日々草子 比翼の鳥 2

比翼の鳥 2

「…兄上は学問所始まって以来の天才だと言われた方なんだ。」
裕樹がお琴へ話す。
「医者になると仰って、三年前に長崎へ蘭学を学びにいかれていたんだ。」
「ふうん。」
お琴は裕樹の腕に薬をつけながら、相槌を打つ。
その直樹は今日から小石川の養生所で働き始めた。

「勉学だけではなく、剣の腕もすごくて…剣以上に弓の腕前がすごくて。」
「で、裕樹さんも負けないように頑張っているけれど、こうやって怪我して帰ってくるってわけね。」
「うるさい…!大体、何だよ、その手当の仕方!」
裕樹の腕は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「ま!せっかく手当してあげたのに。お礼を言うところでしょう?“お琴さん、ありがとう”、ほら!」
「誰がお前なんかを。お琴で十分だ。ばーか。」
そう言って裕樹はぐるぐる巻きにされた腕のまま、自室へと戻ってしまった。
「…弟が弟なら兄も兄よね。あの素敵な御両親から何でこんなどうしようもない兄弟が生まれたのかしら?」
お琴は片づけながらブツブツと言った。
「…顔は悪くないけどね。…おば様はおじ様とは違う方と結婚してらした…なんてことはないか。」
そんな失礼なことを思うくらい、直樹の顔は美しかった。

お琴が入江兄弟へあまり良い印象を持たないことと同様に、直樹もお琴へはいい印象を持っていなかった。
その日の夕食。お粥のような御飯に焦げた魚を見て嫌そうな顔をした直樹を見て、裕樹は、
「…これでも今日はましなんです。お琴がうちに来たばかりのころはもっとひどかったんですよ。」
と耳打ちをする。
両親を見るとこんなまずい食事を、ニコニコとしながら食べている。この数日で直樹は、両親がお琴を実の娘のように溺愛していることに気づいていた。
裕樹の話によると、お琴を預かると同時に母は女中たちに暇をやったという。なんでもその方がお琴と二人の時間が増えて色々教えることができるからという理由かららしい。

「こんな飯を三カ月も食わせられるのか…。」
魚の焦げていない部分を探しつつ、直樹は深い溜息をつく。
「…お前の亭主になる男はこの世で一番不幸だな。」
思わず直樹が言った。
「これ!なんていうことを!」
紀子が止める。
「宮大工だっけ?体が資本なのにこんなまずい飯を毎日食わせられて、仕事にならないだろう。」
「…あと三カ月あるから、それまでには何とかなるもの!」
お琴が言い返した。
「どうだか。」
とにかく後三カ月の我慢、我慢。直樹は自分に言い聞かせる。

そのお琴。今までの三カ月で一体何を習っていたのか、全くと言っていいほど家事はできなかった。
「誰だ、水をこぼしたまま拭かないのは!」
どうせお琴だろうとは思っていたが、直樹は叫んだ。
「それ…こぼしたのではなく、お琴が雑巾がけをした後です、兄上。」
裕樹が説明する。その裕樹は慣れているらしく、濡れていないところを器用にひょいひょいと歩いていく。
屋敷の向こう側を見やると、姉様かむりをしたお琴が張りきって廊下の雑巾がけを続けていた…。

ある時、直樹が自分の部屋へ戻ると花が生けられていた。
「嫌がらせか?」
その花の生け方はあまりにひどく、花が可哀想としか思えない出来だった。そしてなぜ、それが自分の部屋に生けられているのか?そして…生けた本人を呼ぶ。
「それね、今までで一番上手に生けることができたの。おば様にもほめられちゃった。」
生けた本人、お琴は嬉しそうに直樹に言った。
「せっかく上手にできたから、どこかに飾ろうと思って。でも玄関やお座敷にはおば様が生けられたお花があるから…だったら直樹さんのお部屋でいいかなって。」
「自分の部屋に飾れよ!」
そんな理由で自分の部屋が選ばれたのかと思うと更に腹が立つ。
「えー!自分の部屋に飾っても…誰かに見てもらいたいじゃない。ほら!お医者のお仕事で疲れた心をほぐしてもらえたらと…。」
「却ってとげとげしくなるね!俺の部屋へは入らないでくれ!」
それでもお琴は花を生ける度に、直樹の部屋へと飾り続けたのだった。

またある日のこと。
「何だこれは?」
養生所から戻った直樹は自室へ入ろうとして、立ち止まる。
入口の障子に…花の形に切られた鮮やかな色の千代紙が貼られていた。そしてやった本人をまた呼びつける。
「その…お掃除をしていたら障子を破ってしまって。」
さすがに申し訳なさそうにお琴が言った。
「障子の張り替えをする時間はしばらくないから…とりあえず穴が目立たないようにと。」
とはいっても、男の部屋に赤い花を貼られた障子は…全く合わない。それも三か所も貼られている。
「あ、でも…これで自分のお部屋だってすぐ分かってよかった…。」
「俺はお前と違って自分の部屋は間違えない。」
冷たく言う直樹にお琴はめげずに言った。
「ほら!右を見たら生けたお花。左を見たら障子にお花。直樹さん、自分のお部屋にいながら両手に花よ!」
「…今すぐここから出ていけ!」
直樹の雷が落ち、お琴は転がるようにして部屋を飛び出した。

直樹が江戸へ戻って1週間が過ぎた。
養生所の帰りに直樹はお琴を見かけた。お琴は一人ではなく男と一緒だった。
「あれが犠牲者か…。」
あのお琴を嫁にするという、この世で一番勇気があるというか、不幸というか…とにかくそれが自分ではなかったことに安堵しつつ、どんな男なのだろうと顔を見てみる。
男前という部類に入るだろう。宮大工だけに体つきもがっしりとしている。思い直すなら今だぞと、直樹は心の中でお琴の相手に言いつつ、帰路につく。

今夜はどんな夕食が出されるのかと思い席に着くと、明らかに紀子が作ったと思われる見事な食事が運ばれていた。
「今夜はお琴ちゃん、例の宮大工さんと一緒なんですって。」
それを聞き、裕樹は手を叩いて喜んだ。久しぶりにおいしい夕食にありつけたのだから無理もない。
「久しぶりに会えて、お琴ちゃんも嬉しいでしょうね。」
「…今夜、帰ってくるのでしょうかね?」
直樹がぼそっと呟いた。
「お琴ちゃんはそんなふしだらな子じゃありません!」
紀子の雷が今度は直樹に落とされた。

紀子が言った通り、お琴はその夜のうちに帰ってきた。途端に家の中が騒々しくなり、直樹はうんざりする。
「啓太さんとお豆腐料理食べてきました!」
嬉しそうに紀子に報告するお琴。
あの犠牲者の名前は啓太というのかと直樹は聞いていた。
何にせよ、あと三カ月の辛抱、辛抱。既に口癖になりつつあるこの言葉を直樹はまた心の中で繰り返したのだった。



★あとがき
向こうの“啓太”が包丁でなく、金槌を持っていたらご連絡ください笑
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comment

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宮大工の啓太・・・いなせな感じで、髷姿が似合いそうですね。直樹は総髪でしょうか?
お琴ちゃんには黄八丈とか似合いそうですよね。
あぁ妄想の世界へ旅立ちそうです。
ところで、大工って言うからてっきり金の字だと勝手に想像してました。手先も器用そうだし。

宮大工って啓太の事だったんですね!
てっきり、金ちゃんかと……

今はお互いに無関心に近い直樹とお琴ですが、これから、どんな風に二人の心境が変わっていくのか楽しみです♪

コメントありがとうございます♪

さくやさん&眞悠さん
アハハ!金ちゃんを想像してましたか!
これは最初から私は啓太で…と決めていたんですよ^^
直樹の頭は総髪…くわい頭?お医者はそうかな?
時代劇に出てくる医者は伊右衛門のモックンの頭ですよね。そんな感じでイメージしてるんですが、これは何という髪型なんだろう?
お琴ちゃんは黒繻子襟で!

啓太だったのね~

皆さまと同じく、てっきり金ちゃんだと思ってました…
啓太か。。なんだかとっても新鮮な感じ!直樹とやり合う日もあるのかしらね~~。

そんなに?

くみくみママさん
コメントありがとうございます。
え?そんなに金ちゃんだと思われた方がいらしたんですね(笑)かーなーり嬉しい誤算です(笑)
してやったりといった気分です(笑)

水玉様、ケイタスキーと申します。
きゃーっなんて嬉しいポジショニング!ケイタスキーは華字を抑えるのに必死です。

少しは啓太にもいい目を見させてあげてください。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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