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2008.11.28 (Fri)

幸運の女神 第5話

琴子の神戸行きは、入江家でも一騒動だった。
紀子は半狂乱になって止めたし、琴子が一人で行くことがわかると、なぜ直樹も一緒じゃないんだとか一緒に行かないなんてそれでも夫かなど騒いだが、「看護師として大きく成長してきたい」という琴子の言葉に、「お兄ちゃんはなんていい奥さんをもらったのかしら」と最後は泣いて喜んでくれた。
が、一人この騒動に疑いの目を向けていた人物がいた。


【More】

「お前、神戸に行くのって本当に看護師として成長するため?」
休日に神戸へ持っていく荷物をまとめていた琴子に言葉をかけたのは裕樹だった。
「そうよ。最近のあたしって結構失敗もなくなったし、師長や主任の信頼も厚いのよね~。ま、斗南大病院のホープって感じ?」
おどけた返事をする琴子に、裕樹が更に続けた。
「お前、この間神戸へ行く理由をみんなに話したよな?」
「うん」
「あの時、一言も『入江くんのため』とか『入江くんの妻として』っていうのがなかったんだけれど。」

さすが天才直樹の弟、裕樹。
他の家族はごまかせても裕樹はごまかされてなかった。

「お前の話って必ず『入江くん』ってのがしつこいくらい入るはずなのに、何で?本当にお兄ちゃんはこの話納得してるわけ?」
「してるってば!『お前にしてはすごい決心だ』って誉めてもらったし」

琴子の嘘が入り混じった答えに裕樹はいまいち納得できなかった。
直樹が大学卒業直後に神戸へ行くと決めたときの琴子の動揺ぶりを思い出してもわかることだったから。
それに直樹をずっと尊敬して見てきた裕樹だからこそ気づいたこと、直樹と琴子の仲が最近おかしいことにも唯一家族の中で気づいていた。

医者と看護師だと勤務時間がずれて、休みも合わないことが嫌だと思ったことも度々あったが、琴子は直樹と顔を合わせることがままならないこの状態に今は感謝していた。それは直樹も同様だった。
直樹が帰宅していて、琴子が出勤していた夜、裕樹は直樹がいる書斎のドアをノックしていた。

「…お兄ちゃん、琴子が神戸に行くの、本当に納得してる?」
「…あいつが自分で決めたことだしな。」
「最近琴子と話した?」
「俺も手術とか当直とかで忙しかったし、あいつは神戸へ行く手続きとかで忙しいからな。」
直樹は本から目を上げずに答えた。
「…お兄ちゃん、琴子、研修が終わったら帰ってくるよね?」
「?」
裕樹の言葉に直樹が振り返った。
「何でそう思うわけ?」
「だって、なんかあいつもうこの家に帰ってこないんじゃないかって気がする。俺の考えすぎだとは思うんだけど」

琴子の神戸行きは病院でも注目の話題になっていた。
『絶対に入江先生に会いたくなって途中で戻ってくる』という賭けまで発生しているくらいだ。ちなみに一番倍率が高いのは『2週間以内に戻る』だった…。

勤務先の科が違う啓太の耳にもその噂は届いていた。
その話を聞いた時、
「へぇ、あいつもかなり本気になったんだ。ま、本人にとってもいいことだし。」
と思った。
「それにしても、よく入江と離れる決心したよな。余程、『厄病神』と言われたのが堪えたんだ。あいつの根性ってやっぱすげぇよ」

幹にいたっては、
「アンタ、本当に3か月も一人でやっていけるの?あたし一応、アンタの根性を見込んで『1か月で帰ってくる』に2000円賭けたから、最低1か月は神戸で頑張ってよね」
と言う始末だった。
ただ、鋭い幹だったので直樹と琴子の間に何かあったことは薄々感づいていた。

慌ただしい毎日が過ぎ、琴子は神戸へ出発していった。
出発の日まで直樹と琴子はろくに顔を合わせることがなかった。
直樹からの言葉は「ま、頑張って」の一言だけだった。

「今頃琴子、神戸のマンションに着いたころかしら~」
夜勤の幹はテーブルの向こうに座っていた直樹を意識しつつ、つぶやいた。
その時、「ガシャン!」と何かが落ちる音がした。2人で音のした方へ目を向けると、看護師が器具を落とした音だった。

「…琴子かと思ったわ。あの子いないのに。」
幹が直樹を見ると、直樹は片づけている看護師の様子をぼんやりと見ていた。

「…入江先生、あたし何か物音がすると琴子がまた何かしでかしたかと思っちゃうんですよね。」
直樹も同じ思いだった。
何か大声が聞こえたり、大きな音がすると琴子が何かしでかしたのかと琴子の姿を探す癖がついていた。
今も琴子かと思って、音のした方へ視線を向けて、そして違う人物だったことに、琴子がいないという事実をあらためて認識させられていた。

「後始末手伝わされるのは嫌なんだけれど、でも琴子の騒ぎに巻き込まれるの、あたし結構楽しんでいたりするんですよね。だから、最近の静かなあの子見ているとなんか物足りないっていうか…あたし、すっかり変な体質になっちゃったのかしら」
幹の言葉を聞きながら、直樹は思っていた。

「俺もあいつの騒ぎに巻き込まれながら、それに慣れてしまって、結婚したんだよな…」
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