いしている華族の出なの、啓太は。」
琴子は驚きのあまり何も言葉が出なかった。華族の啓太がなぜ板前などやっているのか。それを幹に訊ねると、
「それは…啓太が家を捨てたから。」
という答えが返ってきた。
「捨てた?」
「お母さんが啓太を名前で呼んだことがないって言ってたでしょ?」
「うん。」
琴子は頷く。それを見て幹は悲しい目をして続けた。
「啓太もね、自分の母親を“お母さん”って呼んだことがないのよ。」
「どういうこと?」
長くなるけれどと断って、幹は話し始めた。

啓太は父親が正妻以外の女性に産ませた子だったということ。そして母親の身分に関係なく、その家に生まれた子供は正妻の子供として育てられるということ。でも正妻は夫が他の女性に産ませた啓太など見向きもしなかったということを、幹はゆっくりと話し続けた。

「…啓太は生まれたときから実の母親から引き離されたから、冷たい正妻さんを自分の母親と疑わなかったらしいけど。」
そこまで話すと、幹は再び紅茶に口をつけた。

「ただ、傍にいた女中さんが一生懸命啓太の面倒を見てくれて。啓太もその女中さんを“おたえ”って呼んで懐いていたんだって。だけど…。」
幹は辛そうな表情を浮かべた。
「だけど?」
「…その女中さんが実は啓太の実の母親だったの。」
「ええ!?」
琴子は思わず大声を上げてしまった。周りの客が何事かと二人を見たが、幹は何も言わなかった。

「女中さんって…子供の母親なら…。」
それなりの待遇は受けられるのではないかと琴子は思った。
「華族の家にはよくあるらしいわね。子供は華族として扱われる、でも身分の低い母親は何も変わらないって。」
「そんな…!母親を呼び捨てにしていたなんて…。」
琴子を見て幹は悲しそうに言った。
「普通だったら…琴子みたいな反応をするわよね。母親を呼び捨てにしているなんてって。でも啓太の家は違うのよ。ううん、華族の世界が違うの。子供はね、実は自分が身分低い女性から生まれた子だったって知ると…それを恥と思うんですって。」
「恥ずかしいって…だって自分のお母様でしょう?」
琴子の言葉に幹は頷いた。
「…啓太も琴子と同じ思いだったのよ。啓太は自分が母親を呼び捨てにしていたことに耐えられなかったの。」
「それで?」
琴子は幹の言葉を待った。

「何のことでしょう?」
直樹の問いかけに啓太はしらを切った。
「とぼけるなよ。お前が街で会っていた人物、あれは貴族院議長だ。しかもかなり名門の家柄だよな。」
「…会っていただけで、なぜ父親になるんだ?」
啓太は直樹を睨んだ。
「調べれば分かることだしな。」
啓太の視線に怯むことなく、直樹は答えた。
「コソコソ俺の身辺を調べ回ったってわけか。」
「妻の周りを纏わりつく虫について調べるのは当然だろ。」
「虫ね…随分見下されたもんだな。」
啓太はしばらく横を向いて黙っていた。

「調べたんなら…俺が会っていた男がどんな男か分かってるんだろ?」
啓太が口を開いた。
「だから貴族院…。」
「役職じゃなくて、人物だよ!」
忌々しそうに啓太は直樹の言葉を遮って叫んだ。
「女と一緒じゃないと一晩も眠れない、子供は全て母親が違うといって過言じゃない、しかも気まぐれで一度手をつけておしまい…俺の母親みたいにな。そんな男だってことも知ってるんだろうな?」
その啓太の説明は、直樹が調べたこととほぼ同じことだった。確かに評判はあまりいいとはいえない男であった。

「それで、どうしたの?」
琴子は黙り込んだ幹に続きを促した。
「…啓太は実の母親を“母上”って呼ぶって言い出したの。」
「それは…当然だよね。」
「だけど…父親はカンカンに怒ったのよ。華族の息子が女中を母上と呼ぶなんて他の人間に示しがつかないって。殴られたことも何回もあったらしいわ。」
「ひどい…。」
「母親は…啓太をずっと坊ちゃまって呼んでいた、というよりそう呼ぶしか許されていなかったから。それでも息子の傍にいたかったんでしょうね。結局啓太は実の母親を呼び捨てにするしかなかった…。」
幹の声が最後、涙まじりになっていた。琴子も自然と涙が出てくる。

「母親はその後、啓太が15歳になった時に亡くなったわ。啓太は母親がいたから我慢して家にいたけど…もう母親がいなくなった今、家にいる理由はないから、飛び出したの。」
啓太は母親の実家に転がり込んだらしい。最初は驚いた祖父母だったが、事情を知り、受け入れてくれ、そして啓太も板前修業をしながら祖父母へ孝養を尽くしたという。啓太の修行が終わるとほぼ同時に、祖父母が相次いで亡くなり、祖父母の家や財産を整理し、今の店、鴨屋を構えたとのことだった。鴨狩という名字は祖父母の名字とのこと。

「アタシはね、修業中に知り合ったのよ。あいつが修行していた店で働いていてね。意気投合しちゃって、あいつが店を出す時、付いてきたってわけ。」
漸く幹は笑顔を見せた。

「本当に思い出すだけで胸糞悪くなる家だったよ。外と中じゃ顔が違う父親、着飾ることしか頭にない本妻、自分より身分低い人間を見下すことしか能がない兄弟…こんな奴らと関係があるってだけで嫌になる。」
啓太は心底嫌そうに言った。
「…ああ、悪かったな。あんたもそんな世界の人間だし。」
そして冷たい目で直樹を見て続けた。

「あんたが俺とあの男を見た日…何を言われたと思う?婿養子に出す息子が足りないから家に戻って来いって言われたんだぜ!まあ、これも今に始まったことじゃないけどな。有力な縁談が転がり込んでくる度に呼び出しやがる。その時だけ。普段連絡も寄越さないくせにな。」

黙って聞いていた直樹が口を開いた。
「だからといって…琴子はお前の母親じゃないぞ。」
それを聞き啓太は怒りの表情を覚えた。
「…どういう意味だよ?」
「お前は琴子に自分の母親の境遇を重ねているだけじゃないのかと思ってね。俺はお前の父親みたいな真似、琴子にはしない。」
「…どうだか。」
「何だって?」
啓太の言葉に直樹もさすがに機嫌を悪くする。
「じゃあ…なんであいつは…最近あんなに悲しそうにしているんだよ?」
啓太の言うとおり、直樹は琴子と最近、ろくに会話らしい会話をしていない。そしてそれが啓太に気づかれていることに直樹は腹が立った。

「あんた、琴子がどれだけあんたを気遣っているか分かってないだろ?というより、違う世界で生きていく人間がどれだけ大変か、全然分かってないよな?」
「じゃあ、お前は分かっているわけか?」
挑発するような直樹の態度に、啓太がとうとう堪忍袋の緒を切った。
「ああ!分かってるね!少なくともあんたより!」
そして最後に叫んだ。
「琴子はこっちの世界で生きる方がいいんだよ!その方が幸せになれるんだ!」



♪あとがき
…啓太の正体について興味を持って下さっていた方、こんなオチ?でごめんなさい。
でもこれで第一の山を乗り越えられて、ホッとしています♪
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啓太の生い立ちに涙…

こんな話聞いたら琴子はよけいに啓太に気持ちがいくよね~。愛ではないにしろ。なんだか、山場が近づいてる気がする! いや、もう一つぐらいエピがあるのか?う~ん、ワクワクですぅ。

はじめまして

いつも、楽しみに拝見させていただいております。
今回、啓太の素性がわかり、啓太が琴子に思いをよせる気持がせつせつと伝わり・・・いつも思っていたのですが、改めて水玉さんの発想力と文章力に感嘆してしまい、思わずコメントをせずにはいられなくなりこのたびメッセージをいれさせていただきました。
これからも、お邪魔させていただきます。更新待っています!
(あっでも無理は禁物です。)

啓太の家庭事情が此処まで複雑だったとは…
この時代には、よくあった話かもしれませんが…
実の母親を「母上」と呼ぶ事さえ叶わないとは辛過ぎますね。

ついに啓太が直樹に担架をきりましたね!
いよいよ物語も佳境でしょうか?

啓太の真実

水玉さん、おはようございます。
啓太が華族?
驚く琴子ですが、幹からの話を聞いて涙です。
複雑な状況が有るのだというい事を。
直樹は啓太に自分も華族なのではと。
すべて調査してあると。
琴子はお前の母親ではないと、琴子に自分の母親を重ねていると。俺はお前の父親のような真似はしないと
そこへ啓太の何故琴子は悲しそうな顔をしていると。
さらに琴子がどんなに直樹に気を使っているか解らないだろうと。直樹に琴子は必要ないと挑発です。
ついに啓太の堪忍袋の緒が切れたようです。
直樹、どうするのでしょう。
琴子を思う気持ちは啓太には負けないつもりですが。


NoTitle

ところどころで、原作とちゃんとリンクされてるこのお話。
きゃ~こう来たか!!!!
とても素晴らしい展開で面白いです♪あ~ん!!続き気になるわ!!
そして啓太が最後に言ったこのせりふ!!
どうなるのでしょう???
直樹って意外とお子様感情の持ち主だから
どう琴子と向き合っていくのかしら???
さあさあ!!ちょこっと苦しみなさい!!直樹さん!!
あなたの奥様の琴子ちゃんはとても素敵な女性なんだから!!!
↑ナオキストの方々すみません。これも私の直樹への愛するが故の愛情表現なのです。

NoTitle

啓太には、こんな生い立ちがあったのですね。
だから華族を嫌っていたのですね。
琴子に優しかった実母を重ね、また母親を亡くした琴子と
心に通じるものもあったのですね。

琴子と入江君のこれからは?そして、琴子と啓太は?
これから、どうなるのでしょうか?

NoTitle

啓太の過去に愕きです。同じ華族に生まれても
直樹とは大きく違った育ち方をしたんですね。
このままでは琴子の心は・・・・直樹そうとう頑張らなくちゃね。「おにいちゃん!しっかりしないと、琴子ちゃんとられちゃうわよ!!」っと紀子ママになって言ってみる(笑)

ありがとうございます

コメントありがとうございます♪

ちょっとお詫びを。
すみません。これでやっと折り返し地点とか言ったら…私、座布団投げられますか(笑)


くみくみママさん
そりゃそうでしょう!!(笑)
なんだかんだ言って、女性はこういう話に弱いから♪
↑のとおり、まだ折り返し…どうぞそのワクワクを忘れないで読んでいただけますよう、痛切に願います^^

なおき&まーママさん
はじめまして!コメントありがとうございます!
発想とか文章とか…とんでもないです!!もう穴だらけで…お恥ずかしい限りです。
でもありがとうございます♪
ぜひまたお気軽にコメントいただけるとうれしいです。

眞悠さん
本で読んだんですが、母親が身分が低いと呼び捨てにしていたらしいです。
それでその事実を知ると恥ずかしいと思う人が多かったらしいです。
なんかいやな時代ですよね。あと芸者さんとの間に生まれたお子さんも結構いたとか。
すごい設定にしちゃったよ…啓太…ってちょっと焦っております。

tiemさん
その気持ちを素直に琴子に伝えればいいのにねえ…と言ってみたりします(笑)
調査って…考えてみれば、直樹、君は探偵かと突っ込みたくなりますね(笑)
結構恐いぞ。

ゆみのすけさん
そうそう、忘れたころに原作エピを(笑)
ちょこっと…?えーたっぷりと悩んでいただかないと、ねえ?(笑)
でも、直樹をいじめるのは楽しいけど(ナオキストの皆様、これも私の歪んだ愛情表現なのです(笑))、琴子が悲しいのは書いていて辛いわ…
しかし…ここまで引っ張っておいて本当、肩すかしになったらごめんなさい(汗)

るんるんさん
啓太は自分も身分で苦しんだ過去があるから、同じように苦しんでいる琴子に同情し、それが愛へと…とうまく書くことができればいいのですが。そのくらい辛い目に遭わないと、毛嫌いする理由にはならないかなあと。これは取ってつけた理由ですが(笑)
だんだん暗くなってきましたね、この話。
そろそろなんとかしないと…(^^ゞ

さくやさん
入江家がきっと特殊なんでしょうね。そもそも乳母の手によって育てられるからあまり肉親とのふれあいとかなかったのかしら…なんて本を読みながら考えてしまいました。
あ、でもこれが正しい知識ではないので、さらっと読み流してくださいね。
本当にママに喝を入れてほしいですよね!


プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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