日々草子 円舞曲 10

円舞曲 10

幹は相変わらず啓太に立ち入り禁止の貼り紙について毎日文句を言い続けていた。
「じゃあ…モトちゃん、家に遊びに来ない?」
琴子が二人の間に割って入り、幹に提案した。
「い、入江様に会えるの?」
昂奮のあまりどもる幹。
「うん。」
勿論、幹は二つ返事。

そして当日。
幹はおめかしをして入江家の玄関に立っていた。
「いらっしゃい。」
琴子が出迎える。幹は中をキョロキョロと見回した。高価そうな調度品、広い室内、それは幹が想像した以上のものだった。
「ごめんね。お義母様出かけることになっちゃって。モトちゃんにとても会いたがってたのだけど。」
申し訳なさそうに琴子が言った。
「え?アタシに?」
「うん。私がいつも話してるからね。また絶対来てほしいって伝えておいてだって。」
まさか伯爵夫人が自分ごときに会いたがっているとは幹は思っていなかったので、かなり驚いた。家だけでなくそこに住まう人間も幹の想像とは違っているらしい。
「あと、裕樹くん…あ、直樹さんの弟なんだけど、こっちも一緒に出かけちゃったんだよね。」
「あら。残念。」
こちらは琴子は実はホッとしていた。だって祐樹は昨夜、幹が遊びに来ると言ったら「本物の男女が見られるのか!それは見世物小屋に行くより面白そうだ!」と言っていたから…。

そして幹は琴子夫婦が使っている居間へと通される。
「すごいわ…。」
この居間だけでも自分が住んでいる部屋の何倍あるのかと幹は見回す。
「あ、これ、結婚式?」
暖炉の上にあった写真立てに幹が気づいた。
「素敵!入江様、何て素敵なのかしら!」
「…私は?」
「ああ、アンタもいたのね…まあまあね。」
言葉とは裏腹に幹は、決して派手ではない琴子も綺麗だと思っている。琴子を見るとお茶を運んできた女中とにこやかに何か喋っていた。
「結婚式はやっぱり盛大だったの?」
お茶を飲みながら幹は何気なく訊ねた。
「…ううん。ここで身内だけで。」
琴子はちょっと言いにくそうに答えた。
「ふうん。でもそういうのも素敵よね。」
幹はてっきり華族というものはどこか場所を借りて大勢の招待客を呼んで披露宴をやるものだと思っていたので、琴子の返事が意外ではあったが、でも正直な感想を述べる。

「おいしい。やっぱりいいお茶だわ。」
その紅茶は本当においしかった。
「ところで…肝心の入江様は?」
「まだ学校。もうすぐ戻ってくると思うけど。」
「いいわよねえ。毎日入江様の顔を見て過ごせるんだから!」
幹はそう言って溜息をついた。
「…アタシ、一晩だけでいいから夜伽させてもらえないかしら?」
琴子は幹をジロリと睨んだ。
「怖いわねえ。冗談に決まってるでしょ。大体アンタ、そんなにつまらない焼き餅妬いていると愛想尽かされるわよ。」
「やっぱり呼ばなければよかった。」
「もう冗談だってば!」
そんなことをワイワイ騒いでいると、ドアが開いた。
「あ、お帰りなさい。直樹さん。」
「ああ…いらっしゃい。」
幹は顔を真っ赤にして「お邪魔してます。」と言うのが精一杯。直樹が一旦部屋を出た後も、昂奮したままである。
そしてその後直樹が再び戻り、三人で話をし、幹は至福の時を過ごす。
「どうせなら、モトちゃん、夕食も一緒しようよ。」
琴子が提案した。
「え?まさか…アンタの手料理?」
幹は琴子が店に来たばかりの時を思い出した。結婚しているなら料理くらいできるだろうと、啓太が厨房を任せてみたら…危うく大惨事になりかけ、琴子は配膳専門になったのだった。
「違うよ。ちゃんと料理人さんが作ってくれるから。」
琴子は頬を膨らませる。勿論、憧れの直樹と一緒に食事ができるのだから幹に異存はない。
こうして幹は夕食を食べて帰ることになった。

「おいしいでしょ?」
食べながら琴子は幹に訊ねた。
「おいしい!」
幹はナイフとフォークを動かしながら答える。お世辞抜きに入江家の夕食はおいしかった。
「料理人さん、凄い腕前ね!」
そして前の直樹を見る。
「何て…素敵なのかしら。その口に運ぶ肉になりたいわ。」
そんな凄いことまで幹は思っていた。
琴子はまるで自分が誉められたかのように嬉しくなり、幹に紹介すると言って厨房へ料理人を呼びに行く。そんな姿を見て、幹は直樹に訊いた。
「あの…琴子っていつもこんな感じで過ごしてるんですか?」
「こんな?」
「あ、その…料理人さんとかと気軽に話したりとか。」
「そうだけど?家はみんなそんなに構えてないし。でも中でも琴子は特別かもな。」
「へえ…。」
料理人だけでなく、琴子は部屋にお茶を運んできた女中とも気軽に喋っていた。そして相手もそんな琴子と本当に楽しそうに話している。その姿は幹が知っている華族の家とはあまりにかけ離れていた。
そして琴子は料理人を連れてきて、幹に紹介する。その料理人もニコニコしていて琴子を優しい眼差しで見ている。そんな二人を見ていると温かい気持ちになるのを幹は感じていた。そしてそれは傍らにいる他の使用人も同じで、皆がニコニコして琴子を見ている。
「料理人さんのお料理もおいしいけれど、啓太くんの料理もおいしいよね?モトちゃん。」
琴子が言った。
「ああ…そうね。」
「今度、持って帰ってくるから食べてみてね。」
琴子は料理人に話しかける。
「それは楽しみです。」
料理人も機嫌良く答えた。幹は二人の会話を聞きながらふと直樹を見た。
「怖い!」
思わず叫びそうになったが、必死で口をつぐむ。直樹は先程までの表情はどこへやら、無表情で琴子を見ている。
「こ、琴子…。」
慌てて琴子の話を止めようとするが琴子は気づかず、
「凄いよね!啓太くんも何でも作っちゃうんだもの!一番美味しいのは筑前煮!あの作り方、教えてって頼んでも、私には無理だっていうのよ!ひどいよね!」
と話を続ける。

「下げて。」
とうとう直樹の冷たい口調がその場を凍りつかせた。直樹の様子を見て料理人は何かに気づいたように「お喋りが過ぎまして。」と慌てて引っ込む。女中たちは慌てて直樹の皿を下げ始めた。
「直樹さん、殆ど食べてないじゃない。最近食欲がないって言ってたけど…大丈夫?」
琴子が心配そうに直樹を見る。
「別に。どこもおかしくないし。」
幹は琴子が何も気が付いていない様子にハラハラしている。

こうして夕食の席は気まずいまま終わった…。

遅くなったので車で送らせるという琴子の勧めに幹は従うことにした。
「ねえ、琴子…。」
幹は遠慮がちに話しかける。
「…あんまり入江様の前で啓太の話をしない方がいいかも。」
「どうして?」
「どうしてって…。」
本当に何も気づいていないらしい。その鈍感さに幹は溜息をつき、琴子に話して下手な気遣いをさせるのも怖いと思ってそれから先は何も話さなかった。

帰りの車の中で幹は運転手に訊いてみた。
「琴子って随分好かれてますよね?」
運転手は笑顔で答える。
「それはもう!特に奥様がもう若様方より可愛がっていらっしゃって。」
「凄い!」
「こちらのお宅は、旦那様も奥様も本当にお優しい方ばかりで私どもも大変気持ちよく働かせていただいていたのですが…若奥様がおいでになってからは更に明るくなりました。」
「そうなんですか?」
「私どもが申し上げるのも失礼ですが…若奥様のあの明るさ、元気良さ、どれだけ皆の心を和ませて下さってるか…。」
琴子が本当に皆から好かれていることを知る幹。そして聞き上手な幹に乗せられ、運転手は直樹と琴子の馴れ初めを問われるがまま話す。
「…ですので若様が若奥様と御結婚された時は皆が大喜びでした。私たちも絶対御結婚してほしいと強く願っていたので。」
「そうなんですか。」
そこまで祝福されるなんて何て琴子は幸せなのだろうと幹はしみじみ思う。
「そして…。」
「そして?」
運転手は笑いを堪えながら口を開いた。
「若様があんなに焼き餅妬きだということも知りました。」
幹は先程の直樹の様子を思い出し、また背筋が寒くなった。
「そんなに?どちらかというと琴子の方が焼き餅妬いている感じですけど。ほら!入江様…直樹様ってとても素敵だし。」
いえいえと運転手は首を振る。そして“裕樹おにぎり事件”を面白そうに語って聞かせた。
「女中たちが笑い転げてまして。実の弟様にまでって。でもそれだけ愛されていらっしゃるんだと微笑ましいのですが。」

「ですってよ。だからアンタが何も心配することはないと思う。」
翌日、琴子がいない場所で幹は入江家訪問の顛末を啓太に語って聞かせた。
「本当にあんなに幸せなお嫁さんっているのかしらって思うわよ。あ、アンタも琴子に妙な気を起さないほうがいいわよ。…入江様に殺されるわよ。」
「あ、そ。」
啓太は魚を下ろしながら素っ気ない返事をする。
「…華族にも色々あるのねえと思った一日だったわ。」
幹は皿を拭きながら呟いた。
「…外だよ。」
「え?」
啓太が何を口にしたのかよく聞こえず、幹は聞き返した。
「…内じゃなくて、本当の敵は外にいるんだよ。…ああいう所はな。」
「外…?」
そこへ琴子が現れたので、二人の会話はそこで止まった。



☆あとがき
色々な形で「続きを楽しみにしています!」とのお言葉を頂戴でき、本当にうれしいです!!
こんな話の続きを楽しみにしていただけるなんて…。
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comment

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琴子らしいなぁ

みんなに好かれるって、直樹にとっては心配なんだろうなぁ。さぁ、啓太はどうするの?直樹の態度は?おおぉぉ、想像するだけでもワクワクです。

空気を読みなさい琴子?

水玉さん、こんにちは。
琴子が幹を入江家に接待です。
直樹も帰ってきて、食事開始。
その時、琴子が啓太の料理も美味しい夜という話を。
その時点から、直樹の顔色が変わり始めます。
幹は直ぐに気がつきますが、琴子は全然気がつかないのです。
琴子に言います。余り直樹の前で啓太の話はしない方がいいと。入江家にお勤めの方々は皆琴子が大好きです。
琴子が来てからは直樹も変わったと。
みんなに好かれる琴子だと。
直樹は啓太に対してすごい嫉妬心を抱いていますよ。
これからどうなるのでしょう。
そして啓太の敵は外にいるんだよという意味は。

NoTitle

絶対零度ですか~直樹さん。
いや!!これから益々じりじりと直樹さんには我慢していただかなきゃ~
これからの直樹さんの動向が気になります♪
だってだって可愛いんだもの、琴子ちゃん!!!

NoTitle

コメントありがとうございます^^

くみくみママさん
たまには可愛くて天真爛漫な琴子ちゃんを書いてみたくなったのですが、いかがでしょうか?
それにしても…直樹さん、大人気ないわ(笑)
主として失格だわよ(笑)

tiemさん
本当に空気を読めって感じですよね(笑)
でも「私にやいてるのね。フフフ」なんて琴子っぽくないしなあ(^^ゞ

ゆみのすけさん
もうどうしよう~直樹いじめが楽しくてたまらなくなってきた。あっちもこっちも(笑)
これが本来の自分だったのねと変な方向に自覚してる(笑)
同好会の総会とか開きたい勢いです♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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