日々草子 円舞曲 6

円舞曲 6

「啓太って名前に聞き覚えあるか?」
突然の直樹の問いに裕樹はおやつを喉につまらせた。琴子は紀子と一緒に出かけている。
裕樹は琴子から鴨屋という店のことや、啓太と幹のことを一応聞かされていたので、勿論啓太が誰なのかは承知している。が、言うわけにはいかない。
「…ああ。えと、琴子が最近一緒に遊んでいる近所の子供の名前でしょ?」
果たしてこの答えで兄を満足させられるか、裕樹には全く自信がない。
「子供?」
「そう。あいつ暇だからって近所の空き地で子供たちとかくれんぼとかしてる。」
「かくれんぼ…。」
確かに琴子ならそんなことをしても不思議ではない。
「その中の子供の名前だよ、確か。」
遊んでいるから疲れ果てて寝ているのか…腑に落ちない点はあったが直樹はそれ以上追求はしなかった。裕樹は胸を撫で下ろしつつ、なぜ啓太の名前がばれたのかと思った。

その夜。
以前よりは直樹と一緒に過ごす時間は増えたが、それでも先に寝ている琴子の隣に潜り込む。最近は琴子の寝顔をしばらく見ることがすっかり習慣になっている。
「…少しふっくらしたかな?」
頬を突きながらそんなことを思う。少し前はやややつれてかなり心配したものだったが、最近はすっかり元気になりよく笑い、食べるようになり直樹も安心している。
「今日は…俺の名前を呼んでくれるかな?」
ちょっと期待しつつ顔を見ていると、その言葉に反応するかのように琴子の口が動いた。
「裕樹くん…。だめよ。私はお義姉さんなんだから…。」

「何で僕の朝食、これだけなの!?」
翌朝、裕樹の悲鳴が食堂に響き渡った。明らかに少ない。皿にのっているはずの焼き魚がなく、卵焼きが二切れだけだった。
「お前は…最近太りすぎだ。」
味噌汁をすすりながら直樹が冷たく言った。
「太りすぎって…裕樹くんは子供でいっぱい食べなきゃいけない年頃でしょう?コロコロしている方が子供らしくて可愛いじゃない。」
琴子は横から直樹に言った。
「それに満腹だと勉強に集中できないし。」
琴子の意見に耳を貸さず、直樹は答える。
「ひどい…。」
裕樹は泣きそうになっている。
「私のお魚あげる。まだ手をつけてないから。」
琴子はそう言って自分の皿を裕樹の方へ出そうとした。が、その手を直樹が掴んだ。
「お前は食べろ。これくらい食べないとまたぶっ倒れるぞ。」
「そんな…。直樹さん、お兄様でしょう?弟には優しくしてあげないと!」
何でこんなに裕樹に冷たく当たるのか琴子は見当もつかない。
直樹はさっさと食べ終わり、どこかへ行ってしまった。

ちびちびと卵焼きを食べる裕樹に、
「裕樹くん。」
と琴子が声をかける。裕樹が顔を上げると、琴子がお箸を差し出していた。お箸の先には魚。
「はい、あーん。」
そのままつい裕樹は食べてしまった。
「これだったら直樹さんにばれないでしょ?いくらなんでもあんまりだものね。」
そう言いながら琴子は笑いながらまた魚を裕樹の口に運ぶ。
「…ありがとう。」
何だか幼児に戻ったみたいで恥ずかしかったが、でも嫌ではなかった。懐かしい気持ちを思い出しながら、琴子に甘えてされるがままの裕樹。
「おいしい?」
「…うん。」

何となく優しい雰囲気が漂う中、再び裕樹が口を開けた時である。
「…んがっ!」
その口にはおにぎりが放り込まれていた。
「優しいお兄様が弟のために握ってあげたんだからな。心して食べろ!」
「んがっ!んがっ!」
真っ赤にしながら何とかおにぎりを一旦外へ出そうとする裕樹。
「直樹さん!裕樹くんが死んじゃうじゃない!」
「…死にはしねえよ。そんくらいで。」
直樹は冷たく言い放つと、琴子に学校へ行くと言い、琴子は支度を手伝おうと後を追った。…心配そうに裕樹を見つつ。

「…一体僕が何をしたっていうんだ!」
漸くおにぎりを口から出し、裕樹は叫んだ。

琴子は鴨屋の二階で溜息をついた。忙しい昼の時間が過ぎ、休憩時間である。
「琴子。もうすぐお給金がもらえるわよ!」
幹が嬉しそうに琴子に話しかけてきた。
「お給金?」
「そうよ!アタシ、欲しかった白粉があるのよね。アンタはどうするの?」
はしゃぐ幹を見て琴子も嬉しくなった。
「そうだなあ。とりあえず…義母と義弟に何か贈り物でもしようかな。私がここで働くことに協力してもらっているし。お礼したいし。」
その言葉を聞き、琴子の家庭環境に興味深々の幹は目を輝かせた。
「アンタ…お母さんと弟も一緒に暮らしてるの?」
「うん。あとお義父さんも。あ、みんな主人の身内なんだけどね。今朝…主人と義弟がちょっとおかしくて。はあ。」
今朝のことを思い出し、琴子は溜息をついた。
「義弟って…いくつ違うの?」
「あ、まだ子供よ。」
幹の脳裏にまたもや繰り広げられる妄想。琴子の家の暮らしは恐らく琴子一人で支えているようなものだろう。幼い義弟、年老いた両親…そして博打に目のない、琴子を相手にわがままをいう亭主…考えるうちに幹の目に涙が出てきた。
そういえば…最近の琴子は疲れているらしく、休憩時間はぐったりとしている。

「きっと夜も寝ずに封筒張りの内職してるのよ。」
数日後、またもや啓太に話す幹。
「何で封筒張り?」
「だって腕をよく動かしているもの、あの子。ここの稼ぎじゃ足りないから寝ずに内職してるに違いないわ。可哀想…義弟とやらも幼くてまだ働けないだろうし。」
「悪かったな。少ない給金で。」
啓太は憮然と答える。
「…それにしても憎らしいのはあの子の亭主よ!博打ばっかりして!」
「でもそんな亭主がいいから琴子は一緒にいるんだろ?」
啓太の返事に納得することなく、幹は忌々しく叫んだ。
「あの亭主…とっととニシン漁でも行っちゃえばいいのよ!暫く帰って来ない方が、琴子にとっても幸せに違いないんだから!」

階下で幹が妄想を繰り広げていた頃。
琴子は幹の言うとおり、腕を動かしていた。が、理由は全く違う。
最近目覚めると、すっぽりと直樹の腕の中に閉じ込められている琴子。それはそれで嬉しいのだが…。
「直樹さん、力が強くて体が痛いんだよね…。」
でも抱きしめられながら寝るのは嫌ではないので、口にはしない。そのため腕や体が疲れているわけだった…。

そしてこちらはニシン漁に出ていないため、帰宅した直樹。
突然の休講でいつもよりかなり早い時間に帰宅したのだった。

居間には裕樹が一人だけ。裕樹は本に夢中だったが背後に人の気配を感じ、琴子だろうと思い口を開いた。
「お前、この間給金で何か買ってくれるって言ったよな?お前が稼いだ金じゃ大した金額じゃないだろうけど、この僕が兄様を騙していてどれだけ心を痛めているか…そのお詫びとして辞書でも買ってこい。」
給金、騙す…直樹は理由が分からないまま、黙って裕樹の話を聞いている。
「…ったく、お前のせいでどれだけ僕がハラハラしているか。」
そう言いながら裕樹は振り返り…そして真っ青になった。
「あ…!兄様!」
「…お前は琴子に稼がせて、自分のものを買わせているのか?」
詰め寄る直樹。
「いや…そんなことは決して。」
ガタガタと震える裕樹。
「…全部話してもらおうか。琴子が昼間、一体何をしているのか。」
裕樹は全て白状する以外に自分が助かる方法はないことを察していた…。



♪あとがき
読んで下さりありがとうございます^^
…裕樹被害篇です。
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comment

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やっぱり水玉さんの書かれる小説は引き込まれますねぇ☆☆☆特に時代物(?)万華鏡~円舞曲、江戸のお話?や水玉さん版落窪物語が大好きです!!さて、とうとう直樹に仕事の事ばれてしまいましたね。明日から琴子は仕事に行かせてもらえるんでしょうか?これからの展開にドキドキワクワクです!!

やっぱり裕樹ね…

てゆーか、なんて寝言を!そりゃ弟でさえ、嫉妬心むきだしになるよね~。で、訳がわからぬまま被害に遭う裕樹、可笑しすぎる!!さすが水玉さん、いじり方絶妙でございます。ばれちゃったってことは、啓太のことも知られたのよね。ご対面も近そうだわ~~。

何故にニシン漁?(爆)
祐樹君っていっも貧乏くじを引かされるキャラ
ですよね。そこがまた可愛いんだけど。
直樹のジェラシーも頂点かな?
次の展開がすごく楽しみになってきました!

琴子、何て罪作りな寝言を!!
でも弟にまで嫉妬心剥き出しにするとは直樹も何て大人げない!
この夫婦に巻き込まれ、八つ当たられる祐樹かわいそうに…

幹ちゃんは相変わらず見当違いな方に妄想を繰り広げてるんですね(笑)

遂に祐樹が口を滑らせちゃった!
いよいよ直樹にバレそうですね!?
これからどうなるのかハラハラドキドキです!!!

コメントありがとうございます♪

mayumiさん
ありがとうございます!嬉しいです!
多分…私自身が現代小説より時代小説の方が好きだから気分も乗っているのかも…
時代背景無視して申し訳ないって思っているのですが、そういう風に仰っていただけると、本当にうれしいです^^

くみくみママさん
前回、裕樹の被害がこれだけでは物足りないなあと思っていたので、ちょっと番外編風味で書いてみました(笑)
しかし凄い寝言だわ…(笑)どんな夢をみていたのか、考えるだけで恐ろしい(笑)

さくやさん
ニシン漁に反応してくださってありがとうございます!(笑)かなり嬉しかったです!
ジェラシー頂点…しかも食べ物で報復ってなんて極悪非道なんだろうと書きながら思ってました(笑)

眞悠さん
多分夢なので琴子は覚えてないんでしょう(笑)
だから本人も全く訳が分からないと(笑)
モトちゃんの妄想…かなり書くの楽しかったです。でもこれ、本来は琴子ですよね?か、入江ママ(笑)
妄想はこの二人の専売特許なのに…

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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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