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2009.05.21 (Thu)

君がため 17


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その頃、直樹の実家では大変なことになっていた。
細井が部屋に入ると、大勢の女房たちが泣き叫んでいる。
「何事です!これは!」
細井の怒鳴り声に、その中の一人が答えた。
「鴨狩さんが…鴨狩さんが頭を丸めて出家すると…。」
「はい!?」
鴨狩の姿を探すと、烏帽子を外し、剃刀を手にした鴨狩が今まさに髪を切ろうとしている。
「細井様、お止め下さいませ!鴨狩さんのあの美しい御髪がなくなるなんて…耐えられません!」
「細井様、鴨狩さんが出家するというのなら、私も髪を下ろします!」
女房達は一斉に騒いでいる。
細井が鴨狩に問いただすと、
「俺の御主人様である直樹様が…出家されるというので。俺はどこまでもお供をする覚悟です。」
という返事が来た。それを聞き女房たちが、
「直樹様まで出家するのなら…ぜひとも私も!」
と更に騒ぎ始める。
それを聞き、細井は慌てて直樹の元へと走った。
直樹は参内もせず、部屋にいた。
「御所へは使いを出した。…俺も寺を探さないといけないしな。」
どうやら本気で出家する気らしい。
「そんな…御結婚が間近だというのに…。」
細井は青ざめた。そこへ直樹の元へ使者がやってきたと知らせが入る。
右大臣家からかと思ったら…帝からだった。直樹は出家することにしたとどうやら御所へ使いを出したらしい。
「な、な、な、何ということを…!」
細井は卒倒しそうになった。
「どうか、お考えを改めに…。」
細井がそう叫ぶのをよそに、直樹は文を書き再度使いへ持たせた。
「何て書かれたのです?」
「俺の意思は固いということを。ああ、そうだ。細井にもしものことがあったら、俺と鴨狩でお経を上げにきてやるから知らせろよ…ってその時は知らせることは無理だよな。」
そう言って直樹は普段から想像つかない笑い声を立てた。
細井がどうしたものかと震えていると、女房が何とかして鴨狩を止めろと言いに来た。このままではこの邸の女房が全員髪を下ろしかねない。それは非常に困ることだった。

そうしているうちに、またもや御所から使者がやってきた。
「一体…何とお知らせになっているのですか?」
細井は気になって仕方がない。それを聞き使者が恐る恐る答えた。

「中将様は…“気にそまぬ縁談を乳母から進められ、どうやら断ることができそうもない。想う人間と添い遂げることができないのなら、生きていてもこの世は闇同然。希望も全く持てない。生きる意味すら見失ったので、仏の道へ入り、ひたすら念仏を唱えたい…”そう帝へお伝えせよと。その通りお伝えしましたところ…。」
使者はそこまで話すと、チラリと細井を見た。

「…そんなに嫌な縁談なら相手に断るようにと…。相手に話しづらいようなら、帝が相手の家へ使いをおやりになってもいいと。中将様に傍を離れられては政事もままならない。何とかせよ、そしてその乳母殿へ帝直々にお話をされるとの仰せでございます。」

そこまで聞くと、細井の顔は青から白へと変わった。
「み、帝までもが…。何ていうことを…。」
「帝のお召しなのだから、行ってこいよ、細井。」
直樹はサラリと言ってのける。
使者は更に続けた。

「中将様が出家するほど離れがたい姫君ならさぞや素晴らしい姫君だろうと。中将さまの選ぶ女人に間違いはない。なのでこれ以上中将様に無理な縁談は進めぬようにとの仰せでございます。」

そこまで聞き、細井は深い溜息をついた。
「…分かりました。右大臣家には正式にお断りの使者を立てましょう。」
それを聞き直樹はニヤリと笑った。細井は肩を落として部屋を出て行った。

程なくして鴨狩がやってきた。
「ご苦労だったな。」
直樹は鴨狩を労った。
「…本当に。まさかあんなに大騒ぎになるとは。そして帝までもお出になられるとは…。」
「俺も帝がどう出られるかが心配でしょうがなかったよ。でもどうやら帝に俺は信頼されているらしいな。」
そう言って参内の支度を始める。
「御迷惑をかけたお詫びをしに参内しなければ。その後…。」
「…姫様の元へ行かれるのですね。」
そして二人は顔を見合わせて笑顔を見せた。

「悪かったな、細井。」
邸を出る時、細井に直樹は声をかけた。
「お前の気持ちは分かるんだけど、やっぱり俺に妻は一人で十分だ。」
「…知りませんよ。後悔されても。」
「しないよ、絶対。それに帝へ申し上げたことも事実だ。琴子と一緒にいられないなら、俺にとってはこの世は闇同然、生きる希望はない。」
そう言って直樹は御所へと向かった。
「…あの直樹様がここまで仰るとは…一体どんな姫君なのかしら?」
細井は一度会ってみたいものだと思いながら、直樹の車を見送っていた。

「あ!直樹様!」
直樹の姿を見た途端、桔梗は声を上げた。
「琴子は?」
そう問いかける直樹に、桔梗は、
「遅うございました…。」
と首を振る。直樹と鴨狩が驚いていると桔梗はとある場所を指で示した。
「…まだ治ってなかったのかよ、あの癖。」
直樹は塗籠を見て溜息をついた。そこにどうやら琴子が籠っているらしい。
「姫様、直樹様ですよ。」
桔梗が声をかけると、中から琴の音が響いてきた。
「またこの曲…。」
相変わらず曲にはなっていない。だが、
「これは…。」
直樹は呟くと、桔梗を押しのけて塗籠へ近づいた。

「琴子!開けろ!」
戸を叩くが琴子からは返事がない。
暫く直樹は様子を見ていたが、とうとう痺れを切らし、叫んだ。
「いいか!五秒だけ待つ!五秒経っても開けなかったら、戸をぶち破るからな!」
そして数え始めた。

「五!」
…開かない。
「四!」
…やはり開く様子はない。
「三!」
…びくともしなかった。
「二!」
直樹も苛立ち始める。
「一!」
だが琴子は開けない。とうとう直樹は頭にきて、戸に体当たりをした。
中にいる琴子は驚いて戸を見た。まさか本当に無理矢理開けるのではと心配になる。
「…だめだ。鴨狩、丸太か何か持ってこい。」
直樹は鴨狩に命じた。丸太と突然言われ、鴨狩はどうしたものか困った。それは琴子も同じだった。
やがて戸が3センチほど開いた。そこを無理やりこじ開け、直樹が中に入った。

「…その籠る癖、いい加減に治せよ。」
琴子の傍に座りながら直樹が呆れた声を出した。
「もう一回弾いてみろよ。…“想夫恋”。」
「え?」
驚いて琴子が顔を上げた。
「この曲がそうだって分かったの?桔梗なんてずっと分からなかったのに。」
戸の傍で耳を澄ましている桔梗も驚いていた。あれで分かる直樹が凄いと。
「旋律と…あとお前が選びそうな曲だし。」
とにかく弾いてみるようにと直樹に促され、琴子はたどたどしく弾き始める。
何とか弾き終わり(やはり曲とは呼べない結果だったが)、琴子は息をついた。
「相変わらず…へたくそだな。」
直樹は溜息をついた。
「また教えるしかないか…。」
「え?またって…私、ここを出なきゃいけないんでしょう?」
琴子は直樹の言葉に驚いて言った。
「は?何で?お前、どっかに引っ越す予定でもあるわけ?」
直樹も驚く。

「…だって。直樹様、奥様をお迎えになるのでしょう?右大臣家から。それなら私がここにいてはだめじゃない。」
琴子はとうとう泣き始めた。
「出て行くとなると…直樹様が用意して下さったお道具や調度品に囲まれているのがとても辛くなってしまって…。」
「それでここに籠ったわけか。」
琴子は泣きながら頷いた。

「でもね…せめて十人目の女性にしてね。」
「何だ?十人目って。お前と右大臣の姫と…あと八人はどこから出てきたんだ?」
突拍子もない琴子の言葉に直樹は首を傾げる。
「だって…妻が一人いたら十人いると疑えって言うでしょう?」
直樹は一瞬目を丸くしたが、途端に笑い出した。
「お前…それはゴキブリだろうが。」
「そうだっけ?」
琴子は泣きながら呟く。直樹はそんな琴子が可愛くてたまらなくなり、思わず抱きしめた。

「妻は…一人で十分だよ。」
「じゃ、私は?私どうすればいいの?」
直樹の腕の中でしゃくり上げながら琴子は訊いた。
「その一人がお前なんだってば。」
「…縁談は?」
「なくなった。だから…明日から特訓してやるからな。“想夫恋”。」
「でも…妻が夫を慕う曲なのに、男性から教わるのっておかしくない?」
琴子の台詞に直樹が笑った。
「いいじゃないか。毎日俺を慕って弾けばさ。」
「じゃ…私ここにいていいの?これからもずっといていいの?」
直樹は琴子の体を少し離して、笑顔で言った。
「当たり前だろ。この邸には琴子以外の女を入れるつもりは今後絶対ないんだから。…俺の妻は琴子、お前一人だけだ。」
そう言って直樹は涙まみれの琴子の顔を拭いた。
「ありがとう…直樹様。」
琴子は漸く笑顔を見せた。

「そういうことで、琴子。」
「何?」
「…膝を貸してくれ。」
そう言って直樹は琴子の膝に頭を載せて横になった。
「今日は色々あって、とても疲れた。」
子供みたいな直樹の仕草に琴子は最初驚いたが、すぐに微笑んだ。
「…何があったの?」
「後で話すよ。今日はクタクタだから。」
「…じゃ楽しみに待ってるね。」
琴子と直樹は顔を見合わせて笑った。

「琴子…。」
琴子の膝に頭を乗せたまま、直樹が琴子の名を呼んだ。
「…やっぱり家はいいな。俺と…お前の家は寛げる。」
そう言って気持ちよさそうに直樹は目を閉じる。琴子はやはり何も言わず笑ったままだった。
「…“想妻恋”って曲もあればいいのにな。」
目を閉じたまま、直樹は小声で呟いた。
「何か言った?」
琴子はよく聞こえなかったらしく、訊き返した。
でも直樹は繰り返さずに、微笑むだけだった。


☆あとがき
ごめんなさい!私もここまで書かないと気になって眠れなかったもので!←ただの自己満足
ごめんなさい!敬語がおかしくて!←日本人なのに
ごめんなさい!大した作戦じゃなくて!←頑張ったんですが
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*Comment

★うわ~んよかった!!

よっよかったぁ~
実は私も先が気になって気になっていたので続きをよまさせていただいて
ホント安心しました♪
直樹様そんな奥の手をお使いになるとはすごいわぁ・・・
しかもそれに乗る帝さまもお心が広くて素敵だわ♪

水玉さん遅くに更新ありがとうございます
これで安心してぐっすり眠れます♪
ゆん |  2009.05.21(Thu) 01:33 |  URL |  【コメント編集】

琴子ったらまるで天照大神みたいですね(笑)そして帝の粋なはからい。
おさまる所におさまって・・・・やれやれ婆もこれでゆっくり寝られますわい。
ちなみに想夫恋・・・和事に疎い私はどんな曲なのかわかりません(泣)

さくや |  2009.05.21(Thu) 01:57 |  URL |  【コメント編集】

★よかったわ~~~!!!

大胆な作戦でしたね~! 帝が味方についてくれてよかったわ。これでまた幸せな二人が見れる!
膝枕でもなんでも、やっちゃっていいのよ~~。鴨狩の美しいお髪…で、すごくウケたんですけど。そういえばツヤツヤだったなぁと思い出しちゃって。
くみくみママ |  2009.05.21(Thu) 14:26 |  URL |  【コメント編集】

★これにて一件落着!!

さっすが直樹様ぁ~~!!いえいえ、さっすが水ちゃん!!!パーフェクトぉぉぉン!!!
直樹様も、鴨狩も女房達のスーパーカリスマアイドルなのね。それをしっかり自覚している直樹様が恐ろしいぜ(笑) その上、あろうことか帝ご自身まで動かしてしまうとは?!恐れ入谷の鬼子母神!細井も気の毒に・・・(笑) きっと今頃は身も細る思いでしょうね、ぷっぷぷぷ。

とにもかくにも、琴子姫と直樹様に平穏な日々が帰ってきてよかったよ~~。

しかも、なんだかラブモードが赤丸急上昇じゃなぁい??
琴子姫のたどたどしい、だけど愛情たっぷりのお琴の音に聴き入る直樹様の優しげな表情が目に浮かんで、とーーーーーーーっても幸せ気分になったよ、アタシも!!!
アリエル |  2009.05.21(Thu) 22:23 |  URL |  【コメント編集】

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