日々草子 君がため 2

君がため 2

「何してるの?」
琴子は桔梗が突然琴を出し始めたことを不思議に思っていた。
「もう夜よ?」
「今夜は月がとても美しいので、お琴を弾くのにふさわしいかと思いまして。」
桔梗は琴を弾いている姿を直樹に見せようと考えたのだった。少しでも琴子に興味を持ってもらおうと必死である。
「早く寝ようかと思ったのに。」
「でもこんなに美しいお月様ですよ。寝るには勿体無いでしょう?」
「最近お稽古してないんだけどな、お琴。」
琴子はピーンと琴の弦を弾いた。
「久しぶりに姫様のお琴を聞きたいですし。」
とにかく起こしておかねばならない。桔梗は懇願するかのように琴子へ話しかける。
「そこまで言うのなら…ま、いいわよ。」
どうやらその気になったらしい。桔梗は胸を撫で下ろし、直樹の到着を今か今かと待っていた。

「あ、琴の音が聞こえますね。姫君が弾いてるのでしょうか?」
中納言邸に到着した直樹と鴨狩。琴の音に二人は耳を澄ます。
「…今、音外さなかったか?」
直樹が眉をひそめた。鴨狩は再び耳を澄ます。
…確かに、お世辞にも上手とは言えない。直樹の言うとおり、音も外している。
「個性的な弾き方ですよね。」
とりあえず、琴子に会わせるまで、鴨狩も必死だ。
「個性的ね…。」
直樹は溜息をついた。

「それにしても…亡き奥方様が“琴の上手な姫になるように”と琴子と名づけられたというのに。このひどさ。」
桔梗は下手な琴の音を聞きながら溜息をついていた。
琴子は額に汗を滲ませて、一生懸命弾いている。そろそろ直樹一行が着く頃ではと、外の方を見た。

「もうやめる。」
琴子が手を止めた。
「疲れちゃった。」
「ま、もう少し聞かせて下さいませ。」
琴子のご機嫌を何とか損ねないよう、桔梗は頑張る。
「そんなに聞きたかったら、自分で弾けば?」
確かに自分の方がよほど上手いと桔梗は思っていた。
「あーあ。外の空気でも吸おう。」
琴子は突然立ち上がり、外の方へと歩き出した。
「あ!ちょっと待って!」
慌てて桔梗は琴子を止めようとした。しかし琴子はさっさと御簾を上げる。

「あ…!」
その瞬間、琴子が驚いた声を上げた。

琴子の部屋の前の庭には、丁度到着した直樹が立っていた…。

突然現れた琴子に直樹も驚きを隠せない。
琴子も一体誰だろうと、直樹から目を離せない。
琴子の様子に気づき、桔梗も後ろから外を見た。
「嘘…!」
予想以上の容姿の素晴らしさに桔梗も声を失う。
そして直樹の後ろでは、この状況をどうすればと考える鴨狩がいた。

四人は暫く黙っていたが、やがて直樹が後ろを向き、歩いていく。
慌てて鴨狩も後を追う。
琴子と桔梗は呆然と二人の背中を見つめていた。

「せめて…何かお話でもして帰られたらいかがですか?」
車の中で鴨狩が直樹へ勧めた。
「…全く必要ない。」
直樹は冷たく答えた。
「お前が俺に会わせたい姫の顔は見た。これで約束は果たした。いいだろ?」
「はあ…。」
あの対面の仕方はあんまりだなと鴨狩は溜息をつく。
「それにしても…あの琴は何だ。俺は頭痛がしてきた。どうやって弾けばあんなに下手に弾けるんだか。」
直樹は思い出すのも嫌だと言わんばかりに目を閉じる。
「これでもう終わりだな。」
鴨狩は更に深い溜息をついた。

「今の方…見た?」
琴子は桔梗に訊いた。
「はい…。」
桔梗もまだ驚いたままだ。
「…とっても美しい殿方だったわね。人間とも思えないくらい。何かの精かと思ったわ。」
琴子はほんのりと紅く顔を染めて溜息をついた。
「なぜここにいらしたのかしら?」
「実は…。」
桔梗は直樹の正体を打ち明ける。

「え!そんなに素晴らしいお方なの?」
琴子は驚いた。桔梗は頷く。
「そっか…直樹様って仰るのね。直樹様…。」
琴子は何度も直樹の名を呟き、うっとりとしている。
「もしかして…?」
桔梗は予想した。そしてその予想は的中する。
「もう一度お目にかかれるかしら?」
どうやら琴子は直樹に一目惚れしたらしい。桔梗と鴨狩の企みとは逆になってしまった。
「さあ…?」
あの様子では直樹の方は、琴子に大した興味を持たずに帰った感じだ。

「そうだ!文を書こう!」
いい考えだとばかりに琴子は目を輝かせた。
「え?姫様の方から…ですか?」
普通、文は男性から届けられるもの。
「そうよ。何か問題でも?」
どうやら琴子は本気らしい。
「私の顔を覚えているうちに、文を送れば効果的じゃない?素敵な歌にしましょう!」
「どうでしょう…?」
桔梗は不安でたまらない。どうも届いた文をあの少将は破り捨てそうな気がする。
「早速書くわよ!」
琴子は机に向かい始めた…。

「…できた!」
一晩かけて琴子は歌(それも一首のみ)を詠み上げた。
「…お疲れ様でございます。」
傍で転寝していた桔梗は、琴子の声で目を覚ました。
「…どんなお歌を詠まれたのです?」
そもそもこの姫様、歌なんか詠んだことあったっけ?と桔梗は不思議に思って訊いた。
「内緒。早速、直樹様の元へ届けてちょうだい。」
琴子は大事そうに文箱へ入れ、桔梗へ渡す。
「本当にお送りになるのですか?」
桔梗は再度訊ねた。
「勿論!待つだけの時代は古いのよ、桔梗。これからの姫はどんどん積極的にならないとね!」
積極的になりすぎて、相手が引かないといいけどと桔梗は心配しつつ、琴子の歌を使いにこっそりと届けさせた。

「姫君からお文が届いています。」
鴨狩が直樹へ文箱を見せる。
「姫君…?」
寝不足の体を休めていた直樹は怪訝な顔をした。
「ほら。昨夜お会いになられた…。」
「ああ。あの琴の下手くそな女か。」
やはりその印象か…鴨狩は予想通りの直樹の態度に肩を落とす。

「いらない。」
そして直樹は文箱を受け取ることもせず、言い放った。
「せめて読むだけでも…。」
「いらない。あの下手な琴の音が耳から離れなくて、昨夜はよく眠れなかった。本当にロクでもない女を紹介してくれたものだな。」
相当怒っている主人に、鴨狩はたじろぐ。
「一度だけ。一度だけでいいのでお目を通して下さい。」
それでも何とかして琴子の文を読ませようと必死だ。
「もしかしたら、とても素晴らしいお手蹟かも知れませんよ?琴だけが苦手だったのかも…。」
鴨狩の必死の説得が効いたのか、直樹は文箱を開け、文を取り出す。

「…何だ、これは?」
一目見るなり、直樹は文を放り投げた。
「もうあの女のことは、二度と俺の前で口にするな。」
そう言い放ち、直樹は部屋を出て行った。
鴨狩は文に目を通した。そして、
「何だ、これは?」
と主人と同じことを呟いた。

一方、琴子は直樹の返事を今か今かと待ちわびていた。
そんなある日、鴨狩が桔梗の元を訪れた。
「お前、あの姫にどんな教育してるんだ!」
開口一番、鴨狩は桔梗に叫んだ。
「あれじゃ、俺が詠んだ歌の方が余程ましだ!」
「やっぱり…。」
桔梗は溜息をついた。
「やっぱりって…お前分かってて出させたのか!」
「だって…。姫様張り切っちゃって止められなかったのよ。うちの姫様、お琴も歌も手習いも、全部苦手なのよね。お稽古事が嫌いっていうか…。」
それを聞き、鴨狩は青筋を立てて叫んだ。
「あのな!直樹様は能筆家で大層有名なんだ!歌も右に出る者はいない、都で一番と有名なんだよ!そんな方にあんな下手くそな歌を見せるなんて…。大体何だ、あれ!俺は呪詛かと思ったぞ!」
そこまでひどいとは桔梗は思ってなかったので、驚いた。やはりやめさせておけばよかったと後悔するが、時は既に遅い。

「桔梗、いる?」
そこへ琴子が顔を覗かせた。
「あ!ごめんなさい。桔梗の恋人が来てたのね。」
慌てて立ち去ろうとする琴子。
「違います!姫様!この者は直樹様の従者で鴨狩という者です!」
慌てて琴子を止める桔梗。
「え?それじゃ、直樹様のお返事を持ってきてくれたの?」
琴子はパッと顔を輝かせた。
「私の部屋へ来て!」
そう言って、遠慮する鴨狩を琴子は無理矢理自分の部屋へと連れ込んだ。

「それで?直樹様のお返事は?」
期待に溢れる琴子の顔を見て、二人は本当のことを言えない。
「どうしたの?」
琴子の無邪気な様子を見るとますます辛くなる。
「あの…。」
鴨狩が漸く口を開いた。
「直樹様は…この所、大層お忙しく、家にも寝に帰るだけという日々でして。」
「まあ!」
「なかなか…その…お返事を書くお時間がないようでして。」
「それはそうね。お体は大丈夫なのかしら?」
琴子は鴨狩の言葉を素直に信じている。
「今のところは、何とか…。」
「それでは…しょうがないわね。」
琴子は残念そうな表情を浮かべた。

遊びに来た折には、自分の所へ顔を出し、直樹の様子を聞かせてほしいと琴子は鴨狩へ頼んだ。鴨狩も快く承知し、帰って行った。

「何をしてるんです?」
鴨狩が帰った後、琴子はまたもや机に向かっている。
「直樹様に文をまた書いてるの。」
「え?」
「今度は、普通の文よ。ほら直樹様、寝に帰るだけだと言ってたでしょ?きっと季節の移り変わりとか、目にする暇がないと思うのよね。だからそういうことを書いてお慰めできればと思って。」
けなげな琴子の様子に、桔梗は涙が出そうになる。直樹に相手にされていないことを知らない琴子があまりに不憫だった。
「楽しんで下さるといいですね。」
桔梗にはそれしか言うことができなかった。



♪あとがき
そして…下敷きの物語と早くもかけ離れ始めるのでした…。
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お久しぶりっす

ご無沙汰いたしておりました。
色々と戻りつつあります。
京都行ったんだね(←この記事でコメントする・・・ごめんなさい)。昔、「今晩から二泊で奈良、休み取れる?」と父の職場にJ〇Bのカウンターの電話借りて連絡入れたことあるよ、アタシ。言う方もすごいけど、速攻で休み取った父もすごい(笑)。その晩から行きましたよ、奈良ニ泊(笑)
水ちゃんの京都御所探訪のインスピレーションたっぷりのこのお話、楽しく読ませていただいてるわ♪ なんたって琴子姫が可愛い♪♪ ちゃっかり者、て言う設定がまたツボ。
琴子なのに琴苦手って言うのも!
ところで、桔梗は『女房』なの???

作戦失敗!!!

水玉さん、おはようございます。

桔梗と琴子、鴨狩と直樹。
この4人のやり取りととても楽しいですね。
琴子は直樹の事を気に入っているのに、
当の直樹はまったく無視。
折角桔梗と鴨狩が二人を結びつけようとしますが。
ことごとく失敗ですね。
琴子は習い事も嫌いと。
文も駄目。
直樹に手紙を託そうと琴子。
無視されている事を知ってる二人。
これからどうしていくのでしょうか。
楽しみにしています。

水玉版ジャパネスク

楽しませてもらってます。直衣姿の直樹・・・カッコイイ!!
桔梗が女房ってのもツボですね。
琴子の詠んだ歌が気になります。あぁ続きが待ち遠しい!

時代絵巻

お話、動き出しましたね~。琴子なのに琴が弾けないなんて大ウケ!!さぁ、どうやって直樹の心をひきつけるのか…すごーく楽しみです。

ありがとうございます

アリエルさん
お帰りなさい!元気になってきて嬉しいです!
アリエルと同じことを先日、うちの弟がしてましたわ(笑)
「明日バス旅行取ったけど、お父さん休みだよね?」
と、突然、代理店から電話してきた(笑)
でも旅行って前もって予約しておいたりすると、必ず熱やら怪我やらで流れるんだよね、うち(笑)だからちょうどいいのかも。

tiemさん
やり取り面白いとおっしゃっていただけて嬉しいです。
ありがとうございます。
ただ、セリフのかきわけがうまくいかないです…。

さくやさん
みたいです!私も直衣姿!←誰かにさりげなくリクエスト(笑)
いや…だってモトちゃんが原作の女房にイメージ近かったもので(笑)
しかし、歌は詠めませんでした…ごめんなさい。

くみくみママさん
琴子と琴…ちょいとひっかけてみました(笑)
珍しくトロい私にしては2話で動かしてます(笑)
またぜひコメント下さるとうれしいです。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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