日々草子 円舞曲 5

円舞曲 5

翌朝、琴子は目を開けたら自分を覗き込んでいる直樹に驚いた。
「よく眠れた?」
直樹は琴子の髪の毛を自分の指に巻きつけながら訊く。
「…うん。」
いつもはさっさと起きて準備しているのにおかしいと思いつつ、琴子は答える。
「それはよかった。」
直樹は琴子の髪の毛をいじることをやめない。
「…眠れなかったの?」
なぜか緊張する琴子。
「まあ…あんまり。」
どうもいつもと調子が違う。琴子はどうしたのかと考えた…。
「あーっ!」
漸く昨夜のことを思い出したらしい。琴子は叫んだ。
「あ、あの、私…ごめんなさい!」
直樹にしがみついて琴子は謝る。
昨夜、直樹の顔が近付いてきて目を閉じたその瞬間…深い眠りへと落ちたことを思い出した。
「いいよ。別に。」
言葉とは裏腹にぶすっとしている直樹。
「あの…今夜!今夜は大丈夫だから!ちゃんと起きているから!」
「そんな“さあどうぞ”って態度をされてもなあ…。」
雰囲気くらいは大切にしたいところだ。直樹は琴子の髪の毛で遊ぶことをやめ、起き上がった。
「お、怒ってる…よね?」
一緒に起きた琴子に、
「別に。」
と直樹は言い残し部屋を出ていく。
琴子はどうしようといった様子で再び突っ伏した。

「“啓太くん”って…誰だ?」
部屋を出た直樹は昨夜の様子を思い出して呟く。
昨夜…眠ってしまった琴子を抱きつつ、完全に目が冴えてしまった直樹は琴子の頬をつついたり、引っ張ったり、髪の毛をいじったりしていた。
そんな中、
「…啓太くん。」
と呟く声が聞こえた。
それも昨夜のうちに数回、その名前は呼ばれ、それが気になり直樹は殆ど眠れなかったというわけである。
「誰なんだろう…?」
直樹はその名前が気になって仕方がなかった。

鴨屋での仕事にも漸く慣れてきた頃。
学校が休みで直樹は琴子と二人でどこかへ出かけようと声をかけた。
ところが琴子は返事を渋る。その日も琴子は鴨屋へ行かなければいけない。それを直樹に告げるわけにはいかず、困っていると紀子が助け舟を出した。
「琴子さんは私のお友達の家にちょっと行ってもらうの。」
紀子の友人ならこの間みたいに嫌なことには遭わないだろうと直樹も納得した。

「アンタ、何なの!?その格好!」
鴨屋に現れた琴子は他所いきの着物で、髪の毛もいつもと違いまとめて簪をつけている。
「…ちょっと事情があって。」
紀子の友人宅へ行くということになったので、いつもの普段着で出かけると直樹も怪しむだろうと、仕方なく着飾ってきたのだった。
「モトちゃん…モトちゃんの着物あるよね?」
琴子は幹に頼んで着替えさせてもらう。髪の毛もいつものお下げに直す。

「ねえ…琴子の亭主ってどんな人なのかしらね?」
その日、食材を買いに出かけた琴子の留守の間、幹は啓太へと話しかけた。
「内緒で働くって…。」
「あれじゃないのか?博打に目がないとか。」
包丁を手にしたまま、啓太が答えた。
「それで生活費が足りなくて、でも女に食べさせてもらうのはまっぴらだっていうどうしようもない亭主ってこと?」
「そんなとこだろ。」
「…可哀想。あの子にも入江様を一目拝ませてあげたいわ。」
幹は涙ぐみながら言った。
「なんでそこでその名前が出てくるわけ?」
「だって…入江様の美しさに触れれば、辛いことも全部忘れることができるでしょう?せめてほんの一時の間でも、あの子にも幸せを感じてほしいのよ。」
「もはや神だな…入江様は。」
啓太は呆れて幹を見る。
「あ、でもだめだわ。入江様を見たらあの子、夢中になっちゃうかも。本気になって痛い目に遭ったら大変だし。あの入江様を見た後、あの子の亭主を見たらもうがっかりしちゃうだろうしね。」
「お前…琴子の亭主見たことないくせに。」
啓太はまだ見ぬ琴子の夫に同情を寄せた。

「とにかく…ここにいる間は琴子に楽しい時間を過ごさせてあげましょう。」
完全に幹は琴子を、“幸薄い哀れな人妻”扱いしてしまっている。
「後は…あの子の体に痣とかできていないか気をつけてあげましょう。」
「痣?」
「その博打に目がない亭主に琴子が殴られたりしないかよ!もしそうだったら助けてあげないと!」
勝手なことを言っても、幹はすっかり琴子のことが気に入っているのだった。
そこへ琴子が戻り、その話はそこで終わった。

その日の鴨屋はとても混雑した。
琴子は啓太に怒鳴られつつ一生懸命、客席の間をコマネズミのように走り回る(だから寝言に啓太の名前を呼ぶわけである)。
そのせいで琴子はいつもより少し帰宅する時間が遅くなってしまった。
慌てて着替え、家に戻る。
「ただいま。」
家に帰って寛いでいた直樹に挨拶をする。琴子の顔を見た時、直樹は不思議そうな表情を浮かべた。
「髪、どうしたんだ?」
「髪?」
言われて琴子は自分の髪に触れた。
「あ!」
着替えはしたものの、うっかり三つ編みのまま戻ってきてしまっていた。
「今朝、綺麗にまとめていたのに。」
「あ…風で乱れちゃって途中で編み直したの。うまく元のようにまとめられなかったから。」
これ以上突っ込まれては大変と、琴子は二階へと駆け上がった。髪の毛だけでなく、着物もどことなく着崩れていることに直樹は気づいていた。
「どこかで脱いだのか…?」
あの夜の寝言の男のことがつい思い出される。

次の日。
店に出てきた琴子を見て幹は驚いた。
「啓太、啓太!」
琴子にばれないよう、啓太を呼ぶ。
「琴子の首…。」
「痣があったのか?」
まさか幹の妄想が事実だったのだろうかと啓太も心配になる。
「ううん…。」
「じゃあ何だよ。」
幹は少し顔を赤らめながら言った。
「…口で吸った跡があった。」
それを聞き、啓太も顔を赤らめる。
「そりゃ、その…あれだよ。お前が想像するより、琴子は亭主とうまくやってるってことだろう。」
「…そういうことなのかしら?」

幹が首を傾げていた頃、幹いわく“博打に目がない、幸薄い琴子の亭主”である直樹は学校で、
「あの様子じゃ別に心配することはなさそうだけど。」
と昨夜のことを思い出していた。
「あいつが俺以外に男作るなんて…あり得ないし。」
それでも気がかりが一つ。
昨夜も琴子は直樹の腕の中で「啓太くん…。」と何度か寝言で呟いたのだった。
「やっぱり俺に不満でもあるのだろうか?」
それが直樹には気がかりだった。



☆あとがき
好きな男の腕の中でも 違う男の夢を見る
Uh-Ah-Uh-Ah ♪
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comment

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啓太くん大活躍ですね!

この後の4人が、気になります。

この甘甘な、直樹好きなんですよね!

あとがきの

あとがきの歌、子供の時カーテンを広げて意味も判らず歌ってました。(今見るとスゴイ歌詞ですよね)

おあずけを喰らった直樹は一晩中寝られなかったんですね。
ちょっと憐れ…
しかも、琴子の口から知らない男の名前が!
思わず、頭の中でジュディ・オングの『魅せられて』が流れてきましたよ(古ッ

珍しく「二人でどこかに行こうか」という直樹の誘いを袖にしてしまうとは!
仕方ないとはいえ、何て勿体ない!!
でも、入江ママさすが!ナイスフォロー!
しかし、帰ってきた時にごまかし切れてない所がやっぱり琴子だな~(笑)

琴子の亭主像を見当違いな方向に作り上げていく幹ちゃんに大爆笑!
でも、本当に琴子の事を心配してくれてるが故なんですよね。
その心配も杞憂だってすぐにわかったみたいですけどね。

で、直樹はちゃっかり、おあずけ喰らった夜のリベンジしたんですね。
でも、相変わらず心配の種は尽きないと…
悶々と悩む直樹の姿が面白いです(笑)

コメントありがとうございます♪

kobutaさん
甘甘に見えますか?よかった!
ちょっと今年の夏のテーマは『甘甘』なので(笑)

この歌…わかりました?よかった(笑)
私は今でもカラオケで歌います(笑)
確かにカーテン(それもレース)を被って歌いたい歌ですよね^^
あの衣装はすごかったですよね!
確かに…意味も分からず歌う、そうですね^^
私も「椿咲く 春なのに あなたは帰らない」って子供のころ大声で歌っていた覚えが…(この歌はご存知ないですよね?)

眞悠さん
そう、その歌が私も書きながら流れてたのでついあとがきに…
お預けをくらった後、リベンジしたんだよ~というところを書いてみたくなったので懲りずに書きました(笑)←前回、散々蛇足と自分でわめいたくせに
…悩む直樹は書いていて本当に…最高なんですが!!!(爆笑)

面白~~~い!!

も~~~琴子の口から他の男の名前がでるなんて!そりゃ直樹も寝れないでしょう。どんどん悩んじゃって下さいまし!
幹ちゃんの妄想もさすがだわ~。

くみくみママさん
いいですか?悩む直樹(笑)
それじゃもう少し悩んでもらいましょうかね(笑)←何様
幹ちゃんの妄想暴走…まだ続く予定です^^
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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