日々草子 円舞曲 2

円舞曲 2

「はい!今夜のお夜食!」
いつものように琴子お手製の蒸し芋が運ばれてくると思っていた直樹は、今日の夜食を見た時驚いた。
そこには、大皿に盛られた、見事なサンドウィッチがあった。
勿論、琴子が作ったものではないことはその見た目から容易に分かる。
サンドウィッチから目を離さない直樹の様子が気になったのか、
「あ、ちゃんとキュウリは抜いてもらったよ?安心して食べてね。」
と琴子は説明する。
「何でこれ?」
ようやく発せられた直樹の言葉に、
「だって、こっちの方がお腹にたまるでしょ?」
と琴子は答えた。
もっとも本当の理由は違う訳で。
蒸し芋なんて庶民的な食べ物を紹介し、更にそれを食べさせる自分を反省し、直樹に似合って、周囲から笑われない食べ物を用意しないと琴子が思い、起こした行動だった。
「さ、どうぞ。」
笑顔で勧める琴子に、直樹は何も言わずサンドウィッチを口にする。複雑な思いで。

「明日、休講になったのだけど。」
思い出したように、話題を変えるように直樹が口にした。
「どっか行くか?」
最近は復帰した学校に専念していたため、琴子と過ごす時間が取れていなかったことと琴子の様子が気になっていたことから、気分転換でもしようかと直樹は考えていた。
「あ…明日はちょっとだめ。ごめんね。」
意外な返事に、またもや直樹は驚く。
「何かあるのか?」
この間まで退屈そうにしていたのに。

「…明日からフランス語を習いに行くの。」
言いにくそうに琴子が答えた。
「…日本語も満足にしゃべれないのに?」
再び驚かされ、でもそれを気づかれないよう、いつものように揶揄することで直樹は自分の気持ちを誤魔化した。
「…うん。お義母様に先生を紹介してもらったから。」
しばらく黙っていた直樹だったが、何かを察し、また琴子に訊ねた。
「明後日は?」
「…和歌のお稽古。」
「木曜日は?」
「…お茶とお花のお稽古。」
「金曜日。」
「…書道のお稽古。」
聞くと、土日以外はすべて何らかの稽古を琴子は入れていた。

「それ、絶対体を壊すぞ。」
どう考えても尋常な習い事の量ではなかった。
「大丈夫だもん。私、丈夫なのが取り柄だから!」
むきになって琴子は答える。
「そんなに一度に習ったって…お前の頭じゃ無理だよ。」
口では意地悪なことを言っているが、何とかして考え直させようと、直樹も必死だった。
「平気!頑張るもん!」
それでも不機嫌そうな直樹が琴子は気になる。
「ごめんね。一言も相談しないで勝手に決めちゃって。」
全然相談しなかったことが直樹を不機嫌にさせているのかと思い、琴子は謝った。
「…無理だけはするなよ。」
なぜ突然、琴子が大量の稽古事を始めるのか理由は何となく分かっていたが、直樹は何も言わずに、今は琴子のやりたいようにさせようと思い、諦めることにした。

次の日から琴子は、毎日毎日稽古にいそしんだ。
フランス語を習った夜は、直樹の隣で寝言で「ボンジュール…マダム…」と何度も繰り返す。
「…それ以外に何か覚えてないのか。」
隣で直樹がボソッと呟いた。

勿論、直樹の世話も手を抜こうとはしない。
夜食もきちんと準備する。
が、それはやはりサンドウィッチ、ビスケット…等、直樹が本当に望むものではないものだったが。
直樹が一番食べたくて、やる気の出る夜食は琴子が作る蒸し芋と、入れてくれる日本茶だということを、琴子は気がつかない。

稽古事を始めた理由も、直樹が想像していたとおりであった。
誰もが認めてくれる直樹にふさわしい妻になるためには、華族の女性としては一通り身につけていることを全て身につけねばと琴子は考えたのだった。
とにかく自分を妻に迎えてくれた直樹に恥をかかせたくない一心で、琴子は一生懸命だった。

「ねえ…。起こさなくていいの?」
店の人間同士がひそひそと喋っている。
「きっと、どこかの奉公人が息抜きで来たのよね?」
…そこには琴子が突っ伏して寝ていた。

稽古を始めて一カ月。お茶とお花の稽古の帰り、さすがに疲れが出たのか、琴子は少し休もうと家へ帰る途中、店に入った。
が、注文をした途端、強烈な睡魔に襲われ、食べ物が運ばれたことに気づくことなく、ぐっすりと眠ってしまったのだった。

「可哀想…どれだけこき使われているのかしらね?」
店の人間が店主に耳打ちする。
「…とにかく起こさないと、逆に主人から怒られるだろう。」
店主に言われ、女性が琴子の肩を揺らした。
「お客さん…帰らなくていいんですか?」
その声で琴子は目を覚ました。
「あ…あーっ!もうこんなに薄暗く…!ごめんなさい!寝ちゃって!」
慌てて琴子は代金をテーブルに置くと、店を出た。
こんな調子で琴子は日々を過ごしていた。

直樹が学校の都合で一晩家を空けるというある日のこと。
「あら?食べないの?」
好物のお菓子を前にしても、食べようとしない琴子を紀子は不思議に思った。
「何か…食欲がなくて。食べようとすると気持ち悪くて。」
そう言っているうちから、琴子は吐き気がこみ上げたのか口を押さえた。
その様子を見て、紀子はたちまち顔を輝かせた。
「…琴子さん、月のものは?」
紀子から出た言葉に琴子は顔を赤らめた。
「え?そ、そういえば遅れているような…。」
「覚えは?」
紀子の直球な質問に、ますます琴子は顔を赤らめ、
「あるような…気が…。」
と小声で答える。
それを聞いた途端、紀子は叫んだ。
「おめでたよ!絶対おめでたよ!」
「え!?」
最近だるさを覚えてはいたが、そこまで琴子は考えてはいなかった。
「絶対そうよ!間違いないわ!私もそうだったもの!」
紀子は琴子の手を取り、感動の涙を流す。
そしてすぐにベッドへ入り休んでいろと自ら琴子を寝室へと連れて行った。

そのことは紀子だけでなく、重樹と裕樹も喜ばせた。
重樹が「入江家の跡取りだ!男に違いない!」と騒げば、紀子が「女の子に違いない!」と騒ぐ。裕樹は直樹に全てが似てくれることだけを祈っている。
それぞれの喜びを耳にしながら琴子は別のことを考えていた。
「どっちでもいいけれど…。でも男の子なら跡取りだから。跡取りを産めば、他の家の人たちも、私のことを少しは直樹さんの奥さんとして認めてくれるかな…。」
とにかく跡取りが重要なこの時代。
生まれてくる子が男の子なら、みんなが喜んでくれて、直樹も恥をかくことがなかろうと、それだけを琴子は考えていた。

翌日。
直樹が帰宅した。
紀子の不気味な笑いで迎えられ、寒気を覚えつつ、出迎えない琴子が気になり直樹は部屋へ向かう。
そこには、紀子に無理矢理寝かせられた琴子がいた。
「どこか悪いのか?」
心配そうに訊ねる直樹に、琴子はまたもや顔を赤らめながら言った。
「あのね…あの…その…赤ちゃんができたみたいで…。」
琴子はそっと直樹の顔を見た。直樹は一瞬、驚いた表情を見せた。がすぐに、
「医者は?」
と琴子へ訊ねた。
「まだだけど…でもお義母様が…。」
琴子の言葉を最後まで聞かず、直樹は立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「医者を呼ばせる。」
そう言い残し、直樹は部屋を出て行った。
閉じられた扉を見ながら琴子は、
「もしかして…嬉しくないのかな?」
と不安になる。

数時間後。
医者は琴子の診察を終え、部屋から出てきた。
待ち構えていた紀子たちに、医者は「ご懐妊ではありません。」と静かに告げた。
倒れかけた紀子を支えるように重樹は下へと下りて行く。とりあえずは直樹に任せようということだろう。

直樹は多分そうだろうと思っていたので、紀子達ほどの落胆はなかった。
「若奥様は最近、何かご心痛なことがおありでしたか?」
入江家の主治医として長年頼りにされているその医者は直樹に訊ねた。
「忙しい毎日ではあったみたいですが…。」
そう誤魔化す直樹に医者は、
「診察したところ、相当、精神的に参っておられるようです。恐らく食欲不振やだるさもそこから来ているのでしょう。とにかく今はゆっくりとお休みになられることです。」
と診断を下した。

帰る医者を見送った後、直樹は琴子の元へと戻った。
琴子は頭までベッドの中へ潜って泣いていた。
「琴子…。」
布団の上にそっと手をかけ名前を呼ぶと、琴子が少し顔を出した。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
「…だめなの。私、赤ちゃんもできなくて、跡取りも産めなくて…こんなんじゃ、だめ。」
「そんなことないよ。」
琴子の目線に合わせて直樹はしゃがむと、優しく言った。そしてそっと布団の中から琴子を出し、抱きしめる。
「…フランス語もね。全然覚えられないの。先生も一生懸命教えて下さるのに、私の頭が悪いから、上達しなくて…。」
泣きじゃくりながら話す琴子を直樹は抱きしめる。

「和歌も書道も上手にならないの…私こんなんじゃ華族の奥様だなんて言えないよね。せっかく直樹さんがお嫁さんにしてくれたのに…何もできないの。」
更に激しく泣き出した琴子の背中や頭を直樹は優しく撫でる。
「そんなに頑張らなくていいから…。琴子はありのままでいいんだよ。俺はありのままの、元気で明るい琴子が好きだから結婚したんだから…。俺は琴子が傍にさえいてくれたらいいんだから…。」
泣き続ける琴子に、直樹は何度も同じことを優しく繰り返す。

「…こんなに痩せていたなんて。」
抱きしめた体は、あまりに細く、直樹は改めて琴子の悩みの深さに気づかされる。
そして直樹は壊さないよう、琴子が落ち着くまで抱きしめていた…。



♪あとがき
前回はたくさんのコメント、ありがとうございます!
続きを待っていたというお言葉、本当にうれしかったです!!

タイトル…色々考えたのですが。
・文明開化
・ザンギリ頭
・牛鍋

明治ということでこんな言葉しか浮かびません…(汗)
さすがに、毎回『牛鍋2』とか打つのは、いくら私でもちょっと悲しいし…。
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comment

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直樹の為に、と必死になって色々考え頑張る健気な琴子に思わず、読みながら涙が出て来ました…。

原作に忠実な話の流れに持っていくとは水玉さん流石です!!

でも、この時代は跡取り重視な風潮があったので、懐妊じゃないとわかった時の琴子の心痛はいかばかりか…と思うと可哀相でなりません。
直樹も心配して、色々考えて行動してるのに、空回っている所が切ないです…

あう・・・・

健気な琴子に涙がうるうるきちゃいます。
直樹の本当にそのままな琴子を愛する気持ちが
早く伝わるといいなぁ・・・・

出来れば「牛鍋」は別の機会にとっておいていただけたら幸いです。

水玉さん、おはようございます。

琴子は直樹が恥を欠かない様にと必死で頑張ったのですね。
でも無理が出てしまいましたね。
妊娠かと想ったら過労からくるものでしたね。
痩せてしまっていた琴子。
直樹はいつもの琴子でいて欲しいと。
琴子が傍にいてくれるだけでいいと。
もう涙が出てきますね。
本当に健気な琴子です。

あとがきが・・・

もうっ。切なくてキュンキュンなのにっ。
あとがきで大笑いしてしまう私がイヤっ。
牛鍋2って・・・・。ぷぷぷぷぷぷぷぷ。
がははははははははは。
やっぱりただではすまさぬ水玉さんですよね~。
本編が切なかったり苦しかったり悲しかったりすると余計に笑いを誘ってますよね?
術中に嵌っています・・・。

タイトル考えてみました。
「飾らないそのままの琴子がいい」という入江くんの思いが主だと踏んだので、「素顔のままで」ってのがいいかなぁと。
これだと化粧しない顔ってイメージやドラマのタイトルっぽいので、
ググってみたら、ビリージョエルの邦題が「素顔のままで」という曲があったじゃないかってことで
「Just the Way You Are」ではいかがでしょう?
曲の訳詩をみても、まさに入江くんの思いそのもの!!!
「あるがままに」とかでも素敵ですが。
いかがでせう?
あまりにもベタかなぁ。
水玉さんのタイトルは最後まで読み続けてやっとわかるタイトルだったりして、ちょっとひねってるところがミソだったりするしなぁ。

23:40追記です。
「円舞曲」 いいですねぇ。
ワルツですね。
やっぱり最後まで読まないとというタイトルっぽいですね~。
ますます続きが気になりますです!!

やっぱりこのお話最高!!大好き♪
二人ともとっても優しいんだよね!!
お互いを思いやるが故に、空回りしちゃう・・・
あ~泣けてくる!!切ない表情が浮かんできますわ。
時代背景もあり、琴子の心労がとてもよくよくよく伝わってくるわ♪
さーーー優しい直樹さん、早く琴子に笑顔を取り戻させてね♪

うぅー(涙)
琴子が健気だぁ。直樹の思いやりが素晴らしい><
愛の二人三脚だわぁ><
 
大好きだったお話の続きが読めるだけでも
幸せなのに、お見事なシンクロ!!
 
もうこのままの時代背景で、アニメの最終話までの
お話が読みたいくらいです。
それほどまで、水ちゃんのお話には欲が出ちゃいます^^

素敵なタイトルですね。

琴子可哀想、入江君のため、入江君に恥をかかせないために
慣れないお稽古を頑張り過ぎて、体を壊してしまって...
でも、原因がわかり、「頑張らなくていいから、ありのままでいるように」
と言って、琴子を支える入江君の姿に感動しました。
よかった。

タイトルがとても素敵です!弦楽四重奏が聞こえそうですね。
「蝸牛」も捨てがたいとは思いましたが・・・・「円舞曲」さすがです!!
あの妊娠騒動をさりげなくシンクロさせるとは思いませんでした。
原作でも直樹は「そのままでいいよ。期待してねぇから」なんて言ってますよね。彼はホントにありのままの琴子に惚れたんだなぁ。
続きを心待ちにしています。

ありがとうございます

コメントありがとうございます。
…牛鍋にならずに済んだ!

眞悠さん
この時代って、一般家庭でも跡取り重要って感じだったみたいですよね。
まあ庶民と違って上流階級と呼ばれる人たちは正妻に子供ができなかったらお妾さん持てばいいさって感じだったみたいですけど。
そう!一応原作ベースなんです、懲りずに今回も…笑

ミルクさん&tiemさん
ありがとうございます。
もう、腹くくって健気琴子でいきます。たとえ原作と離れても!!笑
それにしても出だし、明るくないですねえ…汗

ペンエマさん
牛鍋…あっちに使えってことでしょうか?笑
共食いネタpart2とか?…考えておきます笑
でもとりあえずはこちらで使わずに済んでよかったよ~!

KEIKOさん
素敵なタイトルを考えてくださってありがとうございます♪
歌からとるっていいですね!…思いつかなかったです^^;
今度使わせていただくかも!
前回が「万華鏡」って漢字三文字だったので今回も漢字三文字に…
そんなタイトルに考えなんてないですよ~
いつも直感、直感です笑
そして今回もタイトル負け、決定な内容になりそうな…

ゆみのすけさん
最後はせつない感じにしたかったので、そう言ってもらえるととてもうれしい♪
そして…ゆみのすけさーん!
…私を誰だと思ってるんですか?
直樹いじめ同好会の副会長ですよ!このまま…すんなりいくとは…とまた大きい口をたたくのはやめておかねば笑

さあやさん
そうそう!前の話もさあやは大好きと言ってくれたんだよね。
嬉しかったな!おかげで前の話、チラシ行きを考えなおしたんだったわ。
やっぱり大好きって言ってもらえると、書く張り合いがでるね!
本当にありがと!!!

るんるんさん
ありがとうございます♪
そうそう…まだ入江くん、やさしいですよね…←意味深笑
タイトルほめていただいてありがとうございます♪
ちょっとオーバーだったかと内心ドキドキしています^^;

さくやさん
さくやさんのコメント拝見したとき、「○○奏」っていうのもよかった!と思いました。
さくやさんの言葉のセンスのかけらでも私にあったら…涙
私は内心、「さて牛鍋続き書くか!」と呼んでいました笑
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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